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第一章 全員集合

 アリアは部屋のドアを静かに閉め、鍵をかけた。
「さあ、急がなくっちゃ」
 ここはパレルナ王宮の中の、アリアの部屋である。部屋にはアリア一人だけだ。
 アリアは窓際の大きなベッドの上に腰掛けた。外からは満月の光が柔らかく射し込む。
「まずはカインからっと」
 アリアは、カインという少年の姿を頭の中に浮かべ、左耳にしているイヤリングを指で軽く二度叩いた。イヤリングには小さな小さなベルがついていて、チリンチリンと小さな可愛い音を奏でる。
(カイン、準備はいい?)
 アリアが心の中で呼びかける。すると。
(おっ、来た来た。いつでもいいよ)
 アリアの心の中に、カインという少年の心の声が流れ込んできた。
「じゃあ、こっちにおいで」
 再びアリアがイヤリングを指で二度叩く。するとアリアの目の前に、ほぼ同じ年格好のちょっと小柄な栗毛の髪の男の子が、突然姿を現した。なぜか両手には風変わりな飾り模様のついた手袋をしている。
「よう。お姫様の夕御飯はいつも遅いねぇ」
 少しおどけたふりしながら笑顔で答えるカイン。
「今日の夕御飯は侍従長の長話に付き合わされちゃったの。あたしも抜け出す口実作るの大変だったのよ。カインの手を叩く音聞こえたときすごく焦ったんだか ら。本当はもうちょっと食べたかったのを我慢して、『今日ちょっと体調がすぐれないからもう寝るわ』ってやっと抜け出したのよ。けどさぁ……」
「ところでデイジーは?」
「そういえばまだ……あ! 笛の音が聞こえた」
 カインには何も聞こえないが、アリアの心の中には軽やかな笛の音が聞こえてきた。デイジーが奏でる笛の音だ。すかさずアリアがイヤリングを指で叩く。
(デイジー、準備はいい?)
 アリアの心の声に、デイジーの心の声が答える。
(ごめんね、待ったでしょ。頼むわ)
 アリアがイヤリングを叩くと、カインの隣にやはり同じ年格好で黒いロングヘアーの穏和そうな女の子が突然現れた。彼女は左手に小さな横笛を握っている。
「遅いぞ、デイジー」
「ごめんね、母さんと夕御飯の後かたづけしてたのよ」
「こちらには、夕御飯を途中で切り上げたお姫様もいるのですぞ」
 わざとらしく威張った口調で話すカイン。
「カイン! 余計なこと言わないの」
「え、アリア、夕御飯済ませなかったの?」
「だってカインがあたしを呼ぶのめちゃめちゃ早いんだもん。日が暮れてすぐよ」
 ふくれっ面を見せるアリア。
「早飯は得意技なもんでね、わははは」
 笑ってごまかすカイン。
「そりゃあ、あんた早すぎだわ」
 苦笑いするデイジー。
「さてと、あんまり悠長な事はしていられないんでしょ」
 デイジーがアリアに語りかける。
「そうね、そろそろ森へ行かないと。事情は昼間に伝えたとおりよ」
「一昨日エウレパの森に落ちた流れ星で動物たちが不安がって、アリアの所に使者が来たって聞いたけど、使者って誰が来たの?」
 カインが尋ねる。
「きつつき」
 平然と答えるアリア。
「なるほどね、鳥なら正面からでなくても簡単に城に入れるわけだ」
 アリアは決して冗談を言ったわけではない。そしてカインもそれを判っている。
「で、動物たちは何を不安がっているの?」
 今度はデイジーが尋ねる。
「その流れ星が落ちた場所の近辺にどうやっても近づけないらしいの。森の中に池があるでしょ。流れ星はどうやらあの近くに落ちたらしいんだけど、その池も一部近寄れない部分にかかっていて、餌取りや水飲みにも苦労しているらしいのよ」
「でもさぁ、森の動物たちって、俺たちが『パレルナの魔法使い』だって事知ってたわけ?」
「森の動物はたぶんみんな知ってるわ」
「アリア、実はそれ、あなたの『お忍び』の成果じゃなくって?」
「ふふ、さすがデイジー、鋭いご指摘」
 アリアが照れ笑いする。
 普通のお姫様の「お忍び」は、何人か護衛の従者を連れて街などへ出るのだが、デイジーが言った「お忍び」とは城の者達に誰にも知られないように黙って城 の外へ出ること、要するに「本当のお忍び」なのだ。アリアが「本当のお忍び」で好んでエウロパの森を散策するのは、デイジーもカインもよく知っていた。
 また最近になってアリアの「本当のお忍び」は回数も増え、その中身もどんどん多彩になっている。つい先日も、デイジー、カインなど一般の子供達が通う中 等学校にこっそりと忍び込んで、授業を受けたり遊んだりしてたのだ。よりによってその日風邪をひいて学校を休んでいたはずのデイジーに化けて……。そんな 芸当が出来るのも、全てはアリアが左耳にしている魔法のイヤリングのおかげなのだ。
「というわけで、知らないのはあたしたち以外の人間だけってわけよ」
「っていうか、知ってしまった人達の記憶も、あたしたちが忘れさせてきたんだけどね」
 デイジーが手にしている笛を耳元で軽く振って、にこっと微笑む。
「そうね、言われてみればそうだわ」
 くすっと笑うアリア 。
「こわい魔法使いだね、俺たちって」
 カインの言葉に思わず大笑いする三人、しかし三人ともほんの一年ほど前はごく普通の十才のお姫様と、ごく普通十才のの子供だったのだ。あの一件が起きるまでは。
「じゃ、そろそろ森に行こうか」
「そうね」
 アリアは部屋の片隅に置いてあった火の付いてない携帯用オイルランプを持ってきた。
「カイン、火を頼むわ」
「あいよ」
 アリアがランプのガラス覆いを外す。そしてカインが魔法の手袋をしたまま、そのランプの芯を人差し指で触れる。
 その瞬間、ポッとランプの芯に火が灯った。
「じゃ、忘れ物はないわね」
「アリア、頼むわ」
「はいはい、いつものことで」
 アリアが魔法のイヤリングを二回指で叩く。チリンチリンという音と共に、三人の姿は部屋から忽然と消えた。

第二章 星を求めて

 三人は森の夜の闇の中にいた。ここはエウレパの森である。
 いくらか月明かりは差し込んでくるが、ほとんど木々の茂みに遮られ、ランプの明かりが心許なく三人の姿を浮かび上がらせる。
 エウレパの森は、パレルナ王宮から馬の駆け足で一時間ほど離れた所にある。その距離を、三人は一瞬にして飛び越えたのだ。
 エウレパの森は大変豊かで、多くの動物たちの楽園である。たまに人間が狩りや山菜取りのために森に分け入ることがあるが、この森に入ることを許されているのは王宮から許可を得た者だけに限られている。森の豊かな資源を大切に利用するためだ。
 それにしても今晩は、周辺には人間はもちろんのこと、動物の気配さえ感じない。
「アリア、向こうとはどこでどう待ち合わせって約束してたの」
 不安そうに尋ねるカイン。
「『取りあえず現場の近くに行くから』って言っただけ」
「って事はあたしの出番って事みたいね」
「うん、デイジーお願い。動物たちを呼び寄せて」
 デイジーは持っていた魔法の横笛を口にすると、穏やかなメロディを奏で始めた。その澄み切った音色はどこまでも遠く、森の隅々まで響き渡る。
 まもなく、森の奥からガサゴソという音と共に、いくつもの動物たちの気配が三人の所へ近づいてくる、そして次第に、その姿がランプの明かりに映し出され た。シカ、ウサギ、フクロウ、イノシシ、クマ、リス、そしてアリアに伝言を伝えたキツツキも……ざっと二十匹ほどの動物や鳥たちが三人を取り囲む。動物た ちが集まったのを確認し、デイジーは笛を吹くのをやめた。
 一羽のフクロウが、三人の前に進み出て、「ホー」と一声鳴いた。
「『パレルナの魔法使いの方々、私たちのために来てくれてありがとう』ですって」
 アリアが言った。アリアだけは、魔法のイヤリングを通して、動物たちと自由に会話が出来るのだ。以後、アリアが動物たちと人間との通訳として会話が進んでいく。
 動物たちが言うには、ここから流れ星が落ちた現場までは歩いて十分弱らしい。しかしそこまで行く途中で、何か見えない壁のようなものに阻まれて、進むことが出来なくなってしまうのだという。
「その『見えない壁』って、どんな感じなの?」
 カインの言葉に、クマが低い声で「ウ~、グゥ~」と唸った。
「柔らかくてふわふわしているけど、とても丈夫で、爪でひっかくことさえ出来ないんだって。見た目ではそれがあることさえ判らないそうよ」
 アリアが通訳する。
「ってことは、おそらくは魔法で出来た壁に間違いないわね。ひょっとすると流れ星といっしょに別の魔法使いが降りてきているのかも」
「だとすれば、やっぱり俺たちでなきゃ解決できないな」
「そうね、じゃあ行きましょ。ねえ、誰か私たちを案内して」
 アリアの呼びかけに、一匹の雄ジカが前に出た。身体はもちろん、角も立派で大きい。
「ありがとう、よろしく頼むわ」
「ランプの明かりじゃちょっと暗いな。俺が前を照らそう」
 カインがそう言うと、右手を少し前に出した。すると右手の魔法の手袋が強い光を発し、前方を昼間のように明るく照らしだした。
 三人は、雄ジカのあとにつづいて歩き出した。他の動物たちも三人の後に続く。
 しばらく歩いていくと、急に雄ジカが立ち止まった。そして一瞬三人の方をちらっと振り返り、頭の角で何かをほじる仕草をした。
「ここなのね」
 アリアが小走りで雄ジカのもとに駆け寄り、ゆっくりと手を前に出した。
 ふわっとした感触、でも奥まで手を突っ込もうとするとその感触がどんどん強くなり、それ以上奥へ手を入れることが出来なかった。まるでぎっしり詰まった 綿のようだ。でもカインの手から放たれる強い明かりでも、その壁が映ることはなかった。まるで何も無いかのように、前方は明かりに照らされてはっきりと良 く見えるのだ。
 デイジーとカインもアリアのそばへ来た。
「カイン、取りあえず明かりは消していいわ」
「わかった」
 カインの右手から光が消え。再びオイルランプの明かりだけとなる。
「ちょっと向こうをのぞいてみるね」
 デイジーが横笛を望遠鏡のように目に当ててのぞき込む。デイジーの横笛はこうやって使うことで、どんなに遠くのものも見ることが出来る。しかも壁などで遮られていても、その先を見通すことができ、暗くても昼間のように良く見えるのだ。
「この先でたくさんの木が倒れているわ。あった!大きな丸いものよ。大人一人ぐらい入れそうな大きさだわ。半分くらい地面にめり込んでいるみたい。中を見てみるわ……あっ!」
 デイジーが声を上げ、思わず横笛を目から離した。
「どうした? デイジー」
「中に……子供が一人だけいる!」
 口に手を当てながら驚きの表情で語るデイジー。
「って事は、その子供が魔法使いかしら?」
「……多分そうだと思う。でもあたしたちよりもずっと小さい子よ」
「その子、何をしてた?」
「わかんない、でも中でいろいろ動き回っていたわ」
「外に出られなくて困っているのかしら?」
「あたしはちょっと違うかなって思う」
「どうして?」
 アリアが不思議そうに尋ねる。
「もしあの子が外に出たがっているなら、こんな魔法の壁を作らないと思うの。だってこれじゃ誰もあの子を助けに行けないもの」
「と言うことは、やっぱり本人に理由を聞かなきゃいけないわけだ。よし、俺がこの壁を何とかこじ開けてやるよ。みんなちょっと下がってて」
 カインの指示に、アリア、デイジー、動物たちが後ろに下がる。
 カインが両手を魔法の壁に両手を突っ込み、こじ開けようとする。魔法の手袋をしていればどんなに重いものも軽々と持ち上げられるカインであったが、さすがのカインをもってしても、この魔法の壁はこじ開けられないようだ。
「ちからづくでダメなら、鉄砲水だ!」
 カインは四、五歩後ろに下がって、両手を前に突きだした。するとカインの手から猛烈な勢いの水が噴き出した。しかし水は魔法の壁に跳ね返されてしまい、周囲をびしょびしょにするだけだった。
「う~ん、だめかぁ。じゃあ火はどうだ!」
 すると今度はカインの手から猛烈な炎が吹き出した。炎は軽々と魔法の壁を通り抜けた。
「お、行けるか?」
 カインがそのまま徐々に壁に近づき通り抜けようとする。ところが炎は壁を突き抜けるのにカイン自身の身体は壁に阻まれてしまった。
「くっそぉ~、こうなったらやけくそだ。雷でどうだ!」
 そう言ってカインが両手を魔法の壁にたたきつけると、バリバリバリバリッと電気の猛烈な火花が、魔法の壁一面を走った。魔法の壁全体は火花で輝き、あた り一面は昼間のような明るさになる。そして十数秒後、パァーン!と言う風船が弾けるような音と共にその火花が消えた。カインがゆっくりと前へ進む。そして カインは魔法の壁のあったところを通り抜けた。壁が消えたのだ。振り返ってにこやかにガッツポーズのカイン。
「カイン、やったねっ! さすがだわ」
 飛び上がって喜ぶアリア。
「無茶するなぁ、あいつ」
 なぜか苦笑いするデイジー。
(先にアリアに向こうと話し合ってもらえばと思ってたんだけどなぁ。ま、いっか)
 アリアとデイジーも魔法の壁のあった場所を難なく通り抜け、カインのもとへ歩み寄る。
「おつかれさま」
 デイジーがカインの肩をぽんと叩いてニコリと笑った。
「さあ、行きましょ。『星』が落ちた場所へ!」
 オイルランプ片手のアリアが、弾んだ声でそう言いながら、どんどん前へと歩き出した。慌ててカインとデイジーも後を追う。

第三章 星の子

 しばらく行くと、周辺の木々はアリアたちの方向に向かってなぎ倒されていた。前に進むに連れて、その倒れ方もひどくなっている。途中倒れた大木で阻まれ た行く手を、カインがいとも簡単にどけていく。程なく三人は、なぎ倒された木々の中心部に近づいた。月明かりに照らされて地面に半分めり込んだ球状の 「星」も見えてきた。木々は「星」を中心にして放射状に倒れていた。おそらく相当の衝撃だったのだろう。パレルナ王宮にいたアリアも流れ星が落ちたとき 「ドーン!」というすさまじい音を聞いていたし、直後に小さな地震もあったのだ。
 「星」までかなり近づいたその時だ。
 ビシュッ!
 「星」から白い光の矢が三人の足下近くに飛んできた。思わず立ち止まる。
 ビシュッ!ビシュッ!
 続けて二発、また光の矢だ。どちらも足下近くに突き刺さる。光の矢は地面に突き刺さると一瞬にして消え去った。
 その時、穏やかなメロディーの笛の音が周囲を包んだ。デイジーが魔法の横笛を吹きはじめたのだ。
「これは……相手の心を静める調べ」
 アリアが思い出したようにつぶやく。以前港の街でアリアとカインが暴漢に襲われたときにも、デイジーがこの曲を奏でて暴漢達をおとなしくさせ、危機を救った事があった。
 星からはもう光の矢は放たれなくなった。
「アリア、『星』の中にいる子供に呼びかけてみなよ」
 カインの言葉に促され、アリアが魔法のイヤリングを指で叩いた。
「こんばんは、どうやら脅かしちゃったみたいでごめんなさいね」
 アリアが声を出して呼びかける。すると。
(いえいえ、元はと言えば私のせいで皆さんを脅かしてしまったのですから)
 星の子の心の声がアリアの心に流れ込んできた。
 アリアがデイジーの方を向いて合図する。デイジーもそれに気づき、笛を降ろした。
「あたし達、この森に住む動物たちから、入れない場所が出来て困っているって話を聞いたので、それを調べるためにここに来たの」
(実はちょっとした事故があって、私は空からこの場所に落ちてしまったのです。何とか早く空に戻ろうとしているのですが……。あの見えない壁は、もし 『星』が万一事故の影響で爆発でもして皆さんに大迷惑をかけては悪いと思い、作らせてもらったのです。もちろん空に戻るときには消すつもりでした。でも結 局皆さんに迷惑をかけてしまったようで……)
 アリアは星の子の心の声を、カインとデイジーの心にも流した。星の子はの語り口は、明らかに大人の語り口だ。
「ところでこの『星』が空に帰れるのはいつ頃になりそうなの?」
 デイジーが問いかける。アリアがそれを星の子に伝える。
(今は『星』を修理している最中で、いつ帰れるかは見当が付きません。それに『星』がこんなに地面にめり込んでいては出るのも大変ですし……)
「めり込んでいるのは、俺が引き上げてやるよ」
(大丈夫ですか?この『星』はとても重たいのですよ。おそらくあなた達の体重の数百倍はありますよ)
「大丈夫、まかせといて」
 そう言うとカインは「星」の前へと歩み寄り、両手を広げて星をつかんだ。
「いくよ。せーの、それっ!」
 ゴゴゴゴッと言う音と共に、カインは星をゆっくりと持ち上げた。
(そ、そんな馬鹿な!)
「言っただろ、まかせといてって」
 カインは「星」をめり込んだ穴から少し離れた場所へとゆっくりと運び、そっと地面に置いた。それでも「星」が地面に接した瞬間、ズンという重たい音がした。
 すると、「星」の下の部分がぱっくりと開き、中から星の子が現れた。背丈はデイジーの首のあたりぐらいで、銀色の服を着た、あどけない表情の男の子だ。
(はじめまして、わたしはメルタといいます)
「はじめまして、あたしはアリア。こっちの女の子がデイジー、そしてあっちの男の子がカイン。よろしくね」
(あなた達は三人とも不思議な能力をお持ちのようですね)
「ええ、実はあたし達『魔法使い』なの」
 そう言うとアリアはデイジーを方をちらっと見てウィンクした。デイジーもその意味を察しウィンクを返す。
(魔法? 使いですか……)
「あなたも魔法使いでしょ、あんな不思議な壁を作れるんだから」
(……はぁ、まあ……)
 ちょっと戸惑い気味の表情を浮かべるメルタ。
「ところでまだ『星』の修理は終わってないのよね」
(ええ)
「それ、あたしに出来るかもしれない」
 デイジーの言葉に驚きの表情を浮かべるメルタ。
(いやぁ、それは難しいと思いますよ。何しろ修理する部品とかも全然ないし……)
「メルタさん、足を怪我してるでしょ。さっき出てくる時、少し足を引きずってたように見えたんだけど」
(はあ、確かに……)
「じゃあそれも一緒に直しちゃいましょ」
(え?)
「それでは『癒しの調べ』を……」
 そう言うとデイジーは、横笛を口にし、静かに吹きはじめた。まるで心身共に清められるような音色が、メルタの身体と「星」を包み込む。そして曲はゆっく りと力強さと暖かさを醸しだしていく、メルタの表情が穏やかになり、「星」の中で何かがカタカタピコピコガタガタと動き始める。そして元気の沸くメロ ディーが鳴り響く。メルタの怪我は跡形もなく治っていき、「星」の方はウィーンという目覚めたような音を響かせた。
 曲を吹き終えると、アリアとカインか拍手した。
「いやぁ、いつもながらいい曲だね、デイジー」
「ありがと、カイン。メルタさん、気分はどうです?」
(すごい、本当に足の怪我が治ってしまった。痛みも傷跡もない)
「『星』の方をちょっと見てきてもらえますか?」
(ああ、そうですね。何だかいろいろな音が聞こえていたが……)
 何やら独り言を言いながら「星」の中に戻るメルタ。
(なんてことだ)
(ここも、あそこも直っている)
(信じられない)
(これは……奇跡だ)
 メルタが当惑した表情で三人の所に戻ってきた。
「どうでした?」
(いやはや、これは本当に奇跡です。全て完璧に直っていましたよ。部品も機材もないばかりか、手さえ触れていないのに……。あなた達には何とお礼を言ってよろしいやら)
 メルタは深々と頭を下げた。
「礼なんて気にしなくていいわよ」
(いや、それでは私の気が済みません。お気に召すかどうか判りませんが、どうぞこれを受け取って下さい)
 メルタは手のひらに乗るくらいの小さな箱を差し出した。アリアがそれを受け取る。箱を開けると、まばゆい輝きを放つ大きな宝石が入っていた。
「こんなに素敵なものを……、大切なものなんでしょ」
(この宝石は空のかなたで取れる貴重な宝石です。でもあなた達にはこれを受け取る資格が十分にあります。ぜひお受け取り下さい)
「判ったわ、ありがたく頂戴します」
「これで空に帰れるね」
(ええ、それでは私は空に帰ることにします。皆様もお元気で)
「さようなら」
 カインが大きく手を振る。アリアは箱を手にし、笑顔で別れを告げる。
 デイジーが再び笛を手にし、静かに心洗われるような別れの曲を奏で始めた。
(さようなら)
 メルタは会釈すると、「星」の中へと戻っていった。開いていた「星」の扉がゆっくりと閉まる。そしてヒュイーン言う音と共に宙に浮かび上がり、静かに上昇しはじめる。
「あたし達の記憶を忘れちゃうのに、こんな大切な物をもらうわけにはいかないから、お返ししておくわね」
 アリアは右手の上にメルタからもらった箱を乗せ、左手の指でイヤリングを叩いた。チリンチリンという音と共に箱は姿を消した。行き先はもちろん「星」の中。
 そしてまもなく「星」がかなり空高く上がったところで、デイジーは「忘れの調べ」を吹き終えた。もうメルタは三人のことは記憶になく、「星」も自分の力で修理できたと思いこんでいるはずだ。

「さて、そろそろ俺達も帰ろうか」
「待ちなさいよ、まだ最後の大仕事が残っているわ」
 アリアが倒れている大木を指さして、カインをたしなめた。
「いっけね、それがあったね」
 頭をかくカイン。
「じゃあカインは、起き上がる木が他の木に引っかからないように動かしてあげて。場所が広いからあたしがカインをあちこち飛ばして手助けするわ。デイジーは、判っているわね」
「ええ。それじゃあ今度は、倒れてしまった木々達のために『癒しの調べ』を」


Episode 1 おわり

奥付



魔法使いと森に落ちた流れ星 - パレルナ王国の魔法使い.1


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著者 : Seagull White
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/seagullwhite/profile
制作 Dreamers' Soft&media Products (D'SmP) http://seagullwhite.blogspot.com/
2001/02/21 猫乃電子出版よりT-Time版電子書籍(無償版)刊行/Web版公開
 2010/08/01 ライセンス体系変更
This text work is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.
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