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第一報

まだ正月気分が抜けきらない2009年1月7日に事件は明るみに出た。当日私は午前中は客先にいた。お客さんの年明けの仕事はこの日からで、お客さんに挨拶したり、客先に常駐している社内のメンバーとも新年おめでとうのコミュニケーションを取っていた。まだ仕事は本格的に始まっている感じではなく、午後は東京の自社のオフィスに戻って仕事しようと思っていた。

 

電車に乗りながら1時間半ちょっとで自社に到着。なんとなく中が騒がしい印象を受けた。自分の席に行くと同じセールスの人間が「平塚さん、やりましたよ。Fraudですよ。」と言う。その単語を知らなかった私は何の気なしにWebサイトでその単語の意味を調べる。「不正、詐欺」といったところが言葉の意味だ。何のことだろうと思っていたら周りから情報が入り始める。

当時の会長のRamalinga Rajuが、インドの証券取引所に対してこれまでサティヤムが粉飾決算をしてきたことを告白したのである。最初は小さな額であったものがだんだん大きくなり、止めるに止められなくなったとの事。「虎の背中に乗ったものの降り方を知らなかった」というのが本人のコメント。うまいこと言うが、これは犯罪である。これ以降サティヤムという会社および社員(そしてその家族)は大きく翻弄されることになる。

 


前兆

思えばこの事件には前兆があった。

事件発生の前年の2008年12月。サティヤムがインフラや不動産の事業をしている会社を買収するというニュースが流れた。電話会議形式でこの買収に関する株主への説明とヒアリングがされたが、相当紛糾したようである。現業のITとの関連が不明確であったこと、買収しようとしている企業が会長の息子が経営している会社で(買収対象のMaytasを逆からつづるとSatyamになる)会社の私物化にあたるという意見もあった。

この買収は結局株主の猛反対に会い、撤回せざるを得なくなった。結果として、このニュースを受けてサティヤムの株価は急落。取締役も何名かが辞任することとなった。これらの取締役は買収に関して反対をしていた人々で、自分たちの反対意見を聞き入れてもらえなかったことに対する抗議の辞任というような形になった。

 

これらのニュースは日本側からするとなかなか動きの見えづらいところで、そのような買収議論がされていることは知らず、結果として計画の撤回があったことが知らされた。株価の急激な下落や取締役の辞任があり、既存のお客様への説明は必要となった。このようなニュースが流れたが、この計画は撤回して今まで通りITの分野でビジネスをしていきますというメッセージを送った。海の向こうのニュースということもあり、お客様のほとんどは了解しましたという返信であった。

 

その中で一件の新規商談が打ち切りとなった。先方の会長がこのような動きをする会社とはビジネスを開始することはできないという意向を示したためであった。残念なことではあったが、我々はまだそれが単なる始まりであることを十分に認識できてはいなかった。


混乱

日本とインドの時差は3時間半。インドの朝9時が日本の昼12時半にあたる。第一報がインドから発せられた時には、日本ではもうビジネスの真っ只中で忙しいところである。ただし詳細な情報が入って来ない。WebのNewsサイトで検索するが、インドのメディアも有象無象でどこまで本当でどこからが嘘なのか分からない。中には相当誇張された記事も多い。インドというかボスのいるシンガポールから全員に宛てたメールが来たのが、日本時間の午後4時前。本文がなく、タイトルに「Dont Panic」と書かれたものであった。確かにパニックになってはいけないのだが、これでは何も分からない。

 

その後15分ほどしてから、別の人からまたメールあり。ここでは当時の会長が記したといわれるLetterが添付されていた。ここでは財務報告書上であるとされていたキャッシュが実は存在しないこと、売り上げの架空計上があったこと、会長やManaging Directorが個人的に着服しているわけではないこと、取締役はこのことについては知らなかったということ、最後に会長が職を辞すること、が記載されていた。どこまで信じられるかは分からないが粉飾決算ということだけは間違いない事実であることが分かった。

 

当日は情報収集に追われたが、あまり確かなことは分からない。夜には緊急の電話会議が行なわれるが、シニアマネージメントと呼ばれる人たちのメッセージだけで、事情は分からない。遅くなってから日本の支社長から営業メンバー全員にメッセージが送られた。この状況では新規の顧客開拓はしばらく難しいということ、既存顧客への集中と請求・回収を確実に行なうこと、経費によるキャッシュアウトを避けること、が書かれていた。当然この人にとっても初めての経験のはずだが、メッセージは的確で今後はこれらのことが重要になってきた。

 

 


不安との格闘の日々

このような事件が起きた場合、人をつなぎとめておくことが重要になる。人材が商品そのもののようなソフトウェア業界にとって、人がいなくなることはビジネスの喪失を意味する。お客様から見てもキーになる人材がいなくなると一挙に信用を失ってしまう。しかもこの事件を聞きつけたヘッドハンターは草刈り場にしようとしているかのようにサティヤムの社員に対してアプローチをしてくる。どこで入手したのかプロジェクトルームの直通電話番号に掛けてくる者までいた。

 

社員をつなぎとめるには仕事は確保されていること(お客様とのビジネスは継続すること)、会社自体の存続に問題はないこと、給与の支払いはされること、というメッセージが重要になる。しかも絶えず上がってくる不安を払拭するために繰り返しこれらのメッセージを発することが必要になる。中でも現実的には最後の給与が一番の関心事になる。

 

事件の発覚してから最初の給与までは2週間半。事態がどうなるかは全く見えない。事件直後に銀行口座からのお金の出し入れが止められたという連絡を受けていた。お金の流れを明確にするためではあるが、一層不安を掻き立てる。それでも当時の日本支社長の奔走により前々日までには給料日には払われそうだということになった。一安心と思っていると前日になって一転給料が遅れそうだとの連絡。1日でも遅れると人が離れそうだという印象があり、顔が蒼ざめる思いだった。それでも給料日の午後には払われるという見込みがその後立ってすぐに皆に伝達。何とか踏みとどまった。私自身も給与をもらうだけの身分だったが、そんな立場は言っていられない。チームの中では核になる者として動くしかない。

 

最初の給料日を乗り切ったことは大きかった。

 


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最終更新日 : 2013-07-02 23:21:28

離脱

できるだけ多くの人を残したいという想いがありつつも、現実問題として同じだけの人材を抱えていられないというのも事件が起きてしまった会社の宿命になってしまう。この事件のせいで、これから新規のビジネスを拡大するのが難しいという見込みの中では新規開拓の営業が残る道が閉ざされそうなことは明確だった。支社長の方からはそういったメンバーに対しては転職を考えるよう指示が出た。同業の他のインドIT会社にも口利きをしたらしい。

 

またいわゆるマネージメント職も対象となってくる。できるだけ余剰人員は減らさなくてはならない。特に役割が明確でないマネージャーや新規ビジネス開拓にかかわるマネージャーはすぐにその対象となった。

 

4月に入る頃には徐々に転職者が出始めた。一緒にビジネスをしてきた仲ではあるが、このような状況でいかんともしがたい。マネージメントの中でも上位の人間も去り始めた。アジアパシフィックのトップの人間が去り、入社以来ずっとお世話になってきた日本支社長も会社を去ることになった。サティヤムは今後どうなっていくのか不安しか残らなくなっていた。



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