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【切符】



 やられた、と気付いたときにはもう遅い。文句を言うために今から窓口へと引き返していては、この列車に乗り遅れてしまう。そして、これに乗らなければ、飛行機の時間にはたぶん間にあわないのだ。もちろん、それも計算に入れてのことなのだろう。
 くやしいが、どうしようもない。
 まあこれも旅の思い出のひとつ、と潔くあきらめてプラットホームに入ってきたその列車に乗ることにした。
 以前から、この国ではそういうことがあると聞いていた。それでも、実際自分がこうしてやられてみるまで、本当にそんなものが存在するとは信じられなかったし、まして自分がやられるなどとは思ってもみなかったのだ。だが現にこうしてつかまされているのが、まさにそれ。
 これが噂の「嘘の切符」である。
 気をつけていたつもりだったのに、他の旅行者と同じく、まんまと化かされてしまったわけだ。
 長かった旅の終わり、帰国するため飛行場へと向かうその朝である。
 宿の近くの駅で、空港駅までの切符を買おうとしたのだ。お土産や何やかやで膨れ上がったリュックを抱えたまま、駅の切符売り場の窓口に立って、表示されている料金を支払った。
 ところが、窓口の駅員は首を左右に振って、これでは不足している、などと言う。
 そんなはずはない。現にここに表示されているではないか。そう反論すると、空港行きの列車には別に特急料金が必要なのだ、と駅員。
 いや、それはおかしい。各駅停車の列車なのだから、特急料金など必要ないはずだ。
 時刻表を見せて、そう反論したところ、駅員は不機嫌そうな顔になってしばらく黙り込み、そしてこう続ける。
 いやいやそれは間違っている。その列車は各駅停車なのであるが、その客車はすべて一等なのだ。空港行きの列車というのはすべて一等であって、二等の客車というものが存在しない。一等で指定席であるから、各駅停車でも特急と同じ扱いになっている。したがってそれに乗るためには必ず特急料金というものが必要なのだ。
 駅員はきっぱりとそう言い切る。
 しかし、そんなことを今更言われても困るのだ。なにしろ、こっちはぎりぎりの料金しか持っていない。
 貧乏旅行者の習慣で、両替の手数料を払うのがもったいないから出国のときにはその国の通貨はなるべく使い切るようにしている。もちろん今回もそうした。
 空港までに必要な交通費をあらかじめ調べ、それだけを残してきれいに使い切ってしまったのだ。余分な金は持っていない。
 じつは、この国の通貨はもうこれだけしか持ってないんだ、これから帰国するんでね。なんとかならないか。
 財布の中身を駅員に見せてそう言ってもみたのだが、それは困ったなあと肩をすくめ、あいかわらず首を左右に振るだけである。
 そんなことをしているうちに時間だけが経過していく。早く行かねば飛行機の時刻に間に合わない。格安の航空券だから変更などきかないのだ。
 焦っていると、駅員はおもむろに、この国の通貨でなくてもいい、などと言い出した。
 そして、彼の提示する金額はといえば、通常の輌替レートよりかなり割高である。そのことに関して文句を言うと、それならおまえには売らない、などと意地悪く切符を引っ込める仕草をする。
 そのうちいよいよ時刻はせまってきた。仕方がないから、そのレートで換算した特急料金を支払い、切符を受け取る。リュックを背負いなおしてプラットホームへと走った。ちょうどそこに滑り込んできた列車の側面には「2」。
 でかでかと、そんな数字がペイントされているではないか。見まごう事無き二等車である。空港行きの列車には二等車がない、なんて大嘘もいいところだ。
 やられた。
 切符を握り締めて歯軋りする。まんまと嘘の切符を売りつけられたのだ。
 噂は耳にしていたから、気をつけなければいけないと思っていたのに、飛行機の時間であせっていて結局こういうことになってしまった。
 そう。この国には、そういう悪さをする生き物が、人間に混じって生息している。
 そんな噂だ。
 人間に化け、人間を化かす。そんな能力を持った生き物。
 どういうわけかそいつらは、公務員に化けることが多いらしい。制服などがあるせいで人間を信用させやすいからなのだろう。
 そんなわけでこの国には、嘘の駅員とか嘘の郵便局員がやたらといるらしい。そいつらは、公務員になりすまして嘘の切符やら嘘の切手を旅行者に売りつけたりするのだ。そうやって貯め込んだ金で、彼らは人間に混じってバカンスに行くのだそうな。
 後になってよく考えてみれば、たしかにいろいろおかしなところがある。切符売り場も妙に薄っぺらくて書き割りのようだった。
 ちょっと落ち着いてよく見れば、あれがニセモノだということくらいはわかったはずなのだ。でも、それはこうして冷静にふりかえってみて初めて言えることだろう。あの状況では払わざるをえなかったように思う。まあだからこそ、むこうも飛行場に急いでいる旅行者とか、そういういかにも心に余裕のなさそうなのを狙うのだ。
 だからむしろ、この程度で済んでよかったと考えるべきなのかもしれない。
 そう、掴まされたのが嘘の切符だけならまだいいではないか。
 例えばあのあと、プラットホームに入ってきたあの列車が嘘の列車で、そしてそのまま嘘の飛行場へと運ばれてしまい、そこで嘘の飛行機に乗せられて、そして――。
 そんなことだってあるらしいのだ。
 もしそうなっていたら今頃、どこに連れていかれてしまっていることか。そんなあれこれを考えると、恐ろしくなってくるやらほっとするやら。
 いや、じつは今もほっとしている、というわけではない。
 うん、思い切って本当のことを言ってしまおう。もしかしたらあのとき、その通りのことが起こったのかもしれない、などといささか不安になっている。そう、こうして冷静になって考えてみるとたしかに、近頃どうも妙な具合だ。
 こうして帰国したはずの今も、もうひとりの自分がどこともしれないどこかをあてもなく旅し続けているような――。
 そんな気がして仕方がないのだ。


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【鴨】



 駅舎の正面に、かつての領主の城がある。
 城の堀の周囲は芝生になっていて、この町に着いた旅行者たちがリュックをおろして寝転んでいる姿をよく見かける。
 シャツを脱いで日光浴をしていたりカップルで抱き合っていたり。
 堀の表面は浮草に覆われていて、その上を歩けるのではという気にさせるほどびっしりいちめんの黄緑色。
 パンくずなどを城壁の上からばらまくと、鴨たちがパンくずを追って堀のなかをくるくるくるくると玩具のように泳ぎまわる。
 鴨の列が移動すると浮草が掻き分けられてその下に黒い水が覗くが、それも一瞬のこと。左右から押し寄せる浮草がすぐにそれを覆い隠してしまう。
 鴨によって水面に描かれた軌跡が浮草に消され、そして新たに描かれ、また消される。そんな繰り返し。
 城壁の上から老女がパンくずを投げている。これもよく見かける光景。しかし見ていると、どうもそれは、ただ投げているだけではないようなのだ。
 鴨を使って水面に何かの図形を描こうとしている。そんなふうに見えるのだ。
 老女がパンくずを投げるたび、鴨たちによって黄緑色の上に黒い線で幾何学的な図形が描かれていく。円であったり三角であったり星型であったり、そしてそれらすべてを組み合わせたような複雑なものであったり。
 偶然では考えられないような、なんらかの規則を持った直線と曲線が池の表面に描かれては消える。
 そして、最後のパンくずによって鴨たちが堀のなかほどの一点に集められたとき、それは起こった。
 浮草の黄緑色の絨毯の下から現れた何かが、そこにいた鴨たちすべてを一瞬にして呑みこみ、再び水中に消えたのだ。
 いったい何だったのかは、わからない。
 速すぎて見えなかった。
 巨大な手のようにも、顎のようにも見えた。
 よく晴れた空の下で起きたことなのに、その一瞬だけは周囲がすべて闇に包まれたような気がした。
 城壁の上には、もう老女の姿はない。
 しばらく見ていたが、水中に消えた鴨たちが再び姿を現すことはなかった。
 この堀には何かが棲んでいるらしい。そんな話を聞いたことがある。それが、さっきのあれなのだろうか。
 だとしたら、あれが呑み込むのは、たぶん鴨だけではないだろう。あんなものが、鴨だけで満足するとは思えない。そして、あれを満足させるための犠牲が必要なのだとしたら、それはこの町の人間でないにこしたことはない。例えば、町の人々がそんなふうに考えたとしても、それはごく自然なことではないだろうか。
 もしかしたら、あの池の表面を覆う浮草は、そのためにあるのではないか。
 そう言えば、あの城の堀を囲む芝生。
 あんなところでのんびり寝転んだり、無防備に昼寝をしたりしているのは、何も知らない鴨のような旅行者だけではないか。


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【黄色】



 ちょっとした散歩のはずだった。
 町の中央を流れる幅の広い川の中洲。そこには見事な並木道があった。朝早くこの町に着いて、まず目に入ったのがそれだ。
 町のどの建物よりも背の高い木が等間隔で植えられていて、その丸い大きな葉がすべて鮮やかな黄色に染まっている。
 路地裏の安宿にそのまま転がり込もうとしたところが、部屋の掃除がまだできていないというので荷物だけ置かせてもらい、しばらく町をぶらつくことにした。
 といってもまだどこに何があるのかすらわからないのだから、とりあえずあの並木道を見物する。
 橋の中央の石段から中洲へと降りることができた。そこがそのまま並木道の入口にもなっている。地面は落ち葉でいちめんの黄色だ。
 鮮やかな黄色の上を親子やカップルがゆったりと歩いていた。
 木々は青い空にまっすぐ立ち、道はどこまでもまっすぐ伸びている。
 絵に描いたような、というか、まさに遠近法の見本のような光景なのだ。
 ときおり風が吹いて黄色い葉が降ってくる。
 日当たりはよくて寒さは感じない。歩いていると、むしろ冷たい風が頬に心地よいくらい。
 かさかさかさと黄色い落ち葉を踏んでいく。乾いた葉が靴の下で崩れるその感触を楽しみながら歩き続けた。いつのまにか歩調が速くなっていて、そして、目の前の並木道はまだどこまでもどこまでも、ひたすらまっすぐ伸びている。
 そんなふうにずいぶん歩いた。
 両側の並木の向こうには水が流れているのが見えるから、あいかわらずここは川の中洲らしい。流れの向きから、上流へと歩いていることはわかる。
 ということは少しずつでも登っているということか。そう思ってふと立ち止まり、振り向けばなんと並木道の出発点であるあの橋はずっと下のほうに小さくなっているではないか。
 歩くことに夢中になって、思いのほか遠くまで来てしまったようだ。それでも並木道はまだまだ続いている。いったいこの道の最後はどうなっているのだろう。このまま登り続けて、それで山のてっぺんまで行くのだろうか。
 どうせ帰り道は下りだから楽だろうし、一本道で迷う心配はない。せっかくここまで来たのだからもう少し先まで行ってみることにしようと思った。それで、ずんずんずんずん歩いていった。
 靴の裏でかさかさかさと落ち葉が鳴る。からからからと笑い声のような音をたてて黄色い葉が降ってくる。目の前の道はどこまでも続いている。なんだかやたらと気持ちがいい。森林浴の効果というのは、こういうものなのだろうか。
 頭がすこんと抜けたようにすっきりして身体が軽い。うっすらと汗ばんできたから、上着は脱いでそこいらの木に結びつけておく。どうせ帰りも同じ道を通るのだ。
 身体がずいぶん軽くなった。
 風が身体のなかを吹きぬけていくような気がする。
 いつのまにか走り出していた。
 黄色い葉が鳴っている。
 乾いた音。
 からからからと降ってくる。
 あたりはいちめんの黄色だ。
 きっともう山のなかに入ったのだろう。
 下から見えていたあの黄色い山のなかに。
 まだ登り続けているはずだが、そんなことは感じられない。それほどに身体が軽いのだ。
 冷たい空気が身体の熱を取ってくれる。
 いろんなものがくっきりと見える。いったい今まで自分は何を見ていたのだろうと不安になってくるほど。
 風が背中を押してくれている。
 地面から黄色い葉が舞いあがり、同時に空からも黄色い葉が降ってくる。
 そして、気がつく。
 さっきからずっと黄色い葉が鳴っているのだと思っていた音は、自分の笑い声なのだ、ということに。
 からからからからと黄色い葉のように笑っている。
 そろそろ帰ってもいい頃ではないか。
 そう思うのだが同時に、いやまだ帰らなくても、とも思う。せっかくここまで来たのだから、と。だいいち、自分がどこに帰るつもりなのか、自分でもよくわからなくなっている。
 でも心配しなくてもいい。だって、一本道なのだ。どこに帰るのかは、振り向けば見えるだろう。だから大丈夫。
 何も考える必要はない。
 安心して進む。
 どこまでも続く並木道を、消失点に向かって走りつづける。疲れはない。まるで疲れそうにない。地面も空も、あたりはすべて塗りつぶされたように黄色。ふと見ると、自分自身も黄色くなっている。
 手も足も腹も胸も黄色。
 あれれ、服はどうなってしまったのだろう。 頭の隅でそんなことを思う。脱いでどこかの木にでも結びつけたんだっけ。
 この分ならきっと顔も黄色くなっているだろうな。そんな自分の顔を思い浮かべて笑い出しそうになる。いや、もう笑っているのか。とにかく、そんな愉快な顔を自分で見ることができないのが残念。いや、大丈夫だ。この道の両側を流れている川に映せば見ることができるはず。
 もっとも、その川がまだ黄色く塗りつぶされていなければ、の話だが――。


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【出張】



 この町には、前にも来たことがある。
 プラットホームに降りたとき、そんな気がしたのだ。そして駅裏の安宿に落ちついてベッドに寝転んだとき、それは確信に変わった。
 そうだ、ここはよく知っている町だ。
 そう自覚すると同時に、小さな川に架かる橋の欄干の感触とか町外れの高台からの眺めとか古い映画館の空調の唸りとか、そんな様々な感覚をともなった断片が確かな記憶として次々に頭のなかに蘇ってきた。
 なによりもこの部屋。こうして仰向けになって天井を眺めているこの感じ。
 と、そこまで記憶をたどって、ようやく思い出したのは、ここが会社の出張で何度も訪れていた町なのだということ。
 そう、あの頃の私は、この町にある営業所に、年に何度か来ていたのだ。
 出張は好きだった。
 ちょっとした旅人気分が味わえる。
 自分は出張で来ているのではなく気ままな旅の途中でこの町に立ち寄ったのだ。そう自分に言い聞かせることで、つかの間の旅人気分を楽しんでいた。
 思えばあの頃は仕事に追いまくられる毎日で、それだけが唯一の息抜きだった。
 もしかしたら、今だってそうかもしれないぞ。
 ふと、そんなことを思いつく。
 そう、例えば、出張中の自分に暗示をかけているうちに、本当は自分が出張中であるというそのことすら忘れてしまい、そして――。
 そんなことを考えているうちに、だんだん本当にそんな気がしてきた。
 いやいや、もちろんそんなはずはない。ちょっとした冗談だ。自分はこんな旅がしたくて、それであの会社を辞めたのだから。
 会社を辞めて、もうずいぶんになるな。ええっと、あれはたしか――、とそこまで考えて自分には会社を辞めてからの記憶がまったくないことに気がつく。
 いや、違う。それだけではない。
 そもそも会社を辞めた記憶がないのだ。
 そんな馬鹿なと思うのだが、しかし、いくら思い出そうとしても思い出せない。
 そして、見つからない過去のかわりに、今からやらなければならないこと、行かなければならない場所、やらねばならない仕事、会わねばならない人物。
 すでに確定されているそんな未来が、次々に思い出されてくる。


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【街道】



 この町と隣の町とを結ぶ山越えの街道。
 その途中の山肌には幾つもの洞穴があって、真夜中などにそこを通ると真っ暗なはずの穴のなかに怪しい光が見える。
 穴の奥にちろちろと揺れるその光は、囲炉裏のように赤く、ときおり夜空に火の粉を吹き上げたりもすることから、それは死者を責める業火であろうと信じられてきた。この町ができた頃に記された文献にも、そのことを現わすものらしき文章や絵が残されている。
 その話は、今も昔も変わらず、冬の夜の暖炉の前で父親によって語られ、子供たちを震えあがらせた。そして、そんな話を容易に信じようとしない生意気盛りの子供たちが連れ立って真夜中の街道を行き、話通りのものを目撃して震えて逃げ帰ってくる、ということまで含めて、ずっと昔から繰り返されてきたことだったのだ。
 ところが、最近になってすこしばかり事情が変わってきた。
 子供たちが怪しいものを目撃し震えて逃げ帰ってくる、という点は昔と同じなのだが、目撃された怪異の内容がこれまで伝えられてきた話と少しばかり違っているという。
 まず、洞穴のなかに見える光は血のような赤だけではなく、緑や青や黄、他にもいろんな色があって、それらが目まぐるしい速度で変化するらしい。それだけでなく、よく見ていると、そこには数字や文字らしきものまで現れるそうだ。
 たしかに真っ赤な業火のようなものもあるのだが、その側にはなにやらドーム状の機械みたいな影がそびえていて、てっぺんから蒸気を噴き出しているその様は、山ふたつ越えた荒野に最近作られた発電所を思わせる。つまり、それは実際に発電所であり、つまりあの洞穴に棲んでいるものたちは、ついに電気を作りだしそれを利用することを学んだのではないか、というのが子供たちの意見なのだ。
 そんな馬鹿な、と最初は取り合わなかった大人たちだが、実際に見に行ってみると、洞穴に見える光が昔とまったく違っていることは否定のしようもないし、まして町外れに不法投棄されていたテレビやコンピュータや携帯電話などの山が一夜にしてそっくり消えてしまったり、またそれらがあの山の方へと一塊になって飛んでいくところを見たという者まで現れては、もう笑って済ませてはいられない。
 当分、日が暮れてからの街道の通行は自粛しよう、という取り決めになった。
 なにしろ、導入された新しい技術が、あの洞穴に大昔から棲んでいる者たちにいかなる影響を与えたのか見当もつかないのだ。もしかしたら、昔のように怪しい光に驚かされて震えて逃げ帰る、というだけでは済まないかもしれないではないか。
 ここしばらくは、静観しているしかないだろう。
 なにしろ最近では、彼らは電気だけでなく、ついにインターネットに相当するものまで手に入れたらしいという噂があるのだ。もしそれが本当なら、これからいろんなことが急速に変わっていくことだろう。
 それがまんざら根も葉もない噂というわけでもないその証拠に、近頃あの街道では、明らかにこの土地のものではないもののけが頻繁に目撃されているという。



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