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第一章 朝のお散歩

 エウレパの森に落ちた流れ星が空に帰って、一ヶ月ほど経ったある日のことだった。

「う~ん、今日もいい天気」
 アリアは大きく腕を広げて深呼吸した。
 ここはパレルナ城の正門前。目の前には城下町パレラードへと続く道が延びている。道の両脇は深い森だ。
「じゃあ、ちょっと散歩してくるわね」
「はっ、お気をつけて」
 衛兵に声をかけ、正門前の跳ね橋を渡ると、アリアは堀づたいの道を左へと入った。城をぐるりと囲む堀づたいのこの道は、最近のアリアの朝の散歩コースになっていた。もちろん朝の清々しい空気を吸うのも気持ちよかったが、アリアにはもう一つの密かな楽しみもあった。
 早速左耳のイヤリングを二度叩いてみる。するとイヤリングにぶら下がった小さな小さなベルの音と共に、アリアの心の中にあちこちからざわざわと楽しいおしゃべり声が聞こえてきた。
「おはよう、みんな」
 アリアが声をかける。すると堀沿いにいる鳥たちからピイピイとにぎやかな鳴き声が帰ってきた。
(おはよう)
(アリア、おはよう)
(おはよう、お姫様)
(今日もいい天気ですね)
 鳥たちの言葉は、アリアの左耳の魔法のイヤリングを通して、アリアの心に直接流れ込んでくる。アリアはこのイヤリングの力で、動物たちと自由に会話することができた。また物や自分自身を、姿を自在に変身させたり、どこでも一瞬に移動させたりする事もできる。
 マーヤという魔法使いの老婆からこの魔法のイヤリングをもらって、「パレルナ王国の魔法使い」の一員になってからしばらく経つ。少しずつアリアもこの魔 法のイヤリングの使い方には慣れてきていた。ただ人前で魔法を使うことはマーヤから止められているので、実を言うと魔法を使いたくても我慢しなければなら ないことが結構多かったりする。だからこうして一人でいる時間は、思う存分魔法を使える貴重な時間でもあるのだ。
 堀の角を曲がり、正門が見えなくなったところで、アリアは堀沿いの道から少し森の中へと入った。そして慎重に辺りを見回し人の気配がないのを確認する。
「大丈夫ね、さてと今日は……」
 アリアの頭の中にいろいろな動物の姿が浮かんだ。
「うん、これでいこ!」
 イヤリングを叩くと、アリアの姿は小さなウサギに変身した。ウサギの姿でも左耳にはちゃんと魔法のイヤリングが下がっている。アリアが頭を軽く振ると、 チリンチリンというイヤリングに下がったベルの音と共に、目の前に小さな鏡が現れた。自分の部屋に置いてある卓上の鏡をここに瞬間移動させたのだ。
(うん、完璧ね。それにやっぱり、かわいい!)
 鏡に映った自分の姿に満足すると、アリアは再び頭を軽く振る。すると小さな鏡は一瞬にして消えた。元あった場所へ戻したのだ。
(さてと、これでちょっと跳ねてみようかな)
 アリアはウサギの姿のまま、堀沿いの道に飛び出す。一つ深呼吸すると、思いっきり駆け出した。
(速い速い! 気持ちいいなぁ)
 人間が走るよりずっと速いのに、ちっとも疲れを感じない。
 ひとときのランニングを楽しみ、アリアは城の裏側へとやってきた。
 向こうに見える裏門には衛兵が立っている。時々周囲の様子をうかがっているが、アリアに全く気づく気配はない。まさかこんな所で姫がウサギに化けているなんて思いもしないだろう。
 そのとき、アリアは背中がぞくっとするような妙な気配を感じた。とても不吉な気配。
 そーっと首を後ろに向ける。するとアリアの視界に何やら黒くて大きなものが……。
(……ク、クマだぁ~!)
 慌てて全速力で駆けるウサギのアリア、クマも後を追ってくる。
(待て待てぇ~、食ってやるぅ~)
 クマの心の声が聞こえてくる。
(いや~ん、お願い勘弁してぇ。あたし実は人間なのよぉ!)
(あん?)
 一瞬、クマの動きが止まる。
 アリアもそれを察知し、足を止め振り返る。気持ちが通じたか?
(それでもいい、俺腹減った。やっぱ食う!)
(ひぇぇ!)
 再び追い掛けっこが始まった。アリアは全速力で逃げる。クマも必死で追う。
 アリアの行く手に城の裏門が見えてきた。門は固く閉められており、門の前には二人衛兵が立っている。二人ともアリア達に気づいたようだ。アリアは必死の思いで頭を振って、精一杯の心の声を衛兵達に飛ばした。
(衛兵さん、お願い。門を開けて、でなきゃクマを捕まえて!)
 一瞬戸惑った衛兵達、取りあえず盾と槍で身構える。
(今何か聞こえたような……空耳か?)
 アリアが裏門の前にさしかかるが、衛兵達はクマの方を警戒していて、ウサギの姿をしたアリアには見向きもしない。思わずアリアはチッと舌打ちした。
(お願い、クマ捕まえて!)
 アリアは裏門の前を通過する。
 続いてクマが正門前にさしかかる。クマは一瞬衛兵の方をちらっと見る。衛兵は身構えたままだ。そしてクマは衛兵を無視して裏門の前を通りすぎた。衛兵達は動かない! やはりアリアの心の声は空耳だと思ってしまったのだ。
(んもぉ~、頼りにならないんだからぁ)
 心の中で叫びながら逃げ続けるアリア。次第にアリアとクマの差は縮まってくる。そしてお堀の角に差し掛かった。これが最後のチャンス。アリアは角を曲がった直後、必死の思いで頭を振った。
(あたしよ、鳥になれ!)
 瞬間、アリアの身体がふわりと宙に舞い上がる。眼下にはパレルナ城と、獲物を見失って呆然とアリアの方を見上げるクマの姿が映った。
(た、助かったぁ……)
 アリアは小鳥に変身していた。上空でしばらく様子を見ながら弾む息を落ち着かせると、アリアはゆっくりとクマがいる城壁の上へと舞い降りた。
(腹減った……)
 急に弱々しくなったクマの心の声がアリアに聞こえた。そしてクマがアリアの方を見る。
(お前、さっきまでウサギだった。姿変わるの見えた。お前何者だ?)
 アリアはちょっと無視した。
(お前、ひょっとしてパレルナの魔法使いか?)
 それを聞いて、アリアはどきっとした。
[こ、このクマ、魔法使いのこと知ってる!]
 思わず心の中で独り言を漏らすアリア。
 アリアの心の声は、アリア自身が「相手に伝えたい」という意志を持たなければ相手には伝わらない。だから心の中で無意識に出る独り言は、相手の心に漏れる心配はない。
(お前さっき自分が人間だと言ってた。人間で動物に化けたり俺達動物と話ができるのは魔法使いぐらいしかいない)
[このまま隠しても仕方ないようね]
 アリアは観念し、思わず翼で頭をかく仕草をした。
(……バレちゃぁしょうがないわね)
(やっぱりそうか。だったらあんたを見込んで頼みたいことがある)
(なぁに?)
(俺は餌を探してエウレパの森からここまで来た。最近エウレパの森で動物の数がどんどん減っている。それを何とかしてくれないか?)
(エウレパの森? あそこは決められた人しか森に入っちゃいけないはずよ)
 エウレパの森は、パレルナ城から早馬で一時間ほど離れた所にある豊かな森だ。そこは、動植物と人間が仲良く共生するために、王国から認められた者しか狩りや植物採取をしてはいけない事になっていた。
(ああ、ところが最近はやたらとよそ者が森に来ているようだ。奴が来てから森の動物が大変な勢いで減り始めている)
(ほんと?)
(でなきゃ、ここまで餌を探しにはこないさ)
(わかった、じゃあ今度調べてみることにするわ。約束する)
(そうか、ありがたい。あともう一つ願い事を聞いてくれるか)
(いいわよ)
(今、腹が減ってどうにもならないんだ。何でもいい、何か食べ物をくれないか?)
(食べ物ね……わかったわ、ちょっと待ってて)
 アリアは再び飛び立つと、クマの目の前を通り過ぎて森の中の地面に舞い降りた。
(クマさん、そこじゃ目立つからこっちに来て)
 アリアの言葉に従い、クマはゆっくりと森の茂みへと入った。するとそこには、人間の姿に戻ったアリアの姿があった。
(……で、食べ物は?)
 アリアは洋服のポケットをごそごそ探すと、紙にくるまれた一枚の小さなクッキーを取り出し、クマの目の前に置いた。昨日母親ミランダからもらったクッキーだった。
(おいおい、たったこれっぽちか?)
 クマの表情がガッカリしたように見えたのがアリアにもはっきりとわかった。
(やっぱり……ダメ?)
(これじゃ、お前を食っちまったほうがよっぽどましだぞ)
 クマの目がぎらりと光った。
「わかったわ、心配しないで。これをあなたが満足できる食べ物にしてあげる」
(ほんとか?)
 いぶかしそうな目でアリアを見るクマ。
「あ~、疑ってるわね。よーし、見てらっしゃい」
 アリアは不敵な笑みを浮かべ、そして右手でクッキーを指さした。
「クッキーよ、大きな肉の塊になれ!」
 アリアが左耳のイヤリングを叩いた瞬間、小さなクッキーは牛一頭くらいの巨大な肉の塊に変身した。
(うぉっ!)
 思わずクマも飛び退く。
「どう? これでもご不満?」
(すごい、こんな肉の塊見たことない)
「でしょ、これでご満足?」
 その言葉を聞くか聞かないかのうちに、クマは肉の塊にむさぼりついた。その勢い、食いっぷりと言ったら半端じゃない。
「……あ~あ、ちょっとぉ。礼の一つもないのかなぁ」
 半ばあきれ顔のアリア。しかしクマは全く耳を貸す気配がない。野生全開状態でむさぼり続けてる。
「わかったわ、じゃあたし、これで失礼するわね。食べ過ぎておなか壊しちゃダメよ」
 アリアは苦笑いしながら、静かにその場を後にした。
(ありがとよ)
 背後で、クマの咆吼が聞こえた。
 アリアが堀沿いの道に戻ると、裏門側から走ってくる衛兵達の姿が見えた。
「アリアさま~。ご無事ですかぁ!」
 二人の衛兵は、息を切らしてアリアのもとへとやってきた。先程裏門で警備していた二人だ。
「どうしたの?」
 何食わぬ顔でアリアが尋ねる。
「先程裏門の方に大きなクマが現れまして、アリア様がお散歩中との事でもしやと心配になりまして」
「あっ、そう」
 そのときアリアは、ちょっとこの二人をからかってみたくなった。
「そう言えばねぇ……。クマなら……あそこにいるわよ。ほら」
「何ですと!」
 アリアの指さす方に二人の衛兵は目を凝らした。
 その時、茂みで肉を食べていたクマがこちらを振り向き、突然アリア達のほうへ向かって走って来た!
{グオーッ!」
「うわぁっ!」
「逃げるんだ! 姫様、無礼お許しを」
 衛兵の一人がアリアを抱え上げ、衛兵達は一目散にその場から逃げ出した。
(クマさ~ん、ご協力あっりがとね~)
 実はアリアがクマに心の声でこっそり頼んだ芝居だったのだ。逃げる衛兵に抱えられたアリアは、おかしくておかしくて、笑いを必死にこらえていた。

第二章 アリアの代役

「……というわけ」
(そう言えば俺の父さんが言ってた。最近エウレパの森での狩りが一時的に禁止になったって)
「うん、あたしもお父様に聞いてみたら、やっぱり動物の数がすごく減っているせいで狩り禁止の命令を出したらしいの。それで兵隊さん達が森のまわりで一晩 見張ったんだけど、誰も森の中に入っていないのに、それでもやっぱり動物たちの数が減ってしまっていたらしいの。死体とかも見つかってなくって、みんなと ても不思議がっているわ」
(確かに妙な話ね)
 城での授業の放課後、自分の部屋に戻ったアリアは城下町パレラードの中等学校にいる「パレルナ王国の魔法使い」仲間、デイジー、カインと心の窓を通して 今朝の事について話していた。パレルナ城とパレラードの街は距離が離れているが、やはりアリアの魔法で、心を通じ合わせることができるのだ。
「だからあたし、これからエウレパの森に行ってみようと思うの。二人はどう?」
(ごめん。俺、今晩父さん達の会社のお得意さんちに、家族で招待されてるんだ)
(アリア、あたしも今日はダメ。今晩は家で弟の誕生パーティーなの。本当はあたしも行きたいんだけど……ねえ、明日にしない?)
「う~ん、でもあたし、一人でも行ってみるわ。心配だもの」
(アリア、あたしは正直言って一人で行くのは危険だと思うわ。あたしはどうもただの密猟者の仕業ではないような気がするの。ひょっとしたらあたし達の他に悪い魔法使いがいて、その仕業じゃないかって気がするのよ)
(俺も一人で行くのには賛成しないな、危ねぇよ)
「そう……」
 アリアはしばらく考え込んだ。
「わかったわ、明日の放課後にでも行ってみましょ」
(そうね)
(うん、そのほうがいい)
「じゃあ明日の放課後、準備ができたらいつもの通り、笛と拍手であたしを呼んで」
(OK)
(わかったわ)
 アリアはイヤリングを叩き、二人との心の窓を閉じた。
 しばらく窓の外の景色を見ながら考え込む。やはりアリアはいても立ってもいられなかった。
[……やっぱり、あたし行くわ。ほうっておけないもの]
 そしてアリアは再びイヤリングを叩いた。
「ベス、あたしよ。聞こえる?」
 すると老婆らしい心の声が聞こえてきた。
(この声は……アリアお嬢様ですか?)
「そうよ。今どこにいる?」
(城の中庭で寝ております)
「まわりに誰か人はいる?」
(いいえ、誰も)
「じゃあこっちにおいで!」
 アリアがイヤリングを叩くと、大型のコリー犬がアリアの目の前に現れた。犬は慌てて立ち上がり周囲を見回す。
(やれやれ、いつもながら驚きますわ。お嬢様の魔法には)
 犬はアリアの方を向いた。
 この犬の名はベス。アリアの母親ミランダの飼い犬である。雌で歳は十一才、人間の歳で言えば老人である。アリアは生まれたときからベスと慣れ親しんでい た。アリアが「パレルナ王国の魔法使い」になったとき、その事を真っ先に教えた相手もベスだった。他の人間には自分が魔法使いであることは絶対秘密だが、 動物たちなら問題はない。今のところ城内でアリアが魔法使いであることを知っているのは、このベスと城内護衛用のシェパード犬達、城内に住む庭師が飼って いる一匹の猫だけである。
「ところで、お願いがあるの」
(またあれ……ですか? お嬢様)
「うん、お願い」
 アリアは顔の前で手を合わせ、申し訳なさそうな表情をした。
(……わかりました。お嬢様の頼みですし、私も少しばかり楽しませてもらっていますからね)
 アリアにはベスの表情が少し笑ったかのように見えた。
「恩にきるわ、ベス」
(さあ、どうぞ私に魔法をおかけ下さい)
「うん、じゃいくね」
 アリアは一つ深呼吸をして、右手でベスを指さした。
「ベスよ、アリア・パレルナになれ!」
 アリアがイヤリングを叩くと、ベスの姿はアリアとうり二つの女の子に変身した。
 ベスは変身後の自分の身体を見回し、ほれぼれするような表情を見せた。
「いつもながら見事ですわ、お嬢様」
 声もアリアそっくりだ。実際は老婆のはずなのに、そんな雰囲気は微塵もない。
「でもその話し方だけは気を付けてね。この前あなた、お母様の事を『奥様』って呼んだでしょ。あの後私ひどくお母様に怒られたのよ」
「さようでしたか、これはこれは失礼を」
 思わず苦笑いするベス。
「今日は遅くなると思うわ。あなたとの心の窓は常に開けておくようにするから、夕食食べてあたしの部屋に戻ったら教えて。あたしが一旦こっちに戻ってあなたの魔法を解くから。でないとお母様が『またベスがいない』って心配するし」
「わかりました。ところで今回はどちらへ?」
「エウレパの森よ。例の密猟の件を調べにいくの」
「お仲間とご一緒で?」
「ううん、みんな今晩は用事があるって言うから、あたし一人で行ってみるの」
「そうですか……くれぐれもお気をつけ下さいね。魔法使いも万能ではないのですから」
「わかっているわ。無理はしないようにする」
「お願いしますよ」
「うん、じゃあ行ってくるね」
「あ! ちょっとお待ちを」
 イヤリングを叩こうとしたアリアをベスが呼び止めた。
「なに?」
「その姿でエウレパに行くのはまずくありませんか? 向こうには城の兵隊達がいるはず。ひょっとしたら今日あたりは森の中に入り込んでいるかも知れませんわ。見つかりでもしたら大変じゃありませんか?」
 アリアは思わず手をぽんと叩いた。
「そう言えばそうだわ! ベス、ありがとう。あたしすっかり忘れてた」
「私も気づいて良かったです。あちらでお嬢様が見つかってしまっては、私がこうしてお嬢様の代役を務める意味がなくなりますからね」
 アリアの姿をしたベスはくすっと笑った。
「じゃあ今のうちに変身しておかないと……ねえベス、夜暗くなっても明かりを付けずに遠くを見通せる動物っていないかしら?」
「それでしたら一番良いのはフクロウでしょう。彼らは夜の生活者ですから。夜目は利くはずですよ」
「フクロウね。わかった、それでいくわ」
 そう言うとアリアはイヤリングを叩いた。するとアリアの姿は一羽の立派なフクロウになった。
(うわ、視界がまぶしい!)
 思わず目を細めるフクロウのアリア。
(今夕暮れ時よね、でもまぶしく感じるわ)
「だからこそ夜目が利くのでしょう」
(そうね)
「先程も申しましたが、くれぐれも無茶はしないで下さいね。お一人での行動は危険を伴いますから、危険を感じたら早めにお戻り下さいね。事を急いではいけませんよ。くれぐれも慎重に」
(うん、気を付けるわ。じゃ、行って来るね)
 そう言うとフクロウのアリアは軽く首を振った。フクロウの姿は忽然と消えた
「さてと、私はアリア姫になりきるとしますか」
 アリアの姿になったベスは、部屋の窓に差し込む夕日をじっと見つめながら、今まで自分が見てきたアリアの記憶を思い出していた。

第三章 森の中へ

 エウレパの森の中心部に、フクロウのアリアは現れた。
 手近な木の枝に捕まり、周囲の様子をうかがう。しかし周囲に他の動物の姿は見あたらない。城の兵隊達もいないようだ。
[もうちょっと他の場所を探してみよう]
 アリアは飛び立つと、いくつかの木の枝を渡り歩きながら他の動物たちの姿を探した。しかしなかなかその姿が見えない。
(おーい、だれかいますかぁ~!)
 精一杯の大きな心の声で呼びかけてみる。しかし反応はない。
[あ~あ、こんな時にデイジーがいればなぁ……]
 思わず溜息をもらすアリア。デイジーなら魔法の横笛である程度離れたところにいるどんな動物たちでもその心を揺り動かして警戒心を解き、手近に呼び寄せ ることができるはずだった。アリアの心の声もある程度の範囲は届くはずだが、何しろアリア自身フクロウの姿をしているわけだから、特に餌になりやすい小動 物は警戒しているかも知れない。かといって、日暮れ近いこの時間では森の中はかなり暗くなっており、夜目の利くフクロウの姿でないと少し都合が悪い。
 アリアは根気よく森の中を飛び回り、動物の姿を探し求めた。するとしばらくして、一匹のキツネの姿を見つけた。
(ねえ、キツネさん、ちょっと教えて欲しいことがあるの)
 アリアの心の声に気づいたらしく、キツネがアリアの方を見る。
(ん? ふくろう? あたしに何か用でも?)
 どうやら雌のキツネらしい。何やらいぶかしげな表情でアリアの方を見る。
(きつねさん、突然呼んでごめんね。実はあたし、フクロウの姿をしているけど、本当は魔法使いなの。それで……)
(魔法使いだって!)
 キツネがびくっとして慌てて逃げ出した。
(ごめんだよ! 連れ去られるのは)
(あっ、ちょっと待ってよぉ~)
 逃げるキツネをアリアは慌てて追い掛けた。
(お願い待って! あなたを連れ去りなんてしないわ)
 地面を右に左に逃げるキツネ。アリアも木々の枝の間を縫いながら必死で追う。
(あたしはこの森でたくさんの動物が消えているのを何とか止めたいの。何でそんな事が起きているか知りたいの。あなたを捕まえたりなんて決してしないから。お願い、話を聞かせて!)
 そうキツネに何度も呼びかけながらアリアは追い掛けた。するとふと、キツネは急に立ち止まりアリアの方を振り向いた。
(あなた、この森の動物たちを連れ去っている魔法使いとは別人なの?)
 キツネの思わぬ問いかけにアリアは戸惑った。森の動物たちを連れ去る魔法使い……デイジーやカインがそんな事をするはずはない……他に魔法使いと言えばアリアに魔法の道具を渡して消え去った老婆マーヤしか知らない。ひょっとして他に魔法使いがいるとでも言うのか?
(あたしはパレルナの魔法使いで、この王国の姫のアリアって言うの)
 それを聞いて、キツネは地面に座った。
(なぁんだ、パレルナのお姫様かぁ。びっくりしたわ)
 アリアは地面に舞い降りると首を振ってイヤリングのベルを鳴らし、元の人間の姿に戻った。
「これでわかった?」
 キツネはゆっくりとアリアのそばへと近づいてきた。
(ごめんなさい、早とちりしちゃって)
「ううん、いいの。で、今日この森に住んでいたクマが城の近くにでてきて、エウレパの森の動物が急に数を減らしているからって教えてくれたんで、それを調べに来たの」
(そうなの、それならいいわ、あたしの知ってることを教えてあげる)
 アリアはほっと胸をなで下ろした。
(先週くらいからかしら。夜中になるとこの森にあなた達とは別の魔法使いが現れるようになったの。でも魔法使いって言っても、どうも人間とは違うみたいよ)
「人間と違う?」
(そう、あたしも直接見たわけじゃないけど、噂では地面から現れた影の塊のような姿だって言う話よ)
「ふーん」
 アリアはマーヤのことが頭に浮かんだ。そう言えば彼女もアリア達三人に出会った時は黒い服を全身にまとっていた。
「こんな感じじゃなくって?」
 アリアはその頭に浮かべた姿をキツネの心に送ってみた。
(いや、そんな感じじゃないわ。こんな感じらしいよ)
 キツネの心に描かれたイメージをアリアは読みとった。何となく人の姿に見えなくもないが、手や足といったものもはっきりしないぼんやりした形で、やはり「影の塊」といった表現が近いようだ。
「で、どうやって動物たちを捕まえているの?」
(それがね、まわりにいる動物たちを自分の身体に吸い込んでしまうらしいのよ。植物とかは風になびきもしないのに、動物たちだけが吸い込まれてしまうのよ。魔法でなけりゃそんな芸当できないでしょ)
「そうね」
(実はあたしもこの前危うく吸い込まれかけたんだけど、だいぶその魔法使いと距離があったし、近くの木にしっかりしがみついてたから吸い込まれずに済んだってわけ)
「そっかぁ」
 考え込むアリア。
「で、その魔法使いって、現れる時間や場所って決まっているの?」
(時間はだいたい日が暮れてしばらく経ってからみたいよ。場所はどことは言えないわね。その時によって違うみたい)
「ってことは、もう少ししたら森のどこかに現れるかもしれないわけね」
(そう言うことになるわね)
「わかったわ。もしあたしがそれを見つけたら、そういう事をやめてもらうように頼んでみるわね」
(話の通じる相手ならいいけどね。あなたも魔法使いなら、魔法であいつをやっつけちゃったら? あなたなら簡単なことでしょ)
「う~ん」
 正直なところ、アリアはあまりそういうことはしたくなかった。それにやっつけようと思っても、アリアが使える魔法には相手に危害を加えられるようなものはほとんど無い。カインなら魔法の手袋で火や水や雷などを自由自在に操れるから、やっつけることも可能だろうが……。
(あたしの知っていることはこれ位よ、お役に立てて?)
「ええ、とても助かったわ」
(じゃあ、あなたに期待してるわ。くれぐれもあなた自身あいつに吸い込まれないようにね)
「うん、キツネさんも気を付けてね」
(じゃあね、バイバイ!)
「さよなら、どうもありがとう!」
 キツネは森の奥へと消えていった。すっかり日も暮れて、あたりはかなり暗くなっている。アリアはイヤリングを叩いて再びフクロウの姿に変身すると手近の木の枝へと飛び登った。
[さてと、どうしよう……]
 アリアはしばらくじっと考えた。
 今の話が本当だとすれば、アリア一人の力で解決するのはとても大変かもしれない。でも目前にある危機をこのまま見過ごして城へ逃げ戻ることは、パレルナ 王国の姫としてのプライドが許さなかった。かといって、デイジーやカインが止めるのを無視してここまで来てしまった以上、今更二人を巻き込みたくはなかっ た。
 その時、アリアの心に呼びかける声が聞こえた。
(お嬢様、お嬢様……)
(その声は……ベス?)
 心の窓をずっと開けっぱなしにしておいたベスからの声だ。
(お嬢様、先程のキツネとの会話、こちらにも聞こえてまいりました)
(あなたは今何をしているの)
(先程夕食を終え、今は奥様や旦那様と一緒におります。これから私は姫のお部屋にもどりますから、姫も早くこちらにお戻り下され)
(ごめん、今は戻れないわ)
(お嬢様、無茶はいけません)
(あたしはパレルナ王国の姫よ! まもなく目の前で動物たちが連れ去られるかも知れないのに、それを見過ごすわけには行かないわ)
 その時だった。
 アリアの視界の先に、何やら地面の底から沸き上がってくる影のような物が現れたのだ。
(ベス、ごめん!)
 アリアはベスとの心を窓をぴしゃっと閉じ、その黒い影に思いを集中した。
(お願い! これ以上動物たちを連れ去るのはやめて!)
 アリアはその黒い影との心の窓をこじ開けると、ありったけの思いを込めて、心の声をその黒い影に飛ばした。
「……誰?」
 呼びかけに答えた! 男らしき声だ。
(あたしはパレルナの魔法使いよ! あなたがこんな事をする訳を知りたいの)
 アリアは無意識のうちに自分の居場所、今の自分の姿、本当の自分の姿をイメージして黒い影の心に流し込んでいた。黒い影はそれでアリアの存在に気づいた。
「あなたは人間なのですね」
(そうよ)
「あなたは幸せだ。例えどんなに苦痛を味わおうとも、せいぜい頑張っても五十年で命を終わることができる」
(え?)
 アリアは黒い影の言葉の意味がよく理解できなかった。
「しかし私は人間ではない。もう千年も苦しんでいる。なのにまだ命が終われない」
 アリアの心の中に何とも言いようのない寂しさと悲しみが流れ込んできた。背筋がぞくぞくっと寒くなる。
「そんな私のささやかな心の慰めなのだ。どうか見逃して欲しい」
(ちょっと待ってよ! 連れ去られる動物たちの身にもなって)
 アリアはやはり黒い影の気持ちを理解できなかった。
 その時だ、何やら周囲がざわつく雰囲気が漂った。アリアの直感が不吉な警鐘を鳴らした。
(だめ! やめて!)
 直後、アリアの身体を黒い影の方向にぐいぐい引っ張る力が襲った。足のかぎ爪で木の枝に必死にしがみつくアリア。
(きゃあーっ!)
 ゴーゴーという音と共に、黒い影に吸い込まれていく何匹もの動物たちの姿が見えた。すさまじい吸引力だ。
 フクロウの姿のアリアも必死に耐えるが、足の爪でつかんでいた木の皮が少しずつめくれていくのがわかった。もうどこまで持つかわからない!
(ああっ、もうだめっ! デイジー! カイン! 助けてぇっ!)
 アリアは必死の思いで首を振ってイヤリングのベルを鳴らした。引っ張られる力はさらに勢いを増す。左足でつかんでいた木の皮が完全にはがれた。右足も離れそう。
 もうだめだ……。

第四章 洞窟の精

 その時だ!
 突然アリアを引っ張る力が消え、アリアはぶらーんと木の枝にぶら下がった。いきなりの状況の変化に周囲を見回すと、黒い影に吸い込まれかけたいくつもの動物たちが空中に浮かんだまま静止している。
(アリア、アリア! 大丈夫?)
 聞き覚えのある心の声にアリアは安堵した。
(デイジー、デイジーなの!)
(いきなりアリアから助けを呼ぶ声が聞こえてきたんで、慌てて時間を止めたの。一体どうしたの?)
 デイジーの魔法の横笛は、人の心だけでなく、時間も自由に操ることができる。そう、彼女がその魔法を使って時間を止めたのだ。
(おーい、アリア、大丈夫かぁ)
 カインの心の声も聞こえてきた。
 アリアの緊張の糸が切れて、目からボロボロと涙が出てきた。
(ごめんね。ごめんね、みんな……)
(おいアリア、一体何がどうしたんだ?)
 アリアはそれまで起きたことを、半分泣きべそをかきながら二人に話した。
(……ったく、みずくせぇ~なぁ)
(まあ、アリアらしいと言えばアリアらしいわね)
(ごめんね、本当にごめんね)
 平謝りするアリア。
(まあ、それはともかく、これからどうするかね。このままじゃあとしばらくすると、自然に時間停止の魔法が解けてしまうし……)
(あれ、デイジーの時間停止魔法ってタイムリミットがあるの? 俺初めて聞いたぞ)
(うん、実は何度か試してみたらそんな事が判ったの)
(そんなにしょっちゅう時間止まったっけなぁ?)
(カイン、その時はあんたの時間も止めてたから気づかなかっただけよ。たぶんあたしはあなたより2日ほど余計に歳を取っているはずだわ)
(さすがデイジー、研究熱心ね)
(まあそれはともかくさ、デイジー、そっちも今家族といるんだろ)
(ええ、心の窓を通して見えるでしょ。これからアリアを助けに行ったとしてもおそらく途中で時間停止魔法は解けちゃうわ、そうなるとみんなにはあたしが急に消えたように見えて、きっとびっくりして大騒ぎになると思うの)
(こっちも状況は同じだ。ほら、ごらんの通り勢揃いさ。……待てよ。デイジー、まわりの人間に俺達が実際にいなくなっても気づかないような魔法を、みんなにかけてみたらどうだい?)
(そうか、その方法はあったわね。あたしとしたことが……アリアに相談受けたときにどうして気づかなかったのかしら。わかった、ちょっとやってみる)
 そう言うとデイジーは早速魔法の横笛を奏で始めた。ちょっと複雑な魔法だったのか、少し長めの曲になったが、程なくデイジーの笛の音が止んだ。
(どう?)
(うん、うまくいったみたい。これで今夜一晩はあたしが消えても不自然に思わないし、もしいないはずのあたしに誰かが話しかけたとしても、期待通りの返事を返したようにみんなが思い込むはずだわ)
(じゃあこっちも頼むよ。アリア、デイジーをこっちに連れてきて)
(わかった)
 フクロウの姿のままのアリアは、首を振ってデイジーをカインのところへ瞬間移動させた。そしてデイジーが再び横笛でカインの周囲の人々の心を操作し、二人はアリアの元へとやってきた。
「アリア、いつまでそうやって木にぶら下がっているんだい?」
(あ、それもそうね)
 アリアは地面に舞い降りると、再び人間の姿に戻った。
「ごめんね、二人ともあたしのせいで……」
「アリア、もう気にしないで。さあ、もうすぐ時間停止の魔法が解けるわ」
「俺があの黒い影の吸い込み口をふさぐよ。アリア、俺をあそこに飛ばして」
 アリアは言われたとおりにカインを黒い影の目の前へと瞬間移動させた。
 その時空中で静止していた動物たちがじわじわと動き始めた。
「魔法が解けるわ、今よ!」
 デイジーの合図の瞬間、時間停止の魔法が解けた。と同時にカインの魔法の手袋から出た目に見えない魔法防御の壁が黒い影の前に立ちはだかり、吸い込まれかけていた動物たちは皆地面にどさどさっと落ちた。
 一瞬黒い影が事の様子に戸惑ったように見えた。そして次の瞬間、黒い影は地面にすっと消えようとする。
「逃がすかっ!」
 カインがその黒い影に触れると、影はその場で急にじたばたした。カインが黒い影の身体を魔法の手袋に吸い付けたのだ。カインが魔法を解かない限り、黒い影はカインから絶対に離れることができない。
「おっとそれもダメ」
 黒い影が再び吸い込み術を使おうとしたのを察知して、カインがもう一方の手でその吸い込み口を押さえた。ゴーゴーと言う音が吸い込み口から聞こえてくるが、カインの押さえた手がその魔法を完全に封じ込め、もはや何も吸い込むことは出来なかった。
 アリアとデイジーも瞬間移動で黒い影のそばへとやってきた。それを確認したのか。黒い影は抵抗をあきらめたようだ。
「あなたは誰? 動物たちを連れ去る理由を聞かせて」
「わかりました。お話しします。もう何もしませんから、手を離していただけますか?」
 黒い影から穏やかな若い男の口調で返事が返って来た。
「わかった。その代わり下手な動きしたらこんな程度じゃ済まねーぞっ!」
 そう言うと、カインは黒い影から両手を離した。
「ちょっと暗すぎるから、明かりを付けるよ」
 カインの両手の手袋が光を放つ。すると黒い影の中にぼんやりと小柄な男の影らしき姿が浮かんだ。
「ああっ、済みません、それも勘弁して下さい。私にはまぶしすぎます」
「注文が多いなぁ」
 そう言うとカインは手袋の発光を小さなろうそく一本程度の明るさまで落とした。
「ああ、この程度なら十分です。すみません。何しろ普段はずっと暗い世界に生活している物で、明るいところにはいられないのです。地上ではこの黒い影で身体を覆わないと、こんな夜でも私には明るすぎてしまうのです」
「じゃあ、そろそろ話を始めてくれる?」
 アリアが説明を催促した。
「わかりました」
 黒い影は溜息を一つすると、ゆっくり話し始めた。
「私はこの森の深い深い地中に住む洞窟の精、ドーラと言います」
「洞窟の精……ってこの森の下に洞窟があるのか?」
「はい、それも大変大きな洞窟があります。穴は一応地上とも繋がっていますが、途中の穴が大変狭いため、動物や人間はほんの入口までしか入ることはできま せん。中には水も沸いていて、大きな空間が広がっています。私は今までその中で千数百年もたった一人で生きてきたのです。しかし千数百年も一人ともなりま すと、やはり寂しいものがあります。そこで私は、その寂しさを紛らすために、洞窟の中に『森』を作ったんです」
「ははーん、それで何となく話が読めてきたわ、そこに動物たちを連れていったのね」
「アリアちょっと待って。ねぇドーラ、『森』ってどうやって作ったの? いくら水が豊富でも光が当たらなきゃ植物は育たないはずでしょ。ましてや普通の草木は、洞窟みたいな岩盤の所では満足に根を張れないはずよ」
「確かにおっしゃる通り。普通の草木を洞窟の中で育てるのは不可能です。しかし根を張らずともそう言う環境で育つ植物はありますし、光の問題についても一応なんとかしています」
「じゃあやっぱり動物たちはみんなそこに?」
「ええ、生きています。取りあえずですが……」
 その「取りあえず」という言葉が、アリア達にはひどく引っかかった。
「ねえ、ドーラ。その場所へあたし達を今すぐ案内して」
「わかりました。お連れしましょう。ではその明かりをひとまず消していただけますか?」
「うん、わかった」
 カインは手袋の発光を止めた。あたりは再び夜の闇だけになる。
「すみません、それでは下へ降ります。しばらくお待ちを」
 そう言うとドーラの身体を包んでいた黒い霧がアリア達三人を包み込んだ。そして次の瞬間ドーラとアリア達は地面の中へと吸い込まれていった。
 どれくらいか下へと引き込まれる感覚が続いた。その後ふっと身体が軽くなる感覚を感じると、四人は洞窟の中に到着した。ドーラは洞窟に着いたと同時に身体を覆っていた黒い影が消え、土気色の洞窟の精の姿を現した。
「ようこそ、エウレパの地下大洞窟へ」
 そこは広々とした洞窟の中だった。薄暗い空間ではあったが、ぼんやりとした明るさがあった。先程のカインの手袋の明かりで照らしたのより少しくらい程度である。湿っぽく少しかび臭い空気が、まるで肌にまとわりつくようだ。
「地底深くなのにこんなに明るいなんて何だか不思議ね」
 デイジーがつぶやく。
「この明るさは平気なの? ドーラ」
「ええ、皆さんは気づかれていないのかも知れませんが、実を言うと地上ではどんなに暗い夜であっても、夜空から『目に見えない光』が降り注いでいるのです」
「目に見えない光?」
「そう。実はその『目に見えない光』も、私にとっては大変刺激の強い光なのです。でもそれはこの地底深くまでには届きません。そしてこの洞窟の明るさは、洞窟全体に漂う空気自体がごく弱い光を帯びていているためなのです。この空気が放つ光なら、私にも害はないのです」
「う~ん、何だか難しくて訳わかんなくなりそう。デイジー、あなた理解できて?」
「何となくね、空から目に見えない光が降っているってのは、中等学校の図書館で本を読んだことあるわ 」
「さすが秀才デイジー、俺達とは頭の構造が違うね」
「ちゃかさないで、カイン。じゃあドーラ、一つ聞くけどあたし達はこの空気を吸っていても害はないの?」
「ええ、おそらくは……」
「ふ~ん」
 その返事にデイジーは今ひとつ浮かぬ顔をした。
(って事は、本人も実際どうだかは判っていないって事よ。ドーラが「取りあえず」って言ってた理由はこの『光る空気』が原因かもしれないわ、確信はないけど……)
 デイジーは心の窓を通してその事をアリアとカインに伝えた。
(かもな)
(早く動物たちの様子を確かめましょ)
「ドーラ、あたし達を動物たちのところに連れていってくれる?」
「ええ、喜んで」
 デイジーの言葉にドーラの顔はパッと笑顔に変わった。三人はドーラの後をついていった。
 洞窟の天井はたくさんの鍾乳石がつららのようにぶら下がっている。また地面からも鍾乳石がいくつもせり上がって、まるで迷路のようだ。足下も滑りやすい。その中を何事もないかのように歩いていくドーラを、アリア達は見失わないように必死で追った。
「ドーラ、まだなのかよぉ。随分歩いてるぞ」
「まもなくです、ほら、見えてきました」
 ドーラの指さす方向に、小さな明かりが見えた。三人の足が否応なく早まる。

第五章 対決

 そしてドーラとアリア達は、広々とした部屋にたどり着いた。そして三人が目にしたのはその部屋の壁にぽっかりと穴を開けた真昼のように明るい光る空間 だった。三人はそこに駆け寄る。しかしその入口の大きさはアリア達の肩幅くらいの小ささ。空間の奥まで、緑の絨毯がいっぱいに敷き詰められている。
「これが、私の作った森です」
 背後からドーラの声がした。
 ドーラは森の前に立つと、手にしていた一冊の本を開き、森の入口にそれをかざした。すると、本の中から次々と動物たちが吐き出され、森の中へと小さくなって吸い込まれていった。
「この森の中に、私が連れてきた動物たちがいます」
 ドーラは引き下がり、再び三人を森の前へと促した
「この森に敷き詰められているのはみんなコケね。動物たちはコケの森の中で生きていて、そしてこの明るさは、ひょっとしてここの空気を濃縮したものって事かしら」
「デイジーさんでしたかね。あなたはなかなか物知りのようだ。おっしゃるとおりですよ」
「ねえ、あたし達もこの森の中に入れる?」
「ええ、その空間の中に手を突っ込めば、皆さんの身体も自然に小さくなって、森の中にはいることができますよ」
 ドーラはニッコリと微笑んだ
「アリア、デイジー、いこうぜ」
「うん」
「待って!」
 引き留めたのはデイジーだった。
(罠かも知れない)
「あたしならここで中の様子を見ることができるわ」
(カイン、あたしが中を調べる間、ドーラが変な動きをしないか見張ってて)
(わかった)
(アリア、あたしが中の様子をあなたの心に送るから、あなたは中の動物たちに呼びかけて中の様子を聞いてみて)
(うん)
「中に入ってはどうです? 遠慮はいりませんよ」
「いいの、あたし達はあたし達のやり方があるから」
 そう言うとデイジーは魔法の横笛を取り出し、それを望遠鏡のように目に当てて中の様子をのぞき込む。デイジーの横笛はこうして使うことで、どんなに遠くの物や隠された物を見通すことができるが、さらにこのコケの森のような小さな小さな物も拡大して見ることができるのだ。
 デイジーの目に、中にいる小さな小さな動物たちの姿が拡大されて映った。しかしよく見ると、皆あまり元気がなさそうだ。中には横になって倒れているものもいるではないか。
 ドーラの表情は少しいぶかしげな表情になっていた。しかしその姿をカインの視線がひとときも離さなかった。アリアもドーラの姿をじっと見つめていた。
 デイジーからの心の窓を通して得た映像を通して、アリアが次々に中の動物たちに心の声で状況を尋ね始めた。
(ここに来ちゃいけない、ここに入り込めば二度と外には出られない)
(ここに来てからとても身体の調子が悪いんだ)
(早くエウレパの森に帰りたい。魔法使いさん、助けて!)
 動物たちの心の叫びは悲痛なものだった。その声はカインやデイジーの心にも伝わった。また、アリアの心は動物たちが吸っている中の空気の臭いも感じ取った。何とも言いようのないかび臭い異臭、これでは中の動物たちもたまらないだろう。
(アリア、ちょっとの間だけあたしの心の窓を閉じて)
(どうして?)
(いいからお願い)
 アリアは言われるまま一時的にデイジーとの心の扉を閉じた。デイジーはさらにいろいろ何かを調べていたようだ。しばらくしてデイジーがさりげなく合図 し、再びアリアがデイジーの心の窓を開いた。デイジーは調べた結果をアリアとカインに伝えた。そしてアリアも、ある事実を二人に伝えた。三人の意見はすぐ にまとまった。
「うん、だいたい中の様子は分かったわ」
 デイジーが目から横笛を離し、三人は皆ドーラの方を向いた。
「ドーラ、お願い。動物たちを元いた森に返して」
 アリアが切り出す。
「中の様子は全部見せてもらったわ。見かけは豊かだけど、中はひどいものよ。動物たちは皆弱っているわ。おそらく濃縮されたここの空気と中のコケの胞子の せいね。中にいる動物たちの身体の中までも調べさせてもらったけど、胸の中がひどく汚れていたわ。だから身体の具合も悪くなったのよ」
 デイジーがぴしゃりと言う。
「この中、メチャメチャくせーぞ。それに入ったら二度と出られないんだって? まるで牢屋だぜ。もし俺達がこの中に入ったら、戻ってこれんのか?」
 カインも真剣な顔だ。
「おまえたち、なぜそこまで!」
 ドーラは驚きと戸惑いを隠せなかった。
「それとドーラ、悪いけどあなたの考えていること、あたしにはほんのちょっぴり見えちゃったの」
「なんだと!」
「……あたし達をここに閉じこめようとしてた」
「うるさいうるさいうるさい!」
 ドーラが叫んだ。
「なぜ私の邪魔をする! なぜ私をのけ者にする! 私は千数百年もひとりぼっちなんだぞ、私の心の苦しみが、お前ら人間に判ってたまるか!」
 するとドーラは手にしていた本を再び開き、アリア達の方に向けた。
「お前達なんか、森の中に吸い込まれてしまえ!」
 その時本の中から猛烈な突風が吹き出し、アリア達を襲った。森からも何か引き寄せる力が働いていた。このままじゃ危ない!
「させるかぁっ!」
 その時カインが両手を前に突き出した。すると三人の周囲に透明な魔法の壁が現れた。魔法の壁は本から吹き出す突風を見事にはねのけ、森からの吸引力も遮った。
「アリア、あの本を奪って!」
 デイジーが叫ぶと、アリアは左耳のイヤリングを二度叩いた。
「あっ!」
 その瞬間、ドーラの持っていた本がその手から消え、アリアの右手の上に現れた。突風は何事もなかったかのように収まった。
 ドーラの表情は怒りに変わった。
「とうとう私を怒らせたな!」
 ドーラは両手を前に突きだして叫んだ。
「洞窟の精の名において、人間どもよ、石になれ!」
 すると三人の足がぴたりと動かなくなり、地面側の方からどんどん石に変わり始めた。
「きゃあっ!」
「しまった、ちくしょ~、身体が動かねぇっ」
 胸のあたりまで自由が利かなくなり、下半身が完全に石になってしまったその時、「ピーッ!」という笛の音が鳴り、三人の身体の石化が止まった。
 アリアとカインは笛の音の方向を向いた。デイジーだ。
「ふぅ~、危機一髪。一瞬で全身が石にならなくて助かったわ」
 デイジーは安堵の笑顔を見せた。そして再び横笛を吹き始め、ドーラが石化の魔法をかける前の状態まで時間を巻き戻した。
「後はドーラの怒りの心を静めなきゃ、それと人間や動物たちを見下す気持ちも抑えてもらわないと……」
 再びデイジーが笛を口にする。心を洗われるような美しいメロディーが奏でられた。
「これでよし。じゃ、また時間を動かすよ」
 デイジーがピッと笛を吹くと、再び時間が動き始めた。ドーラは怒りの表情が急に弱気な表情になり、へなへなとその場にへたり込んだ。
アリア達はドーラのもとへと歩み寄った。
「私は、何か間違っていたんでしょうか?」
 ドーラは静かにつぶやいた。
「ねえドーラ、あなた自分から森へ行って、そこで森の動物たちと仲良くしようって思わなかったの?」
「最初はそう思いましたよ。みんなと友達になりたくて、森に通いましたよ」
 デイジーの問いかけに、ドーラは思いをぶつけるように答えた。
「でも私は地上にいるときは黒い影をまとっていなければなりません。だからみんな怖がって誰も相手にしてくれなかった。ひどいときは物を投げられたりもした。それで私は耐えられなくて、あきらめたんです」
「ドーラ、あなたその時、森の動物たちのことを見下していたんじゃない? 自分がものすごく長生きしているから……でもそんな気持ちを持っていては絶対友 達なんてできっこないのよ。あたしもパレルナの王国の姫って言う身分だけど、その身分をかさに着てみんなと接しては、誰も心を開いて友達になってくれない ものよ。あたしはお父様やお母様からそれを口酸っぱく教えられてきたの」
「そうさ、アリアはいつも俺達とは対等に接してくれている。お姫様だからって決して威張ったりしない。お互いに何でも気兼ねなく安心して話せる。だから俺達もアリアのことを心の底から友達だって思えるんだよ」
「……そうなんですか、どうやら私は間違った考えをしてしまっていたようです。あなた達のような人間の、しかも子供に教えられるとは。これも何かの因縁なのでしょう」
 そう言うと、ドーラはゆっくりと立ち上がった。
「判りました。動物たちは皆、地上の森に返しましょう」
「判ってくれてありがとう、ドーラ。じゃあこれはお返しするわね」
 アリアは手にしていた本をドーラに返した。
 ドーラは本を受け取ると、それを開いて洞窟の森の方に向けた。
「全ての動物たちよ、森を飛び出し、本の中に帰れ!」
 すると洞窟の森の中にいた動物たちが次々と本の中へと吸い込まれていった。相当の数の動物たちが森の中にいたらしく、全ての動物たちを本の中に取り込み終わるのには結構時間がかかった。
「さあ、それでは地上に行くとしましょう」
 そう言うとドーラは再び黒い影をまとった。
 そして黒い影がアリア達三人を包むと、ドーラとアリア達は地上へと上昇していった。

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