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6月20日「百田伝兵衛ことのはじまり」

 むかあし。
 ももたろうという それはそれは うでのたつ おさむらいが おったそうな。
 まがったことが きらいでの、 なんでも まっすぐに してしまう。
 こころの まがった うきよの おにを たいじて くれようと けんを ぬく。
 こしの まがった じいさま ばあさまの こしを のばそうと はがいじめ。
 うみかぜに まがった まつのきを ばっさばっさと きりすてる。
 まっすぐに ならんもんは すぐに きりすてる。
 しょうしょう やりすぎでは なかろかと、 けむたく おもう ひとも おった そうな。

     *     *     *

「ごめんよ!」
 縄のれんをかきわけ、桃太郎が顔を出した。
「あっ。これは桃太郎さま。お早いお越しで」
「おう。とっつぁん。どうだい、腰の方は」
「いやもう、なんてますか、先だってはわざわざ桃太郎さまにお手当を頂戴いたしまして、何と申しますか、ええ、もう、あれで、はい」
「なんだ。あんまりまっすぐになってないな」
「いえいえいえ。もうこれは十分にまっすぐなんでございまして、桃太郎さまのお手を煩わすようなことじゃございませんのでありまして、間に合ってますんで、どうかもう勘弁してください」
「なんだ? 勘弁しろって言い草があるもんかい。おれぁ、いつでも相手になるから、腰ぃ、伸ばしたかったらそう言いな」
「ふええ。きょきょ今日はそのことでお越しになったんで?」
「バカ言っちゃいけねえ。一杯ひっかけに寄ったのよ」

 てな話をしているところにどやどやと入って来たのが町のごろつきどもだ。

「親父、酒を出せ」
「しけた店だな。女はいないのか」
「つまみを五、六品あつらえろ」
「待たせたら承知しねえからな」
 早くも刀の鯉口を切ってやる気満々の桃太郎をなんとかおさえて、店のおやじが支度にかかる。そんなことには気づかずごろつきどもは、やれ煮魚が小さいのやれ畳が湿ってるのとわいわいやっている。

 親父にさとされた手前、桃太郎は黙ってちびりちびりと酒をすすっていたが、こめかみの青筋がびくびくしているところを見ると、いつ暴れ出しても不思議はない。親父もそれに気づいているので、はらはらしっぱなしだ。いつもなら娘に店を手伝わせて桃太郎の機嫌を取ったりするのだが、今日はごろつきもいるので娘は表に出す訳にいかない。さあどうしようと思っていると店の外でさらなる騒ぎが起こった。

 がらがらがらと、目の前に雷が落ちたような轟音に、店の中の者は一斉に立ち上がり、ごろつきの中の一人が「何をしてやがる!」と叫んで戸をがたがたっと横に引くと、砂埃が立ちこめている。往来には大八車が横転し、天水桶がそこら中に転がっている。店先の天水桶にしてはやけに数が多いと思ったら、大八車が運んでいたのも修理用の天水桶だったらしく、それが一斉にばらまかれ店の壁に激突したのでさっきの轟音となったという次第。

 大八車の主は倒れたまま動かない。そのそばには足元の定まらない侍がふらふら立って、倒れた男を見下ろしている。あのお侍さんがいきなり大八車を蹴倒したんだってさ。一部始終を見ていた者たちが話し始める。ちょうど片方の車輪がわだちにはまった瞬間だったからたまらない。ふだんならちょっとやそっとで転ぶはずのない大八車があっけなく横転し、荒縄が切れて荷が飛び散り、車を引っぱっていた主もろとも路面に投げ出されてしまったのだという。

「馬鹿野郎め」酔った侍がよろよろ足を踏み替えながら言った。「おれの前を塞ぐからこうなる」
 すると野次馬の中から声が飛ぶ。
「ひでえじゃねえか」
「あんたがふらふら歩ってたんじゃねえか」
「えらそうにすんな侍のバーカ」
 みんな言うだけ言ってすぐ頭を引っ込める。酔っぱらった侍がのその声の方を見る頃にはもういなくなっている。野次を飛ばした奴の前に立ってた人がいい災難で。「今言ったのはお前か?」なんてとばっちりを食って目を白黒させている。

 それを見てさっきのごろつきどもが面白がって、人垣の後ろから野次を飛ばしては姿を隠すと言うことを繰り返し始めた。「ばーか、あーほ、たーくらたー」「おまえのかあちゃんでーべーそ」「田舎侍、鮒侍」「酔いどれ侍、与太侍」「腰に差したは竹光か」「てっぺんハゲ」「ふにゃちんちょんまげ」「娘が生まれりゃ遊び女決定」
 もう言いたい放題で、そのたんびに酔っぱらった侍は声のした方に向き直ろうとぐるぐる周りを見回しては「おまえか! いま言ったのはおまえか?」なんて関係ない野次馬にからむ。からんでも「いえ違います。あっしじゃありません」なんてらちがあかない。そうこうするうちだんだんイライラがつのる。挙げ句に激怒して刀を抜いたからさあ大変。

 人垣の輪がさあっと広がるが、何しろ人がたくさんいてすぐには逃げ出せない。後ろの方のよくわかってない人なんかは「なんです?」「どうしました?」「前の方はどうなってんです?」「なんでも行き倒れだそうで」「そいつはおいらの友達の熊公にちげえねえ。いま本人を連れて来て確かめるから!」なんて、わけのわからないことをやってるから、押し合いへし合いの大騒ぎ。輪の真ん中ではふらふらしながら侍が、ぎらりと抜いた大刀、があっと上に振り上げて、デタラメに振り回すから阿鼻叫喚。あっちでどよどよ、こっちでどよどよ、とにかく侍から離れようってんで最前列は必死だが、後ろから押されるもんで下がれない。刀の切っ先にひっかけられて、着物を裂かれたり、頬を切ったり、鼻を削がれたり、手首を落とされたり、もう目も当てられない地獄絵図だ。それでもまださっきのごろつきどもは「切れるもんなら切ってみろ」「芋侍にゃ切れるまい。ぷーぷーぷー」なんてはやし立てているので、侍はますますまっ赤になって怒り出す。

 そこに出てきたのが桃太郎。

   ひとつ ひとより ひとでなし。
   ふたつ ふじょしと ふぇちざんまい
   みっつ みしゅらん みつぼしを
   たいらげちまおう さめぬうち。 

 かなんか、何を言ってるのかよくわからないことを言って飛び出して来て、まくしたてた。 

「どっちもどっちだべらぼうめ。罪のない町人蹴倒して、あげくに刃傷沙汰まで起こしやがって。おまけに何だ、あのごろつきどもは。てめえらの楽しみのためにひでえ目に合う町人の苦しみがわからねえか」
 なんて啖呵切って、ごろつきどもを引っ掴まえては手足の骨を折って輪の中に放り込む。最後に残ったごろつきの頭(かしら)とは取っ組み合いながら輪の中に躍り込む。

「な、な、なんだ。そこもとは何奴じゃ」
「拙者は桃太郎。貴殿の狼藉を諌めに参った」
「狼藉とな。わしは狼藉などいたさん」
「罪もない町人相手に刃物振り回しやがって」
「武家に悪口雑言投げつけた者を切り捨てて何が悪い」
「おめえの悪口を言ってたのは足元に転がってるこいつらだ」
「なんだかわけがわからん。きぃ〜!」

 刀を振り回してかかってきた侍をひょいとよけると背中にまわり、首のあたりを峰打ちでどやすと酔った侍は目を回して倒れ込む。あたりはやんやの喝采だ。鼻を削がれた者はふがふがと、手首を落とされた者は足を踏み鳴らして喝采を送ったというからたいした人気。

「もうし、お侍さん」一人の小僧が目をキラキラさせて尋ねた。「どうすればそんなに強くなれるんです?」
 聞かれた桃太郎、目をぐるっと回して見栄を切り、今出てきた店をさして「この店でおでんを食ってたら強くなった」
 なんて言ったものだから、以来、この店は大流行り。
「つよくなりたきゃ、ももたろうのおでん」
 平賀源内がつくったとされるキャッチコピーも相まって、この居酒屋はおでん専門店「百田伝兵衛」として大評判になったことは皆様ご承知の通り。

 とっぴらぽんの しゃん。

(「ももたろうのおでん」ordered by 蒼いオオカミ。-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)


新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



百田伝兵衛ことのはじまり[SFP0354]


http://p.booklog.jp/book/44989


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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公開中のSudden Fiction Project作品一覧

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この本の内容は以上です。


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