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3月5日のおはなし「条」

 とおくから白い幕が近づいたと思ったら、何千条もの雨になった。

 虫取りをしていた子どもたちがいっさんに駆け出すがたちまち夕立ちにつかまってしまう。風が強まり、たとえ傘をさしていても横なぐりに大粒の雨が当たる。バケツをひっくり返したような、とよく言うが、これは風呂桶をひっくり返したようなと言えばいいか、明神池をひっくり返したようなと言えばいいか、常軌を逸した雨だった。

 目を凝らせばしぶき飛び散る視界のずっと向こう、大牟田山のあたりには青空が見え、むくむくとまっ白な入道雲が上へ上へと伸びている。こっちは夕暮れかと思うほどに暗くなっているのに、あっちは夏の昼の光が勢い良く跳ね回っている。金森がそれを指差し何か言うがさっぱり聞こえない。西倉が笑い出す。おれも笑い出す。頭のてっぺんから足の先までずぶぬれだ。お互いの顔もよく見えない。声も聞き取れない。でもあっちには鮮やかな青天がある。笑うしかない。

 それでもこりずに金森が何か言おうとしているので、こっちも、何だって? と怒鳴るようにしながら耳を近づけた。自分で喋った声も聞こえやしない。バス停のベンチに座ったまま全身濡れ鼠のおれたちのまわりは雨音で騒然としている。びしゃびしゃびしゃとたたきつけるような雨音がベンチの座面からも、足元からも、バス道からも、目の前の田んぼからも立ち上がり、沸き立っている。どこかの家のトタン屋根を打ち付ける音は激しいドラムソロみたいだ。え? え? と何度も聞き返すうち、いきなり眩しいような光が目を射して、間髪入れず、ばーんと轟音が炸裂した。雷だ。おれたちは三人とも大笑いしてベンチの上でひっくり返りそうになった。

 前触れもなく始まった夕立ちは、これまた突然やんだ。びしゃびしゃびしゃびしゃっ! と言ったかと思うともう後はなし。一切なし。遠ざかる雨のカーテンも、徐々に遠ざかる音もなし。自分の耳が聞こえなくなってしまったのかと思うほどの静寂。不安になる前にまず日が差し、すぐさま蝉が鳴き始める。何事もなかったかのように。おれたちが濡れ鼠のままなことと、あたり一面水浸しなのを除くと、雨なんてどこにありましたっけ、てなもんだ。

 西倉が、もうすぐバスが来ると言い、金森はバッグをかついだ。本当はおれは金森を引き止めに来ていたのだが、もうどうでもよくなっていた。でも夕立ちが来るまで熱弁を振るっていたこともあり、何を言っていいかわからなかった。何を言おうか考えていたらさっきのことを思い出して聞いてみた。

「さっき、何を言おうとしちょったん」
「あれさ」金森はさっき指差していた大牟田山をもう一度指差した。「おめ、ガキんころ、あれ、何ち呼んじょったか、つて聞きおった」
「ああ」それはおれたちが三人組を結成するきっかけになった山だった。ガキの頃からこれまで続いた三人組の、その最初の最初があの山だった。おれがあの山にあだ名をつけ、それを面白がった金森と西倉が山や川や家や森やいろいろなものに名前をつけ、おれたちだけの地図をつくったんだ。「忘りょったか。しょうないやっちゃな」

 その時おれたち三人の真ん中に、空から何かが落ちてきた。おれたちはびっくりして、わ!とか、を!とか、思い思いに叫んで飛びすさった。それはがらんごろごろと派手に音を立てて転がり、やがて止まった。やかんだった。最初からへこんでいたのか、落ちた衝撃でへこんだのか、ぶさいくにゆがんだアルマイトのやかんだった。ラグビー部が命の水とか呼んでありがたがりそうなやかんだった。

「こわれたやかんや」金森が口を開いた。「そうや、こわれたやかんや」
 そう。それが、山につけたおれのあだ名だった。おれたちは茫然とやかんを眺めていたが、不意にべらぼうにおかしくなって来て、三人で腹が痛くなるくらいまでげらげらと笑った。
 バスが来て、金森が乗る時も、おれたちは笑いが止まらず、別れの言葉を言うどころではなく、とにかく手を振って挨拶をした。湿っぽいことを言わずにすんで、良かったと思う。バスが走り去ってしばらくも西倉とおれは笑い続けていた。それから先に冷静になった西倉がようやくしゃべった。

「で、どうすんねこれ」
 おれはかがんでやかんを拾い上げ、蓋をちゃんとのせてやり、バス停のベンチにきちんと置くと、真面目な声で言った。
「次の夕立ちでどっかいくんやろ。次のに乗って」

(「こわれたやかん」ordered by たいとう-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)


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著者 : hirotakashina
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