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「想い出の一枚」といえば

一面のコスモスの花の中 小さな二人目のの娘を抱いている私。
3歳の長女は赤い花柄のワンピースで笑っている。
ふふ、若いじゃん、私。
想い出の一枚」といったら、やっぱり これかなぁ・・・・

青空の下、このメンバーで撮れた最後の写真だ。


****
その夏の最後のお出かけ。〇〇山。
山の上はもうすっかり秋色で、コスモスがいっぱいに広がってた。

長女と次女は年子だったのだけれど
成長のゆっくりしていた次女は まだ歩くこともできず、
同じくらいの年頃の兄弟なら 
もう一緒に、とてとてと追いかけっこしたり 、
親が二人相手にボール転がして遊んだりできたのに 、
それも叶わなかった。

私たち親が、上手に育てたというよりは、
次女自身が「身体に無理をかけない生き方」を、知っていたかのようだった。
のんびりと、大きな病気もせず 何の心配もかけず 生まれて1年半が過ぎた。
いや、「病気」はいつも傍に控えていたし、心配すべきことは山盛りあったはず・・なんだけどね。

長女はそんな妹の事情を知ってか知らずか、
無理なことはさせず、我がままも言わず、
先天性の心臓疾患を持って生まれた妹の、小さな成長を一緒に喜んでくれた。
この日も山の上で、兄弟や親と遊ぶほかの子ども達の中で
ひとりでただ走り回って「楽しさ」を表現してくれたのを思い出す。
写真を久しぶりに出して見ると、このときの長女の笑顔には
何だか少し無理してる感じがあるのは 気のせいではないだろう。

元気だと思ってた腕の中の小さな次女。
けれど、改めて見たら、やっぱり「健康な1歳」の表情とは
どこか違う。
私はそこから 目を逸らしていたのかな。


9月には入院の予定が入り、
生まれたときからの「予定」であった、手術の日程が決まった。
秋が深まるのを 肌で感じながらの 病院通いが始まり
せっぱつまった思いの中、何とかこの日々を留めたいと感じ、
日記をつけることを始めた。

日記は辛い内容になったけれど、「書くことで癒される」ことに気づかされ、
それが、「創ることで救われる」私のその後に 繋がった。
それこそが、次女からのプレゼントだったと思っている。
ここで、言うね。
ありがとう。
本当に、ありがとう。


写真の中の私たちは、その日からの「先」を知らず
そんな「知らないでいた時間」をそこに留めている。


ひんやりした山の空気を思い出す。
少し切ない 秋の気配のする一枚の写真だ。


Mちゃんの結婚

Mちゃんに 親戚のおばさんがお見合いの話を持ってきた。

相手が4人兄弟の三男坊だってことを お母さんがたいそう気に入って

いちど会うだけ会ってみることになった。

Mちゃんは まだまだ結婚なんて 考えてもなかったんだけどね。

 

写真のそのひとは 有名な真珠の産地の有名な銅像の前で、カッコつけて立っていた。

生真面目な人柄が 全身からにじみ出る感じで

しみじみ見てると なんだかちょっと 笑えてくる。

 

型どおりの レストランでの顔合わせ。

弾まない会話。微妙な空気。

なのに彼の話から たまたま 最近通勤途中で見かける Mちゃんの憧れの人が

彼の会社のひとで、しかも妻子持ちなのが解ってしまった。

 

後は若いお二人で…なんて言われても 気まずいばかりで時間が長く感じる。

思った通りの 地味で大人しい相手だった。

 

こんなもんだね、「次」はもう 絶対にないなぁ。

そう思ってた。 Mちゃんは別に気にもしていなかったんだ。

 

だけど数日後 意外や意外。

「もう一度お会いしたい」と 連絡があった。

 

その日、彼は車を誰かに借りてきていた。

海までドライブ、そして船に乗る、そんなコースを 一生懸命調べて、決めてきているのはバレバレだ。

だけどまあ、風は冷たいけれど いいお天気の日だったし、Mちゃんは 楽しむことに決めた。

上機嫌で 好き勝手におしゃべりし続けた。 彼はうんうん頷いて聞いてくれた。

船の上 あんまり風が気持ちよかったし 遠くの島や鳥の群れ しっかり見たかったから

「私 メガネかけますね、せっかくなのに あんまり見えなくて」

おしゃれでも何でもないメガネを バックから取り出して掛けたんだ。

 

それから数日、あっちから「また連絡していいですか」、って言ったのに

彼からの連絡がない。

やっぱり あんまりだったかな。自分ばっかりしゃべってたし。

楽しくなかったのかな・・・・でも。

そういえば さよならする時にクチュンとくしゃみをした。

風邪でもひいたのかな、何だか心配になってきた。

そういえば 随分薄着だったっけ。

気が付いたら 電話掛けていた。

 

______________________________

 

それから 二人はどうなったかって?

 

そうそう、これは つい最近の話なんだけど

Mちゃんは 家のご主人の机の引き出しから 2枚の写真を見つけたんだ。

あれ、何でこんなところに、そう思って ご主人に聞くと 

ご主人、テレくさそうに言ったんだって。

 

その2枚の写真を お見合いの前に貰ったんだ。

盛装して澄ましてる1枚と ハイキングの格好でスッピンで笑ってる1枚

どっちが 本当のあなたかな、って興味を持った。

 

船の上で おしゃべりし続け メガネかけて 嬉しそうに景色眺めてた

そんな あなたに惹かれたのだ、と。

 

船の上、寒くても言いだせなくて 風邪引いて 会社を数日お休みしてた彼

さよならの前のくしゃみ、電話の向こうで 鼻水すすってた彼

うふふ 私も やっぱり あなたが良かった。

 

2枚の写真は 今でも ご主人の宝物なのだ。

60過ぎて なお元気な 私の年上のお友達である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


巫女が三人

友達と電化製品の話をしていると 彼女がおもしろいことを言う

うちの 洗濯機さ、
ちっちゃい巫女さんが3人いたの
呪われたら 怖いから
やっと 買い換えた


いつもながら 表現力の豊かな子である。


古くなった洗濯機が 
回すたび

シャンッ   シャンッ  シャンッ

と いうんだそうで。


話を聞いていた 別の友人は
「いやぁ、巫女さんって 『呪わ』ないでしょー」

そういうとこで ツッこむか?

でも 洗濯機の中
ちっちゃい巫女さんが3人
鈴振ってる姿は 想像するだけで 笑える。



帰って うちの 洗濯機を 回してみたら
口笛で鳥を呼ぶ おじさんが 住んでいた。

おじさんは 「呪う」んだろうか・・・なんて 考えていると

洗濯も結構 楽しめたのだった。



けっして忘れないこと

(キミたちが、会えなかった  もう一人のお姉ちゃんの 生まれた時の話をさせてね。)


「ウン、生まれたよぉ、元気、元気。
凄く楽だったよ。 ツルンて感じ。
ちょっと小さかったからかなぁ・・
いいよ、いつでも会いに来てね。」

夜中に二人目の赤ちゃんを産んだ。  
その朝、お母さんは浮かれていた。
一人目のときは、長びく陣痛と、酷い出血があったけど、
今回は、朝の自分の元気さに、時間も体力も持て余していた。

産んですぐは、母子別室なので
面会時間に ガラス越しに見に行くだけでいい。
公衆電話の周りをウロウロし、
友達に 出産の報告の電話を かけまくった。
何にも考えてなかったよ。
ほら、お母さんは大事なときには、カンがちっとも働かない。

面会用の小部屋で、看護師さんに名前を言って待つ。
赤ちゃんが連れてこられる・・はずだった。
待ち時間が、長い。
とても、長い。
不安が初めて、心の隅から広がりだした。

別室のガラス越し、保育器の中で、赤ちゃんは 
小さな指をピクピク 動かしていた。
唇の動いている様子も、遠いガラス越しでも、ちゃんと 判る。
そして、思ってもみなかったことを お医者さんは言ったんだ。

赤ちゃんは  いずれ 手術しなくてはなりません・・。
おっぱいを飲む力がつくまで、一日一回練習に来てください。
あとは、哺乳瓶使います。
母乳が出たら、搾乳して持って来て下さいね。
お母さんは予定通り退院できますよ。

何が一番悲しかったかって?
そうね、気が付かなかった事だな。
五体満足でさえあればとか、健康でさえあれば・・・
・・とすら思ってなかった・・
当たり前のように思ってたんだ。
そして、産婦人科の病棟が、
生まれる喜びだけで 満ちているものだと思ってたんだ。
おなかの中で、そんなに頑張ってることなんて、全く知らないで、
生まれてからもあんなハコの中で 唇動かして、
おっぱい待ってるなんて 思いもしないでいた。

自分が情けなくって、赤ちゃんに申し訳なくって 
お母さんはぼろぼろ泣いた。
母子同室になったら使うはずだった、おしり拭きの綿花を 
カットしながら、 ぼろぼろ泣いた。

そのあと、どうしたのって?

そのあとね、お母さん、ひとつだけ決めたんだ。
いいおっぱい、いっぱい作る。
こんなにいらないよって 言われるくらい、
いっぱい搾って 持って行く。
だって それしか、してあげられない。
だから、クヨクヨしてて 
おっぱいが 涸れちゃわないようにするってね。

お母さん、面白いよ、だって、それからはね、
肩で風切って (病院内の廊下だから風は吹かないの)
ノシノシ歩いたんだよ。

怖い顔?

それはしてないよ。だって赤ちゃん、びっくりするもの。



あのときがあったから、今キミたちとこうしている。
だから、キミたちを抱きしめる。
思い出と一緒に抱きしめる。



今でも ときどき、思い出す。ノシノシ歩いてた若い自分。
少しずつ話すから・・また、聞いてね。


鈍感だったことに救われたのかもしれない

その病棟には 結構重い病状や長期入院のこどもたちがいて
有名な専門病院だったので家が遠方の子もいて、
母親はアパートを借りて看病にあたってたり
その夏着ることがないかもしれない、水着や麦わら帽子が
ベッドのそばに飾ってあったり
寝巻きばかりじゃかわいそう・・と思うのか、かわいい部屋着を着ているこどもや 
髪飾りでいつもおしゃれさせてもらっているこどもがいた。

6人部屋の廊下側にうちの子は入った。
入った次の日、面会&昼ごはん食べさせに行くと、一番窓側の
お母さんが、なにやら探している。
聞くと 「ブランドものの」(と 彼女はそこを強調した)パジャマがなくなったという。
彼女は目立つタイプの美人のお母さんだった。
新参者の私にも気軽に声を掛け、最初にあいさつした日も看護婦さんたちに囲まれて談笑していた。

一度目の入院で必要だったので また要るのかと持って来ていたフタつきのバケツ、
今回は不要だったので ベッドの下に入れていたのだが、
数日後その中をふと見ると、なんと入っていたのだ。その「ブランドもののパジャマ」が。

あれ、ここにあるの そうじゃないですか?
アレ ソンナトコにアッタのね、ヨカッタ。アリガトウ。
そんな風な会話だけ したと思う。

結局 病院になじむ間も 人間関係を把握する間もなく
手術の日が来て、その後の事情で
私は病院に通う必要がなくなってしまった。


今考えるに いや、考えたくはないのだけれど・・
誰かが誰かに対して、なんらかの
悪意を持っていたのかもしれない。
だとしたらターゲットはいったい誰だったのか
何が誰を 傷つけたのか
誰が何で傷ついていたのか
傷ついた誰かが何をしたかったのか

たった一日のこと、自分と子どもに まず思い当たるふしはない。



今思い出しても なんとなく 解答を求めたくない
鈍感のままで 過ごしておきたい話・・なんだな。



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