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 西暦二九七七八一一五三〇〇一〇〇〇〇〇〇〇一年。地球人類はこの年、はじめての未知との遭遇を体験した。
 この時点ですでに「何でやねん」という言葉と共にハリセンや裏拳チョップを叩き込みたくなった読者も多いことであろうが落ち着いて欲しい。時代の流れにより、我々は一九九X年というとてつもなく便利な符丁をついに失うこととなった。だからこの際は、こういう突拍子もない数字を挙げておくのが一番なのである。さらにこれがフォーマルスタンダードともなれば申し分ない。ちなみに、当作品が書かれたのはちょうどクラークが宇宙の旅を夢想していた年であり、以降の文中にも、過ぎ去りし歳月を感じさせるような表記が多発するやも知れぬことを、前もって付記しておく。
 ともかく、その遭遇はまさにSo Goodなものであって、この事件をとある宣伝にちなんで『未知とのSo Good!』と呼ばれることも多かった。
 ただ一つ違ったのは、奥様は魔女……ではなく。異星人はミカン、だったのである。時事ネタは風化するから危険なのである。

 アイボリーに塗られた壁に囲まれた部屋で、人間と、そして人間大のミカンが向き合っていた。部屋の中の調度品は豪華なものではないが、高級感漂う品で統一されており、ある種の荘厳な雰囲気を湛えていた。
「俺の背中に立つな」
 ミカンが突如言った。向かい合った男、急遽設立された地球外務省の初代長官はミカンの後ろを見た。そこには頑丈そうな木製の扉があるだけで、誰もいなかった。ただ言ってみたかっただけらしい。
「……そんなマイナーネタをいったいどこで憶えたのですか?」
「この地球にあるインターネットとかいうところで見た。何でも、ハードボイルドとかいうのが男の美学で、最も格好いいとされているそうだな」
 どうやら相当思想の偏ったページを見てしまったらしい。彼が見たのはたぶんこういうところだろうとは思ったが、様々な観点からツッコむのはやめておいた。
「……で、あなた方ミカン星人に対する我々の決定なのですが」
 長官は向かいのハードボイルドなミカン、すなわち地球人類が遭遇した未知の異星人、ミカン星人に対して語りかけた。
「我々は、あなた方ミカン星人と対等な条件での国交を結ぶことを望みます」
 ミカン星人は口にくわえたナツミカン・スピリットの煙を思い切り吸い込んだ。
「対等な条件での、正常な国交……。それは我々ミカン星人側も望むところだ。俺たちがあんたたちと出会ったのは偶然であって、戦争するために来たわけじゃねえ」
 ミカン星人は煙草を灰皿に押しつけた。
「だが、俺たちが対等になるためには、条件が一つ、必要だ」
「……その条件とは?」
 長官は身を乗り出した。まさか、ミカン星人側から条件をつけられるとは思っていなかったのだ。彼らの条件とは何だろう。関税の問題か? それとも移住に関する問題だろうか? その内容によっては正常な国交などは望むべくもない。ここは慎重になるべきだった。
「この星には、俺たちによく似たミカンとかいう食物があるそうだな」
「……ええ」
 よく似たというかまったくそのまんまだ、と長官は心の中でだけ思った。ミカンにマジックで顔を描いて、それをそのまま某ド◯えもんとかにでてくるビッグ◯イトで大きくすれば目の前のやつとまったく同じものができあがるだろう。ちょうど上の写真のような。
「そのミカンを食べることを禁止して欲しい、というのが我々ミカン星人側の条件だ」
 私は驚いた。まさかそんな条件が持ち出されようとは。確かにミカン星人は我々が常日頃食する食物の一つ、ミカンに酷似している。しかし、ミカンとミカン星人はよく似てはいてもまったくの別物である。それなのになぜ……。
「決まっているだろう。お前たちは我々に似た物体を食物として日常的に食べている。そんな状態で、俺たちと対等につき合えると思うのか?」
 ミカン星人は二本目の煙草に火をつけた。
「いや、お前たちはできる、と言うだろう。だが、そうじゃない。お前たちがミカンを食べ続ける限り、お前たちが俺たちを見て美味しそうだとか、今が食べ頃だとか、所詮はミカンだとか考えるのは間違いない。お前たちがそのようなことを考えないようにする方法は一つ。お前たちが、ミカンを食べなくなること。それだけだ」
 長官は両手を組んで黙っていた。確かに彼が言うようなことがまったくない、とは言いきれない。彼らからすれば、我々から食べ物という目で見られるのは心外なことであろう。もちろん対等な国交などというものは望むべくもない。それはよくわかった。
 しかしながら、ミカンは地球という国に深く根付いた食物である。今更食べるな、と言っても多くの者が反発するであろうことは想像に難くない。大きな混乱を巻き起こすことになるだろう。
 そして何より、長官はミカンが大好物だった。
「……それは私の一存では何ともいえませんな。貴星側の条件として一度議会に提出してみますので、それまで返答は保留ということにさせてください」
 ミカン星人は不満そうに一瞬顔をしかめたが、もとのハードボイルドな表情を戻すとソファから立ち上がった。
「わかった。では議会の決定が出るまで待つとしよう。だが、この条件が呑めないときは対等な国交などというものは存在しないものと思われたい」
 そういい放つと、ミカン星人は扉を強く開け、退室していった。その後ろ姿はまことに美味しそうであった。

 その夜。
 自宅でくつろいでいた長官は、事務次官から一つの報告を受け取り、驚愕した。
「大変です! ミカン星から来られた大使が……何者かに殺害されました!」


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 電話を受けてすぐ、長官はホテルに駆けつけた。
「状況は?」
 車を降りてすぐ、迎えに出てきた事務次官に問うた。
「公安と鑑識が来て、現在調査にあたっています。マスコミにはまだ、漏れていません」
「そうか」
 長官はロビーを横切り、エレベーターへ乗り込んだ。次官もそれに続く。
「しかし厄介なことになったな。いったい何が起こったというのだね? そうだ。そういえば大使の死因は何かね?」
「何が起こったのかは今だ調査段階でまったくわかっておりません。死因は……これは人間でいうなら何と言えばよいのでしょうか」
 話しながら次官はファイルから一枚の写真を取りだした。それを長官が受け取り、視線をやる。
 そこには皮を剥かれ、二つに分割された大きなミカンが写っていた。
「……確かに死因は不明だな」
「はい。あえて名付けるならば……剥かれ死にとでも言うのでしょうか」
「いやなネーミングだ」
 エレベーターが停止し、ドアが開いた。
「食われているのか?」
「いわゆる死体損壊はありません。器物損壊を該当させるべきかもしれませんが、対外的影響を考慮した上」
「わかった、もういい」
 長官は一つため息をついてからフロアへと進み出た。
 通路に張ってある黄色いテープをくぐり、現場へ踏み込む。そこには写真で見たのと同じ物体が寝そべり、身体の半分に青いシーツを被せられていた。
「いい匂いだな」
「ええ。柑橘系の香りですね」
 どうやらミカン星人はまさに地球にあるミカンが人間のような進化を遂げたものであるらしかった。長官は死体を目の前にしてものを食べたくなったのはこれがはじめてであり、そして彼の頭に浮かんだのは籠に山積みにされた取れたてのミカンだった。
「大使が亡くなるまでの足取りは?」
「ほぼ確認されています。長官との会談が終わってからこの星を視察なさっています。ホテルの周囲を護衛つきの車で四時間程度。そのあと部屋に戻られたのを受付のものが確認しております」
「そのあとは?」
「部屋に電話があり、その後お出かけになられたのを最後に、部屋の前で死体で見つかるまで消息が途絶えました。護衛はついていなかったようです」
「なぜ目を離した!」
「目を離したのではありません。どうやら撒かれたようです」
 長官は眉間を指で押さえた。何という失態だ。これでミカン星人と国交を結ぶことは難しくなるであろう。まったくもって、気が重かった。
「長官!」
 そのとき、後ろから声をかけられた。振り向くと、部下が廊下を走ってこちらへ近づいてくる。
「どうした」
「大使が会っていた人物の確認が取れました」
「何だと!」
 長官は部下に掴みかかった。
「誰だ! いったい誰なんだ! 誰が大使を殺害した! しかもあんなむごい形で!」
「ミカンの食べ方としては正統ですが」
 長官は次官のツッコミを無視した。
「ま、待ってくださいよ! 大使は一人の人間と会っていたのではないのです! 大使はホテルを出てから三人の人間と会っているのですよ!」
「何だとぉっ!」
 長官はようやく部下の襟首を掴んでいた手を離した。
「……で、その三人とは」
「は、はい。一人は上院議員の倶瑠目(ぐるめ)氏、もう一人はあざらしテレビレポーターの辺津原(べつばら)嬢、最後にタイヨー食品社長の田部杉(たべすぎ)氏です」
 長官は顎に手をやって考え込んだ。
「ふむ。三人のうち誰も大使を殺して得をする者はおらんな。むしろ大使を利用しようとして近づいているのが見え見えだ」
「その通りです。三人とも大使と会っていたことは間違いないのですが、殺害に至る動機はありません」
「なるほど……」
 ふと、長官はあることに気がついた。
「そうだ。三人が大使と出会った時間はどうなっている。そのうち最後に大使と会った者が犯人である確率が高いだろう。なぜなら、それまでは大使は生きていたことになるのだからな」
「それなんですが……実は三人とも、大使にあった時間が曖昧なんです。だいたいの時間は憶えているんですけど、それだと三人ともだいたい同じくらいの時間帯に重なっちゃって……」
「何と言うことだ……」
 長官は頭を抱えた。畜生。みんなして俺にいやがらせしていやがるのか。漂ってくるミカンの香りが、何とも恨めしかった。
「しかし、大使の死亡推定時刻が出ていますよね。その時間のアリバイはどうなっていますか?」
 不意に次官が部下に質問した。長官の顔が明るくなる。
「そうだ。アリバイだ。アリバイがないものが犯人だ。きっとそうに違いない」
「その時間帯のアリバイですが……。倶瑠目氏はちょうど夕食後の軽い食事を採っておられました。レポーターの辺津原嬢は一仕事終えてシャワーを浴びていたのを出歯亀のカメラ小僧が確認しております。田部杉氏は自宅でこたつに入ってテレビを見ていたとのことです。三人とも嘘発見器のチェックは通過しております」
「となるとアリバイがないのは倶瑠目氏と田部杉氏ですが……。辺津原嬢にしても、その気があればアリバイ工作はさほど難しくなさそうですな」
 長官は次官の冷静な分析を恨めしく思った。だいたいこんな話でなぜ真面目な推理小説のような話を繰り広げなければならんのだ。そもそもこの話は単なるバカSFではなかったのか。そもそもいったい何人が『夕食後の軽い食事』の元ネタがわかるというのだ。そもそもただのでかいミカン一匹のために私がこれほど悩ま……。
 そのとき、長官の脳裏に一つの情景が浮かんだ。
「……わかったぞ」
 長官そっちのけで議論を繰り広げていた部下と次官が一斉に長官を見た。
「いったい何がわかったのですか? 長官」
 長官は胸を張り、勝ち誇った顔で次官を見下ろした。
「もちろん犯人だよ、次官」
 そして長官は歩き始めた。官邸へと赴くために。
「君。容疑者を官邸に呼びだしてくれ。そう。三人ともだ。理由? それが推理小説のお約束だからだよ」
 そしてエレベーターの前で立ち止まった長官は、にやりと笑って決めゼリフを吐いた。
「それに、ギャラリーは多い方がいい」


解決編



【解決編】

 アイボリー色の客室には緊迫した空気が流れていた。大使殺害の容疑者である倶瑠目氏、辺津原嬢、田部杉氏。そして外務省初代長官がその部屋の中で顔をつきあわせていた。
 それぞれの前には熱いお茶の入った湯飲みが置かれている。湯飲みからは盛大に湯気が立ち上り、部屋の空気を少しでも和ませようとがんばっていた。
「さて……」
 お茶を一口啜ってから、長官が口を開いた。
「本日はお忙しい中集まっていただき、まことにありがとうございます」
 議員の倶瑠目氏がイライラと足を揺すった。
「前置きは結構。さっさと本題に入ってもらおう。あなたの言うとおり、これでも忙しい身なのでね」
 同意するように辺津原嬢と田部杉氏も首を縦に動かした。
「では、率直に申し上げます。昨日、ミカン星から地球にやって来たミカン星の大使が殺害されました」
 三人とも驚いた顔は見せない。おそらくすでに連絡は受けているのだろう。長官は続けた。
「我々はいったい誰が大使と接触したのか、調査しました。そして大使が亡くなる前に会っていたのがこの三人のうちの誰かであるということも」
「つまり、我々三名のうちの誰かが犯人であるというわけですね」
 辺津原嬢の言葉に、今度は長官が頷く番だった。
「ちょっと待ちいな、長官さん。あんたが言うことはもっともやけど、儂には大使さんを殺す動機がないで。いや、儂だけやない。そっちの議員さんも、レポーターのお姉ちゃんもや。むしろ、大使さんが死んでもうたことは儂らにとってマイナスやと思うんやけど」
「承知しております」
 そう。そんなことはわかっているのだ。今回の殺人事件に、動機は、ない。
 長官が告げると、今度は三人とも驚きの表情を浮かべた。
「動機がない? それはどういうことですか?」
 辺津原嬢がレポーターらしく真っ先に反応した。
「つまり、今回の殺人は突発的なものであり、綿密に計画されたものではないということです」
 長官はソファから立ち上がった。そして三人に背を向けた。
「いや。そもそも今回の殺人事件においては、犯人には殺意さえなかったのです。それが今回の問題を複雑にしました」
「犯人には殺意さえなかっただと? そんなことがあり得るのか?」
 倶瑠目氏が上半身を乗り出した。
「あります」
 長官は振り向いて答えた。
「なぜなら、犯人は、常日頃行っている習慣をつい彼の前で行ってしまっただけだからです」
 そして長官は一人の人物を指さした。
「犯人は、田部杉氏。あなたですね」

 部屋に再び沈黙が訪れた。
「……なんでわかったんや?」
 弱々しい声で田部杉氏が問いかけた。それは自分の犯行を認めた一言だった。
「私もその習慣を持っているからですよ、田部杉氏。そう。大使は我々地球人が持っている、ただ一つの習慣のために生命を失うことになった……。悲しいことです」
 倶瑠目氏が立ち上がった。
「さっきから何を言っているのだね、君は! いったい何のことか、まったくわからんよ!」
 長官は倶瑠目氏に向き直った。
「説明しましょう。倶瑠目氏。あなた、家にこたつはありますか?」
「もちろんだ」
 その返答を聞いて長官は満足げに頷いた。
「そうですね。今どき、こたつのない家はほとんどない。では辺津原嬢にお尋ねしますが、こたつと聞いてあなたが思い浮かべるイメージは?」
「それは、こたつに入ってテレビを見ながらミカンを……」
 その瞬間、二人は何かに気付いたように驚いた表情を見せ、田部杉氏を見た。
「そう。田部杉氏はまさにその状態で大使と会談していた。が、そのイメージと少し違ったのは、彼の家のこたつに置いてあった籠のミカンは、食べ尽くされて空っぽだったということです」
 長官はゆっくりと田部杉氏の前へ移動した。
「いつもどおりこたつでテレビを見ていた田部杉氏は、いつもしているように何気なくみかんを一つ取り、その皮を剥いた。そしてそこで気がついたのです。手に取ったミカンがあまりにも大きすぎることに、ね」
 長官の話を聞いている田部杉氏の顔は、青ざめていた。
「気がついた田部杉氏は何とか大使を蘇生させようと様々な方法を試した。だが、一度死んだ人間……この場合は人間ではありませんが、それが生き返るわけはない。仕方なく田部杉氏は死体となった大使を何かで包んでホテルに運び、部屋の前に捨てて逃走した。そうですね」
「……その通りや」
 田部杉氏の頭ががくりと落ちた。六つの瞳が、その光景を静かに見つめていた。
 長官は窓まで歩いていくと、ブラインドの隙間からそっと外を覗いた。
「今回のことで、私は気付いたことがあります」
 言葉が空気を響かせる。返答はなかった。
「今回、田部杉氏が無意識にミカンによく似た大使に手を伸ばし、皮を剥いてしまったように……我々の生活とミカンは、切っても切れない関係にあります」
 長官はもう一度振り向き、毅然とした声で、宣言した。
「我々は、ミカンを食べずに生きていくことはできない。ミカンを無視して、ミカン星人と交流することはできない。それが私の結論です。ミカン星には、そのように伝えるつもりです」
「し、しかし君。そんなことをしたら……」
「大変なことになるでしょう。ですが、私は退くつもりはない。これは、我々地球人のアイデンティティに関わる問題なのです」
 呆気にとられる三人を残し、長官は扉を強く押し開けた。私と入れ替わるように、二人の警官が部屋の中へと入っていった。
 そして長官は歩いていく。困難な会談へと続くその道を。
 バックに流れるのは、ミカン星交響曲。

(完)


奥付



ミカン星人殺人事件


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著者 : 緑乃帝國
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/chabayashi/profile
ウェブサイト:馬車馬堂 御茶林研究所


発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


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