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最高のスクールカースト入門映画!「待ちきれなくて…」-1

【ストーリー】
卒業式の夜。クラスメイトの一人が自宅で開いたさよならパーティに、様々なスクールカーストに属するティーンたちがそれぞれの願いをかなえるべくやってくる。ボンクラ(エンブリー)は学園プリンセス(ラブ・ヒューイット)に愛の告白をするために。ブレイン(コスモ)はジョックス(ファシネリ)に復讐するために。そしてブラザー気取りのギーク(グリーン)は童貞を捨てるために。彼らの願いは果たして成就するのだろうか?!(長谷川町蔵、山崎まどか)

■これぞスクールカースト!

i: プロムパーティ*8後の一夜を描いた話。プレストン(イーサン・エンブリー)の4年間の片想いが成就する話をメインプロットに、いくつかのサブプロットが展開する。
M: ウイリアム(チャーリー・コスモ)を中心にした、ギーク&ナード軍団3人の復讐話。もう1つは典型的なお馬鹿スラッカー、ケリー(セス・グリーン)がプロムで童貞捨てるぞって息巻く話。
R: あれはほとんど「ポーキーズ」*9の世界!
i: 最後にジョックス達が「大学行ったらもっと良い女とヤリ放題!」って言って、いまの彼女と別れる計画を練る話。でも、うちら的に話の中心になるのはやっぱりギークの復讐話でしょう!
似: えー、俺はスラッカーの童貞話のほうが気になるよ。
R: 似非にゃんは観てないからそんなこと言えるんだよ!(笑)ウィリアムが中盤くらいで調子に乗って、ガンズ・アンド・ローゼズ*10の「パラダイス・シティ」をバンドでやるんだけど、それがバカ受けして女の子とヤリまくったりする。あれが一番のハイライトだよ*11。
M: すごく面白かったのが、パーティではっちゃけて一気に人気者になったウィリアムが、いじめっ子のジョックス、マイク(ピーター・ファシネリ)と「劇場版のび太とジャイアン」的な友情で結ばれるシーン。でもそれは、スクールカーストから解放されるパーティの一夜限りの関係でしかなくて、次の日カフェで会ったときには、また元のいじめっ子といじめられっ子に戻ってしまっている。カーストの内輪性やそれゆえの強固さが、凄くよく描かれているんだよ。
i: アメリカのスクールカーストの入門編みたいな映画だよなぁ。アメリカのスクールカーストを知りたかったら、まずはこの映画を観ろ!

■スクールカーストと社会人カースト

i: アメリカって大学進学率が低いから、高校卒業のプロムパーティは、多くの若者にとってモラトリアムの終わりなんだよね。だからこの物語は、日本でいうと大学の卒業パーティーみたいな感覚で観るべきなんだと思う。
M: ここでカーストのルールが180度変わるんだよね。ハーバード大学に進学したウィリアムは、卒業後にモテモテになってモデルと付き合うし、逆にマイクは大学で落ちぶれていく。ここらへんは、日本でも社会人になると女の子が結婚を意識し出して、モテの基準が急に変わってくるのと同じだよね。
i: マイクのOBで「伝説のジョックス」みたなヤリチンが出てくるんだけど、そいつの落ちぶれっぷりも凄い。
M: 大学カーストの最下層に置かれてて、「モテるのは医学部だ」とか言っちゃう(笑)
似: それはキッツいなぁ(笑)
i: マイクはその先輩を見て、捨てようとしていた今の彼女アマンダ(ジェニファー・ラブ・ヒューイット)と寄りを戻そうとするんだけど、アマンダは頭がいいからマイクの魂胆を見抜いている。だからマイクと寄りを戻したりはしない。
M: そういう言い方すると、アマンダは凄い「悪女」みたいだよなぁ(笑)。高校でも大学でも、カースト上位のいい男連中を戦略的に常にキープ、みたいな。
i: でもアマンダは、そこらへんの醜さも分かってると思うよ。「転校してくる前は地味だったのに、マイクと付き合ったら急に人気者になっておだてられるようになった。それが気持ち良くてズルズルとマイクと付き合ってしまった」みたいなこと言ってたじゃない?俺はアレを見て、女の子は男を利用することでしかカーストを上げることができない、みたいな厳しさが描かれていると感じたよ。

最高のスクールカースト入門映画!「待ちきれなくて…」-2

■社会に出てからも、ゆるくスクールカースト的なモノが続いていく日本

R: さっき「アメリカでは大学でカーストが逆転する」って話が出たけど、日本ではアメリカほどハッキリ階層が分かれていないから、そこまで変わらない気がしな い?社会人になったとしても、どこの会社行ってもやっぱり体育会系みたいのはいるわけだし。
i: 日本では学校的な空間がずっとゆるーく続いていくから、スクールカースト的なものが社会に出てからも温存されていくというのはあるかも。
R: 「デビューの有効性」の話になってくると思うんですよ。アメリカではデビューって凄く有効だと思うんだけど、日本ではそれ程でもないんじゃないかなって。
M: でも、republicさんがそう感じるのは、営業という職種に就いてるせいじゃない?俺はIT技術者だけど、この職種にはやっぱりCランクみたいな連中 しか来ないから(笑)、スクールカースト的なものはかなりゆるくなっていると思う。
R: あー、職種にもよるのかな。
i: でも日本とアメリカの違いはやっぱりあると思う。日本ではスクールカースト強者はコミュニケーション強者なわけだから、スクールカーストの外に出ても、強 者として振舞える。アメリカのほうが日本よりも、スクールカーストのローカリティは高いんじゃないかな。

■非モテ内部格差問題

i: ウィリアムの復讐話は、非モテの成長物語として、凄くよくできているよね。
M: ここで深いのが、成長して救われるのは、実際に復讐を計画・行動したウィリアムだけってところ。尻馬に乗っただけのナード仲間二人は、プロムの最中に外で 愚痴りながらオタトークしてるだけだし*12、最後はUFOに宇宙に連れ去られていくし、なんにも救いがない。最後のシーンなんて、「どうせプロムに出て もつまらなかったよ」とか言って、思いっ切り酸っぱい葡萄やってるんだよ!
i: 真性非モテは、この映画でも救われていないわけだよね(笑)。
R: 非モテの中でも救われる非モテと救われない非モテがいるという、非モテ内部格差が描かれているわけかぁ。
i: でもその「差」って、行動したかしなかったかの自主性の差として描かれているよね。コミュニティに認められるためには、コミュニティの中に入って行って、 冒険しないといけない、という。
M: でものふたりの前にUFOが現れるのは、ある種の救いだとも思う。カーストの最下層まで行ってしまったら、もう別の世界のカーストに逃げるしかないんだっ ていう、「ブスは町を出なさい!ブスは町を出るのよ!!」的な*13。アレを「救い」と取るか「絶望」ととるかは、結構微妙なところだと思いますね。

■最強のD.Tケリーと、物語を彩る名脇役

i: ケリーの童貞喪失話も見事だよね。
R: バカすぎるでしょ!(笑)
i: セックス教本が「カーマ・スートラ*14」だし!
R: 準備が異様に入念だし!
M: バスケ部の補欠だし!
R: ホント、いいD.T像だよなぁ。
i: 身近な幼馴染で手を打っときゃいいのに、明後日の方向に走ってるからいつまで経っても童貞だってのも、いかにもそれっぽい。
R: でも俺は、実はこいつよりも、文芸部で詩とか書いてサブカルかぶれしてるプレストンのほうが絶対童貞っぽいと思う!真の童貞は、むしろプレストンだよ!
i: それは確かに言えてる(笑)
R: あとこの映画、脇役も良い味出してるんですよ。卒業記念のバンドとか、売春婦の天使の話とか。
i: あの天使は、形を変えた「ときめきサイエンス」のリサだよね。行動しないと救われないのは分かっているんだけど、一人でそれをやるのはやっぱり無理なんで すよ。その後押しをしてくれる役。
R: 音楽も、さっき言ったガンズ・アンド・ローゼズもそうだし、あとフィーダー*8とか出てくるでしょ。曲のチョイスが「分かってる人がやってるんだな」って を感じるんだよなぁ。

*8:アメリカでハイスクール卒業時、学校や自治体主催で開かれるダンスパーティー。スクールカーストが無理やり可視化されてしまう、Cランクにとっては ある意味拷問のようなパーティ。
*9:セックスしか頭にない思春期男子のイカ臭い青春を描いたおバカ映画。
*10:日本でいうところのB'zみたいな位置づけのアメリカのロックバンド。
*11:確かにアレは、日々人気飢饉に見舞われているCランクにとっては夢の話だと思う。
*12:懐中電灯の光をライトサーベルにして、スターウォーズごっことかしてしまう。
*13:映画「ゴーストワールド」を評する際におすぎが思わず口走った、名言すぎる名言。
*14:インドの性技の書。「お前一生こんなんやらねーだろ!」的な48手どころじゃないあらゆる種類の体位の極みが載っていたりする、世界最強のエロ 本。
*15:イギリスのロックバンド。初期には「グランジに対するUKからの回答」と言われた。繊細なメロディラインと演奏のハードさが共存した稀有なバン ド。ベースを弾くタカ・ヒロセは岐阜出身。

いじめ問題とおバカ学園コメディの見事な融合 「ニュー・ガイ」-1

【ストーリー】
ジョックスからイジメを受けているバンド・ギークのディジー(クォルズ)は、些細なことから一夜を刑務所で過ごす羽目になって踏んだり蹴ったり。しかし彼はそこで出会った黒人ルーサー(グリフィン)から「ゲットーでサバイバルする知恵」を学んで変身を決意する。クールな不良に生まれ変わったディジーは、転校先の高校で人気者になり、学園プリンセスであるチアリーダーのダニエル(ドゥシュク)ともイイ感じになるのだが…。?!(長谷川町蔵、山崎まどか)


■典型的な脱オタ物語

M: これは単純に、爽快で面白いバカ映画だよね。冴えないナードないじめられっ子だったディジー(DJクォルズ)が、転校を機にデビューして、人気者の座を獲得する話なんだけど。
R: Masaoさんは脱オタ経験者として、自分の経験と照らし合わせて面白く観れたんじゃない?
M: うん。特に刑務所のシーンで出てくる囚人のルーサー(エディ・グリフィン)が言うように、「環境を変えろ」っていうのは脱オタで凄く重要なポイントだと思う。僕も一人でクラブに行って、それまでのしがらみから解放された場所で「違う自分」になってナンパの練習とかしていたわけだし。ここは、これから脱オタ/デビューにチャレンジしようという人に、声を大にして言っておきたいところかな。

■脱オタ/デビュー組は、Cランク仲間を引き上げろ!

i: この映画で素晴らしいのは、Aランクに昇格したディジーが、かつてのCランク仲間を見捨てずに、Aランクとの垣根を取っ払うところだよね。脱オタした人間は、Cランク仲間を引き上げろ!と。
M: でも最初、CD屋でファンクバンド仲間と鉢合わせしたときは、新しくできたAランク仲間の手前、Cランク連中との付き合いを隠そうとするんだけどね。あれはアレで凄く解るんだよなぁ。リアルだと思った。
R: いまのネットの脱オタ組に一番欠けているのは、まさにこの「引き上げ視点」だよ。
M: でもシロクマさんなんかは、引き上げようとしてるからああいうこと書いてるんだと思うけどなぁ。
R: そこらへんは引き上げ方の問題でさぁ。アドバイスが「一緒に頑張ろうぜ!」になるか嫌味になるかっていうのは、大きな違いだよ。
似: それ、金八先生問題じゃね?(笑)
M: 一応シロクマさん的には「太陽政策」のつもりらしいんだけどね*16。
i: そういえば、ディジーは白人なのに、ファンクバンドを組んでいるんだよね。ファンクって本来もの凄く「黒い」黒人の音楽なのに。白人のスクールカースト負け組ディジーが、アメリカ社会の被抑圧者である黒人の音楽をやっているっていうのは面白いなぁ。
R: 「白人はヒップホップやるな問題」じゃね?(笑)
M: 負け組Cランクのディジーだからこそ弱者の気持ちが理解できて、黒人に共鳴するところがあってファンクにハマッたということなのかも。
i: そう考えると、エミネムと同じ文脈ですね*17。

■Cランク内部の知られざる豊かさ

R: ディジーの友達連中が、とにかく面白いんだよね。ヒロインよりも、主人公のファンクバンド仲間の文化系女子のほうが、明らかにカワイイんだよ(笑)
似: あぁわかった、サークルクラッシャーだ。
i: ちげーよ!全然クラッシュしてないから(笑)*18
R: バンドのデブドラマーなんかも、凄く良い味出してるんだよなぁ。
i: 「待ちきれなくて…」で描かれたスクールカースト的な人間関係って、ある種すごく形骸的で軽薄じゃないですか。競争的な側面がメチャクチャ強いし。でも実はCランクコミュニティってのは、内部はもの凄く多様で面白かったりする。でもスクールカーストでは下層としての周囲の偏見があるせいで、その面白さがなかなか外部に理解してもらえなかったりするんだよね。
M: 後半で、ディジーがバンド仲間を転校先でできたAランクの友人に紹介するシーンがあるじゃないですか。あそこでさっき出てきたバンド仲間のデブドラマーが、Aランクの女の子から「ディジーがいなかったら、あなたなんて眼中にも入れなかったわ」なんて言われてしまう。アレなんて典型ですよね。中身の前に、カーストで判断されてしまっているっていう。
R: でも、「Cランクコミュニティの楽しさ」みたいなところも、ちゃんと描かれていると思うんだよ。ファンクバンドやったりとか。この映画は「脱オタ成功したCランク強者の話」として捉えられる映画かも知れないけど、Cランク内部の豊かさもちゃんと描かれている。
M: ラストでバンド仲間の文化系女子が、同じバンドのベースと恋人同士になるじゃない?アレはディジーとは違ったCランクの救われ方だと思うよ。カーストとか周りの眼なんて関係なく、Cランクの中で楽しくやることで、幸せになることができるんだっていう。
i: でもこの人達が豊かなのって、結局「行動してるから」なんだよね。バンドやったりして。「待ちきれなくて…」でもそうだったけど、救われるCランクと救われないCランクの差っていうのは、結局ここなんだよ。
R: 「何もしない美学」みたいなのが、Cランクにはあるからね。
i: いや、たぶん行動して、自分の実力とか欠けているものがハッキリしちゃうのが嫌なんだよ、ダメなCランクは。だから自分では行動しないで、頑張ってる奴等の足をあげつらってれば良いとかいう発想になっちゃう。まぁ評論やってる奴等ってみんなこういうところがあるから、うちらも全然他人のこと言えないんだけど。

いじめ問題とおバカ学園コメディの見事な融合 「ニュー・ガイ」-2

■いじめカミングアウトの難しさ

i: あとこの映画で怖いなって思ったのが、いじめのトラウマ化。一旦いじめられっ子になった人って、いじめられたこと自体がカーストを下げる要因として働くか ら、下層から抜け出せなくなっちゃうんだよね。
M: それがよく表現されているのが、ラストのパーティーの最中にディジーが過去をバラされて、ブーイングに包まれるシーン。せっかくAランクに昇り詰めたの に、ビデオ1本で一気にカーストを転落させられそうになってしまう。僕も経験者だから解るんだけど、脱オタ/デビュー組にとって、過去をバラされるってい うのはもの凄い恐怖だよ。
i: 例えいじめられっ子から脱出しても、過去がバレる恐怖とはずっと付き合っていかないといけない。そう考えると、脱オタ者も厳しいよね。
M: 映画では、マドンナも実は昔は地味で冴えないCランクで、脱オタして今のAランクの地位になった人だったっていう設定になっているけど、現実ではなかなか そう都合良くはいかないからなぁ。

■日本の映画ではあまり観られない、スクールカーストとお馬鹿コメディの合わせ技

R: 学園モノって、日本ではマンネリ化した定番ものになりがちじゃない。スクールカースト的な重いテーマと完成度の高い学園コメディを両立させて出せるってい うのは、凄いことだと思うよ。演出が良い意味でメチャクチャバカで、洗練されている。凄く伊集院的なものを感じる(笑)
i: 確かに日本ではこういう文脈ってあんまりないよね。この映画って、教師が全然出てこないんですよね。抑圧の対象が、教師ではなく同級生との人間関係に完全 に移ってしまっているという。でも日本の学園映画って、未だに教師が中心となって描かれていたりするんだよね。
R: 今やってる「わたしたちの教科書」*19なんかもそうだしなぁ。
M: 演出として上手いなと思ったのが、学生がランチを食べる「丘」がカーストを象徴しているところ。上のほうにはAランクしか入れなくて、オタクやサブカル被 れのギークやナードは下のほうでランチを取っているという。
i: こういうビジュアルイメージも、確かに日本では観たことがない。日本でやるとしたら、卒業写真の並び順が、カースト毎にハッキリ分かれてる、みたいな感じ だよね。そういうのは、本当に日本映画では観たことがない。誰かやればいいのにね。
M: それはたぶん、いま映画を作っている上の世代が、スクールカースト的なモノを経験していないからじゃないかな?
R: それか、今映画を作っている奴等がCランクじゃないからなのかも知れないよね。
M: 逆にうちらより下の世代になると、島宇宙化や流動化が進みすぎて*20、スクールカースト的なものが理解できなくなっているかも知れない。

■「ときめきサイエンス」から約20年、「家庭」がすっかり脇役化

R: 学校が戦場に例えられている辺りなんて、「ときめきサイエンス」からは隔世の感があるよね。
i: この映画は02年公開だけど、もう「家庭」がほとんど描かれなくなっているよね。スクールカーストが完全に前面に出て来ていて、「家族」はその背景に追い やられてしまっている。この後に観る「ゼロ・デイ」もそうだし。
M: 日本のマンガでも、「ろくでなしブルース」*21の頃からもう家庭が描かれなくなってるって話は出てきてたなぁ。核家族家が進むと、世界中どこででも家族 の希薄化っていう話は同じように出てくるのかも知れない。
i: 「ときめきサイエンス」でいうリサ的な、ディジーが成長を始める転機を与える役割がこの映画ではルーサーですよね。これまで家庭でやられていたであろうこ とが家庭ではもうできなくなってしまっていて、外部の人間の手で行われている。
M: ディジーの父親は出てくるけど、学校や精神科医に連れて行く程度のことしかやってないもんなぁ……って、精神科医も外部か。ここでも完全に外部に頼り切っ てるんだな。
似: そこらへんには、アメリカの高校が、学級性じゃなくて単位制だからっていうこともあるのかも。アメリカの高校は、日本でいうとむしろ大学に近い。教師が力 を持ちたくても持てないんですよ。
M: でもそれだったら、なんでアメリカの高校でスクールカーストがこんなに厳しくなるんだろう?日本では大学に行くと、コミュニティの流動性の高まりら同調圧 力が弱まって、スクールカーストってほとんど影響力なくなるじゃない?アメリカでは人種とかで、もっとハッキリ階層が分かれちゃうからかな?
i: アメリカでは日本よりも絶対的な属性を元にカーストが固定化されていて、そこらへんは日本よりも厳しい部分なのかも知れない。

*16:第二次惑星開発委員会の同人誌「PLANETS Vol.3」(http://www.geocities.jp/wakusei2nd/p3.html)に収録された、シロクマ先生と宇野常寛氏の対談 を参照。
*17:エミネムは「ホワイトドラッシュ」と呼ばれるトレーラー暮らしの白人で、アメリカに住む白人の中でも最下層の人間。彼が黒人音楽であるヒップホッ プをやるということは、黒人としても白人としても「二重のマイノリティ」として抑圧されるということだった。
*18:似非にゃんちゃんと観とこうぜ~。
*19:2007年上期に放映された、フジテレビの学園ドラマ。脚本:坂元 裕二 主演:菅野美穂
*20:社会学等でしばしば用いられる概念。価値観の多様化と相対化が進んだポストモダン社会では、封建社会的な絶対的価値観が弱まり価値観の流動化が起 きる。そうして価値観の流動化が進んだ社会では、同じ価値観の者同士が個別の小さな共同体に閉じこもり没干渉的になる「島宇宙化」が進むとされている。
*21:森田まさのりの出世作である不良マンガ。1990年代前半の、ジャンプ黄金期を支えた作品のひとつ。

反社会の文脈で語られる、伝わらない反抗の物語 「ゼロ・デイ」-1

【ストーリー】
高校でジョックスからイジメを受けているカルヴィン(カルヴィン・ロバートソン)とアンドレ(アンドレ・クーチェック)の二人は、彼らと彼らのイジメを見て見ぬフリをする学校そのものへの復讐を決意。”その日”に向けて銃を買い射撃練習を開始する。卒業すれば彼らともお別れのはずなのに、復讐の炎をますます燃え上がらせる二人。そして遂に“その日”がやってきた。完全武装した彼らは校内に殴り込み、同級生たちに銃を乱射し始めて・・・。(長谷川町蔵、山崎まどか)


■描かれない、いじめ

M: 1999年にアメリカで起きた、コロンバイン高校銃乱射事件を、犯人のふたりが犯行前に製作した自主制作ビデオという設定から描いた作品。今回観た映画の中で、一番シリアスで重い話だね。
i: この映画、実際にいじめや抑圧が描かれているのって、冒頭の1シーンだけなんだよね。
R: そうそう。だからこの映画を見ていると、「結局お前等(主人公のふたり)のルサンチマンなんじゃねーの」っていう感じがしてくるんだよ。
i: ふたりの「反抗」が肯定的には描かれていないよね。
M: ここらへん、「自主制作ビデオ」っていう設定も関係しているんだと思う。いじめの現場を被害者が自分達で録画するなんて、なかなかできないことだろうし。被害者が正当性を確保することの難しさが描かれているという側面もあるんじゃないかな。

■スクールカーストの、暴力カーストとしての側面

i: この映画で象徴的だなって思うのは、敵が明確に描かれていないことだと思う。いじめがキッカケであの計画を思いついたなら、まずこいつらを殺すことが目的になると思うんだよ。でもそうじゃなくて、学校という構造を生み出した社会に対する警告なんだっていう方向に向かっている。それはある意味で、すごく危ういところだと思う。
M: それ、うちらがはてな界隈とかで、「素晴らしい人々」なんて言ってやってることとまるっきり同じだから、耳が痛いなぁ。
i: ふたりの中には、社会の「適合主義」的なものに対する悪意というものが凄くある。ふたりの反抗には、「適合できない馬鹿なヤツはいじめてもいいんだ」的な社会風潮に対する反抗という側面があるんだけれども。でもこのふたりがやってることって、軍隊の真似事なんだよね。アンドレが上官で、カルヴィンが部下っていう。それって要するに「適合主義」なんだよ。
似: それって要は、学校に一番反抗してるハズのヤンキーが、実は一番上下関係が厳しいっていう……
i: そうそう、そういうこと。ふたりがやっていることは、敵である学校と同じことなんだよね。同じような自分達の「適合主義」の構造を別に作って、それを相手にぶつけるっていう。だから、ふたりの行動は暴力にしかなり得ない。本当は、構造を理解して、それを解体していくというプロセスを取れれば良かったんだけど、残念ながらこいつらは、そこまで頭がよくなかった。
似: 「ニューガイ」でもそうだったけど、これってカーストの下層にいる人間が、「暴力」を使ってのし上がろうっていう話じゃない。これってつまり、スクールカーストの上位になるためには「暴力」が重要だっていう認識が根底にあるわけだよね。スクールカーストの、「暴力カースト」の側面が描かれているといえるんじゃないかな。
M: 似非にゃん、今日初めて良いこと言った!(笑)
i: でも「暴力革命」によるメッセージは、結局、社会のマジョリティには届かないんだよ。ラストシーンで二人の墓が、ニュースで事件を知った野次馬のバカ共に燃やされるじゃない。ふたりには、社会に対するメッセージが確かにあったんだけど、結局それは伝わらなかったんだっていうことを象徴するシーンだよね。
M: この映画は最後、「奴らの魂が燃えているぞ」という野次馬のセリフで終わるけど、そう考えるとこのセリフが持つ意味は深いね。

■カルヴィンはイケメンだ!問題

i: ふたりがやろうとしてたことは、要は究極のDQNになることだったわけだけど、でもそれって結局、ふたりが敵視しているカーストの構造をなぞるだけの、不毛なものなんだよ。唯一カルヴィンだけが、そこに少しだけ気付いている。だから彼は、アンドレと自分の友達や彼女を微妙に結びつけようとしたりするじゃない。プロムに行く途中とかでさ。
M: でも、みんなアンドレのことは嫌がっている。
i: アンドレは、権力志向なんだよね。既存のスクールカーストをぶっ壊して、自分達の理想のカーストを打ちたて、自分がそこの王に君臨しようとしている。だから最後で、計画の通りに自殺することをためらう。自分が新しいカーストの王に立ちたいという未練があるから。でも、カルヴィンはそのことの不可能性と不毛さに気付いている。だから、カルヴィンは死ぬことに躊躇しない。
R: っていうか、カルヴィンはイケメンなんだよ!
i: それは、映画としての見栄えの都合でしょ(笑)*22
R: いやそうなんだろうけど(笑)、描かれ方がさ。Cランクから見ても、凄く普通なんだよ。なんでここまでルサンチマンを溜め込んでいるのか、全然わからない。
M: カルヴィンは、ルサンチマンが強いアンドレに引っ張られる形で行動を起こしている。カルヴィンの動機は、確かに最後までよくわからないよね。

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