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 父親は姿を変えた自分の親しい息子を持ち上げて、げにもおろかにも、祈りを捧げながら殺してしまう。彼らは哀願するものを犠牲に供することに心を乱すが、しかし彼には叫び声は耳に入らず、殺戮したうえで、館のうちで凶しき食事をととのえる。同じようにまた、息子は父親を、子らは母親をとらえては、その生命を奪って、親しい身内の者の肉を食らうのだ。                     ――昔の偉いひと

 

 

カズナはわたしの死んでからひさしぶりにハルと出会うのだったから、電車は遅れてしまうのを見越して駅まで行かなくちゃいけないけれど、電車は遅れるでなしに来ないのがいつものことで、点検や人身事故じゃないと知らないひとなんてどこにもいないのだった。

その日もカズナは払いもどしをお願いすると、人々はのんびり電車を待っていて、このままじゃ遅れてしまうかもしれないとメールをしても返事が結局なかった。近いから仕方なく歩いていくことにして、彼は地下鉄の曲がり角でとつぜん子どもが滑りこんできたかと思ったら泣いた。母親は慌てて抱きかかえ、なだめるのをじっと横で見ていた。

 線路はどうなっているんだろうと思ったけれど、線路は高く、高架橋をずっとどこまでも伸びているし、下がったと思えばすぐに地下へ潜ってしまう。彼はときどき籠った通過音が聞こえてくるから、もうすでに復旧は終わっていた。エビに食べられるくらいなら運転手を代理にすればすむ話だし、なにより困っているひとがいてはだめだからみんな急いで連絡を密にする。彼は待ちあわせに遅れてしまうことを雨が理由にして謝っていた。ハルは人身事故を知らない。ありふれてしまっているからだろうけれど、エスカレーターを走れば前のひとがするりとよけてくれる。

「最近夢のなかでひとが死にすぎるんだよね、知恵熱的にあつくてもう……」

 喫茶店はシナモンのたくさん振ったモンブランがおいしいと聞いて彼は選んだ。外観が古い屋敷のようになっているから大きな観葉植物をおいたり、止まった焦げ茶色の置時計があったり、店内は横長に広くて彼は店の奧へと連れられていった。ハルは変わらず辛いものが好きだけれど、モンブランだけはとりわけ甘くても好きだと言っている。彼はコーヒーとパスタを注文し、ハルはショートケーキを食べながら店の名前の書かれたナプキンを数えていた。久しぶりに会うとハルは冷凍保存された魚のような目で彼を思い出して笑っている。

「死んだあとなのよ、みんな、縮れた報告みたいにさ。もう一度見せるから塗りかえなくちゃだめだって、怒られる。あの子は死んでから、なにかずれちゃった気がするの、もっと本来は選ぶべき表面が裏返しに折られて」

 もともとの過程でないところで生きてる?

「うん、いや、もっと楽に、それこそ一度終わらせて生きたい。そうすれば今よりずっと平穏に懐かしむものが増えると思うし、もう二度と照らしあわせることのできないものが一番こわいでしょう? 家電的な嘘がつきたいの、わたしは」

 このまえシャワーをしながら、うんまあねって声に出して言っていたのだけれど、その前後に考えていたことといえば飛行機に乗るってことくらいだし、なにか同意の気分になってた、そういうものなのかな、ぜんぶ。

「思い上がりとは人間が生まれつき持っている病気のようなものだ! ってね。わたし、ちかごろ毎日子どもだったときの音楽や映画を流すの、それがいいと思って、それくらいしかないな」

 カウンターでは平日の昼間から中年の男と女が自分たちの先行きについて話をしている。男はスーツ姿で、窓の外の車の走るかたちを眺めながら、女はぴくりとも笑っていない。男はコーヒーの運ばれて最初の一口以外は一度も口をつけずに外へ出た。携帯電話の画面を見ると派遣された各国の援助の撤退を求める声や、地方の生肉加工業者が爆破されてたくさんのひとたちはバラバラにちぎれてしまい、ぽっかりと空いた黒焦げの屋根や壁からめったに起きることのない大きな事故だと言っている。携帯電話をポケットにしまって、それはとても激しいことだとわたしは思う。ときどき罰として思い出す事柄が、いつまで残るのか、死ぬまで、それこそ生きられたとしてあと六十年も残っていたりするのなら、ずっと変わらない思いとしてなにかしら名づける。

 

     *

 

 わたしのはじめての妊娠は、四角いガラスケースを抜け出したあの悲惨な戦争時代の終わりだった。今ではみんな残さず忘れてしまった透明な時間の終わりがある。水槽の上部にとりつけられた濾過装置のふるえる低音な発声に嫌気のさした一匹のミナミヌマエビは、ぐるぐると客観的な美しさでレイアウトされた流木の上に飛びかって叫び、もう二度と聞いていられないことを確信した。それは生涯拭い去れないほどの根深い抗体反応で、そのときわたしは十七歳の、ひとり暮らしをはじめる一年半くらい前、炭酸水に浸るような夏の夜の密室だった。

 ガラスの水槽からうまく抜け出していく方法は、毎日朝ごはんをしっかり残さず食べるよりもずっと簡単で、ずっと明解で、ずっと自動的な方法だったと彼は言う。散らつく電灯の消え、豆電球の白く飛んだような赤色の光だけが水槽の一面にうつるなか、ぶくぶくと泡立つ循環装置の流れに波紋をひろげる水面へむかって、たくさんの、見分けのつかないいくつもの足をばたつかせて流木の先端から飛び出し、泳ぎ、あとは身をまかせてふわりと浮きあがっていくだけだとわたしは聞く。恥ずかしくなかったの、どうなの?

 ぼくはみんながじっと見てるのだったから、それはたしかにそうなんだろうと思う。だってやり方も世界も知ってるのに今まで誰もやってこなかったぐらいなんだし、もちろん他のところではたまに何度かあったみたいだけれど、でもあれからみんなどうしてるのか、ぜんぜん伝わらないくらいにおそろしいからわからない。むしゃむしゃと駅前のハンバーガーをむさぼり食べながら、まるでおおやけには知られていない不衛生でバラバラな噂をこっそり教えてあげるように、神妙な顔つきで、ときどき笑いながら、そんなふうなことを制服姿のわたしにだけ話してくれたことがあった。夜の店内はにぎやかな客の入れ替わりが絶えずめまぐるしい速度で行われていて、わたしと彼はそんななかの片隅の机だった。どちらを見ても囲んでいるみんなの話し声よりもなによりも、店員のひとの決まった掛け声が一層はっきり聞こえてしまうわたしは、それでもはっきりと彼は話していることを思い出せる。

 でもほら死んじゃわないの? 慣れてはないの? ときくと、痛くも痒くもないよ、強いていうならちょっと歩きにくいだけ。どうしてそんなことが言えるんだろう? わたしの分もぺろりと食べてしまって言う彼は、最後まで変わらない食欲がみんなを区別なく不幸せにするのだったから、制服を着た少女がイヤホンを耳にしながら帰りの時間を待っていた夜の一時も過ぎたころ、訪れる客の数も種類も減ってきて、誰も座っていない席のまばらに少しずつ増えていき、ときどき思い出したように顔をあげてはまわりを見つめる以外にうつむいて話さないまま、しばらくすると店を出て帰った。次の日もその次の日もそこにいて、誰かは待ってはいないけれどそこにいて、アイスコーヒーのSサイズひとつだけを頼み、お母さんとした喧嘩というほどでもない意思疎通の不具合がゆるやかに人通りのあいだをすり抜けていったとしたら帰る。

 でもそこまで退屈じゃないよ、じっとそのままでいて、変わらずまばたきをしているよりずっと変わっていくようだったから、ひたすら時計を確認し、今帰ったとしたら夜の街灯を歩いてベッドで眠った次の日の朝に学校へ行っているわたしは、彼の話のあれこれを聞きながら何度も耳にした音楽を同時に口ずさみ、きっとそれなりの危うさは逃れようもなくそこに挟まっていたんだと思ってひどく悲しい。気づけばずっと水のなかでいて、それも年中、温度調整をきっちり行われていた添加物まみれの液体を吸いながら、わたしのつけたり消したりする電灯によってあやふやに刻まれる偽物の、繰り返された昼や夜を過ごしてきた彼が、そんなに簡単な脱走を覚悟できるわけないし、もっと痛みや悲しみを背負うべきなのだと思うし、でも本当に知らないような気もしていたから溶けこむ温度に違いがあるのかもしれない。

 あのころはちょうど夏だった、真夏の、ぽちゃんと音をたてて水面から呼吸へ飛び出したミナミヌマエビが聞いたのは濾過装置の絶えない発声ではなくて、まったく新しい、つんと冷えすぎた空気の鈍った流れだった。わたしは暑すぎる外にぐったりし、エアコンをひたすら強くつけながら薄いタオルケットをしっかり頑丈にかぶり眠る生活だった。タイマーの自動的な正しさで切れる三十分前のその音を、ミナミヌマエビはなによりも最初に聞いた。

 びっしょりと濡れた身体を持て余しながら、慣れない手つきでふらふらとあたりを見まわすと、うっすら見え隠れする机やカレンダーや曇った鏡の輪郭と、それから寝ぼけたわたしを見つけた。そのとき池に沈みこむような終わりのない夢を見ていて、それが光の届かないゴムのように伸びきった気だるい暗闇だったわたしは、泥や苔のたまった底のぬかるみがふわりと舞いあがり喉につまるのをひたすら触れていて、音のない着地だと思ったら視界もなかった。どこまで広いのかわからないそこは今では埋め立てられてしまった街外れの池の、育てられなくなった魚や亀がよく捨てられる場所であることが最初から知らされて、わたしは息を吸うとぜんぜん困らず吸えるのだった。区別のない雑多な魚や動物の死骸や糞や脱皮の殻のつもりにつもった淀みの水を吸うなかで、咳きこむはずのところが急かされる反応はひとつもなかった。ぴたりと風景は押し黙っていて、そこが夢だと教えられてはいるのだけれど、夢はそれまでのつながりを断ち切ってしまう、夢を見ていたわたしを見るときになればもう夢は代わって映像になっている、掠れ焼けきれた映像が、それもやっぱり忘れることが多くて、くっきり抉られたように残っている覚えはたぶん生活のひとつに必要な記憶や習慣となってしまっている。だからわたしは何度も話して聞かせたことをわかる。

「夢の池の底にいて見えないことを言い聞かせていたのに、うつぶせのかたちでのんびりきみの方を見てたの、最初もしかしたら泳がなくちゃいけないのかと思った、でもそんなことはなくて、ただじっと横になってるだけでよかった、すぐに工事ははじまって黄色い工業機械は土や砂を運んでくるし、セメントで固められて、大きな建物が建つからそこにみんなは住むの、朽ちるまでの短い周期を住むの」

 彼は当てはめられたように影で、わたしを見ていた。 ぼんやりと横たわる像が、動くまで生きていると彼は思えなかった。まるで毛布や枕と変わらない、それまで眠っている熱帯魚や仲間のエビたちは眠っていてもそれなりにまぶたを開けて流れていたから思えない。しばらく枕に左頬をくっつけながら、薄目で見ていて、 ふいに身体のなかの浸透を入れかえるようにゆっくりと深く息をした。その小さな動きで気づき話しかけようとしたけれど、内臓につまった水はとれなくて、逆流し、手足をばたつかせながら噎せて水を一リットルも吐いてからようやく声は出た。幼さの残る声だった。

 ねえ、外はどこの方角? わたしはずっと黙っていた。上? 上に行けばいいの? もう上だからこれ以上はいけないかもしれない。じゃあ下だね、と彼は言った。慌ててわたしはとめた。お母さんが眠っているし、もうちょっと待って。今何時? もうちょっと寝るから待っててね。次に起きたときは朝の目覚まし時計がギシギシ鳴っているのだろう。いつもの朝と変わらない。すべてが道なりに産まれたにおいをつなぐなか、そんな勘違いをしながら朝ごはんを食べようと食パンをトースターへ入れてバターを塗ろうとしたときにふと、喉の底でぬめった泥の重みがして、夜のあの影のミナミヌマエビの声を思い出し、リビングのはしっこの変わらずニュースをやっているテレビの横で、背骨を丸め、ぐにゃりとした格好でうずくまっているのだった。なんだかすごく、わたしは悪いことをしてしまった。

ねえ、お母さん。

「なに?」

 お母さんは早口にごはんを食べていて、邪魔をするのはとてもいけないことだとわかっている。わたしがさ、と言うと全身の聞く耳が落ちてしまい、見ると彼はじっと待っているのだった。

「なに?」

 もしかしてエビはきらい? わたしはきくと

「あのエビのこと?」

 お母さんは言ってわたしは全部を取り戻したような気がした。そう! 

「いいんじゃない、あなたの好きにすれば」

 ゴボゴボゴボ、ゴボゴボゴボという大きな破裂音がして、見れば元気に笑っているのだった。すごくバカにしたような笑い声がぽたぽたと涎のようにたれていて、床は一面すぐにびしょ濡れになってしまい、ちょっと汚いんじゃないかな……と思ったわたしは掃除をはじめている。彼はいつもうれしい。

 

 もちろんもともと熱帯魚の水槽をきれいに掃除してくれると聞いて飼っていたものだったから、特別にエサをあげたこともなかったし、疲れて帰ってきてぼんやり水槽をながめている時も、きらきら光るネオンテトラやグラミーのびっしり覆われた鱗の反射くらいしかわたしは目についていなかった。ときどき卵を抱えて砂利の上を歩く一匹を見たその時だけはすこし興奮する。興奮してしばらく待つと水草のしげみや流木の影に、パンくずのような小エビがたくさん群がっているのが発見し、わたしはあまりにたくさんいすぎて成長の過程なんて一度も見たことがない。それにいっせいに何十匹も生まれていながら、全体の数はといえば減る一方で、すぐに探してもいなくなってしまうから、決まった間隔にわたしは学校帰りの途中の駅で降りて、ちょっと歩き、たぶん最近改装されたと思うホームセンターの奥のきれいなペットショップコーナーで二十匹ずつ買った。十匹でたしか六〇〇円くらいだったから、一二〇〇円か一三〇〇円の値段のする彼らは、ビニール袋に空気詰めされたまま抱えて電車で帰ると、ビニール袋に詰めたまま水面に浮かべ、水温調整をしてからやさしく流される。水槽の上からゆっくりと落ちていくエビたちの前後左右に振れるじたばたな抵抗を、熱帯魚たちがエサかと思いながらのんびり観察している。

 彼らが今まで自分たちの知らないところへ来てしまったことに驚き慌てようとしながら、わたしは「エビを食べるとエビにのっとられちゃうんだよ」という言葉をぼんやりと思い出していた。それがお父さんの小さいころよく言っていた言葉だったと今では覚えているのだけれど、そうやってなにを食べさせたくなかったんだろう、エビを? それとも魚を? ふつうにお父さんは平気でエビを好きだったから冗談なのかもしれない。本気だったのかもしれない。わたしはよく覚えてしまっている、茹でて赤くなったエビも、焼いて赤くなったエビも、揚げて衣のついたエビも、みんなバラバラになったエビたちは洗濯機の底に残った石鹸かすのように蓄積されていって、それは取れず、わたしの奥でかたまり強まるにおいと一匹が静かな居心地を悪くする。

 そんなふうなことを計算と言うのかもしれない。綿密に測って印をつけていく作業の正確さはずっと苦手だった。小学校のクラスのなかのわたしがふいにあたりを見まわすと、みんな同じ顔をしているわたしがそこにはあって、焦ったわたしが定規を目にあてると、きっと微かな誤差でしかないのだろうけれど、誰もがおなじ目の大きさをしていることがわたしはずっと覚えていたし、それから大学生のわたしは靴を買うときもどんな靴を選べばいいんだろうと思って、街のなかの歩いていく足々を眺めれば、そこに動く靴はどれもなんらの変わりはないのだろうから寸分狂わずみんなは購入しなくちゃならない。そして購入した責任をしっかりはたさなくちゃならない。

 わたしは学校につれて行くべきか悩んでみた。わたしは結局床に広がる液体を何度も何度もふき終わるまでに時間はすごくかかってしまって、朝ごはんは牛乳一杯もぜんぜん食べることができなかったし、お母さんはどたばたと化粧や着替えをしていて、このまま放っておくと不安で焦点のあわなくなってしまうかもしれない。まだなんだか喉にたまってる気がすると彼はこぼした。それにどうして学校へ行かないことがいいだろう? わたしは急いで刈り取るように制服に着替えて家を出ようとすると、窓をしめてテレビの電源を十回つけたり消したりし、蛇口を指の青白くなるくらいまでしっかりとしめたら三十分も遅かった。まだ朝になってすぐなのに汗は顔から腕からびっしょりにあふれてしまっているから気持ちが悪い。大きく伸ばすように歩くと、ミナミヌマエビはアスファルトを這うようにして横を歩いた。公園の前を通れば、家の燃えてしまったようなおじさんが誰も乗っていない三輪車にビニール紐をくくりつけてとぼとぼと車輪を鳴らしているそばで、急かすように白い毛長の小犬は繰りかえし鼻を左右へと振ってお腹を減らしている。通勤のピークも訪れはじめたころで、急ぎいらだつ会社員のひとが見ながら、焦って二人分の料金を支払った。なんとか駅の改札を抜けて学校につくと、もう授業のはじまる寸前の朝だった。授業中、ほとんどの時間を彼はトイレで吐くことに使っていたから気が気でない。先生はヨーロッパの宗教戦争について話をし、気づくと黒板はびっしり年代で埋まっているほど速かった。暑くてエアコンをつけていたからにおいがきつい。飛行機を水で薄めたようなにおいがする。

「ひとつの宗派を信じるものにとって他の宗派は除外の対象になるわけです。ただ、宗教そのものについて戦争を起こすのではなくて、政治的経済が裏にあります。宗教を利用し、神様を理由に人々に重税を課すなど、人々を抑圧していたんです。旧教派の抑圧により新教派が反乱を起こしたり、旧派が新派を虐殺するなどたくさんあります」

 休み時間になるとハルはわたしの方へやって来て、わたしに授業中どうしたのときいた。ハルは気が向くとわたしにきくのは昔からのことで、昨日なに食べた? とか、いつくらいに眠った? とか、小学校の入学してすぐのころからハルは今も変わらずにそうだ。わたしは修学旅行の班決めであんまり仲のよくないひとといっしょにならなくちゃいけなくなって、言葉の極端に色落ち狭まってしまったときも、ハルは、ねえ、昨日のメールで送ったやつ見た? ときいた。学校の帰り道で、わたしは四年生と六年生のときにハルと違うクラスだったから、わたしは毎日できればハルを玄関で待っていた。ハルのクラスはいつも終わるのが遅かったし、わたしはもし同じクラスなら班決めでもしあわせに、なんなく過ごせただろうにと、そのことばかりが連なってしまう。

 見たよ。すごくない? なんで。誰だと思う、とハルは拾ったコーラのペットボトルを膝に、交互なリズムでぶつけながら歩いていった。いちど半分くらいを殺してみたいひといるんだよね! とメールで書いていた。足を進めるたびに砂のついたペットボトルの側面がベコベコと甲高く鳴いて、帰り道は意思ひとつで変わってしまう。ぶかぶかのズボンを履いた建築現場の男のひとは自動販売機を見ているのがわかった。あふれる建物が崩れてひとまわり新しくなっていく過程を知っている。

 わかんない。ほんとに? わかんない。カズナだよ、他よりずっとおもしろそうじゃない? でもどうやってするの。絞殺とみせかけて中毒死! とか、オスのひよこはベルトコンベアーで運ばれて冷凍保存されちゃうんだって、それを動物園のトラが食べるの。ふうん、と気まぐれに返してばかりいたわたしはそれがいつものことだったけれど、もちろん中学校にあがってもいっしょのクラスでよかったし、いつも玄関で待ってたし、高校を選ぶのだってハルと決めたから悩まず平穏に生きられる。ハルは砂の落ちたコーラのペットボトルを橋の上から投げると川の水面にぽちゃんと響いた。とてもすっきりしてハルは帰った。

 風邪でもひいたの? とハルは言った。先生のまねをしている男子が教室のうしろの誰もいないところを指さしていた。おい、そこのお前! そこだよそこ! なんだかのどにずっと詰まってるみたいなの、とわたしは言った。けれど教室のざわめきが多くて言えなかったかもしれないと思ってしまった。声が顔の端のほうの骨でぼんやりくぐもったままわたしの声は聞こえない。わたしはもう一度言いなおさなくちゃいけなかった。しゃべる声を耳で聞いてはじめて言ったことがわかるから。気をつけたほうがいいよね。うん、そう思う。悪いものでも食べたの? 男子のひとりは黒板消しを投げて、それはミナミヌマエビの背中に当たった。ぶるぶるとミナミヌマエビは身震いをしたから、白い煙が黒板消しからもわもわと噴き出して漂い、みんなはうわっとかきゃっとか言って走った。ううん、寝不足なだけ。だめじゃん、わたしさ、このまえ冷蔵庫をあさってみたんだけどさ。教室のまんなかあたりを振り向き、うるさいねと短く笑った。賞味期限の切れたやつばっかりで、びっくりしちゃって、どんどん捨てていったら冷蔵庫のなかが半分くらいになっちゃった。だいじょうぶ、朝からいろいろあって。いつもじゃん。

 彼は廊下から見ていて、背中を洗ってこなくちゃいけないと思った。チャイムが鳴るといっせいにみんなは走り、自分の席についた。授業がはじまるとすぐにハルは眠った。さっきの授業でもすぐに眠ってしまっていた。夕ごはんのカレーはいつもより少し甘くて、ルーを変えてみたのとお母さんは言っていた。ハルはとびきり辛いのが今でも好きだった。悲しい。彼はわたしのぶんも残さず食べた。安心したら次の苦悩に立ち向かえない。 


 役割分担が必要なんだ。

 どうして?

 水槽のなかはずっと狭いからね。

 そんな風に言うから、すっかり話すのには慣れてしまったようだった。部屋でもコンビニでも変わらず気兼ねなく話していた。でもまだ喉の奥にたまった水はうまくきれいに吐き出せないままでいるらしくて、あんまりそのままでいるともしかしたら腐ってしまうかもしれないとわたしは怖がったりもする。彼はよく笑った。お母さんもつられて笑えばいいのに、もちろん笑うけれど、ミナミヌマエビはぜんぜん話を聞いてくれない。

 お母さんはその日も遅いのだった。百貨店で服を売っていた。まわりは結婚していないひとか子どものいないひとばかりでたばこをよく吸うし、食堂では集まってだれかの悪口を言うからひとりで食べるし、買いものに来るひともすぐにお金を使う。お母さんはスーパーで食料品を買ってきて、わたしはそれを片づけ、冷蔵庫にしまいながら料理を温めて、お母さんがお酒を飲むと、在庫の処理のまちがいについてわたしは黙ってなおしてあげるのに、あのひとはわたしがどうしようもなくミスをしたように、まるで絶対に取り戻せないように言うから呼吸が少なくなってしまうと怒る。怒ってそれから言わなくなる。わたしは焦る。

「まったく新しいマンションを選ぶよりも、古くて、外見は悪くても内装のリフォームをしたばかりのアパートは値段も安くてずいぶん都合がいいらしいよ」とお母さんは言っていたから東京のアパートを選んだのだった。仕事場のおばさんが言っているのを聞いたと言われて、ふうん、とわたしはこたえた。壁を通してとなりから幽霊が出てくる。ガタガタと音のすることも頻繁にあった。駅までの道のりに公園と消防署はあって、前を通ると消防士のひとたちが朝の体操をしている。消防車のサイレンはすぐそばをけたたましく走っていき、それが前触れもなく遠い視界の端から湧きあがって聞こえていく。だから治安は十分に安心だと思うし、ほこりや砂のたまってちょっとすみの汚い階段をのぼった三階の角部屋に小さな机と小さなベッドを置いて、棚には大きすぎない程度のミナミヌマエビたちの水槽が前までの部屋からそのまま運ばれる。濾過装置のたてる低くて変わらない振動がわたしはどこでも落ちついて眠れると思う。

 今日ね、先生が妊娠したの、もうすぐ休むんだって。

 そんな会話のなかでもテレビはみんなが喜んでいてうれしい。わたしはお母さんの顔しか見ていないのにテレビを向いていることはよくあった。もちろん一日をすばやく何往復もして、いくらかの価値を選びぬきたい。ただ、もろくて仕方がないわたしは部屋にもどると課題の本を読んで寝る。それから彼の背中を叩いてやる。叩きすぎて指にタコができてしまっている。手の甲の中指の根元のあたりの赤いあと。寝る前に棚の上の水槽について教えてくれた。そこではしっかりとした名前と役割が決められているのであって、それぞれ時間のめぐりを、担うべき仕事をはたして生きている。当然だけれど環境維持に務めるしかないエビたちは名前を知らない。わたしは彼はミナミヌマエビであるとはどんなことかを教えて欲しいと思うし、教えてあげなくちゃいけない。彼らは春から夏にかけての繁殖期に、メスは冬のあいだの卵巣をゆっくりと肥大させ、背中が深緑色に色づききれいになっていくと彼らは交尾する。オスとの交尾を終えたら一ミリメートルほどの卵を三〇から一三〇個ほど産むのだけれど、これはヤマトヌマエビなどと比べて大粒な少数で、産まれるそれまでをメスは腹脚にかかえて保護する。最初は深緑色をしているのがやがてゆっくりと褐色になっていき、幼生の姿は透けて見えるようになっていく。幼生を過ごすと体長三ミリメートルほどの稚エビで産まれるその直後の稚エビは尾扇が未発達で、身体は半透明の白色をしている。稚エビは海へ降りることなく淡水のなかで成長し、寿命はだいたい一年くらいで一回や数回の産卵をした後に死んでしまう。わたしはネットで見たような指針が彼のあるべき姿だった形容をしていて、それは親切に書きなおしてあげるのだから彼は笑って答えるだろう。まったくその通りだよね、ぼくもそう思うな! 

 思えば空にきらきらと反射する熱帯魚たちの鱗のめくるめく群れは見え、なんの前触れもなく一方が一方を追いかけまわすうちに子どもが生まれる。それも一瞬の散らばりでわからなくなって何匹かは大きくなっていく以外のほとんどがいなくなってしまう。エサにありつけなくて死ぬし、熱帯魚はなにかの間違いで食べるし、ふっと流れにのって濾過装置の筒へと吸いこまれ水のない生きられない網目の先まで行ってしまう。誰のものだったっけ、という言葉は聞こえ、すぐに動作音に掻き消されて見当たらない彼は、一日に決まって一度か二度おとずれる食事の時間に思い切り高く飛びあがっていくと、ネオンテトラやグラミーやその他のミナミヌマエビたちの取りこぼしたカラフルなエサを抱えこんで着地し、ふにゃふにゃと水でやわらかくなったエサを水と一緒にまとめて口へ押しこんでいったら身体は半透明のミナミヌマエビの奥でカラフルな色の粒がまわっている、それだけが唯一きれいだと思っている。

 いや実際のところぼくは別に動作音なんてどうでもよかった、それよりずっとエサの与えてもらうことの方がこわかった、知らず知らずのうちに食べ、知らず知らずのうちに吐き出すぼくが繰り返す震えよりおそろしいと言うともう、エサをあげるのが嫌になるんじゃないか、エサをあげないで放っておくほど嫌ではないけれど、落ちぶれるんじゃないか、なんて悩んでしまう。どうすればいい?

「動物たちには精神がなくて、自然が動物たちのうちで諸器官にしたがって動いているのだ!」

 ミナミヌマエビは床で寝て、わたしは音楽を聞きながら気づいたらベッドのうえで目覚めている。

 

 それからすぐに思い出してしまったのは次のような風景だった。死んだ犬や猫があらわれては消えるアパートの一室で、飼っていた犬や猫の死んでしまった人たちは、最初のころだけ訪れてたくさんの彼らの日常のあれこれの世話をし、自分の飼っていた犬や猫の姿をちらちらと家具や友人の身振りの錯覚に見るのだけれど、次第にあとから来るひとたちと交代する。それまでにやることといえばエサやりと掃除と自分の犬や猫の姿を決して逃さないことくらいで、しだいに管理者の女は逮捕される。彼はあれだけ長くいっしょにいたんだから、ね、と何度も母親に言われるわたしを見ながら自分の犬を呼ぶと近づかずにどこかへ行ってしまうから、昔の犬の姿を忘れたところまではっきり鮮明に思い描いているのだった。起きてみて、それは彼がひとだったからそうなのであって犬や猫にとっての夢だったとしたらどうなんだろうと考えた。おそらくきっと管理者の女は変わらず汚かった。老いてすでにもう交わることすらできない汚らわしさだった。

 彼は食パンと目玉焼きとリンゴを食べて学校へ行くと。ハルは数日前から家出をしているままだった。先生は今日は風邪でお休みですと言ったけれど、ハルはそれでも家出だと言っている。いくぶん簡単な生存経路を辿っているのだった。身体にあった容器はいくらでも街に転がっていたから、すぐに困ることはないのだろうとわたしは思う。お母さんの帰ってくるまでに様子を何度か見に行かなくちゃならなかった。ハルは比べてみればなおざりにされることが多かったかもしれない。

 いつもと違う駅の駐輪場で待ちあわせ、早めに行くと、どんどん暗くなってハルはやってきても顔は曖昧にわからなかった。じっとミナミヌマエビを見ているひとがいるから、もしかしたらハルの方もどこにいるのかわからなくなっているのかもしれない。心配になってあたりを見回してみると、音こそ電車の線路とこすれあう摩擦や、事務的な案内音声ばかりで埋れてしまっているのだけれど、彼はたくさんの会話に身を浸らせようとしていた。お腹が減っているのだ。すると今度こそ近づいてくるひとはいて、それはハルの声だった。わたしね、しばらくすると旅に出られるのかもしれない。どこにいくの? ずっと寒いところとか、ずっと暑いところとか、そういうところまで行けるかもしれない、それくらいお金がある、なんでもできる、なんでも食べられる。そう言って純粋に驚いてはいるのだ。

 メールで何人かの担当責任者と出会い、そのうちの一人の写真を見せてもらうと髪の横に長いまじめな男のひとだった。必要なこと以外はしゃべらない、ただ身体の切り売りのやり取りをする。そんな約束通りの工程が、ひたすら起伏のない音程で鳴り響き、そうしているうちにミナミヌマエビは前よりいっそう食欲を増していった。お母さんは残りものが減って喜ぶし、なんだか一緒に嬉しい。六日目の夜、学校の先生はコンビニでぼんやりお菓子の棚の前に立っているところをようやく見つけたことになっていた。来週からの教室はいつもと変わらない風景で、ハルはいなかった一週間のできごとについてきかなかった。うまく焦点のあわせようとしなければ指のさせないくらいになめらかな日々はやってきて、行事も過程もすっかり平らになってしまい、安心をしている。カズナは欠かさずメールをするのだったし、やっぱりそれもうれしそうな具合でするのだろう。

 元気そう? とわたしはきいてみた。そっちは同じクラスじゃん、なんでわざわざ。彼はわたしとハルとは違う高校を受験したし、ハルは本当は同じ高校へ行きたかった。ハルはなるべくその方がいいと思ったけれど、だめだった。たぶん元気じゃない? ふうん、そう。そこで彼は返信をやめるのだった。よくそういうようなことがあったのだ。ハルのそうしたことは慣れっこだった。あえてリズムの延長を崩したい。

 たとえばまだ生まれてなかったころの事件の裁判が昨日ようやく終わったことを文化祭の準備に使った古新聞のやぶれた片隅で初めて知っていた。犯人たちを捕まえる理由になった話をして罪の軽くなったひとりを除くとすべてが死刑なのだと言った。彼はハルと文化祭を抜け出して、前からハルの見たいと思っている映画をみた。いつも行く大きな映画館ではなくて、商店街の外れの古いビルの二階にある古い、個人営業の映画館でタオルケットのひとつひとつおかれた座席にすわるとむかしの公害の悲しさについて語るドキュメンタリー映画だった。なんの問題もなく生まれた子どもの成長が、有毒な魚を食べることで阻害される。思い描いた配置の笑顔は乱れて知らない間隔の痙攣は襲っている。ハルはすごく納得して、うんうんそうかなーと言いながら帰り、次の日の文化祭の片づけをしていたけれど彼はあまりおもしろくなくて疲れてしまった。むかしからそういう趣味があるし、今もそれに変わりはなかった。

 ただそれでも中学生のころ、死刑囚の途切れない息苦しさについて修学旅行のバスのなかでひとり解説書を読んだことがあった。それによると死刑囚は反省をするというよりも、いつくるかわからない死刑執行をなによりも恐れ敬っているようだった。それならべつにわざわざ牢屋へ入れておく意味もないじゃない、いっそのこと歩かせて朽ちた自分を見せておいたらいいじゃないとハルは思った。修学旅行では北海道へ行き、なだらかな草原に伸びる雑木林に隠れた線路を見ていたのはハルだけで、クラスのほとんどは飛行機のなかでのわいわい騒いだ興奮や昨日の雨のなかの札幌散策に疲れてトランプで遊ぶ元気もなしにバスの座席へ沈みぐっすり眠ってしまっていたし、わたしも眠りはしなかったけれどすごく眠そうにしていたのに、ハルだけは冴えた目で窓の外の建物のほとんどない視界の先のめずらしい線路を見てはひたすら読書をしていたから、あの本を手に取ると修学旅行のいろいろなことを思い出すし、修学旅行のことを思い出すと死刑囚のあの鬱屈な時間を考える。ひさしぶりに本棚のすみから取りあげて、めくるとわたしはなんでこんな平凡をバスのなかでもそれからホテルでも読めていたんだろうとハルは不思議に思ってしまった。今ならもっとおもしろいことを知っているし、あのころは昔だったから知らないだけで、やたらと価値のない時間の過ごし方をしている。ずいぶんみんな大人になった。

 

 あのころはよく灰色の錆びついたフェンス越しに線路を走るみどりと銀色の電車をながめながら、それはほとんどたったの一両か二両の電車でしかなくて、乗っている客も通学に使う高校生や中学生のたくさんいる朝や夕方以外はわずかに数人くらいのおじいさんやおばあさんが降りてくるくらいだったから、めったに、それこそ三十分おきくらいにしかやってこない電車に揺られて猫じゃらしやひまわりや知らない小さな雑草のゆらゆらと生えた空き地でぽつんとわたしはすわっていた。大学にあがる少し前くらいだと思う。窓枠やパイプにびっしりと蔦の絡まっている、誰かが住んでいるのかどうかさえわからない白塗りの長屋と線路に挟まれた、狭くて縦長な砂の空き地にのんびりとすわるわたしは学校を二時間目のはじまる前にこっそりと抜け出したから、あのころは窮屈な制服姿のままだった。

 ちょっと今日は休むねと言うと、ハルはそっかーと言って許してくれた。エビくん元気? ハルは彼のこともいいんじゃないと言っている。なんだかおもしろくなってしまっているのだった。なにもかもがそれなりに過ぎていく気がする。決まった順序で、決まった段差を歩んでいく気がする。

 わたしは線路をこえて風はフェンスをガタガタと揺らし、ときおり踏切の鳴って電車は来るんだとわかると、彼は次の電車が何両編成なんだろうと思い、昨日見た夢のせいか、犬を飼っていた幼い生活について考えてしまうけれど、それは忘れてしまうほどにずっと昔のことなのだから誰もどうすることもできない。お母さんはひとりで家にいるのが悲しいとわたしは思っているだろうし、ペットを育てる経験が知らず知らずのうちに正しい大人へと教育してくれる、そう思って親戚のひとから雑種の子犬をもらってきてくれたのだった。

 お母さんは名前をつけて、世話のやり方と散歩のルールを言った。子犬はクリーム色の右耳が少し茶色で、ちょこちょこと歩きまわるからかわいかった。学校に行ってみんなに子犬についてわたしは話した。学校と家のあいだをなるべく意味もなく走った。お母さんの帰りの遅くなる日がちょっとだけ増えたけれど、わたしは子犬の散らかしたトイレのシートをきれいに残さず掃除した。

 わたしも犬かってるの、とハルは言ったから、見に行くと大人のミニチュアダックスフンドだった。わたしは会わせたいねと言うと、うちのバカ犬はすぐにワンワン吠えるからだぶんムリ、と言って喜んだ。たしかにハルの家へ入るとすごく吠えられてしまっていたし、わたしの犬は吠えなかった。散歩の途中に大きな犬が繋がれているんだろうなとわかるくらい凶暴な声と金網の揺らし方のする家があって、犬の姿そのものは垣根に隠れて見えないから、はじめてその前を通ったときはひどくびっくりしてしまったけれど、わたしは次のときから、むしろ犬が吠え返すのか、それともいつもどおり怯えてすたすた走るのか、確認することにした。一度も吠え返さなかったから、何度もその家の前を通って、ついにはその家のガレージにある車のナンバープレートまでしっかり覚えてしまうくらいだった。

 わたしは吠え返さなくても今でも大好きだ。時間になるとわたしはドッグフードの缶をあけて半分だけ器にもってあげれば、犬が缶をあけただけで走ってきて、そのときもやっぱり吠えたりすることはないけれど、呼吸を速めて、わたしがスプーンでドッグフードを器にもるところを見つめている。それからいいよと言うと犬は追い立てられるように食べるのがわたしは大好きだ。食べ終わるまでじっとそばについていた。犬はどんどん大きくなっていって、子犬とはとても呼べないくらいに大人になってしまったから、わたしはひとに言うときも子犬じゃなくて犬と呼び、子犬をかってるの、じゃなくて、犬をかってるの、と言わなければならなかった。犬の成長ははやい。でもしばらくしてわたしは散歩につれていくと、いつもの大きな犬がいると思う家の前で、あるときふいに顔をあげ家の方へむかって走りだし、綱をぐいぐいと引っ張ってちょうど横を走ってきた軽自動車にはねられて死んでしまった。車はおどろいてブレーキをかけたけれど、住宅街のまんなかで犬をひくなんて思ってもみなかったし、走り慣れた道に犬があらわれるところを今まで一度も気をつけて想像や確認したことはなかったし、スーパーの帰りで、帰ってくる娘のための夕ご飯を作ってあげなくちゃいけないし、犬を散歩させているわたしがまだ小さな子どもだったようだから、ごめんね、ごめんねと謝ってすぐに犬の死骸をよけて走り去っていった。だから犬はまだ頭を打ちつけてお腹をひかれたまま生きていたけれど息はなく、呼んでも目の前で手を振っても大きな犬だと思う鳴き声が聞こえてきたとしても顔をあげない。しっぽも振らない。血もそんなに流れることはなくて死んだ犬はそのときにまだ少し生きていた。それから死んだ。悲しむわたしを知らない彼は近づきむしゃむしゃと食べはじめ終わるとあとには見たこともない骨だけがひっそり道路に残っていて、それも役所のひとは黒いゴミ袋に回収してどこかへいってしまった。

 ミナミヌマエビは死んだ魚を残さない。彼は床に落ちているネオンテトラを見つけた秋と冬の変わり目のときもそうだった。水槽は五十センチほど離れたところにある棚の上の、たぶんそこから飛び出したようで、まだ全身を大きくひくつかせている様子が近くで見るとわかった。一瞬ぎょっとしてから、すぐに飛びあがり、ティッシュペーパーを二、三枚とって床の上のそれをつまむと、不安な心地でおそるおそる水槽へもどしてやった。水中を落下していくネオンテトラは呼吸こそあるものの平衡感覚が定まらず、ぐるぐると身体を回転させながら上下に忙しく泳ぎまわっていた。一時間ほどたって水槽をのぞいてみると、一匹のネオンテトラが逆さまの格好で底にふわふわと沈み、エビたちはところ狭しと群がって肉片をついばむと綿のようになった肉片が骨に引っかかってやわらかく漂うだろう。食事も終わり、骨だけになった次の日にはどこにもいなくなってしまうネオンテトラがどれであるのか、どこにいるのか、なにをするのか、そのようにしてなんとか彼は知ることができたのだ。

 生まれる背後からずっと伸びている線路の図式が彼らをどこまでも包んでいた。忘れるほどの交わりも搾取も逃走もみんな区別なく広がる地図には変わりない。食欲は日に日に増していくのだった。彼の食欲はそうやってすさまじいものであったし、どんどん膨れあがる性質の食欲なのだったから、それなりの補填は必要となってくるということが、わたしの分までどんどん飲みこむようになった。もちろん彼にも不安のないわけではなくて、それこそスーパーで売られているソーセージの並びのほとんどは水と油と増粘剤でできているらしいし、鳥肉は卵を産んだあとの廃鶏が肉を増やすための薬に漬けられて潰される。豚は逆さづりのままで失血におかされながら放置され、生けすの魚は無菌のエサを求め泳いで成長する。生きるとはそういうことだったし実際にそうやって生きてきた。でもそのままでは到底消化することはできないし、彼は自分でなにもかもずっと先まで選びたい。ふつふつとした不満を抱きながらもお腹はいつまでも減ってしまう。ただ減るだけでなくて食べても食べても終わらない繰り返しの延長線上に歩みをおく。往々にしてすべてが食べるというより口にふくむということだった。入りきらない内臓以上の消化物は喉を通すだけで吐き出せばそれで大方の作業はすむし、水を吸ってエラから流し出すように循環した機能を気づいたら身につける。夜の時間の過ぎた遅いうちに食べあさり、とっておいたビニール袋のなかへ吐いて口を縛り、タンスに吊るしておけば燃えるゴミの日になるとこっそりまとめて捨てていることを覚えた。お母さんは夏になれば湿気と密集と高温の強まるにおいに気づいてなんだか気持ちが悪いとよく怒って言った。わたしもしっかり怒ろうとしたけれど気持ちを考えてしまう。

 ただそれでも救いになったのは大学へ入って一人暮らしをはじめれば食べ物に関するさまざまな自由をまとえるようになるだろうことで、それこそ食べたいものを食べたいときに食べれば文句は言われないし、食べたくないものがそこにあるなら笑って見て見ぬ振りをしていればわたしは許される。なによりお母さんをこれ以上疲れさせることがないのはとても大きい満足だと思うし、それだけでわたしはひとりでいられる。ひとりでいられるわけがなかったとしても彼は喜んでいた。ほとんど止めどなく食べることにしたからお金をたくさん使って飲食を欠ける方法のないように急かしては買いこんでいった。必死にわたしはバイトを探してはじめた動物園のバイトでは、動物園の動物たちのエサやりや飼育小屋の掃除をするのではなしに、ただただ動物園のなかのはしっこにあるファーストフード店で制服を着ながら接客をして、ハンバーガーを手渡して、レジを打って、ゴミを片づけているのを見ればゴミを投げられる。ひとつ歳上の先輩は遠くの彼氏との話をするかわりにごはんを食べさせてくれるから仕方なく彼は話を聞くけれどぜんぜん苦痛じゃない。帰りには檻のむこう側の動物たちをそれぞれ写真に撮ってためておくために一日一匹わたしは携帯電話をむける。サルもヘビもペンギンもそこにはきっとたくさんのひとが見られている。すぐに一周は終わってしまってわたしは二周目もやっぱりすぐにすり切れてしまうだろう。わたしは学校とバイトで毎日はいつも疲れはててしまうばかりだから蓄積も相応に増していく。それでも彼は一時のあいだ不都合もなしに生きている。外に出ていてよかったと強く奥歯を噛みしめる。友達もそれなりにいくらかできるし、ハルやカズナとはぜんぜん違う場所にいるけれどそれはどうしても仕方がないことだから。決まったことだから。それに窓ガラスは冷たいし、部屋の整理もついていて、お母さんの選んでくれたこの部屋でよかった。彼は身体に季節をはめこんでいけるようになっている。性質を持っている。

 そして彼は水槽から逃げだした一年半後のあるとき、ふと見てみるとわたしはうまく動くことはできない。どうしたの、そんなふうにしてと言うとわたしは部屋にこもってもう十日にもなっている。すっかりお腹を減らしてしまって部屋にあるあらゆる食べ物を噛み砕いては次の手触りを探している。わたしはもうそろそろ食べなくちゃといけないと思ったけれど彼はひとのせいにしちゃダメだよとでも言うのだった。まさしくその通りのことなのでそのまま眠り、朝になると少しは和らいでいることが多いから目の前の解決方法は波たちこぼれるほどに満ちている。けれどそれは触れれば崩れてしまう危うさで、彼は部屋のなかのできうる限りを数えてみると腐ったわたししかか数えるものはなにもなかった。それが唯一の、食べても怒られない道筋であるから彼はベッドにのぼって首筋の硬くなった皮膚のなかでもいくらかまだやわらかいと思う部分をよりわけ、かじってみると干した魚の苦味とおいしさが混じってあるように感じられた。わたしは気持ちよかった。それは恥ずかしいことだから、彼は時間をかけてひとりで知られないように食べつくし、まるで後ろから声をかけられたように顔をあげてきょろきょろと部屋のなかを見まわしたりしながら、髪の毛や指先、太ももや爪やあばらの裏側までしっかり肉片の小削ぎとるようにして食べつくし、流れた血液は皮膚の覆いを抜けてベッドのシーツへ、それからフローリングの床へと粘っこくたれていき、染みこむ以外はすべて乾ききる前に飲みくだし、わらわらとうごめく歯でしゃぶった骨をきれいに元通りの順番となるように並べ替え、だから静かに古びたわたしはそこにいた。ゆっくりと時間をかけて噛みしめ消化をし、同じようにあたり一面の吐き気にまみれながら、ふいに電話がかかってきて出ると、向こうから知らない子どもは話しはじめていた。絡みつくような間接的な手つきで彼は話した。

「十月九日に指を入れるだけのセックスをして彼のものも触ってないし全く思いあたるようなところがないのに妊娠したときのような症状がたくさん出ています。生理予定日は十六日だったのですが、この日には当然来なくて二十四日くらいから茶色のおりものが出ていて少し出血しましたがまた茶色のおりものがでるだけでぴたっと止まってしまいました。昨日二十五日は夜八時くらいから生理のような本格的な出血がはじまったのですがやはり三十分くらいで止まり今日はところどころトイレに行ったときにつくくらいでした。今はほとんどないかんじです。全く着床出血のような感じなのが気になります。また二十四日に不安だったので検査薬でためしたのですが表面上は陰性なのですが何だか線が隠れているのではないかと疑ってしまってすごく疲れています。胸が少し痛いような気がするしまともな生理がくればいいのですが茶色のおりものがある程度だし入れてないので妊娠の可能性は無いと思いたいのですがすごく不安です。もし万が一、手に精子や我慢汁がついていた場合は妊娠の可能性は高いのでしょうか? 検査薬も今までに数本試していますがはっきりとした陽性はでてきてませんがすごく心配です。病院に行く勇気がいまいちなくてずっと調べています。どんなことでもいいので、同じような経験をされた方とかご意見を下さいませんか? お願いします」

 いつまで待っても返事は誰からもなくて、するとわたしは叫ぶだろう。

「生者の腹は土よりもずっといい墓場だ!」

 途絶するような具合で電話は切れてしまい、あわてて身支度をするとアパートの扉を開いて道路を走り、彼はすでに見つけた廃屋のアパートで出産の準備にとりかからなくちゃいけない、たくさんの数え切れない子どもは産まれるのだから。


 

 そこではいくつもの部屋が折り重なるようにして密集し、見つけたときにはやっとたどり着いたという気持ちでいっぱいだった。かつてはたくさんのひとたちが家族を持って街の外れの道路をまっすぐに進み、小高い傾斜の先のまっしろで無駄のない四角く並べられた窓を開けて、夕方から夜に変わる建物のざらついた電灯の丸みや、車のますます増えていくなだらかな通行の移り変わりや、いったんの静止を抱える解体現場の人々や、そういった小さくて見えない風景と新しい生活を急いだ速度でかわるがわる何度もあきたらず夢見ながら、同じ階に住む同じような組みあわせの家族に引越しの挨拶の粗品を渡せば、自然と子どもたちの遊びのルールははじまり続いたようだけれど、オレンジ色の金網と分厚い警告表示に囲われた雑草の一面に広がるもともとみんなで集まる広場や公園だったところの今では立入禁止になってしまっているアパートは、彼にとってあまりに適した生存のわずかな隙間だったようで、はじめて東京へやってきた春のころも見つけた彼は道のりの方向をしっかり暗記しなければ気が済まない。

 たどりついた昼には出産をはじめて三日後の夜には数十の子どもたちが埃と錆のなかを行ったりきたりするから、朝も夜も限らずどれだけ退屈であっても卵を握ったまま彼は疲れと睡眠におかされて、身を横たえた家具もなにもない部屋のほつれた畳の角のすみで子どもたちは死んでいる彼を元気よく食べまわして飢えをしのぐ。ぽつぽつとまるで飛び散ったように連なる茶色の錆かもしくはカビは、みどりと黄色の団地案内図を見ていると活気のあったいつかの会話や入れ替わる表札を忘れて、彼らは新しい自分の部屋の場所のどこであるかを覚えていく。それはふたたびのことで、彼の卵の包まれた褐色の膜の奥に透ける幼生だったころから消せない図面として生きていく方法は知られていた。まるで縮尺も方角も歪みのない伝わりは、日に焼けたアスファルトやフェンスを軽々と越えていく鳥や虫たちよりも先に、はるか昔から前提であったように疑うことはもちろんなかった。

 小さな塵のようなものを食べて育つことはできるけれど、より快適に、より決まった角度で育つため捕らえたカラスをみんなが必死に奪いあう。太陽の高い蒸された午後の日に外を出歩くことは危ない。殻のまだうまく整っていない子どもたちは、気づいて慌てるとすでに真っ赤な食料と変わらなくなっていることも多いから、大きくてクチバシも鋭いカラスを夏のお腹の減ったころに食べられるなんてそれはもう滅多にないお祭りで、そもそも単に殺されてしまうだけの意味のないことがほとんどであるようにさえ思うから、もしも捕まえたりすれば押しあいへしあいは続いて、子どもたちの住む部屋のいくつかはカラスの黒い羽で埋まってしまう。その羽を集めて大切に泥だらけの青いひび割れた浴槽のなかへためておくと、いつのまにかカラスの羽の力を信じて身にまとう子どもたちは多くなっていて、カラスを食べることよりもカラスの羽を集めることの方が難しく貴重な仕事だと子どもたちは言っている。実際、カラスはほとんどの場合の毎日をアパートの屋上やそういった空高い、彼らの到底手の届かない場所で無縁の生活を過ごしているのだし、ときおり気分の転がりでふらふらと地面へ降りてきてもカラスは子どもたちを食べられるものとさえ見なさずに、よくてクチバシや爪の先で潰したり飛ばしたりして遊ぶ道具としか思えなかった。それがふつうだとわかっていた。

 季節のめぐって育つにつれて、集まり力をあわせればそんな扱いもなくなってきたのだったけれど、しかし欠けるのはカラスより安定した水の量、水の決まった供給の確保で、雨の降るうれしい日の子どもたちは目の前でぽたぽたと落ちる水滴のしぶきにはじけ飛びながら、溺れることを学んだ。もちろん溺れていたとしてもそれで死ぬことはないだろうし、むしろはじめての本来な呼吸を思い出すくらいに親しみの持てる驚きや天候の変化ではあったかもしれない。でも水はなさすぎるときがあまりに恐ろしいことだから、あらゆる場所の、影に隠れているところも区別なく熱せられ乾燥し、粉をふき、歩けばガサガサと音をたてているうちに気管はつまる。子どもたちも次第に自分の渇きのようなものを知っていて、溺れる雨の日のほかが何日も途絶えず続いたらどんどんと干からび死んでしまうくらいではすぐにアパートも廃墟と変わらなくなるだろう。彼らの訪れる以前の元にもどり土地の必要となるまでの数年間、数十年間をへて取り壊される跡地に新しいきれいな建物が街を見おろすそれまでを、静かに朽ちることしかできなくなるのはほとんど決まっていることだった。

 子どもたちはなにをすべきかを考え、思い出した方法はずっと以前の彼に教えられるけれど、勇気をもってフェンスのむこう側へ乗り越えないといけない運命だったから、すぐに行動をおこして解決することはできずに、子どもたちはいくつもいくつも減った。それなら誰かが行かなくちゃならないルールに定められているひとがいい! 彼らはやはりそこでも誰が選ばれ、誰がフェンスの外へとはじめて越えるかを選ぶ前から自分は知っていた。きっと生きられない、きっとうまく溶かすことのできないにおいや足の数、ひげの長さや脱皮の回数に至るまで、窓の割れたガラスの破片から覗いている遠くで小さな平たい夜景の流れでは、きっとうまく溶けこむことはできずに浮かびあがるエサと変わらなく思われてしまうだろう。陽のゆっくりと青白く夜を染めていく朝の冷たさのなかで、煤のような黒に汚れたフェンスを登りながら彼はぼんやりと思っていた。

 彼はコンビニのほとんど客のいない店内で一歩一歩をあたらしく塗りかえるように歩いて、商品棚のひとつひとつを上から下へと抜け目のなく探していったけれど、少女は菓子パンを眺めていた。学校へ行く途中なのか、学校から帰る途中なのか、なるべくカロリーや脂質の少なくて甘いパンが食べたいと思いつつ、菓子パンであるにはカロリーも脂質も少女の規準を軽々と超えていなくちゃならないことが少女を、ずっと同じ商品棚の、ずっと同じまわりにいて右に左に行ったりきたりを繰り返し、菓子パンを掴んでは裏の成分表にぐったりと呼吸を深めるばかりで、早朝のあまりに早いから店のなかにはわたしとお父さんにそっくりな店員のおじさんしかいないことを少女は焦ってみたりもしてしまう。結局は買ったって食べたってどうしてそんなことをあの時のわたしはしてしまったんだろうと悔やんで恨んでしかたがないだけなのに同じ菓子パンをもう四回も裏返し、消費期限の決まった日付まで覚えてしまって、このわたしの手つきのたくさんついた菓子パンを誰かはおいしく食べるだろう。どうしてこんなに背筋のむずむずとするのか、どうしてみんなは何事も平気なのか、少女にはいつまでもわかりようがなかったとなんらの理由もなく信じている。いくら水を探してもはじめての彼にはどこにあるのかわからなかった。

 すいません、なるべく清潔で透明な水はどこにあったりしますか? 

 ごめんなさい、わたし店員じゃないですね、でも水がどこかはみんな知ってます! と少女はようやく菓子パンから離れて飲料の棚へと戻った。冷たい温度がふわりと冷蔵庫の扉の表面から漏れていて、このあたりです。どこですか? これです。これが水ですか? そうじゃないかとわたしは思うよ。なるほど! 彼はただのエビではなくてミナミヌマエビだから他とはすこし違うのだと説明してみれば、少女はたしかにわたしが知っているのはミナミヌマエビじゃなくてヤマトヌマエビなのかもしれない、住む場所に違いがあるのかもしれないと考えてみるとなんだかやたらに暑かった。長いことコンビニで商品をじろじろと手に取ったり戻したりしていたのになにも買わずコンビニを出なくてよかった。熱帯魚を売っている店ではほとんどが外来品種のミナミヌマエビであることが多くて、そもそも卵から孵化して川をくだり海でそれからを成長するヤマトヌマエビの子どもには塩水がどうしても必要だから海とまったく離れてしまった池や沼には生きることができない、もちろん淡水の水槽では子どもは決して生きることができない。

 少女はわたしは夏休みだったからわざわざ制服なんて着なくてもいいのだし、教室の机に向かって先生の話も黒板も知らずにノートの裏表紙のページで書かれた文章やらくがきをチャイムの鳴るまでつけ足したり眠っていることもぜんぜんなくていい。わたしはもう夜でなくて朝は来てしまっているから今帰ると家につくころには仕事へ出かけるお父さんはいなくてもお母さんはいて、きっと運悪く玄関でばったり会ってしまったお母さんは時間も余裕もない朝にわたしの顔を見ると一層怒ってしまうだろう。公園のベンチで朝の終わるころまで待っているだなんて暑すぎる外の陽射しの強さにわたしは耐えられないと思うから、家までの帰りの逆の電車に乗って通勤のラッシュが来ると学生は少なかった。それでもさすがに冷房も会社員のひとたちの熱さで意味はなくなってきたから降りてまた逆の電車に乗ると家の近くの駅には昼前についた。

 彼は玄関をくぐるとふいに動きがにぶって歩けなくなったのを見て、わたしは尋ねると脱皮をはじめているのだった。背中のまんなかあたりから横にぱっくりと裂けた殻が前後へずるりと剥けると、むせび泣くようなざらついた声を出して胃袋や腸は口から吐き出されてしまった。家へ帰る途中に無理やり買ってあげたお菓子もジュースもぜんぶ半分消化されたどろどろの液体となって床に広がっていった。知らなかったの? ミナミヌマエビは脱皮で外の殻だけが脱げるわけじゃないんだよ。わたしは胃液のかかって汚れることのないように靴を靴箱へしっかりかたづけなくちゃいけなかった。忘れるところだった。もうすぐ脱皮のやってくるだろういつかそのときに水質はいくらかの変化を与えられてしまうと、脱皮の時期は早まることがあるけれど、それがちょうど彼らの妊娠途中だったとしたら産卵からのさまざまな時間、さまざまな疲労を忘れて卵を足の根元にたくさんつけたまま一緒になって殻を脱ぎ捨ててしまうので、卵を抱えた彼らを別の場所へ移動させるのは不安なことだ。

 夜がくるとお母さんは帰ってきてすぐに「そのエビはどうしたの」と言うから、わたしはミナミヌマエビらしいよ、と言うと「そうなの」とだけ返してお母さんは夕飯の準備をはじめるだろう。わたしは部屋にもどって友達から聞いた音楽をしばらく探していると、お母さんはわたしがいつ帰ってきたのかをすっかり忘れてしまっているのだとしたらわたしはこわい。お母さんは料理はすごく得意だったし、いつもおいしいかったとわたしは言った。すごくやさしいし、すごく美人だし、すごく安心できるお母さんはいる。「ごはんよ」と聞いてわたしは急いでリビングへ行くと夕飯が冷凍のエビフライであることを知って、彼は今どこにいるのか、どこで彼は呼んでいるのかをまったく方向のわからなくなっていた。お母さんは昔から一度も途切れることのないくらい気持ちが悪くて仕方がなかった彼に狙いを定めると、塩の入った瓶や仕事の鞄や携帯電話を手当たりしだいに投げつけると潰れる頭はへこんだそのままの音がしてぴくりとも動きたいと思わなくなってしまう。「恥さらしなことはやめなさい」とお母さんはこれまでに何度も繰り返し流すように言っているから、わたしは彼はそのときになってようやく水を持って帰ることはできなかったと思うのだ。

 

 わたしは今でも忘れずにそのままでいるのがどうしても妙な居心地だったから、そのことをカズナにそれとなく言ってみたことがあっただろう。すると彼は「そんなユキみたいなこと言うなよ」と言い「エビフライは好き?」と言って、好きよ、ソースをかけずに食べるの、と笑うと「いつもコロッケにもかけないじゃん、天ぷらとかそういう揚げ物もみんなさ」そもそも揚げ物をそんなに頻繁に食べないし、それは昔よりもっと傾向の増しているような気はしていた。カズナの見ている喫茶店の料理のメニューを見ていて、なんだか今日はもしかしたら食べられる気がする、別にこれまでもぜんぜん困ることはなかったし単に食べていないだけだったように思えて、いてもたってもいられなくなってきてしまうから、わたしは食べると食道の内側の表面は絞って喉のすーすーと空気は通り過ぎるようにさえ感じる。話すたびに吸った呼吸の量の上限がみるみるうちに削られていくように感じる。だからわたしは食べないの、食べたいと思ってもそれはその時のことだけですぐに空腹はなくなるの、これまで何度もそうだったからわかるわ。カズナはハルの話を聞いて驚いた。そのことを怒って彼らは戦争をはじめたんじゃないの?

 そうなの? ハルはしばらくして産んだ子どもはすぐに大きくなっていって、彼らの戦争もますます深まっていったからハルの子どもは物覚えのついたころにはもうすでにエビたちを見ることが普通になった。彼女の小学校でいっしょだった友達のひとりもいなくなってしまった。エビたちは洩らさず数えあげることのできないくらいに仲間たちを失っている、親たちを失っている、そもそも最初のみんながいくらであったかを知らずにそれまで生きてきた自分たちを二度目の繁殖期のやってくる春になってようやく受け入れることはできた。まずはじめに彼らは親たちの墓を建てなければならなかった。敷地のアパートの裏手にはかつての子どもたちの遊べる公園はあって、青カビのようにただれてしまったゾウやキリンやパンダの遊具があったり、鎖の切れて支柱だけは残っているブランコがあったり、まるでながい月日のたって腐る肉や水は土へ染みこんでいってしまい、今では塗装のまったく剥げ落ちた格子だけになったかのようなジャングルジムがあったりする公園の他と比べて雑草がいくらか少ない白い砂のたまっているやわらかな砂場に、死体はないからアパートの住人のおいていった額に入った賞状や色あせたカレンダーや絵本や家族アルバムを突きさして、なにかしらの記録や文字を書きこむこともなくエビたちは墓を建てたのだった。砂場にぽつんと突きささる家族アルバムはどうしてそこにおかれたまま廃墟になったのか、そこに写る親戚や子どもたちや親たちの切り取られた笑顔は、一度きりの視線は、脱ぎ捨てられたそのときはどうやって今の生きているひとたちを思い出そうとするのだろう? 乾ききった砂場にぽつんと建っている墓はちょっとした風や地震ですぐにばったりと倒れてしまうのだったから、彼らは毎日、毎時間欠かすことなくいつかは窓だった場所から公園を見下ろした。冬になると致命的な寒さは吹きこんでエビたちの数は半分にも三分の一にもなったけれど、春にはまた子どもたちは産まれて墓が建てられるのだった。

 それでもなにかは足りないような気がする彼らは補うための部分のまだぜんぜん足りないことをわかっていた。一定の季節のめぐりで増えていく数は産まれた彼らでしかなくて、それはまるで飲みこんだ薬も病も並行に重なるもはや手遅れの病状で、失った仲間や親ではないから補うこともできるはずがなかった。いつかは自分から、もしくは相手から遠い街並みの背後のかすかにぼやけた輪郭の見え隠れする互いを眺めるだけではなくて、今ここにいると、今そこにいるのかと呼びかけなくちゃいけないときが確かにくる。エビたちはそれまで何度か越えた数をはるかに上まわる数のエビたちがある日の朝早くにフェンスを越えて列をなしながら街へと下りるだろう。そしてはじめて目にする電車や信号機やゴミ収集車やショベルカーのかたちはそれぞれ少しずつ異なってしまっている疲れに今さらの確認をしながら整備された道を歩き、わかりやすい道を歩き、それがどうやっても間違いのないものだと、他に道のありうるはずがないのだと自信を持って言える少年を少女をともなって帰っていくだろう。エビたちは自分の仲間や親たちの身体のない墓を見せて少年少女が仲間や親たちの目に触れたとしばらく思いこんでみたりする。偶然そこへ捨てられて偶然そのように見えてしまっているかのような格好の墓を前にしてエビたちはいつまでも不安を感じる。ハルの子どももたくさんのそのうちのひとりだったことはある。わたしは動物を扱うのが得意なのと彼女は小さいころによく言っていた。

 ハルの子どもは流れるものの数えていくことが好きだった。一年にほんの数回だけだけれど一泊するかしないかくらいの小旅行をなかば年中行事のようにしていたときも、電車に乗って訪れた内陸の山奥の肌寒い吊り橋の上からずっと下を流れている川の水のうねりを見つめて、ぜんぜん怖がったりはやく渡ろうと泣きついたりすることもしないでじっと見入っているから、ハルはふいにそのまま吊り橋から落ちてしまうんじゃないかとそのことばかりが気になって嫌がる彼女を抱きかかえ吊り橋を渡った。ベランダに立って道路を走る自動車や通行人の種類や数を数えることも朝からした。高い場所に自分のいることはなんの危うさも感じなかったようだけれど、だからといって高い場所を好きになっていることも違っていて、あまりに地面と離れすぎた展望台や飛行機の窓の外の雲を抜ける前や抜けた後に広がる変わらない写真のような風景くらいなら、テレビに映った天気図や映画のエンドロールの名前を食い入るように数えたし、バスの座席でハルが買い物の疲れにぐったりしていると彼女は突然ハルにむかって、見た、さっき見た? ねえ見た? と言うから、それがあまりに車内ではうるさくてハルは、どうしたの、静かにしなさい、と言うと彼女は本当にぴたりと黙ってしまって、一度も喋らず、そのことをバスの降りてから思い出したハルは尋ねてみると

「犬の顔がね、新聞紙にくるまって道の横に寝てたの!」と言うのだった。ハルの子どもはそうやって動物が大好きで犬も猫も会う度にしゃがんで頭やあごの下をごろごろと言いながら撫でたりするのだったけれど、ハルの好きな相手は、たぶんカズナやそういう相手はそのことを嫌がる。本当に産んじゃうのとハルに言う。ハルはそれは嫌だと思うとカズナはきっと苛立ちくたびれてしまうから言わずに、黙って産んでしまった。ピルは生理を調整するの、という話を大学の友だちが言っていた。すると彼女はお父さんとは一度も話したことがなかった。

 彼女はお父さんのいないことがハルは自分のせいだと思っているところがあって、きっとわたしだけでは本当は二人いなくちゃいけない、それも男と女がいなくちゃいけない親の立場をしっかりはたすことはできないと彼女に対して引け目に感じてしまい、それは彼女も言葉ではあらわせないけれど知っていた。どろどろと溶かした夕日のように眠っても眠ってもとれない身振りがそこにはあった。どうしてお母さんだけじゃいけないのかわかったのはずっと後のことで、わたしがひとりでお母さんを学校の帰ってきてからもしばらく友達と遊んでからも帰ってくるのを待っているそのことはあんまりよくないのだと彼女は名指しされた気がする。舌足らずな声で、それでもはっきりと名前を、もちろん名指しするひとなんてどこにもいないかもしれないけれどそういう気がすることはたくさんある。彼女はお母さんのつくった料理をレンジで温め食べながらテレビを見た夜にその報せは前からあった。きっと栄養失調かなにかだね、とエビたちは言った。

 どうして?

「一番少ないものの基準になるから」

 嫌なの?

「みんな決まってるしね」

 そうだったの。

「産まれたそれからがずいぶんと遅かったかもしれない」

 わたしは奪ってしまった!

 彼女は墓を見てもういないみんなのことを思うのはとてもつらいのだろうし思わない。仮初めの墓の前でエビたちは子どもたちにいない仲間や親たちの食べものや部屋をぜんぶあげる。残さずあげるとそれから決して歩まれない未来の生活や消費や楽しい会話をするための家族があった。それはいわゆる家畜だった。

 招かれた子どもたちは自由にアパートで掃除をしたり買い物へ行ったりかくれんぼで遊んだりするルールを考えたりしながら奴隷に似て、荒々しさや震えの収まったかに見えるエビたちはぼくらは敵討ちをしたんだと説明をつくっていった。かつての荒々しさや震えのあったかどうかもエビたちは自分のことなのに信じられない。穴ぼこだらけで計算はぜんぜんあわないし、思い返せば自分は産まれてすぐの季節だけでしかなくて、今ではすっかり忘れてしまった部分もまだ産まれていないのが正しい。それにアパートはあまりに広いから探す鬼はひとりでなくてふたりが探すべきで、ふた手に別れないから効率は変わらないけれど声を発せられるのはとても大きい。

 食卓机のおかれたままでかつてはリビングだったところの隣は和室と押入れがあって、押入れのふすまは穴のあいてだらりと表面がめくれあがり覗くなかは暗くて見えないのだったけれど、玄関の方にいけばキッチンとトイレと浴室があり、汚れた窓の奥にはベランダもある部屋はだいたい二十くらいがあったし、アパートの外のフェンスの内側を含めると時間はいくら経っても探していた。いつまでも見つからない隠れた子どもたちは次の日になるといっせいに出てきて鬼になったりするのが普通で、けれどたくさんの子どもたちはエビたちの数だけ沿うように集められたのだったから鬼のふたり以外はいつもどれだけがいるのかはわからず一日が終わる。ひとりひとり数えない。いちど鬼となって声をかけあった相手ならいるとわかるし、いないならそれこそ一緒にいなくなる。だから相手をまるで自分のむかしあった時間、むかしあった習慣であるようにさえ思ってしまう。

 エビたちはハルの子どもとのあいだに交わって子どもは産まれても仲良くなって屋上をのんびり歩きながら敵は敵であるということに変わりはなくて、いつかは少年少女は食べられる運命にあるしかないのだということは避けられない。彼女は産まれた子どもを連れてお母さんのところへ行くと、もうしばらくぶりに会ったのだったから忘れているし迷惑を与えてしまうからひとりだ。エビたちが食料の少なくなったときや、そんなものとはなんらの関係もなく記念日であるときに解体する子どもたちを食べれば不安は絶えず残っている。解消されない。食べられた子どもや死んだ親や仲間たちのとめどなく増えていく墓でいっぱいになった砂場の、それでも建てるのをやめないのは、ずっと以前のエビたちの気づいたころにはすでに人々が無駄なく彼らを使っていた、その方法がたしかに見つかったからだった。

 エビたちは突然の環境の変化のあったときを除いて定期的に身体を大きくするための脱皮をする。子どもたちを食べたり交わったりすることで産まれる新しい彼らは、いつのまにか彼らでなくなって別のなにかのようだったから、その肉を構成する要素も殻を構成する要素もみんなひとの部分の加わって根元から変わってしまっていたから、人々は土地開発のための測量で訪れた廃墟のアパートで彼らを発見したときにはこれ以上ないくらいの盛大なお祝いをした。たとえばまったく、こんな便利なものはないだろう、こんなすばらしい容器は作れない、やっぱり自然は偉大だな、自分たちは無力だな、なんていうふうな具合の感慨にふけりながら捕まえ遺伝子を調節し、名前をつけて、専用の工場でたくさん増やし、たくさん飼育し、たくさん得られるような生産システムを確立した人々は生きるのにたいせつなタンパク質を誰でも気軽に平等に食べることのできるよう、またひとつ賢くなったと拍手した。手ごろな価格の商品がスーパーに毎日あふれるほど並べられ、まるでそれは風邪をひいたまま治らずに死んでしまうようだった。

 そのころになれば彼らはアパートに住む限りで少数派の、よくわからない集まりとしてそこにはあって、自分たちと変わらない種類のエビたちが外でエサを与えられ、温度を調整され、スムーズな進行で食卓におさまるのがどうしても不気味な様子でこわかった。必死に数のあうだけの墓を建てて祈ったけれど、辻褄あわせになることがなかった。眠れば夢にまで出てきていつまでも墓を建てている。建てるものがとっくの前から探してもぜんぜん足りないし、さしたものを抜き出してしばらくすれば新しいものとしてもう一度拾いあげてみると腐っていた。

 フェンスをこえて次にたどる以外が腐っていて、少年少女を連れることも今では懐かしいことにさえ彼らは思ってしまった。というより忘れてしまった。目につくものといえば動くものよりもずっとそのまま動かない、硬くて吐息のあたらない看板や包装をつかんで砂場に建てると、そこにはほとんど知らなかった言葉は並行にいくつもいくつも書かれていて、むかしは読めなかった図のようなそれも交わりを繰り返した彼らならすらすらと読めてしまう。原材料は魚と砂糖とビタミンと、直射日光にあたらない場所でなるべくはやめにお召しあがりください! それはまさしく墓じゃないただの砂場のようだった。

 新人のアルバイトの少年は大人になる前のどこか知らないところへ旅に出たいと思い、お金はやっぱりそれなりにかかってしまうだろうから近所の最近できたばかりのスーパーで木曜と金曜だけ働くことにした三週目の夜の、ゴミをあさる彼らを見つけて通報した。警察は来てみるとひとりの彼らは個室で捕まっていて、留置所で数日間を眠った。少年はためた八万円で旅をした。

 すぐに裁判のかけられるだろうひとりを無実に助けるために彼らはエビたちの誇りをもって訴えたのだけれど、あれからもう何年もたっていて、すでに彼らはエビではぜんぜんなかった。二本足で歩き、交通ルールを話し、駆けて電車に乗りこむところまで知っている未熟な彼らでしかなかった。留置所の職員は言われてはじめてそのことにぼんやりと気がつき、ただのよくある浮浪者かと思っていた。なんて汚いやつだと思った。留置所はそこまで寒くなかった。

 裁判の日はそんなに大きな裁判でないから小さな裁判所であったのが数週間後の夕方で、有罪だった。裁判のはじまる前に聴衆のひとりを職員が呼び止めて

「それはなんですか」

 え、どれですか。

「カラスの羽ですよね」

 こういう場につけるのです。

「知りません」と言われて外さざるをえなかった。うまく理由を説明できない。できないものはつけちゃいけない。だから有罪になったと思う彼らも何人かいたけれどそれは違う。カラスなんて関係ない。そもそも有罪がおかしい。何年もたって今やエビですらなくなった彼らが言葉を平気で話すし書くとはいっても、長々とした裁判のやり取りは普通のひとでもわかったりしないのだったから思いひとつで変わる。不当な裁判だ、まったくの差別だろう、食べられる材料だといっても無配慮に扱うのはやさしさが足りない証拠で、つまり勝手に扱うのはおかしいし、裁判もおかしいけれど、食べられる自分たちであることに疑問がなかった。動物にも人権はある、そんなふうにしか思えないくらいだ。

 彼らの起こした行動はそれから意思のあらわれとなっていって、もちろんはじめは抗議のつもりだけだったけれど、のちのち語られるように過激さを増し、しだいに墓へのあれだけの執着もさらりと薄れてしまった。嘘のように砂場は元にもどった。かつてのなにもない公園が、廃れた場所がそこにはあった。フェンスを越えるのも手慣れたもので、とっくの以前に穴はあけられた。躊躇なんてなかった。何度も行き来するフェンスがどうしてあったのか彼らは誰も知らないし、穴を抜けてのら犬の迷いこんでくるのをときどきおいしく食べるくらいが彼らにとってのフェンスだ。食べ終わったのら犬を外へと捨てにいき、のら犬のつけていた首輪で遊べば、飼い主は別の種類の犬を飼う。

 そうして街を歩く眼も変わってしまった。探しはするけれどまったく違う。持ち帰るのでなしにそこで壊すのだから、さまざまにこれまでの条件は度外視されていく。たぶん決して無視なんてできない、判決はいとも簡単にくつがえってしまうと言って、あれこれ考えるうちにもう罪人は釈放されたあとだった。保護施設でそこまでの不自由なく暮らしていた。アパートへ帰らずに一生を終えた。懲役でなくて軽犯罪がさらりと執行猶予や罰金だけで済むのは当たり前のことかもしれないし、そこまでありふれた成り行きは雑多な街でもなかなか見かけないだろうし、散らばるゴミなんて昔の街にあるだけで、きれいな道路を救急車が走る。子どもは母親に指さす。あれはなんていう音なの? ましてや虚偽罪なんて!

 だからもとある抗議も気づいたらどこかの遠くへ行って、帰ってこないままだったことがほとんどというよりすべてで、いささか危うい表現もそれなりに許されるし理解される時期がまたたく間に過ぎていて、懐かしくさえ思えるくらいのもどかしさが、ついには叫ぶ声が反乱だ! 戦争だ! と言ってどたばた騒ぐけれど、戦争なんて、そんな彼らのずっと前の彼らの親たちは同じ光景に立っていて眠るひまもないほどに立ったままだったから違和感も少しも抱かずに済んでしまう。軽やかに、速やかにたくさんの故障や不具合を彼らはひたすら起こしていったことによるさほどの興味もありえない物足りなさは、朝方の大きな運命の重みとして線路のあいだに選ばれ名乗り出た数十の代表がすこやかな心地で横たわり、いつもと変わらない通勤ラッシュの人々の学生や会社員や駅員や歩道を歩いていた老人や散歩を脱線した電車がばらばらに圧縮し、血まみれに砕いて成功した。地震かと思った。線路ぞいのマンションの一階へ突っこんで朝ごはんを作っていたお母さんと子どもとお父さんは潰れた。運転手も死んだ。ペットの犬も死んだ。なんだかわからないままに救急車はいつも目立って仕方がないのと比べ、意図した抗議はなにげない不注意のかたまりだというふうに判断されてそのまま追悼の記念日ができた。もっと安全な運転を、もっと具体的な賠償を、願ってばかりいる悲しいその日に彼らをわざわざ思い出すひとはそんなにいなかった。関係がなかった以上に別々だった。ニュースで見たりネットで聞いたりした偉いひとたちの謝る姿へ罵倒するついでに「もうそんな時間になったのかー」と微かな焦りは産まれて、充実がモットーに生きなくちゃいけないと数分思った。それがその一日だ。線路は外れた列車の車輪で途切れてしまってなおらない。絶対なおらない。あのときいっしょに座席ですわって眺めた速度はもどらない。えぐれた土地の整え続ける工事は進められて残った記憶もいつかはやっぱり自然に死んでしまうのを受け入れる。

 その反復はずれながらほとんど知らない彼らは罪をかぶった代償として、より一層のすばやい乾燥が余儀なくされたから抗議も忘れた。やっぱり忘れた。次々に回転はめくるめいてむしろきれいなくらいだった。どうしよう、どうすればいい、どうすればわたしは許される? と悩んでも悔やんでも許さないと思ったことがないのだったから最初から許す余地もありえないし、とてもとてもわずらわしくてこちらから問いただして「なんでそんなに言うの、うるさいの?」とやさしく尋ねてもわからない、地面のはっきり傾いてしまっていて結局のところ歪んだ目鼻くらいしか違わない少女は電車に乗っても食事をしても誰も彼女だと知られなかったし、言っても聞かせてもみんなどういうことか信じられなかったから言わないし平然をよそおう。お名前はなんですか?

 ユキです、と言う戸惑いもあることが罪なのであって、あやまちは透けているのか見えない落ちつきが慣れてこない。そもそも入学してまだ数ヶ月さえもたってないし、そんなことは頻繁にあるの、どうなの? 到底わたしには思えない。

「あんたはまったくいつまでもどうしようもないから!」

 したいことをしたいようにしたかったのに、お母さんはわたしはあなたの思ったとおりにやってきてあげたのだし、あなたは自分であなたからそこにこもって遊びにいかないんだったから、すぐにひとのせいにするけれど嫌いなんじゃないの、やっぱり愛情は伝わらないものなの?

 お母さんの言葉を何度も口ずさむ少女はふらりと逃げ出した駅の電車の風景を覚えながら、重なっては消えていく街並みをいくつも眩しくまばたきし、路線を乗りかえてついた駅ははじめて訪れた海の近くの区域がずっと前に埋め立てられてつくられたようで、増えつづける街の人口対策としてあらかじめ選ばれる方針にしたがって整備は行われ、白を基調とした統一の未来にふさわしい都市の設計を目指しますという計画は大々的に発表されたのが少女の産まれる前だったからぜんぜん知らない。

 むかしは輸出入の倉庫として使われたなかをいくつもの店に改装して使われている赤レンガの立派な建物や、本物と見紛うくらい精巧につくられた実寸大の模型のような海外工作船や、くるくるまわる眺めのいいだけでなく夜になるときらきら光る夜景となってくるくるまわる観覧車や、埋め立てられた土地によって本来は魚や貝のたくさん産まれていたはずの海を流れる川を走って街の中心まで行く水上バスの設置されていることはなにもかもいたるところにうまく迷わないよう設置されている案内図に示された広大で清潔な観光都市が、どんなものの代わりに今そこにあるのかぜんぜん知らないことはなくて、そのときすでにはっきり産まれていたとしてもほとんど忘れてしまってわざわざ調べるひとも少ないだけなのだったから、休日の晴れやかな天気の海を眺めるつもりのない男女や家族連れや高校生たちは丁寧にすみからすみまで無駄なく計算された商業施設に楽しんで少女は歩いていく。すべての通りに街路樹は植えられているのだし、電線や電話線といった雑多なものはみんな地面の奥へ上下水道などとともに埋められていて見えないし、ごみも不要もどこにも見あたらない通路を上り下りしながら少女は疲れてふいに声をかけられたけれど、気のせいだと思ったそれは

「ねえ」と振り返ると彼がいた。いつもの待ち合わせにぴったりとあらわれるはずの予定があった。人々は右にも左にも歩きながら親しい商品を話しているなかで、退屈な日が、わたしたちはなんの前触れもなく立ち止まってしまったから背中を見ている。もう二人では会えない。会ったことが一度もない。これからもありえない。どうしてすんなり気づけなかったんだろう、今まで、こんなに大切な会話だったのにつまらないし、なんにも感じない。少女は呼んでいた。それが幼い自分のあったことだと誰かに言われたのはほとんど削れていた。ぼくは触れることがなかった。

するとぼくは言うのだった。もうだいぶ時間はたってるのかもしれなくてごめんね、これからどのようにしたって許してくれないのはわかっているし、すんなりとぼくも受け入れてしまっているのだったからなんの進展もたぶんありえないのだろうけれど、でもやっぱり一度ぼくらはふたりで鬼としてみんなを探して歩いたことに変わりのないような、そんなことばかりを思って毎日眠ってしまうことがあって、君もぼくもすべてが残らず偶然の一瞬すがたを写して横切った小さな鏡くらいの速度で忘れていかなくちゃいけないはずのぼくたちを、いつまでも日記に記しているぼくだからまだこんなところにいて廃れるままだった。

 あのときみたいにぼんやり学校へ行ったり先生の悪口を言ったり制服のわずらわしさに怒ったり嘆いたりできるかな、なんてもちろんぼくたちに無理なのはわかっている。黙ったままそうしていたことは考えてみれば驚くほどたくさんあって、今なら思い上がりだなんてとても言えない、そんな戸惑いをもって言えない答えはぼやけたピントもなくそうだった。嘘じゃなかった。ぼくのなかにあった。捕まれないままでいるぼくはたぶんこのままずっと死んでも産まれても捕まれないまったくその通りの言葉であおむけになって冷蔵庫の唸りにも鼓動をはやめてしまうくらいだから、ぼくは謝らなきゃいけない、奪った分を返してあげなくちゃいけない、そうでないと生きられないなんてきみは間違っても思っちゃいけない。

 あれからひたすら隠れて過ごしてきた気がするのだったし、そんなつもりはどこにもないのにどっちが罪悪か、どっちが被害者か見極めようとしていた気がするけれど、ぼくはどこまで落ちぶれても立ちあがってもそれなりの区別をもった、ざっくりした種類のひとつに変わりはないつまらなさがぼくだったから、ひたすら一方へむかって掠れてしまうくらい何度も到着する今は先の駅へと走っていった馴染みの電車が時には終電に近くなる。でもそれも結局はその日の終電であってわずかでも終わりじゃなくて、むしろ明日はふたたび終電はやってくるとみんなが急いで時計を見る。あと何分残っているのだっけ、改札まで何キロメートルあるのだっけ、と誰もがやっぱり似たような具合でいったいいつから鏡を見ているような皮膚の、硬くて脱いでも育っても変わらない形質の身体になってしまったのかぜんぜん覚えていないくらいで、がらがらと崩れる音ばかりはするから線路の円周をぐるりとまわってまとまるような路線がぼくにはきっとすごくちょうどいい。すごく欲しいけれど、もちろんぼくたちはこれからも絶対にありのまま許されることがない。

 ぼくはアパートを出てその日に思えた目的地をたどって見失ういつもの消費の仕方を覚えたり、ここに行けばなにもかもがうまくいくんじゃないかと信じて失敗するのだったからまるで迷子だ。動物園を逃げ出した馬や猿が逃げ出してすぐに入った住宅街の外の広々とした空き地や山のなかを自由に歩けないままに数日で捕まってしまうのがいつもある。適さない狭くて入り組んだ邪魔ばかりの家の前であっけなく追いかけられたまま捕まってしまう。ぼくは突然誰かと間違えられて「よう、元気か?」とか「これもなにかの縁だからさ!」とか言われたりへらへら笑ったりしたことは一度だけあるけれどそんなふうなことはめったにないし、ぼくはこわい。家出したぼくがそんなふうなひとやものに会ってしまったらきっと家に帰って夕飯を食べて眠って次の日にまた学校へ行くぼくの被った姿勢は発せない。すごく不気味になる。あらゆることの偶然はちょっとの努力で運命や一本の色彩に変わってしまうし、努力はぼくの勝手じゃぜんぜんないのが街ではほとんどだからなるべく相手とぼくのふたりのあらわれないように早足で信号を歩いていく。

「それからちょっと来てごらん」と言ったのが髪の横に長いまじめな男のひとだったけれど、コンビニの食料品売り場に立っている背中に手を回されたぼくはこのひとをなるべく長いあいだだけ直接見たくない。見たことがないし、これまで知った名前のなにものにも似ていないくらいだったからぼくはついていくと先入観を抱いてしまって悪くなる。電車では行けない車でしばらく行ったら白いペンキで塗られたガードレールのような木の柵が道の両端を進んでいた。山の斜面の斜めにまっしろな風車の羽がまわっていたのはかつてのことで、近隣住民は訴えて耳には聞こえない振動が絶えず響いていることはわかったから羽はぜんぜんまわっていない。建物のほかになにもないところにぽつんとひとつだけ建っているようなそこは大きくないトラックと紐につながれた犬がいて、よだれをたらし、ぼくたちはつくと、まるで古い養鶏場だった。

「本当は海にどかんと区切りをつけて、いっぱい飼って、水の汚れるまでにまた別の場所を移り変わっていくのが一番だけれど、いかんせん海があわないようだし、じゃあ池といっても食べ残しのえさや糞が酸素を使ってすぐに病気になるからこうしてる」というのが昔で、養殖はもちろんつきてしまっていて今では一時あふれるくらいのエビたちが卵から産まれ急いで選別され大人になると卵を産み食べられてしまうその出荷のにおいがくっきりと漂うくらいしかわからないのは年月のたちすぎてしまっているからだった。調理して食べた子どものひとりが患ったニュースの流れる夜、家畜の管理者は呼吸の速くなりすぎてばたばた倒れていった。もう自分は死ぬんだろう、そうだろうと救急車のひとにささやくと笑顔で「いいえ、単なる過呼吸ですから安心してください」と生かされてしまった。入院もほとんどいらないくらいだった。こうなってしまったことに責任をもって対処しなければならない? 今を選んだそれだけがなににも変えがたく悪質か?

「ストレスで自律神経の不安になっているのが原因です」出荷の停止された彼らはみんなそこにいても食べて産むだけでなんの役割も果さないことはないけれど、迷惑だから大きな穴にざっくりと埋められた。ぼくは探しまわったのにたったの一匹もいなかった。

「真似事だからいいじゃないですか」

 そんなのは嫌だ。

「もう返されるなんて、一生ないんですよ」

 あなたはじゃあ、なんですか?

「担当責任があるのです」

 お父さんと行った夏の日、ぼくは波はゆっくりと運んでいってみるみるうちに砂浜が遠のいていくのだったから、お父さん! お父さん! と足をじたばたさせても海水浴場は数えきれないくらいのひとの声でいっぱいだったし、ぼくもお父さんは紛れてわからなかった。浮き輪はぷかぷかと揺れていて、掴まったままのぼくは沈むことがないし助かることもきっとない、ただ待っていれば遠のいていくだけだと知っていたのにぼくはお父さんは気づいて慌ててくれたことを覚えている。いったいどれくらい前のことだったろう? ほんの数歩うしろをついてきてくれているように思ってしまう。あたりを見まわすと家畜場のなかに誰もいないのがしばらく続いていた。

 そうだ、いつのまにかぼくは新聞記事のあらゆる連なりに決して言い逃れのできないような正夢を見出してしまっていたから、まったくばらばらな写真も配色もありえない、すべてはみんなの産まれる前からの計算がぐるりと地面のすみずみを覆っているのだった。ぼくはそれを参考にして明日の順序を並べようと思い、ひとつひとつを暗唱しながら数えはじめていると、それは忘れた夢でしかなくて、みんなはどんなときにそれがわかったのだろうとぼくは眠るのがこわくなってしまった。子どものころのことだ。

 それからぼくはまるで海に浮かぶ看板の掠れた標識を見ているのが昨日で、塩分は文字のかたちなんてこだわる余裕の少しもないことを血液のめぐりにとらわれる前からみんなは知っていた。ぼくはどうしてユキのいなくなってしまったここにいるんだろうと思っている。たぶんそんなふうに老けこんだぼくは考えている。それが日記帳の余白の部分だった。

 ぼくはこれからせっかくだし海を渡ろうと思っているのだけれど、水質調整剤をたくさん買って流しこめばだいじょうぶな気がするし、それにここにはなんでもあるから困ることなんてユキはひとつもないと思う。すぐに工事ははじまって黄色い工業機械は土や砂を運んでくるし、セメントで固められて、大きな建物が建つからそこにみんなはやってくる。朽ちるまでの短い周期を遊び、安心の保証されたものがすごくかっこよく並べてあるのを買えたらどんなに寂しくてもいいよね、安心だよね、なんてわりと最近のユキは信じている。海を渡ればそれだけで生きられるように聞いたんだ、渡ったことはないけれどいつかは渡らなくちゃいけないらしいのはわかってるんだ、またよろしく言っといてね、みんな、なにもかもがありあまるくらい元気だって。

 そう言うとカズナは去っていき、ユキは彼とのあいだに産まれた。そしてしあわせに暮らす六十年後くらいにひとりで死んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考・引用元

 

http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%88&source=web&cd=1&ved=0CDEQFjAA&url=http%3A%2F%2Fja.wikipedia.org%2Fwiki%2F%25E3%2582%25BF%25E3%2583%25B3%25E3%2582%25AF%25E3%2583%25A1%25E3%2582%25A4%25E3%2583%2588&ei=DszxTq6UMIigiQfEp_nGAQ&usg=AFQjCNGkBQzyQTjj8s5kwYRPqgjcYNyEvQ&sig2=-TkRMPpqXx_PS8In2HaPVw

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http://mizugiwa.sakura.ne.jp/shrimp/dappi.htm

http://www.ikujizubari.com/pregnancy/patio.cgi?mode=past&no=516

http://www.jstage.jst.go.jp/article/fiber/63/9/P_253/_pdf/-char/ja/

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http://www.minatomirai21.com/

http://www3.tokai.or.jp/e-tamago/

http://homepage2.nifty.com/research/ebi-SUB2.HTM


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