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ストーリー3

 ヒロムは逃げていた。
「・・・上司が・・・上司が来る・・・」

 労働工場へ向かう搬送バスの窓から飛び降りてからヒロムはずっと走り続けていた。

 ヒロムは高速宇宙船時空転移システムのソフトウェア開発を進める国家機関で働いていた。主な作業はシステム計算機が倒れないように手で支える部門の担当を任されていた。国家の技術が結集したシステムを手で支える部門を一人で任され、その重圧に押しつぶされそうな日々をおくっていた。

「・・・俺が手で支えなければこのシステムは横倒しになってしまう・・・」
 そんなプレッシャーのなか気が狂いそうな毎日をおくっていた。

 ヒロムは突如正義の心がメラメラと沸き立つ性格で、世界の平和のために自分は活動しなければならないと常思っていた。俺はこの星を救わなければならない。属性が悪であるもの全てとヒロムの安眠と怠惰な生活を妨げるもの全てをこの世界から消し去らなければならない、そう強く思っていた。人間はもっと自由に生きられるはずなのだ。

 そんな思いが最大限に高まりヒロムは今回の脱走を決意した。捕まれば全裸にされ鞭を打ち込まれた後、本社ビルの入り口にロープで吊るされ公開拷問を受ける事になるだろう。

 退職者は額に焼きごてを入れられ、生殖器はパイプカットされ、さらには側頭部には逃亡経験者を認識するICチップを埋め込まれる為もう社会復帰は叶わないかもしれない。そう、会社から内定をもらったときヒロムは何の気なしに契約書に判を押してしまったのだ。バカバカバカ俺のバカ、何度後悔したことだろうか。

 世の中は金の発生する場所に支配され、大企業や政治家の思うままになっていた。かつて日本と呼ばれていたこの島国は、アメリカへの合併吸収を自ら望んだ結果、合衆国の一つの州となり存在していた。その当時、多くの日本国民がシベリアへの移住を強制され北の地へと移送されたと言われている。

 そして、現在ではピラミッド型の階級制度が引かれ厳しい管理体制が引かれていた。電車は八両あれば、一両が下級国民の車両となりぎゅうぎゅう詰めのなか日に数人は死亡者が出ていた。残り五両は労働者階級の車両となり常に込み合い、残りの二両は高階級者用ながら高階級者は電車にはほぼ乗らないため空き車両同然となっていた。そして、丸井のセールでは労働階級にはランニングシャツとキムチしか売らない、そんな世の中になっていた。

 ヒロムは、疲れ果て一軒の定食屋の前に立ち止まった。
 搬送バスでハッピーターンを食べて以来もうずっと何も食べていないのだ。どうやら老婆一人でやっている店らしい。金のないヒロムは無銭飲食をする欲求に駆られた。どうせ焼きごてを入れられ後悔拷問を受ける身だ、そんな思いで店へと入っていった。

 鯖の味噌煮定食を注文し食事が来るやいなやガツガツと食べきった。懐かしい味だった。何故か昔好きだった公園を思い出した。・・・昔は暗くなるまでそこでポケモンをやったな・・・一人で・・・。ヒロムが食事を食べ終わると定食屋の老婆が包みをもってきてそれを渡した。

 「おにぎりだよ持っていきな。あんた逃亡者だろ、うちのだんなも逃亡者だったんだ。シンガポールの米国耳かきの綿毛工場から逃げ出したんだよ。密航してここにたどり着いた後、あたしと結婚してね。いきなり、はらまされちまったんだよあの人にね。昔は美人だったんだよ、あたしゃ。強引だったけど優しいひとだったよ。もう、おっ死んじまったがね。この定食屋も形見ってわけ。おっと、ちょっとおしゃべりしすぎちゃったね。まー、あんたも捕まらないようにがんばんな。見つけな、あんたの道をさ。」

 ヒロムはまた走りだした、おにぎりを抱えて。
 ・・・ありがとう老婆・・・もう少しで歯が折れるほどに殴り倒してしまうところだった・・・ありがとう・・・俺頑張るよ・・・・。ヒロムの逃亡生活はまだ始まったばかりだ。

ストーリー4

 「ついに、サンプルが完成したぞ!」 
 ヒロムは、半年前より商品企画室の特命プロジェクトに参加していた。 

 それはエディケーションをテーマにした新ブランドの立ち上げという、 なんともふんわりとした曖昧な特命内容だった。 

 ヒロムは、鰹節の小型軽量化と、耐水、防風加工に成功し、 「ナイトラン!かつおぶし持っていこ!」という新しい概念を生み出し、 ターザンやアエラでも特集が組まれる大ヒットを生み出していた。 
スポーツ時の新しいアミノ酸源として注目を浴びたのだ。 

 その実績がかわれ、商品企画室長 兼 特命プロジェクトリーダーの カイワレ大根一男に一本釣りされるかたちで、第5鰹研究開発室から 異動となったのだった。 

 今回、ヒロムたちが打ち立てたテーマは、 大人だってエディケーションしたい、大人で子供な筆記用具シリーズ。 その第一弾として、ヒロムは「コンドームの香りがする練り消しゴム」 の開発に着手したのだった。 

 一番揉めたのは、コンドーム特有のゼリー状物質を、練り消しゴムへ、 付着させるかどうかだった。 一男とヒロムは、3日3晩議論をつくしたが、その結論は出なかった。 難しい問題たった。ヒロムは悩み不眠症となり、一男は血尿を出した。 

 今回は、「コンドームの香りがする練り消しゴム」の ゼリー付きバージョンと、ゼリーなしバージョンのサンプルが完成したのだった。 

 「室長!これから一般ユーザーに使用感のヒアリングに出かけてきます!」 
 「あー、行ってきたまえ!ヒロム君!行ってくると良い!行ってきたまえ!」 

 ヒロムは、一男に向けウィンクをし、親指を突き出すと、最高の笑顔で、 「行ってきます!ボス!」と告げ、サンプルを握りしめオフィスを飛び出した! 「さー、老若男女、コンドームの香りがする練り消しゴムの使用感はどうだ!」 

 ヒロムはマーケティングの場として、東京都の人気登山ルート、高尾山から陣馬山への縦走コースを選択した。理由としては、冬も終わりに近づき、久々にこのルートをゆっくりと歩きたいという気持ちが高まったからだ。そう、所詮、人間の選択など無意識からの欲求に導かれるオートマチックなる夢の残り香のようなもの。

 お気に入りの登山パンツと、フリースを着込むと、リュックには2リットルの水と、行動食としてメロンパンとスニッカーズをもってウキウキと出発するヒロム。しかし、会社を飛び出したものの、昼時も過ぎ、その日に登山を始めるには、もう遅い時間であった。

 ヒロムはぐぬぬと唇を噛み締めると、そのまま直帰し、次の日は早朝から高尾山に向かおうと決めるが、なんとなく面倒臭くなり、一先ず目覚ましはセットしないがままにも、その日は早々に床につくのであった。

ストーリー5

 どれだけの時間が過ぎただろうか。ヒロムはオフィスのロッカールームに閉じこもり、ポケットに忍ばせておいたスニッカーズをムシャムシャと食べていた。

 時は遡る。
 ヒロムは、激怒していた。所有物である、消しゴムの角を、同僚のノブ・シュバイッツアーに使われてしまったからだ。

 「そんなに怒ることはないだろ、ヒロム君。この消しゴムは元々は事務用品。会社のお金で買ったものだ。とすれば、この消しゴムは君のものではい。会社のものだ。」ノブは正論を武器にヒロムの怒りをするりとやり過ごそうとする。

 ヒロムはノブの語りぐさや、そう偉そうに言い腐った堀の深い顔の、その表情にイライラさせられ、怒りの奇声を上げた。「いいいいいいいいいんんん!いいいいいいいいいんん!んんんんん!もももももも!ふぐふぐふぐ!ふもももももも!」

 ヒロムは素早い動きで、近くのロッカーへと入り込んだ。ロッカーからノブへの怒声を響かせる。

「このロッカーは大塚商会で購入したロッカー! そして大塚商会で働く人々はこの地球で生まれた我々の共同生命体! そしてこのロッカーは我々共同生命体より生まれしマテリアル! そう! そうだ! われら大宇宙は常にひとつだ! そう! このロッカーも大宇宙の一部! そう! いわば 言わずとも知れた! このロッカーは俺だ! どうだ! 俺はもうこのロッカーから出ない! 出ないぞ! どうだ! そんな俺をお前よ止めてみろ! 消しゴムの角の落とし前として、心を閉ざした俺を、お前の熱い心と、同僚思いの優しさで、この天野函館より誘き出してみるがよい! 俺が出てこぬ限りこの世は限りなき闇さ! 世界はもはや俺の思うがまま!! ふふん!」

「・・・・・・・・」ノブはヒロムが興奮している間に客先へと営業に出発していた。ヒロムの虚しくも孤独な籠城はこうして始まったのだった。

 スニッカーズを食べ終わる。ヒロムはなんだか尿意を催してきていた。そして、だんだんとそれを我慢できないようになり、もぞもぞと足を動かしつつ、落ち着かない時間が続いていた。

 ヒロムは、これはいかん、と砂漠でオアシスを追いかける自分を想像し尿意を鎮めようとした。砂漠で限界に追いつめられたとき、人はなにを考えるのだろうか。生きること? 愛する人と再会することだろうか? ぶつぶつとロッカーで想像を膨らませる。

 なんやかんやあっての壮大なストーリの末の遭難ならばそうなのかもしれない。しかし、テレビを見ながら柿ピーをつまみつつ、ふと、次の瞬間、唐突につなぎ目も無く、訳も分からぬまま、空間と時間と肉体が移り変わり、砂漠で命の限界を向かる自分というシチュエーションにおかれた場合ならばどうだろうか?

 焼き照りつける日差しも、乾き水分を失い自由が利かなくなった肉体も、正常な思考を失ったどこか狂った精神も、それぞれがどことなく心地よく、柿ピーが歯に詰まったまま、「ありー、なんじゃー」なんていいながら、苦しみや後悔もないままに、天命を全うすることができるのではないだろうか?

 そうだ!! 全ては連続なのだ!! 我々は連続の中で生かされているのだ!! 感情も価値観も全て知らず知らずのうちに連続の中で植え付けられたもの!! 我々が生み出したものではない!! 我々は連続性に洗脳されている!! 我々は目覚めなければいけない!!

『ソウナガイユメカラ!!!』

 ヒロムは、そんなこんな考えている間に、結局は、尿意を我慢することができなくなり、はらりと一粒の涙を流すと、激しく失禁した。そして、泣いた。嗚咽し、恥も外聞もなく泣き崩れた。尿にまみれつつも優しく美しく恥じらいの気持ちは忘れなかった。

数分後、ヒロムは素知らぬ顔でロッカーからするりと出てくる。時計を確認する。時間は15時28分。籠城時間は、2時間53分ほどだった。「こんな日もあるさ」ヒロムは誰に言うでもなく、そんな言葉を発すると、ひとり定時前に帰宅していった。

この本の内容は以上です。


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