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3月2日のおはなし「来[3]」

 部屋を片付けてさっぱりしたら、景気のいい声が近づいて来た。

「おうっ! どうでい、調子は!」
「さっきまでは良かった」
「いまはどうした?
「おまえが来たから調子が狂った」
「ご挨拶だな。こちとら約束だから来てんじゃねえか」
「何だよ約束って」
「あれだよあれ、あのからっきし何だったべらぼうな何のあれが」
「せわしねえやつだな。ちったあ落ち着きねえ。そんな砂つぶ撒き散らされちゃ、せっかく片付けた部屋が台無しだ。まあ水でも飲んで」
「水?」
「水だ」
「水があるのかい?」
「なけりゃあ出さねえよ」
「まいったねこりゃ、へへっ! 水をいただけるんでげすかっときたもんだ」
「そんなタイコモチみたいにならなくても水くらい出すよ。ほらちょっとだけど大事に飲みな」
「お、こりゃあ何とも、水のように透き通ってらあ」
「まあ、水だからね」
「たはっ。聞いたかい? 揺らしたら、たぷん、なんて言いやがる」
「そうかい?」
「ほら、たぷん! な、たぷん! おおおっと、いけねえ。危ねえ危ねえ。あやうくこぼしっちまうところだったよ。ぜんてえ、水ってえものは古来、覆水盆に……」
「能書きはいいから早く飲みなよ」
「んじゃあ、遠慮なくいただくよ。んぐっんぐっんぐっんぐ」
「噺家が酒を飲んでるみたいな飲み方をしやがる」
「ぷはあ〜っ。うまいね。こんな純度の高い上物のブツはなかなかお目にかかれねえ」
「おいおい人聞きの悪いことを言わないでくれよ。いま世間じゃそういうの、何かとうるさいんだから」
「安心しろ。尿検査は絶対に断るから」
「だからそういうことを言うんじゃないよ。で、何なんだい、そんな泡食って駆けつけて来て」
「おう、それだ! まあ聞きねえ。こないだ湯島砂丘で見つけたあのケッタイな入れ物覚えてるか」
「うん。薄気味悪いものがいろいろ詰まっていたって」
「おうよ、おれぁホントに驚いたんだが、あれがおめえさんの言ったとおり、やっぱり生き物らしいんだ」
「生き物? 本当に? あれが? 歩き回りでもしたか?」
「冗談言っちゃいけねえ。あんなのがうろちょろし始めた日にゃあ、おれぁおっかなくってこうやって外に出てくることもできゃしない」
「じゃ、どうして生き物ってわかった?」
「それがさ。あいつら水を吸って育つらしいんだ」
「水をかい? 贅沢なやつだね」
「うちの研究所はほら、金さえかければ水はつくれるからってんで、あいつらにくれてやったんだ。そうしたらどうなったと思う?」
「お礼を言った」
「しゃべらねえよ! あいつらはしゃべらねえよ。人間じゃねえんだから。っつーか、こっちはあれが生き物だってだけで驚いてるんだ。しゃべったらまずそこから話すだろうが」
「じゃあ降参だ」
「大きくなるんだ」
「予想もできなかったな。水を吸って育つって聞いてなければ」
「るせーな。聞いて驚くな。あいつら空気中から炭素を取り込んで大きくなりやがるんだ」
「またまた」
「何だよ、『またまた』って」
「ご冗談を」
「冗談じゃねえって。どうやってんのかはわからねえが、空気中の二酸化炭素を取り込んで、中でばらして炭素を身体に組み込んで、その分だけ大きくなって、残った酸素を吐き出しているらしい」
「なんだって? 酸素を自力で創り出しているってのか?」
「おうよ」
「んなバカな話があるもんか。そんなものがあったら、おれたちの科学なんてまるきり要らなくなっちまうじゃねえか」
「間違いない。炭素を取り込んで、酸素を出している」
「信じられんな。どのくらいの勢いで大きくなるんだ?」
「大したことはない。でもなんだか薄気味悪いひらひらした緑色のものをどんどん増殖させているのが気になる」
「緑ってどんな色だ?」
「そうさな、おまえの家なら寝室の壁の色をもうちょっと濃くすると緑だ」
「自然界じゃ見かけない色だな」
「薄気味悪いよ、まったく」
「で、どうする?」
「だから持って来たよ」
「なにをっ?」
「ほら約束だからよ。おまえにやるよ。ほら。この入れ物ごとくれてやる」
「やめろ。悪い病気にでもなったらどうしてくれる」
「えんがちょ切った!」
「んのやろ! 待て! 何しやがんでい、こんな薄気味悪いもの!」

     *     *     *

「おじいちゃん、ひょっとしてそれ」
「ああ、そうだよ。これさ。立派に成長して日陰をつくってくれている」
「おじいちゃんが若い頃には木がなかったの?」
「なかった。こいつが空気中の炭素を溜め込んで、酸素を吐き出してくれて、仲間を増やして、それからだんだん緑色のものが増えだしたんだよ」
「信じられないなあ。で、結局それが入ってた入れ物って何だったの?」
「古代文明の遺物さ。文書も同梱されていてな、判読できた文章にはこうあった。『子孫へ。これに水をやって日の光に当てろ。快適な環境を約束する』とな」
「ふうん。昔の宗教か何かなのね」孫娘は細かい剛毛に覆われた肢を4本使って、木の葉をかき分けながら言った。「でもわたしたちには酸素が多過ぎるわ」
「まったくだ」8本肢の祖父は複数の目をキラキラさせながら言った。「よくまあ悪い病気にならずに生きて来れたと思うよ。こいつを育てて良かったことと言ったらうまい虫が増えたことくらいかな」

(「約束」ordered by tom-leo-zero-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)


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奥付



来[3]


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著者 : hirotakashina
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