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桜守・魔性の桜

皆様が京都に行かれた時、社寺や名所を見て周られる事と思いますが、

何処にも立派な木が植わっております。

もしも、その木が枯れたり、火事や天災にあって無残な姿に成ったとしたら、

もちろん、即座に植え替えられる訳ですが、

植えられる木は、前に在った木と(ほとん)ど変わらない大きさで、

枝振りまで似ております。

何故ならば、その木自体が名所に成っていたりすると、

違っていれば大変な事に成るからです。

京都の造園師は、得意先の木に関しては何時でも対応出来るよう、

(ほとん)ど総ての木を育てております。

私の実家なんかも、庭師の方が勝手に入ってきて、勝手に庭木の剪定(せんてい)をしたりして

管理しています。

その庭師は、もう何代も前から実家の庭を管理しているらしいのですが、、、

ただ不思議な事に、子供の頃から、庭木の大きさも枝振りも、殆ど変っていないのです?

植え替えている訳でも無いのでしょうが…。

ところで京都には、桜守(さくらもり)と云う職種があります。

嵯峨野にある『植藤造園』の主人がそうですが、

確か当代で十六、七代目に成ると思います。

桜守。何とも(かぐわ)しく優雅な職業名ではないでしょうか。

祗園・円山公園の枝垂れ桜などは、戦後(戦後と云っても応仁の乱の後では無いのですが、

京都の人は、まじめに前の大戦と云えば応仁の乱の事を言います。)

間も無い頃に枯れたのですが、

同じ親から取った種で、丹念に同じ様に育てられていた紅枝垂れ桜を、

先代が植え替えた訳です。

それと、京都御所の「左近の桜」も、その方の作品だったと思います。

この様に何十年、何百年と気の遠く成るような事を、

何代にも渡ってやっている人が居ると云うのが、何とも素晴らしい事では無いでしょうか。

綺麗に咲いている桜には、それを守る人達の気持ちと、努力が隠されている訳です。

ところで桜は、魔物。幻想の世界に誘い込む、魔性の花とも言われており、

室町時代に書かれた『秋夜長物語』に、こんな話があります。

 叡山(えいざん)で修行する学僧、桂海はある夜、桜の花の咲き乱れる中に(たたず)む少年の夢を見た。

 翌日あまりの美童ゆえに忘れ難く歩いていると、

 聖護院(しょうごいん)あたりで春雨に降られ、山門にて雨宿りをする。

 ふと見やると、枝垂れの元に昨夜の夢の美少年がいるではないか。

 名を聞けば、花園左大臣の息子で梅若と言う。

 彼は『降る雨に濡れるとも折らん山桜、雲の返しの風もこそ吹け』と、

 花枝を桂海に差し出した。

青年僧と稚児の、やがては都を燃え尽くす紅蓮(ぐれん)の恋は、こんなふうにはじまるのです。

ほどなく二人は結ばれるのですが、梅若の色香に迷った三井寺(みいでら)の天狗が、

桂海恋しと叡山を訪ねる途中の彼をさらい、

それを契機に三井、叡山は互いに決起し、(いくさ)がはじまります。

一人の美青年の奪い合いで戦いが、、、。

痴情(ちじょう)のもつれ、男色と云うものは…。う~ん、凄い。

さてさて結末です。

最終的に助け出された梅若ではあったのですが、

凌辱(りょうじょく)された身を恥じて瀬田川(せたがわ)に入水します。

嘆き悲しむ桂海は、菩提(ぼだい)を弔うために庵を結んだのです。

それが東山・高台寺の前身、雲居寺です。

高台寺の境内には、当然のように枝垂れ桜が植わっているのですが、

過ぎし日の恋の形見なのでしょう。

幻の恋人を立たせるには、好都合の美しい桜ではないでしょうか、、、?

男色に桜と云えば、もう一つ名所があります。

賀茂川が高野川と合流する手前、出雲路橋(いずもじばし)から北大路橋(きたおおじばし)にかけての左岸を「半木(なからぎ)の道」

と云い、堤の上が桜並木になっております。

ここの桜は、志波む桜(師範桜(しはんざくら))と云って明治に植えられたものです。

非常に綺麗な桜並木なのですが、細い砂利道で歩きにくい為、

私はいつも、対岸から眺めるようにしております。

夜に、ライトアップされていれば、非常に綺麗だと思うのですが、、、

ここには、外灯さえ無い為、夜桜を楽しむ事は出来ないのです。

しかし、この闇を好む人達がいて、並木道の桜の下に夜毎(よごと)現れます。

その人達は、、、もう、お分かりですね。

そうです、ここは、

同性愛の人々が出会いを求めてやってくるクルージングエリヤなのです。

いつの世も、幻の恋人が現れるのは桜の木の下なのでしょうか…?

私だと、上村松園(うえむらしょうえん)の描いた、「序の舞(じょのまい)」のような女性が良いのですが。

まぁ、とにかく京都は、桜の名所といわれる所が数限りなくある所で、

桜の種類もまた数限りなくあります。


京都の花見

何故、京都には桜が多いのでしょうか?

それは、京都の自然環境、地理的環境にあります。

ここは、盆地であり、冷たい空気が地上に溜まり、

その上空三百メートル程の所に、逆転層と呼ばれる暖かい空気との境目ができます。

その高度は、ちょうど虫や小鳥が生活しやすい環境であり、それ等が花粉を媒介し、

糞を落とし、京都の豊かな自然を創る源になっております。

京都をぐるりと取り囲む山裾(やますそ)は、特に山桜が自生する条件に適していた為、

(おの)ずと桜の名所になっていったと云う訳です。

(以上は、確か、私が小学校で教わったように思いますが、、、)

私にとっての桜とは、まず自然が生み育み、桜守のような職人によって愛しまれたもの、

野生と歴史のあるものです。

人工の花である、ソメイヨシノの単純な美しさだけでは、

何故か物足らないのでしょうね。

ソメイヨシノは、なんといっても成育の早さと病害や悪天候に対する抵抗力の強さで、

手っ取り早く行楽名所を成立させるには、コレしかないという樹なのです。

わっと咲いてわっと散る、花期が短く非常にイサギヨイ花なので、

関東武士に好まれたのでしょう。

「花は桜木、人は武士」なのでしょうかね、、、。

それではここで、私の好きな京都の桜の名所をご案内致しましょう。

最も、桜の種類の多さと本数の多さでは、やはり『平野神社(ひらのじんじゃ)』が一番でしょう。

五百本余りがぎっしりと立っている、非常に濃厚な花見の名所で、

特に、夜桜見物の賑わいは、祗園・円山公園に匹敵(ひってき)する程です。

(緑色の花を付ける御衣黄(ぎょいこう)、おけさ桜、松月、嵐山、楊貴妃、天の川、一葉、虎尾、

 胡蝶、桃桜、…)

所で京都では、ここに限らずゴザを敷ける花の名所と云うのが極端に少なく、

普段見なれている花見風景とは、少し違っております。

では、どうゆう花見をするかと云いますと、

桜の蕾みがほころびかける頃ともなると、

神社等によって緋毛氈(ひもうせん)の掛けられた縁台が用意され、

氏子の企業や、縁のある人によって押えられます。

つまり自由参加型では無く、あらかじめ仕切られているのです。

 「知っている者だけが得をする。だけど誰も教えてはくれない。」

誠に、京都らしいコネ社会の断面が現れている花見風景です。

平野神社の桜の起源は、確か、花山天皇が植えられたのが始まりだったと思います。

其れだと、千年は経つ訳です。

それ以来、時代時代の桜の銘木が植え込まれ続けた結果、

境内は珍種の宝庫、桜の博物館状態です。

余りにも植えられている桜の密度が濃い為、花天上になっており、

何か、桜によって隔離された、結界の如き感があります。

これは余談ですが、平野神社は北野天満宮の先にあります。

或るお母さんが、我が息子にこう言いました。

 「平野さんに産んでしもて悪かったなぁ、、、」

どういう意味だか、お分りですか?

平野神社は、「北野を越えて」行くので、

「汚のう肥えて」悪かったなぁと云う意味になり、そんな貴方を産んだ私が悪かったと、

謝っている訳ですが、、、これは、不細工な人をカラカッタ京言葉です。

それともう一つ、似たような言葉を紹介しましょう。

御室(おむろ)の花」、なかなか綺麗な言葉ですね。

女性に向って、貴女は御室の花ですねと言います。

あなたなら、どの様に受け止めますか?

花に例えられた訳だから、悪い気はしないですよね。

ですが、その言葉を京都の女性に言ったとします。

気の強い方だと、平手打ちが飛んで来るか、コップの水が飛んで来るか、

さあ、その後はサヨナラとなるんでしょうか?

この御室の花の意味は、あなたの鼻は低い、ダンゴ鼻ですねと云う意味になり、

あなたは不細工ですよ、と言っているのと同じ事になります。

まぁ、綺麗な言葉にはトゲがある、、、。

御室仁和寺(にんなじ)の桜は、里桜と呼ばれる八重の桜ですが、

遅咲きで五月近くまで咲いております。

満開の時は、非常に豪華絢爛(ごうかけんらん)なのですが、風が吹くとボタボタと房ごと落ちて来る為。

はらはらと散る普通の桜のように、さわやかで、風情のあるものでは無いようです。

そして、この桜は背が低く、根元から涌き出るように咲く独特な姿をしている為、

そう云った意味に使われます。

そう云った意味とは、背が低い、鼻が低い、顔がままなら無い。

だから婚期が遅い。

等の意味がある為、平手打ちや、水を掛けられるのは当たり前になると云った訳です。

ここ、御室の仁和寺(にんなじ)は堅い岩盤の上にあり、桜の木も根が張れ無い為に、

この様な姿になったのでしょう。

又、ここにはその(ほか)にも紅枝垂れ桜や、黄桜(きざくら)鬱金(うこん))等もあり、

周りの背景と合ったなかなか趣のある桜の名所です。


山里の桜

平野神社も、御室も、わりとメジャーな所ですが、観光に来て、まず行かない所、

分らない所をそっと教えましょう。

では、一番遠い所からご案内致します。

栂ノ尾(とがのお)の高山寺よりクルマで一時間、鞍馬寺(くらまでら)からは一時間半、

とんでもない山の中にある、常照皇寺(じょうしょうこうじ)

住所は、京都府北桑田郡京北町大字井戸小字丸山…

大凡(おおよそ)の場所は、「北山時雨(きたやましぐれ)」などと詩に読まれた、京都の、北の山々の奥、

丹波高原にあります。

兎に角とんでもない山の中ですが、道順を説明致します。

下賀茂神社の近く、出町柳(でまちやなぎ)より京福電鉄で鞍馬(くらま)まで、

其処からバスで花背(はなせ)広河原(ひろがわら)行きに乗り換え、花背(はなせ)で降りる。

又、日吉行きのバスに乗り換え、やっとの事で辿りつくといった山の中です。

その途中、途中で花見をしながら行く事にいたしましょう。

京福電鉄に乗り、二軒茶屋を過ぎて市原(いちはら)の手前辺りに差し掛かると、

桜のトンネルが待ちうけるかのように、口を開けております。

その中へ電車は、スローダウンしてゆっくりと入って行くのです。

ゆっくり走る電車の車窓から手を伸ばせば、花が(つか)めるぐらいの所を通り抜けて行き、

(いき)な事にこの運転手、急いでいようが、無かろうが、とにかく時刻表などは無視して、

私共を楽しませてくれるのです。

やがて電車は、山の奥深くへと進んで、

粋な計らいをする運転手が運転する電車は、森閑(しんかん)とする山里、終点の鞍馬に到着致します。

駅を出るとそこは、鞍馬寺の参道になっており、ここから寺までは、

鬱蒼(うっそう)とした木々の生い茂る、つづら折れの坂道になっています。

この鞍馬寺は、火祭と、牛若丸で有名ですが、、、

お父様方には、鞍馬天狗でしょうか、、、?

私は、鞍馬と云えば源氏物語を思い浮かべます。

光源氏は、夕顔が亡くなった後、気落ちして病床の人になります。

心身ともに弱りきった源氏は、鞍馬寺に行き、病を癒したのです。

その時に咲いていたのが、雲珠桜(うずざくら)

この桜によって光源氏は、随分と慰められた事でしょう。

又、源氏はこの山里で、生涯の妻とも云える若紫、後の紫の上に出会っております。

このように鞍馬には、多くの物語があるのですが、その中でも面白いのは、

ここのご本尊、実は宇宙人なのです。

奥の院に祭られております魔王尊(まおうそん)、インドより伝わった神様ですが、

向うの言い方でサナート・クラマーと云います。

金星から来たと云う神様で、宇宙人です。

このクラマーが、鞍馬の語源になっており、ここは金星人の住む里なのです?

牛若丸に剣術を教えた天狗も、ひょっとすると宇宙人かも…?

さて、この辺りには、否、この辺りとゆうよりは、近くの貴船(きぶね)なのですが、

そこには、私が夢にまでみて恋焦(こいこ)がれている花が、この場所にだけ自生しております。

それは、白い貴船菊(秋明菊(しゅうめいぎく))です。

その花は、山吹色の花芯に存在感のある白い色の花びらで、

何も色が入っていない白では無く、

白い色を入れたと云った重量感のある白色をしております。

さほど大きな花では無いのですが、(りん)として立っており、気品の漂う菊なのです。

(貴船にしか無い菊なのですが、福岡の「喫茶ひいらぎ」のマスターが育てており、

 毎年秋になると店で見る事が出来ます。

 その時期には、私の訪問回数が極端に増え、そして、マスターがニヤリと笑う、、、。)

いつもの事で、寄り道が多いのですが、先に進みます。

山桜咲き乱れる山里を、のんびりバスに揺られながら目的地、常照皇寺へ。

これだけの手間隙を掛けて、たった一本の桜を観る為に行く訳ですから、

それが、ただの桜だったら、、、私は、……でしょうか?

(そうです、ただの桜だったら私が観に行く訳は無い!)

ここの桜は、「御車返し(みくるまかえし)の桜」と云い、

光厳(こうごん)天皇が自ら植えられた、由緒正しい枝垂れ桜です。

光厳天皇の頃と云いますと、西暦千三百三~四十年頃でしょうか。(南北朝時代)

この桜、余りに見事な花ゆえに立ち去り難く、何度も車を引き返させてしまう程、

と云う故事に因んで命名されております。

確かにそれは、圧倒される存在感の中、異次元に引き込まれそうになる魔性の花です。

やっとの思いで辿り着いた訳ですから、直ぐには立ち去り難い。

ましてや昔の人にとっては、今と比べると(はるか)に大変な思いをしてやって来る訳ですから、

その思いは一入(ひとしお)だった事でしょう。

この桜、我が国屈指の枝垂れ桜で、高貴さゆえに九重桜(ここのえざくら)と名づけられ、

国の天然記念物の指定を受けています。

その姿は、幹の大きさや大きな洞からは想像もつかない気品に満ちた

八重と一重の繊細な小花を、垂れ下がった細い枝に咲かせます。

さて、心残りの山里の桜を楽しんだ後は、町の中に戻りましょう。


街中の桜

同名の「御車返しの桜」は、町の中にもあります。

(嵯峨天皇が何度も、その桜を見る為に牛車を引き返させた)

縁結びで知られる「地主神社」。

ここの桜も、能の「田村」や「熊野」にも登場し、八重と一重を一度に咲かせる珍種です。

それと、京都御所(御苑)の中にもあります。

蛤御門(はまぐりごもん)を入って、北の芝生の中。

ですが、「アノ一本」には到底及びもつきません。

其れではここで、御所の中に在る他の桜もご紹介致しましょう。

近衛邸(このえてい)跡の「糸桜」、ここは御所の西北部。今は、児童公園になっている所です。

御所中央寄りの東北部には、松に寄生した不思議な桜もあります。

そして「左近の桜」です。

最初ここには、梅が植えられたのですが、外来文化を嫌って、

まもなく桜が吉野より取り寄せられました。

以来、千二百年近く左近の桜として立っております。

左近の桜と言えば、源氏と朧月夜(おぼろづきよ)の君との出会いが、

この桜を()でる花の宴の、夜の事でした…。

さて、それでは、市内の桜を駆け足で巡りましょう。

千本閻魔堂(せんぼんえんまどう)普賢象(ふけんぞう)。(花の中心に二枚の細い緑葉が出ているのを象の牙に見立て、

普賢菩薩が象に乗っている所から名付けられた)

昔、葬場であったこの寺に集まる野辺送りの人々の、妄夢(もうむ)を払う為に植えられたと云う。

無き人を思い、あの世に()かれる思いを、この世に引き溜める為に華麗に咲く桜。

千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)の枝垂れ桜「阿亀(おかめ)」。

この枝垂れは、滝のように流れ落ちて、その枝先は地面に触れるまで長い。

桜の宮と云われる、車折神社(くるまざきじんじゃ)。(境内にある茶店で出されている桜餅は、絶品です)

ここは、芸能神社とも云われ、奉納した芸能人達の名前が建ち並んでおり、

ミーハー的には、面白い所です。

私事ですが、車折神社は家の近くにあり、大晦日、除夜の鐘が鳴り終るのを、

()き火を囲みながら待っていて、初詣の最初に行く所です。

西行法師が境内を山桜で(おお)った花の寺の勝持寺(しょうじじ)

   願はくは 花のもとにて春死なむ 

             そのきさらぎの望月のころ     西行

花の季節は短いのですが、半年近くも花見が出来る所をご案内致しましょう。

上京区大宮の妙蓮寺(みょうれんじ)にある御会式桜(おえしきさくら)は、

十月中頃に蕾みがほころびだし四月上旬に満開になります。

兎に角、半年間咲きっぱなしの、小さな白い花の桜です。

京都の桜は、「常ならぬ風景」を演出しております。

此れこそが、京都の花見の一大性質であり醍醐味では無いでしょうか。

又、この妙蓮寺には、長谷川派の見事な松桜図障壁画(しょうおうずしょうへきが)がありますが、

其処に描かれているのは、錦の牡丹桜(ぼたんざくら)と云うのも又、面白いものです。

そして桜の季節に、京都の人達が心待ちにしているのは、「哲学の道(てつがくのみち)」でしょうか。

(人は人 吾は吾也 とにかくに 吾が行く道を 吾は行くなり  

 哲学者:西田幾多郎の石碑が在ります。)

この哲学の道を含む疏水(そすい)沿いの桜散歩は、得に京都人にとっては、

無くてはならないものになっております。(関雪桜)

まぁ、ここは、ソメイヨシノですが、、、。

では、道順をお教え致しましょう。

南禅寺通りを東天王町で右に折れ、明照寺を抜けた所で北上、有芳園の角を流れに沿って東に入り、光雲寺を右に横切った先が哲学の道の終点になります。

このコース、ゆっくり歩いても三十分程の桜散歩です。

途中、喫茶店でケーキでも食べながらコーヒーを飲み、

柔らかい春の光が桜色に降り注ぐ中で、異郷を彷徨(さまよ)って下さい。

ところで、京都人以外の人が知っている有名な桜の名所と云えば、

円山公園、醍醐寺(だいごじ)、嵐山、祗園新橋(ぎおんしんばし)白川(しらかわ)沿い、平安神宮(など)でしょうか。

これらも良いのですが、綺麗に整いすぎて何か作為的な京都らしさのように思われます。

得に祗園新橋の白川沿いは、辰巳大明神(たつみだいみょうじん)から鴨川の手前まで川に沿って植えられていて、

いかにも祗園で或ると主張しております。

辰巳神社の白川沿いには、祗園歌人の吉井勇の歌碑が在り、その石碑に

「かにかくに 祗園は恋し 寝る時も 枕の下を水のながるる」と詠われた白川。

ほの暮れの、ぼやっとした夕暮れの中、桜真風(さくらまじ)に吹かれ川辺りに(たたず)むと、

やがて、建ち並んだお茶屋の門には、置き灯篭(どうろう)に灯が灯りだす。

お座敷に向う舞子のぽっくりの音が、石畳に木霊(こだま)して行き、

白川に舞い落ちる落花流水(らっかりゅうすい)のさまに、華やいだ花町の夜が始まるのです。

男に女を慕う思いがあれば、女もまた男の情けを受け入れ様とする心が生まれる。

ここは(まさ)に、花町らしい落花流水を表しております。

これが、作為的に作られた祗園らしさの枝垂れ桜やソメイヨシノです。

山里の桜、里の桜、川辺りの桜と、桜は何処にあっても良いものです。

桜の種類は、およそ三百種余りあると言われておりますが、

その中で一番を()げろと言われれば、私は、迷わず「雨宿り(あまやどり)」と答えます。

雨宿りは、淡雪(あわゆき)のような白い小さな花が、下を向いて咲きます。

花の下に来て、私を見て…、と云っているかのように。

子供の頃、近くで良く見た花なのですが、

何処だったのか如何しても思い出す事が出来ません。

残念ですが、花の紹介だけに致します。

色々と桜の名所を案内して来ましたが、最後に、とっておきの名所をお教え致しましょう。

川辺りの桜ですが、下鴨本通り(しもがもほんどおり)から北大路(きたおおじ)通り、府立大学に向って斜めに抜ける

疏水分流(そすいぶんりゅう)」沿いです。

この疏水分流は、普通の何処にでも在るような落着いた町並みを細やかに流れ、

やがて鴨川(かもがわ)にそそいでおります。

ここの桜は、ごく普通に山吹や雪柳と混ぜ植えされ、程良い大きさの樹が、

程良く立ち並び、程良く咲いております。

樹種は、何処にでも在る染井吉野(そめいよしの)です。

ですが、この疏水分流にこそ花見の心が在る様に思われます。

この分流沿いの桜は、無作為の桜なのです。

この流れ沿いの家々は、申し合わせた訳でも無いのに調和が取れていて、

見せてやろうとか、見てくれと云った主張が無く、生活の中に花見がある。

そんな侘びの心が表われている桜の名所です。

自然の風景を壊さないで自然を足してゆく。

花見は、自然と共にある豊かな心の安らぎでしょうか。

まあ、(だま)されたと思って一度行って見てください。

桜を見て何を感じるかは、人其々(それぞれ)ですが、、、

貴方なら何を感じますか?

私なら……。

桜の季節、京都に行かれたならば、貴方は果たして何に出会うのでしょうか。

情念ですか、幻ですか、それとも異次元の魔の世界でしょうか……。

魔都・京都では、桜が咲くと何かが起こります。

待ち合わせは、京都駅

いつもの通り私は、時速300kで東へ。息子は、同じく時速300kで西へ。

二人が降り立った京都は、夏の陽射しが容赦無く降り注ぐ猛暑。

福岡も、東京も暑いが、私にとってここは、馴染みのある暑さ。

この、夏の空気が素直に体の中に入って来る。

さて、昼飯は如何しよう?

何時もの所に行く?

改札出口で振り返って、後ろにいる息子に聞く。

でもオヤジ、夜は鮎だよ。

うん、でも、鱧と鯖も食べたいし…。

結局、いつもの寿司屋へ。

鮎寿しと鯖寿し、それに鱧寿し。

う~ん、食べ過ぎた!

冷たいコーヒーでも飲みながら、(--)y-゚゚゚したいね(^^)

と、近くの喫茶店へ。

表のドアが開いている?

エアコンが、壊れてるのかな?

取り合えず中に入って、一番奥のエアコンの前に腰を下す。

中は、涼しいんだけど~。ふと疑問が…。

この暑さなのに、何故、何故ドアが開いているンだろ??

気には成ったが、結局聞かず終いで、

何かあるんだろうけど…まぁ、好いっか。

正月以来久し振りで会った親子は、そんな疑問は忘れて、話に花が咲いた。

そう云えば何年か前、お盆に里帰りした時。

家に着く手前で、墓参りしようって云ったよね。

その時俺が、留守宅に行って如何するのって。

もう、叔母さんが皆を連れて帰っているから、家に行けば逢えるよ。

そんな話、したよね。

皆さんを年に一度、家にお迎えして、一年分の接待をするんだよ。

仏壇は当然、庭から家の中まで綺麗にして迎える訳だね。

正月も帰って無いから、当然お雑煮も出す。

だから、お盆は正月より賑やかだよ(^O^)

ここはね、彼の世と此の世、異界との境が曖昧になっている。

皆、暮夜っとした曖昧さが好きなのかな?

いや、でも、確かにここは、時々境が無くなる(-_-;)



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