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 物語に書かれた英雄は正直者だが、現実の英雄は嘘をつく。おじさんが昔、そんなことを言っていた。
 おじさんは嘘つきだった。

 ぼくの母は実の弟であるおじさんを嫌っていたわけではないが、子どものころから冗談や出任せばかり口にして、長じても改善されないどころか、甥のぼくにもホラ話ばかり吹き込むので呆れ果てていた。
 ぼくが五つのときのことだ。玄関を開けるなりおじさんはこう言った。
「今日はヘリコプターで来たぞ」
 ちょうど、おじさんの向こうの空をヘリコプターが遠ざかっていくところだった。母のサンダルで外に飛び出したぼくは、門の段差で転んだ。いつもなら泣く場面だ。でも、飛んでいくヘリコプターの腹を見上げることでぼくはいっぱいだった。
「俺は大統領なんだ」ともおじさんは言った。
「G・G」と呼ばれる人物と誕生日が同じで、姓と名の頭文字が同じなのも同じ。「魂の双子だ」とおじさんは表現した。G・Gは、とある小国の大統領だった。同じ日に食あたりになり、同じ日に飛行機に乗っていたそうだ。「つまり、俺の行動次第でひとつの国が動くわけだ」という発言も、ぼくはまっすぐに信じた。
 いちばん色濃くぼくが影響を受けたのは「超な能力」についての話だ。
「超能力ってのは訓練によって使いこなせるようになる」とおじさんは言い切った。背が高く痩せ型で、ギョロ目の風貌には、たしかに人外の力を操りそうな妖しさがあった。
「人間の脳は七割が未使用で、そこに超な能力が眠っている。だから、これから教える秘密の特訓を毎日やるんだ。そしたらおまえにも使えるようになるぞ」
 手順は次の通り。
 最初に黄色いボールを思い浮かべる。触ると押し返してきそうなくらいリアルに描く。それが、超能力のタネとなる。
 頭に生まれたボールを頭の外に飛ばし、現実に存在する物にぶつけたなら、その物体がほんとに動く。すなわち、テレキネシス。
 ボールに想いを託して誰かに飛ばせば、心が伝わる。すなわち、テレパシー。
 ボールを隣の部屋にでも飛ばしたなら、そちらの様子が丸見えだ。すなわち、透視術。
「十年だ」おじさんは保証した。「十年毎日欠かさず訓練すれば、おまえにもできる」
「おじさんは? おじさんは使えるの?」
「俺か?」おじさんは背をかがめ、声を潜めた。「ちょっとだけならな。実は俺もまだ修行中なんだ」
「何年目?」
「六年」
「じゃあ、あと……四年!」
「ああ、おまえも早く追いつけよ。ふたりで超な能力者になったら世界平和に役立てよう」
「えー、もっと楽しいことに使おうよ」
「たとえば?」
「テレビ出てお金いっぱいもらう!」
 おじさんはぼくの頭を掌で包み、五本の指すべてに力を込めた。痛いよ、とぼくが振りほどくと、おじさんはいつになく真剣な顔つきで「つまんないだろ、そんなこと」と言い、「無理そうなほうが楽しいぞ」と諭された。
「だいたいおまえいくつだ?」
「ななつ」
「七つの子どもがお金なんかどうすんだ。もっとべつのこと考えろ。宝探しするとか」
「ないよ、そんなの」
「なくないよ、馬鹿だな」
 宝の地図が郵送されてきたのはその二年後。長く会ってもおらず、宝の話なんてほとんど忘れていた。それよりなにより、福岡に住むぼくが地図に示された北海道の公園まで行くこと自体ほとんど不可能で、九歳のぼくはおじさんを「愉快な嘘つき」と捉えるようになっていた。一方で、超な能力のための特訓を実は続けていた。

 中学にあがったとき、おじさんからお祝いが届いた。現金で十万円。「いくらなんでも多すぎる」と母は憤慨したが、薄手の札束を結局はぼくに寄越した。テーブルに置かれた紙幣はおじさんの話とそっくりで、本物と思えなかった。短い手紙も同封されていた。
〈このお金をどんなふうに使ったのか、教えてくれ〉
 初めての預金口座を作るのに使わせてもらった。母の助言に従った結果だが、使い途を伝えようにもおじさんの住所は不明で、仕方なくぼくは、まだ「超」ではない能力でボールを飛ばしてみた。
 元来、おじさんは流浪の人だった。寅次郎のほうがマメだと親族に揶揄されるほどで、周囲の心配はとっくに底をついていた。
 高校を卒業したおじさんは遠く離れた北海道の牧場に住み込みで働きだし、いくつもの土地と職を試着でもする勢いで次々乗り換えていった。大阪でラジオのDJもやっていたし、ぼくの生まれた年には四国のどこかで市議会議員に立候補したという。ミコノス島に住んでいた時期もあるらしく、知れば知るほど、その経歴はとてもひとりのものとは思えなくなった。G・Gという人物も実はおじさん本人かもしれないと想像することもあった。
 歳月が流れ、ぼくは高校生になった。
 超な能力の訓練は癖になっていまさら止められなかったが、ほかのことは目まぐるしく変わっていった。おじさんは依然行方不明。高校進学のお祝いも届かず、ぼくもだんだんおじさんのことを考えなくなった。
 一学期の終わりごろのことだ。現代社会の授業中、教師がとつぜん「G・Gという人物をみなさんは知っていますか」とクラス全体に問い掛けた。誰も手を挙げず、ぼくも知らないふりをした。実際ぼくの知識はおじさんとの共通項くらいで、G・Gが外遊先で誘拐されたという過去の事件も初耳だった。それはぼくの生まれる前の出来事で、G・Gの安否は誘拐から二年ものあいだ不明のまま。まず間違いなく死んだものと思われたが、ある日、やつれ果てた姿で彼は帰還した。教師の持ってきた英字新聞のコピーにはギョロ目の、鬱蒼と髭を蓄えた男が写っていた。G・Gは自分が不在のあいだに大統領となった人物をまず処刑し、元の席に復帰した。そして、派手な虐殺を繰り広げた。一方で経済的成長と繁栄をもたらし、G・Gの統治は今に至るまで続いている。「日本ではあまり知られていませんが、世界の成り立ちを知るということに、皆さんはもっと自覚的であるべきです」と社会科教師は話を締め括った。ぼくは久しぶりにおじさんを思い出し、虐殺を指示する場面を想像してみたが、滑稽なだけだった。
 二学期が始まり、文化祭の準備を進めるなか、ぼくは同じクラスの女子と付き合いはじめた。
 ある日の放課後、ぼくたちは教室で窓際に椅子を向かい合わせて喋っていた。ほかに誰もおらず、ベージュ色のカーテン越しに夕焼けの色が染み込んできていた。グラウンドからのサッカー部員たちの声は窓ガラスを突き抜けてくる。おかげでぼくらは互いの声を聞き取るべく、ときどき顔を近づけあった。彼女の息を感じるほどの距離に来たとき、カーテンが包んでくれたならキスできるのに、と願った。その次の瞬間、ふっ、とカーテンが揺れ、ぼくたちをわずかな時間だけ隠してくれた。彼女は目を閉じていた。記憶に焼き付けるには、じゅうぶんな時間。あとで確かめたところ、窓はぜんぶ閉まっていた。テレキネシス。テレパシー。あるいは複合的な能力。なんだってかまわなかった。
 初めての恋人にぼくはおじさんの話を聞かせた。G・Gとおじさんの関係に、彼女は特に強い興味を示した。なぜかと思いきや、英会話部に所属する彼女は顧問であるあの社会科教師にG・Gの話を吹き込まれており、英字新聞の記事から正確な情報を得てもいた。G・Gが特定の宗教を信仰する国民を処刑するような人物であることも、ぼくは知らなかった。「粛正」という耳慣れない単語を恋人は用いた。迷信やオカルトなど目線ひとつで弾き飛ばすタイプの彼女が、おじさんとG・Gの話をおもしろがってくれるのは、それにしても意外だった。
「でも政治ってそういうものだって気がする。わたしたちみんなの生活が社会の一部で、世界の一部なんだから、G・Gとおじさんもつながりがあって不思議じゃないし、わたしとG・Gだってつながりはゼロじゃないでしょう」
 ぼくの勘繰りに、彼女はあっけらかんと答えた。
 以前、魂の双子を裏づける証拠として、おじさんは一冊のノートを見せてくれた。ページの真ん中に線を引き、左に自分の、右にG・Gの身に起きた出来事を並べて書いていた。それを彼女にも見せてやりたかったが、ぼくの手元にはなかった。
 ときどき、ぼくは恋人からG・Gの最新情報を聞き、その都度、おじさんの現在を推測した。
 G・Gが階段から落ちて右脚を骨折したことも彼女に教えてもらった。その晩、おじさんから連絡がないか母に訊ねたが、なにもなかった。
「近いうちに連絡あるかもよ」
 ぼくが言うと、母はあからさまに不機嫌な顔つきを見せた。
「やめてよね、そんな冗談」
 G・Gとおじさんの関係は、母も知っていた。親戚みんなが知っていた。

 高校二年の夏、母方の曾祖母が亡くなった。百を過ぎていたので、集まったおとなはみんな荷物をおろしたような顔を見せ、ぼくの母は久しぶりに会った姉妹たちと、末弟であるおじさんを非難するのに忙しかった。誰も連絡をとれないらしく、おじさんは遂に現れなかった。通夜の席でぼくは黄色いボールを投げてみたが返事は無し。翌日の葬儀の最中にも試みを続けた。まぶたをしっかりと閉じ、イメージを膨らませる。黄色いボールが青空を飛んでいき、どことも知れない土地で下降を始めたが、誰にも届きはしなかった。
 葬式から二週間ほど後、つまらない喧嘩で恋人と別れた。成績は急降下し、おじさんからの連絡もなかった。ろくでもないことばかりが続いた。十年欠かさず訓練してしまった自分の間抜けぶりも笑えなかった。訓練を止めるのは、想像よりずっと容易だった。
 ぱっとしない日々の延長線上でぼくは高校三年生になり、気がつくと受験の話題に包囲されていた。
 ある雨の日、かつての恋人に学校の廊下で呼び止められた。G・Gがまた粛正を実施したのだという。へえ、とぼくは返した。
「おじさんからは連絡あった?」
「無いよ、つうか関係ないし」
「あんなに好きだったのに」
「昔の話だって。だいたいあんなの嘘ばっかだよ。せいぜいただの偶然。ネットで調べりゃ同じ誕生日なんてゴマンといるし、そもそもあの人のことは本人の証言しかないわけだしさ」
 夏が来て、秋になった。成績はなんとか持ち直し、その努力を認めてくれたのか、担任に推薦入学の話を持ちかけられた。ぼくは飛びついた。東京の大学で、一応の試験は受けたものの楽勝で、十一月の半ばには進路が決定した。
 不意に受験勉強から解放されると、卒業までの暇な数ヶ月をどう過ごすかが新たな問題となった。
 なにもしないうちに、季節は冬になった。寒いし、目的も無いから、外へ出ることもない。
 ゆるみきった暮らしぶりを見かねた母にアルバイトを勧められ、近所のコンビニで働くことになった。昼間は学校があるので平日は深夜シフトにしか入れない。深夜の主要業務は暇つぶしで、母の目論見もむなしく、ぼくの毎日は余計に精彩を欠いていった。棚に並ぶ雑誌類が毎日のように新しくなっていくのが救いだった。漫画誌や男性誌はもちろん、父の鞄に見かける週刊誌も読んだし、レディスコミックにも手を出した。
 G・Gの訃報にぶつかったのも、バイト中のこと。店内の清掃を終えたあとで総合誌の「世界のニュース」のページで「独裁者G・G自殺」という見出しを発見した。短い記事なのに、そこから先を読むことができなかった。レジ前の壁に背をあて、雑誌を手に持ったまま、店の入口へ視線を飛ばした。車の一台も通らない、真っ暗な道路。誰か、誰でもいいから誰か。しかし、客はひとりも現れないまま、入口のガラスには自分が映り込んでいるだけだった。
 ぼくは再び機械式の糞重たいモップをバックヤードから引っ張り出してきて、二度目の清掃を始めた。念入りに床を磨きあげていく。普段の倍、三十分以上もかかった。それでもなお客はひとりも現れず、入口付近を掃除していると、ぼくを客と取り違えたセンサーが何度もチャイムを鳴らした。
 午前四時をまわった。ぼくは再びレジの前に陣取り、さっきのページを開いた。
 自宅マンションの屋上からG・Gは飛び降りた。夜明けのころ、車寄せに降ってきたG・Gはベンツの屋根の上で即死。国民は歓びに沸き返っているそうだ。ぼくが興味を失っているあいだにG・Gは大統領の座を追われていた。その死に不審点は残るものの、自殺として片付けられるだろうと記事は結んでいた。
 午前六時にバイトを終えて自宅に戻ると、リビングに置かれたパソコンをたちあげて情報を捜しまくった。相変わらず、G・Gについて日本語の情報は少ない。おじさんの名前も検索してみたが、大阪のラジオ局や議員時代の資料が引っ掛かるばかりだった。出勤の支度で慌ただしい母が今日の天気はどうかと訊ねてきた。「晴れ」とぼくは即答した。
 まるで落ち着かなかった。学校へ行くことさえ忘れていた。気がつくと正午で、外は雨が降り出していた。G・Gの死は、そのままおじさんの死を意味するのか。まさか。ぼくは頑張って笑ってみたが、乾いた声が漏れるだけだった。どれほど悩んだところで答えの出る問題でもない。掃除でもしよう。次の春には東京で一人暮らしを始めるのだから、本格的に片付けておこう。そう決意して押入を整理していると、宝の地図が出てきた。方眼紙一枚に手描きで記された地図が。
 簡単な書き置きを残してリュックひとつで家を出た。郵便局で貯金をおろし、空港に向かう。北海道に初めて降り立ったぼくは真っ先にインフォメーションカウンターへ行き、道順を訊いた。駅まで移動し、そこから特急列車に乗るのがいちばんいいと教えられ、指示通りに動いた。特急の出発までの時間に駅ビルの雑貨屋でマグライトとガーデニング用のスコップを買った。列車に乗る前に自宅へ電話をかけた。母が出て、今夜は友達の家から直接バイトに行くから、と書き置きと同じことを伝えた。それより雨が降ったじゃない、と叱られた。
 列車のなかでおじさんの地図を開いた。その公園には小さな博物館と天文台が並んで建ち、建物の裏には広大な林が広がっている。おじさんは、林のちょうど中心あたりに「×」の印を書き込んでいた。
 駅を出ると薄く雪が積もっていた。ちらちら、雪が降っていた。午後八時。タクシーに乗り、行き先を告げる。明るいのは駅の周辺だけで、店の類はほとんど見当たらず、民家やアパートが互いに距離をおいて、ほのかなあかりを灯していた。十分ほど走ったところで車は停まり、料金を払って降りた。
 雪はやんでいたが、公園の入口にも薄く積もっていた。外灯がところどころに設置してはあるものの、平坦な芝生がどこまで続いているのかわからないまま、ぼくは歩き出した。やがて案内図を見つけ、おじさんの地図を取り出し、博物館と天文台、その背後にある林の位置関係を確かめた。冷気にさらされた指が、錆びた機械みたいにぎしぎしと音をたてる。公園内の道はレンガが敷き詰められていて、ぼくは視線を落としたまま、ポケットに両手を突っ込んで歩いていった。吸い込む空気がいちいち氷のようで、耳の縁は強い痺れにちぎれてしまいそうだった。
 博物館の入口に続くレンガ道をはずれ、建物を左にまわりこんだ。ドーム状の屋根が見えるとそこで足を止め、マグライトと地図を取り出した。ドーム状の屋根は天文台併設のプラネタリウム室のものだろう。外壁には星図が描かれている。おじさんの地図には「スピカから始めろ」と指示があった。壁からすこし離れ、光をあてた。乙女座の持つ穂の先っぽを照らしてその前に移動し、向きを変えて歩き出した。林の始まり、一本の木に黄色のリボンが結ばれていた。近づいて光に照らして見ると、まだ新しいものだった。おじさんと無関係のものだろうか。推測しながら周囲を照らしていくと、奥の木にまた同じリボンが結ばれているのを見つけた。そうしてリボンの印をいくつ進んだろうか。林の奥で、背の高い木々の中に一本だけ、背丈一メートルばかりの細長い板が地面に突き刺してあるのを見つけた。そいつを抜き取り、スコップで土を掘り返すと、思いのほかやわらかく、素手で掘れそうなほどだった。誰かが最近掘り返したのだろうことはすぐに見当がついた。
 スコップの先端が何か探り当てた。残りの土を素手でかきわけ掘り返した。
 出てきたのは、蔦植物の装飾を表面に施した木箱だった。一辺が三十センチ、深さが十センチほどの箱で、持ち上げてみると馬鹿に軽い。土を払いのけ、すぐにでも中を確かめたいのに、そうはしなかった。掘り返した土で穴を埋め、林を出て、星図の描かれた壁にもたれて腰をおろし、足の上に箱を置いた。蓋の留め金に、かじかんだ指先を添えて目を閉じる。留め金のはずれる音。冷えきった皮膚に、硬い痺れが刺さる。勢いを殺がれないうちに蓋を持ち上げた。中には一冊のノートと、黄色のゴムボールがひとつ。ノートは汚れていた。ボールのほうは、たったいま入れたばかりというふうに真新しかった。
 駅前のビジネスホテルでぼくはまずシャワーを浴びた。着替えを持ってきていなかったので、備え付けのバスローブを羽織ったあとに、エアコンの温度を目一杯あげた。なかなか震えが去ってくれず、毛布で全身をくるんでから、ようやく、ノートを開いた。
 真ん中に線が引かれ、左におじさんの、右にG・Gの出来事が記されている。僕が見たのとは別の一冊。おじさんが貰い物の白桃ゼリーを食べた日、G・Gは友国を訪ねて特産品の桃を食べていた。おじさんが財布を失くした日、G・Gの腹心だった経済学者が心臓発作で息を引き取っていた。
 最後の記録は、その年の六月の出来事だった。G・Gは三度目となる、大規模な粛正を実行していた。
 左側は、空白だった。

 翌朝、早くに空港へ向かって始発便に乗った。黄色の、真新しいボールをずっと握りしめていた。それは、失敗の証だ。僕がお祝いの十万円を宝探しに使っていたら、箱の中に何を見つけたのだろう。今となってはおじさんしか知らないこと。ぼくは、完全に出遅れた。
 飛行機では、座席の前方に設えられたスクリーンにNHKの映像が流れていた。朝のニュースを録画したもので、いくつかの国内ニュースに続けて海外の祭の様子が映し出された。石造りの街の一角で派手な衣装をまとった一群がパレードを繰り広げ、左右の建物の窓という窓から人々が顔を、腕を出し、原色の紙吹雪をばらまいている。イヤホンをつけていなかったので、どこの国のなんの催しかも判然としなかった。始発便は客も少なく、ぼくの周りは空席ばかりだった。機体が滑走路へ向けて動き出すと、乗務員も各々の席に座った。それでようやくぼくは泣いた。離陸して、頭上のランプが消えるまでの短いあいだ、泣けるだけ泣いた。

 それからの数日、ぼくは家から出なかった。風邪をこじらせたと嘘をつき、学校もバイトも休んだ。何度か、母に伝えようと思った。おじさんはもういないのだと。悲しむだろうか。それともぼくがおじさんの影響を受けすぎだと言って叱るだろうか。
 家にひとりだった昼下がり、かつての恋人から電話がかかってきて、会いに行ってもいいかと訊かれた。
 部屋に迎え入れると、彼女はトートバッグからクリアファイルをひとつ取り出した。ネットのページを印刷したものが何枚か挟まれていた。
「死んだね」と彼女は言った。「おじさんから連絡あった?」
「ないよ」
「じゃあ、やっぱりおじさんが背負ったのかな。ねえ、いまからでも捜索したほうがいいんじゃない?」
「は? なにそれ。つうかそもそもなんで信じてんの? ただの与太話だよ。真に受けたりして、どうかしてるって」
「違う、そうじゃないよ。わたしが信じてるのは二人の間の関係とかじゃなくて、おじさんがそれを信じてるんだろうってことだから。こんなこと言うべきじゃないかもしれないけど、G・Gが何をやったのか知ったあとで真似するのは難しいことじゃないし、ノートに書くなんて幾らでも細工できる。最初のひとつかふたつは本当に偶然が重なったのかもしれないけど、誕生日とか、名前とか。でも、そこから先は」
「どうでもいいよ、そんな話」
「でも、そのためにおじさんが敢えて音信不通にしたって考えるのは理に適ったことだと思う。G・Gの暴虐は長いこと続いてた。止められるのが自分だけだと信じてたら、なにをするか……」
「違うよ」
「え?」
「あの人は、そんなんじゃない、あの人は……」
 言葉がつかえた。
「なに? やめないで、ちゃんと話してよ」
「嘘つきだよ。ただの、嘘つきだ」
「そんなの、自分だって信じてないくせに」
 彼女が帰ったあと、置き去られた資料に目を通したが、桃の話も学者の話も見当たらなかった。
 英字新聞の隅に掲載された、G・Gの甥が泣いている写真を見ながら、ぼくは考えた。いつか会ってみたいが、そんな日は来ないだろう。なにしろここに行くことさえできないのだ。
 そのとき、不意にひらめいた。国交を開けばいいのだ。ぼくが、自分で。
 子どもじみた、考えるまでもなく無理な道のりだが、またしてもぼくは、おじさんの言葉を信じることにした。

ー了ー

この本の内容は以上です。


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