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すてた

 罪悪感がないと言えば嘘になる。これでも多少は心苦しく思っている。思ってはいるが、仕方がないと言い聞かせ、「でもやはり」と踏みとどまる前に次のものへと手を伸ばす。
 私はいま、捨てる鬼と化している。毎日、情け容赦もなくものを捨てている。というのも、近々引っ越しを控えているからなのだが、エコだなんだと言われるこの時代に、自分がとんでもなくワルいことをしているように思えて後ろ暗い。ならば捨てなければいいのだが、一人暮しとはいえ、引っ越しはかなりの重労働だ。梱包するのも自分なら、ほどくのもまた自分である。とりあえず新居へ運んでみて、置き場や使い道がなければ処分するというような無駄足は踏みたくない。元々、持ち物はかなり多い方である。この際、荷物を減らして暮しをシンプルにするのも悪くない。

 そう思ってしまったのがいけなかった。

 まず目をつけたのは、前回の引っ越しの時から一度も開けていない小さな箱だった。中には、中学生や高校生の頃に友人からもらった手紙がこんもりと入っている。多感な年頃にやりとりをしたそれらの手紙は、なんとも青々しいものばかりだった。一通一通読み返し、ふと気がつくと、読み終えた手紙が二つの山に分かれている。私は無意識のうちに、残す手紙と残さない手紙、つまり「捨てるか捨てないか」を選別していた。無意識に、といっても、元をたどれば荷物を減らすために取り出した箱である。古い手紙は捨てよう、と思っていたのは確かだが、懐かしく読み返しながらも、頭のどこかで「これは捨てるか捨てないか」と考えていたのかと思うと我ながら恐ろしい。その上、捨てる手紙かどうかが一目で分かるように、読み終えた手紙をきっちりと二手に分けているところなども、目を背けたくなるような浅ましさである。

 私はこんなに非情なやつだったのかと、その場でぐったりとうなだれてしまった。しかし、弱気になったのも束の間、今度は「じゃあ、これから一生、人からもらったものを全て背負って生きていくのか。そんなことできるのか?」という、明らかに虚勢を張った考えが浮かんでくる。そんなことをしているうちは、荷物を減らすことなどできるわけがない。シンプルな暮しというもの自体が胡散くさく思えて、ばかばかしくなってしまった。


 私の父は、本当によくものを捨てる人間だった。といっても、自分のものではない。人の持ち物を許可なく勝手に捨てるのだ。「おかしいな、さっきまでここに置いてあったはずなのに」と思ったものは、大抵ごみ箱の中で見つかる。父は、リビングなどの家族がみんなで使うスペースに、個人的なものを置いておくことをとても嫌っていた。自分に関係のないものが目の届くところにあるのが耐えられないのだ。耐えられないからといって捨てなくもいいじゃないかと怒りたくもなるのだが、父は年老いた両親にわがままいっぱいに育てられた一人っ子である。捨てられないようにするには、抗議よりも、私物が父の目に入らないように管理することが一番有効であった。

 終戦の年の秋に生まれた父には、兄弟がいない。しかし、祖父母にとって父は初めての子どもではなかった。父が生まれる前に、死産したり、乳児の時に亡くなったりした子どもが四人いたらしい。なぜ父だけが生き残り、今でもずぶとく生きながらえているのかは分からないが、父の兄弟たちがあまりにも早くその生涯を終えたのには理由がある。それには、祖父のある趣味が大きく関わっていた。

 祖父は、大の引っ越し好きだった。新しい住まいを見つけると、すぐに借りて移り住んだ。祖母は黙って家財をまとめ、重い荷物を背負って祖父を追いかけるしかなかった。妊娠中も産後もおかまいなしに引っ越しは続いたようで、戦中・戦後の食糧難や栄養不足も重なり、祖母と子どもに強いられた負担は相当なものだったのだろう。ある子はお腹の中で、ある子は生まれてからまもなく、その力が尽きてしまった。

 生きていれば、父には二人の兄と二人の姉がいた。その中で、父のすぐ上の兄の名前が、これがひどい。捨てるに太いと書いて、「捨太」といった。すてた。なんて残忍な名前だろう。こんなことを言うのも何だが、彼だけは早くに人生の幕を下ろして正解だったかもしれない。こんな名前で送る一生に絶望しない人間がいるだろうか。

 一体どういうつもりで命名したのだろう。祖父を墓から掘り起こして問い詰めるわけにはいかないが、よっぽど子どもの成長に期待できなかったのだろうか。あるいは、引っ越しの準備でもしながらつけた名前だったのかもしれない。


 先日、実家の押し入れで一枚の葉書を見つけた。差出人は、あの引っ越し魔である。宛名には、当時五歳の父の名前が書いてあった。人の手紙を読むのはあまりいい趣味ではないなと思いながら、こっそりとひっくり返してみると、そこにはひらがなの大きな字で、


 
きょうはてんきのよい きもちのよいにちようびです
 あたらしいおうちで まっています


と書かれていた。

 私は祖父に会ったことがない。私が生まれる十年も前に、祖父は他界している。それは、初めて見る祖父の字だった。
妻に古い家の始末を任せ、一足先に単身新居へと移った祖父は、休日にふと筆を取る。家の中に荷物はまだほとんどない。そのがらんとした部屋の中に、きもちのよい陽が当たり、風が通っていく。窓の外で、見知らぬ親子が赤や黄色の落ち葉を拾って集めている。そんな情景の浮かぶような、立派で繊細な字だった。 幾度も住まいを替え、わが子の多くを先立たせてしまった祖父にとって、父が唯一の息子であった。

 

 

 


この本の内容は以上です。


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