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3月28日のおはなし「サヨナラホームラン」

 秋の日は釣瓶落としなんてことを申しますが、こう、見ておりますと、「ああずいぶんと日がかたぶいたな」なんて思う間もなくずんずん動いていくのが見えるようなあんばいで、あれよあれよと沈んでいく。その後は空を真っ赤に染め上げてやがてだんだん藍色や群青色のトバリがおりてくる。トバリってえと、イバリと響きが似てるけどずいぶん違いますな。トバリは、上からちょいとつるして目を遮るタレギヌ、イバリは雪隠でもってじょろじょろやるやつで、そんなものが夜になるたび降りてきたんじゃかなわない。

 
 夜ンなってあたりがすっかり暗くなると、この時分は窓を開けて夕餉をいただいたり、家族で野球観戦なんってのもあるんでしょうな、贔屓の選手がヒットを打ったり、贔屓のチームが点を入れたりするってえと、あっちの家やこっちの家から「わあっ」てなもんで歓声が上がる。別なチームが点を入れるてえとさっきのとは違う家から拍手が聞こえたりする。
 
「ああ、だから狭間さんと猪瀬さんは仲が悪いんだ」
 
なんてわかっちゃったりする。「うわあ! ぎゃあ! いやん、いやああん、すごい! すごおおい!」なんて女の人の絶叫が聞こえてくるんで、「へへ、こいつぁどうも早い時間からいろっぽいことがおっ始まりましたか」なんて耳を澄ますとなんのことはない。贔屓のチームがサヨナラホームランで逆転勝ちしたなんてことだったりしますな。なんかこう、だまされたようなようなね、釈然としませんな、あれは。近所迷惑だ。
 
 あくる朝ンなって集会所に三々五々とご隠居さんたちが集まって来る。
 
「こりゃどうも猪瀬さん、今日もいい天気ですな」
「いっとう最初に、やなのが来やがった」
「え? なんか言いましたか?」
「おや狭間さん、これは気づきませんでした」
「またまた。何をなさってたんで?」
「見ての通り新聞を読んでました」
「そんなあなた、急に新聞広げたりして。おや、試合の結果でも見てましたか」
「興味ないですな」
「ん? それぁ、今日の新聞じゃない。昨日の朝刊ですぜ。夕べの試合は載ってません」
「ちょうどいいや」
「しかし、夕べの試合はすごかったですね」
「そうですか」
「試合はもうワンサイドで、どうみてもキムコ・ジャイアンツの圧勝ペースで」
「ははあ」
「さすが猪瀬さんの応援するキムコはてえしたもんだ。盤石だ。隙がない。焼きもまわってない。まとめて言えばスキヤキがない、なんてことを思いながら見てましたよ」
「くだらねえ」
「それがあなた、何があったんでしょうな。9回の裏ンなって、ね。スマトラ・タイガースがあんな風に大逆転するなんてね。人生何が起こるかわかりませんね」
「何が人生だ。陰気臭え」
「何ですって?」
「いえこっちの話」
「猪瀬さん、あれぁ、あの9回裏のメイクドラマ、どういうことだったんでげしょうな」
「わかりませんな」
「またまた。あたしゃ猪瀬さんに教えを乞おうって思って来たんすよ」
「何のことやら。何しろ見てなかったから」
「またまたまた。聞こえてましたよ。4回の猛攻のところで『よし!』って叫んだり、6回キムコの打者が一巡したところでご家族みなさんで万歳三唱してたのとか」
「知りませんな、そんなこと」
「ちゃーんと聞こえてたんすから。7回の2者残塁で『あああ!』ってため息ついたり」
「見てませんから。うちは家族で教育テレビ見てましたから」
「は?」
「クロード・レヴィ=ストロース、『悲しき熱帯』の時代っていうね、知的視聴者のための教養番組を見ておりました」
「『よし!』とか叫んで?」
「レヴィ=ストロースがブラジル行きを決めたところですかな」
「ご家族みんなで万歳三唱して?」
「アメリカに亡命できたところですな」
「あのため息は?」
「教授選に2度目も落選した時でしょうな」
 
 猪瀬さんもまあ、口から出任せにぺらぺらとよく言えたもんで。ただそうなると狭間さんもそうそういい顔ばかりはしてられない。
 
「やいやいやい。黙って聞いてりゃ適当なこと並べ立てやがって、ざけんじゃねえやい! こちとらおたくが一家揃ってしけた雁首揃えてテレビにへばりついて野球観戦してたことは知ってんだ! ふだんさんざんスマトラの悪口ふきまくっておいて、都合が悪くなると知らぬ存ぜぬだ? そんなこたあお天道様が許してもおいらが許さねえ。正直にキリキリと負けを認めたらどうだい」
「狭間さんよ」
「なんでえ!」
「そんなに怒鳴らなくても、あたしぁ大人しく負けを認めてますよ」
「あんだと?」
「ごらんなさい。そのゴミ箱の中を」
「ん? なんですこれは。あれあれ。新聞紙がビリビリに引き裂かれて。あ! こいつぁ、今朝の朝刊じゃないすか」
「夕べの試合結果を見てあんまり頭にきたから破いちゃいました。負けは認めてますよ」
「あらあらダメじゃないすか集会所の新聞をこんなことしちゃ」
「反省してます。でもま、年寄り同士、仲良くやりましょうや。水本さんも深川さんもキムコファンです。陰気臭え話はナシってことで」
 
 狭間さんがゴミ箱からひっぱりだした新聞のきれはしがひらひらと落ちる。それを猪瀬さんが拾いあげて見出しを読む。
 
「おや狭間さん、これぁ穏やかじゃないことが書いてある」
「なんです」
「スマトラ・タイガースのファンがキムコのピッチャーの目にレーザービームを当てて妨害していたって」
「な?」
「ああ。9回のタカハシ投手の突然の乱調。そういうことだったのか!」
「へえ?」
「狭間さん、こいつぁ聞き捨て、いやさ読み捨てなりませんな。いったいどういうこってす? このスマトラファンの卑怯なことといったら」
「ち、ち、ちょいと見せておくんなせえ」
「ほら!」
「えーと、どれどれ、政令指定都市では」
「どこ読んでんだい、ちがうよ」
「ははあ。『前田に続け! 続々卒業宣言……』」
「裏! 裏! 裏! 狭間さん、こいつはひとつ、みんなの前できっちりと」
「パク!」
「あ! 食べちまいやがった! な! 何しやがる。とんでもねえやつだ」
「んぐんぐごっくん! はあ」
「ふてえ野郎だ。おめえがこの場で隠したってそんなもなあ」
「猪瀬さん、おいらはわかった。この話はよしやしょう」
「なんだと?」
「いま食べてわかったんだけど、この話は、あなたの言う通り、インキ臭え」
 
 おあとがよろしいようで。
 
(「サヨナラホームラン, レヴィ=ストロース, 政令指定都市」ordered by エルスケン-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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サヨナラホームラン


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著者 : hirotakashina
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