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4月8日のSFP「市民Pに関する覚え書き」

 後に「市民P」または「玄人P」と呼ばれることになるボカロP、岩渕ハヤテはささやかだが重大な発見をしていた。その話をしよう。

 岩渕ハヤテが「シチズン梅田」の名前でニコ動ことニコニコ動画に発表した最初の曲のタイトルは『くろうとはだし』。ボーカロイドには巡音ルカを使い、作詞作曲ともにオリジナルだった。ボカロ界の黎明期で、まだボーカロイドを使いこなせるプロデューサーがそれほど多くなかった中、その完成度は群を抜いており、まさに玄人はだしのクオリティの高さだと一部の注目を集めた。それも当たり前で、岩渕ハヤテは頼れるスタジオミュージシャンとして、すでに7年間の経歴を持っていた。玄人はだしどころか本物のプロだったのだ。

 職業的なプロというだけではない。岩渕ハヤテは中学時代からバンド活動を続けてきて、ボカロデビュー以前に書き貯めた曲がそろそろ300曲に届こうとしていた。本来、聴衆の前でライブ演奏するスタイルのハヤテがボーカロイドを利用するようになった理由は単純なものだった。スタジオ録音の仕事が忙しくなり、バンド活動ができないストレスを晴らすためだったというのが本人の言で、それはたぶんその通りだったろう。溜まりに溜まった自作曲の中から「これは」という曲をピックアップし、ニコ動に発表しようと思いついたのがボーカロイド・プロデューサー「シチズン梅田」の誕生のきっかけだった。

 けれども『くろうとはだし』は半年経っても2000人程度にしか視聴されず、さほど人気を獲得したとはいえない。後の人気からすると意外だろうけれど、黎明期のボカロの視聴者の多くは既製の曲をボーカロイドたちにどう歌わせるかという点に興味を持っており、オリジナル曲の需要は低かったのだ。第2作目『赤い粒胡椒』、第3作『畦は柿色/Eighty』も、「さすが玄人P』という評価を受けたものの、さほど注目を浴びたわけではなかった。ただ、この時点で何人かは、シチズン梅田が昭和の有名な女性アイドル歌手をパロディにしたプロジェクトだということに気づいていた。そしてコメント欄に「あの音痴っぷりも再現できればもっといいのに」と書いた。

 これが大きな転機をもたらした。

 第4作『チャールズブロンソン』の発表までに半年が費やされた。この時点ではまだ試行錯誤が繰り返されていたが、いささか調子っぱずれのアイドル「シチズン梅田」はささやかな話題となり、1か月以内に10000人以上が視聴するようになった。第5作『那須のタブラ』では、「歌が下手なアイドル」としての完成度が一層上がり「なにこれ」「まじめにチューン汁」「SEIK○ちゃ〜ん!」「ダメポ」などのコメントを集め、3か月かけて再生数が10万回を超えて殿堂入り。以後、第6作『エロいバラドル』、第7作『ほりたつお』は発表と同時に大絶賛で迎えられ、第8作『破壊ツイート柿ピー』では当時としては最短記録で殿堂入りするまでになっていた。

     *     *     *

 交通事故で岩渕ハヤテが亡くなったのは第10作『ゴス色のマイメイド』を発表して、そろそろ次回作が待たれているころだった。ちょうどそのとき、人気絶頂のアイドルグループの新曲が『ゴス色〜』にそっくり(というかあからさまなパクリ)だということが話題になっている最中だったので、その死には裏があるのではないか、事故ではなく事件なのではないかと囁かれたが、結局それは全くの不運な事故に過ぎなかった。

 「市民P」ことシチズン梅田の活躍はこれで終わった。シチズン梅田の死を悼む声が盛り上がり、さまざまな話題が重なったおかげで『ゴス色〜』はミリオンで視聴され、カラオケでは一般曲を含めたランキングでトップ10に食い込んだ。第9作『なぎらのバルスお兄』と合わせて2曲がトップ10に入ったのは空前の出来事だった。テレビやラジオなどのマスメディアでも一時期パワープレイされたが、忘れられるのも早かった。

 けれどもプロジェクトは続けられねばならない。わたしはそう思う。なぜなら岩渕ハヤテの曲はまだまだあるし、パロディの対象たる元アイドルの曲もまだまだあるからだ。それだけではない。わたしは岩渕ハヤテからヒット曲づくりの極意を聞いてしまったのだ。

 ささやかだが重大な発見。ヒットメーカーの極意。「あの音痴っぷりも再現できればいいのに」というコメントをきっかけに、岩渕ハヤテは元アイドルの歌声を研究し尽くした。そして、その調子っぱずれは、驚いたことに実は音痴ではなかったことを発見した。それはある法則に乗っ取った歌声だったのだ。そして岩渕ハヤテはその「調子っぱずれ」を再現するためのプロトコルをつくりあげた。

 わたしは「CITIZEN」名義で、プロジェクトを再開した。第11作にあたる『エジンバラの調度』、次の『隠密の前園』は「できのわるい梅田のフォロワー」と切り捨てられたが、第13作「地獄のKISS」、第14作『シイナの林檎/SWEET POTATOES』を発表するに及んで、「これは本物だ」「シチズン梅田は生きている」と話題になった。「市民P」の呼び名が定着したのもこの頃のことだ。

 そう。岩渕ハヤテが、わたしのハヤテが発見したことは正しかったのだ。あの元アイドル歌手は、正確に72平均律で歌っていたのであり、決して音痴だったわけではないのだ。1オクターヴが72音階で構成される72平均律の世界は、一般的な12音階に慣れたわたしたちの耳には調子っぱずれに聞こえる。でも、それは単に72平均律の世界を知らないだけのこと、その世界になじめば味わったこともないような複雑な音世界を体験できるのだ。

 生前、ハヤテは言ってくれた。
「だからあの頃、お前をボーカルに選んだんだよ」
 そう。わたしたちは学生時代に一緒にバンドをやっていた。ボーカルのわたしは紅一点。女性ボーカルをフィーチャーしたハードロックのバンドだった。
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない。おれにはわかった。お前の歌は特別だった。あの頃は知らなかったけど、お前は72平均律の世界の住人だったんだ」
「バンドのみんなに音痴だって言われて、わたしをおろしたくせに」
「おろしてないさ。こうやって一緒に暮らして次に備えてるじゃないか」

 今のわたしは歌うことができない。ハヤテが死んで声が出せなくなったのだ。ハヤテはもういない。ハヤテとわたしはもう何にも備えていない。そうわかって、声が失われてしまった。泣いて泣いて泣き尽くした果てに全く声が出なくなってしまった。けれどもわたしは歌を発表することができる。「CITIZEN」の名前で岩渕ハヤテの歌を届けることができる。プロトコルなんて知らなくても、どう歌えばいいかはわかっているから。そしてたくさんのファンがいる。市民Pの、CITIZENの新曲を待っている人がいる。それでいい。それでいいんだと思う。

(「平均律」ordered by タリン-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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市民Pに関する覚え書き


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著者 : hirotakashina
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