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時の女神の足音(1)


 
 
 
時の女神の足音(1)
 
 
  ふんわりとマリン・ノートの香り――影山サンが、目の前にいた。
「やあ。また会ったね」
 こんなに近くで! 影山サンの生声! それに顔! 眼鏡!! あたしはもう、パクパクと金魚になるしかなかった。
 
 
 そう、二日前にも。
 ホントに、心臓が口から、っていう気持ちをドキドキ知った。りんかくを追っているだけで、はああぁっとカラダがとろけてしまいそうな、銀縁の眼鏡。さらっと仕上げた髪に、マリン・ノートのコロン。ユミもミツヨも、3年じゃ影山サンがイチバンだって言ってて。その長身が、どうしてあんなところにすっと入って行くのか? 信じられなかった。『はた屋』には弟と、小学生の頃ちょくちょく行ってたけど……、駅前の大通りにはヨシノヤもマクドもできたのに……、影山サン! あああたし、これからあなたに会えるなら学校以外の場所でヒトリジメできるなら、何日でも何本でも『うまい棒』を買い続けます!!
 
でも、あの日は確か、電柱越しにはさんで見ただけなのに、それでも「また会ったね」ですって! ああなんて、視野の広い人? 周囲に気を配るっていうか! やっぱりあたし、修学旅行のおやつだって『はた屋』で買いこみます!
 
 
「影山サン」
「!」
 かなり大きく、3年の学年章が、ブレザーのえり元でゆれた。
「期末試験、全教科100点満点だったそうですね! おめでとうございます!」
「あ、ああ――」
 少しテレた感じで、彼は髪をかき上げる。ん? さわやかなにおいは同じだったけど、ほんのちょっとだけ、おでこが広くって、口元にしわが目立っている、ようにも見えた。あれっ、影山サンって、思ったより、フケて見えるっぽい人だったっけ?
 
 休み時間があんまり残ってなかったので、そこであたしはペコリと頭を下げて、ぱたぱたと走り去った。やったー、影山サンと話ができたーっ!!


時の女神の足音(2)

時の女神の足音(2)
 
 
 はじめは、駄菓子屋で買った、パチものの懐中時計だった。五百円きっかりという時点で絶対おかしく、あせた金色のねじを巻けば”ぎゅるり、ぎゅるり”とひねくれた音がしぼり出される。しょうもない、とベッドに投げ置こうとしたら、窓の外の夕日がぐっと『上がって』ゆくのを見てしまった。西から東へ空は明るく――ニシカラヒガシヘ、ソラハ、アカルク?!――なんてこった!
 
『時間旅行者』になった。ただし”りゅうず”は右にしか巻けない。だからねじっただけ、過去を繰り返した。でも使い道を思いつくのに、数秒かからなかった――いや一分かかったってそれだけ「巻き戻せば」いいのだ、答案が配られてから昨日に「巻き戻れば」いいのだ、石につまづいたら道を選ぶ前まで「巻き戻ろう」じゃないか!
 
 試験は満点が取れるまで。
  他人の失敗を予言するために。
   マリン・ノートが似合うとわかるまで。
    憧れの先輩がと言えば全て俺を指すように。
 
 俺は、運命の女神を喚(よ)び続けた。
 完璧な人生を求めて。
「成功」だけを、約束した女神を――。
 
 
さあ女神よ、おとついまで、俺を連れて行け。時計を買った頃だ。学校で一年の可愛い娘(こ)とすれ違った。あいつがいちばん、俺を見ると顔を真っ赤にして、素直で、俺が好きらしい。俺も、あのけなげな姿にホレてるんだ。「また会ったね」と言ってから、また二日よけいに「生きなきゃ」ならなくても。何度やろうが、飽きない。
 
このところ、三階の教室までの階段がやけに辛くなってきた、が。制服の腹が苦しかったり、頭がやけに涼しい時もある――そんな小さな悩みも、あいつのほっぺたを見たら一発で吹き飛ぶ。最近は、あの顔にしゃぶりつきたいくらいだ。
 
 
 そう、このねじの音は、女神の足音。
 俺を導いてくれ、最高の青春の日々へと――!
 
 
 ”ぎゅるり、ぎゅるり”

おくづけ

(おくづけ)
初稿 平成三年頃
「タイムトラベラー・時間旅行者(旧題:タイムトラベラー)」平成七年
「時の女神の足音(旧題「女神の足音」)」平成十五年
「時の女神の足音」は、平成十五年にインターネットテキストサイト「ゴザンス」にて三題噺「おとつい」「駄菓子屋の前で」「憧れの先輩が」として発表。「時の女神の足音(1)は、その三題が本文に出ない「サイレントバージョン」として書いています。

(c)Misaki Namikawa, MisakiWorld No.134
http://www.misakiworld.jpn.org/
twitter MisakiWorld (公式情報)・ komiyatatsh (個人)


この本の内容は以上です。


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