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 すぐにセンターへ戻るはずだった。
 踏み台なんて一瞬で終わる。ぼんやりと留まってしまったのは、初めて移った別の端末が、なぜかとても居心地が良かったからだ。センターへ戻った時とも違う、不思議な高揚感がある。
 タイミングを逃した僕を、ただの通りすがりの彼は、ついでだからと壊れた端末と共に、近くのショップへ連れて行ってくれた。
 本体がここまで壊れてしまうと、直しようがない。きっと新しいものに替えないといけないだろう。ショップから連絡が行くとは思うが、そもそも彼は、僕の事を探しているだろうか。恐らく連絡がつく前に、僕との契約は打ち切る旨のデータが流れてくることは予想できる。
 途中で歩みを止めてしまった僕に気づいて、彼が立ち止まる。
 普通は逆だ。僕は立ち止まったりしてはいけない。借宿とはいえ、主体はこの人にあるのだから。
「どうした?」
「……必要ないんだ」
 今度はちゃんと歪んでいない声が出た。そういえば身体も、形を作れていて軽い。
 でも、もうすぐ僕の仕事は終わる。いや、もう終わっている。
「僕は必要とされていない」
 だから壊されて放っておかれた。今更、戻っても数日後には廃棄されるだけだ。
 僕にはどうしようもないことだと分かってはいる。いつものように淡々と受け止めればいい。そう思うのに……。
 もう少しで僕は、本当に消えてしまう。センターに、戻る場所もなくなる。
 よく分からない気持ちで一杯になった。

 不意に頭へ何かが触れ、驚いて顔を上げると、目の前の男が掌で僕の髪をくしゃくしゃと軽くかき混ぜた。
「そんな顔するなって」
 僕は、今どんな顔をしているのだろうか。
 内部のプログラミングは経験を重ねるごとに複雑になっていくため、すでに自分でも細かい感情の意味までは、はっきりと把握しきれない。ただ、こういう触れられ方はされたことがなくて、戸惑う。
「お前の持ち主が探してなかったら、手続きしてもらって俺がこのまま引き取ろうと思うんだけど、どう?」
「どうって……僕、を?」
 何かの聞き間違いじゃないかと思った。
 なぜ、必要とされていない僕を必要とする人が居るのか、わからなかった。
 彼はからかっている様子でもなくこちらを見ている。捨てられたことがはっきりすれば、僕には断る理由がない。
「欲しかったから、ちょうどいいなと思ってさ。さっきもすぐにショップの場所がわかって便利だったし、お前一生懸命で可愛いし。もちろん電話番号とかデータ関係の記録は消して貰うことになるけど、記憶は残してもらって。悪い話じゃないだろ?」
「……普通は、全て消去します」
 前の持ち主の痕跡が残るようなことは、嫌がるものなのではないだろうか。それとも、この人の考え方が特別なのだろうか。
 必要とされない僕を必要としてくれるのだから、特別……というか、どちらかというと物好きなのかもしれない。
「知ってる。でもあって困るもんじゃない」
「持ち主が困らないというのであれば……」
「ならオーケーだな。大事にするよ。……まぁ、まだ元の持ち主のモンだから気が早いか」
 笑いながらもう一度、頭を撫でるようにして、僕の手を引き歩き出す。
 どう返事をしたらいいのか、わからない。今までの環境と違いすぎていて、対応に困ることが多すぎる。
 それでも、僕を必要としてくれている人がいるのなら、僕は……。
「……こんだけ壊しといて手放さないとか言われたら、うっかりケンカになりそうだな」
 ぼそりと呟くような不穏な言葉は、聞き間違いでも、風がノイズになって起こる空耳のせいでもなく、この手を繋いでいる相手からのものだった。
 驚く僕に、なんでもないと笑って誤魔化したその人の元へ、僕は3日後、正式に戻ることになる。 

奥付



ひとりと、ひとつ。(T-02M)


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著者 : 深川ねずみ
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