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 昨晩、酔っ払った持ち主によって壊された僕は、日が昇ってしばらくしても細い路地裏の片隅に放り投げられたままだった。
 本体の端末は、すぐ近くで細かい部品をアスファルトに散らかしたまま転がっている。
 実体化する機能が生きていれば、端末を拾って自分で歩き、ショップで修理ができる。通信機能が使えれば、データだけでもセンターへ戻れる。そのどちらもできずに僕は途方に暮れていた。

 上手く形を作れない掌が、時々ざらざらとした細かいモノクロの砂状になって消えては現れる。路上に座り込んだ僕の身体のあちこちも同じようになっていた。
 こうして姿を可視化していられるのも、時間の問題だろう。
 夜中、ネオンで賑わっていた歓楽街の路地裏は、今はもうすっかり静まり返っている。しかもマップを最大に拡大しないと表示されないこの通路は、滅多に人が通らない。今でさえ人目に付かないのに、僕が消えてしまえばきっと気付かれることはない。
 最後にセンターへアクセスしたのは、一昨日の夜だ。昨日の合コンで僕の持ち主が聞きだして登録したアドレスは、このままだと消えてしまう。

 こういうことは、よくあった。
 物の扱いが荒い人だから、何度も本体の端末をいろいろな所へぶつけられたし、水没もした。高いところから落とされたこともあった。防水機能があるとはいえ、タフネスタイプでもないのに、どうしてこうも雑に扱えるのか分からない。
 加えて、僕のことが気に食わないらしい。どこまで端末を壊せば、僕が消えてしまうのかなんてことを試したりしていた。それなら早く機能を外してしまうか変更してしまえばよかったのに、オプションで付けた僕を変更するのは手間がかかり、面倒くさいと話していた。
 端末に衝撃が加わっても、例え実体化した僕が殴られても、痛いという感覚はないし、怪我もしない。気分のいいものではないけれど、僕たちに選ぶ権利はない。僕たちは、選ばれてはじめて存在できるものだから。
 できることといえば、頻繁にセンターへアクセスしてデータを保存するくらいだ。もし仮に壊れて消えてしまったとしても、その時までの僕には戻ることができるし、機種変更で僕の人格を外されてしまっても、データだけは引き継げる。
 朝起きて、僕がいなくて困ってはいないのだろうか。それとも、僕がいなくてせいせいしているのだろうか。酔っぱらって記憶を無くすタイプではなかったから、僕を壊して捨てたことはきっと覚えているはずだ。
 拾いに戻ってくる……だろうか?
 そんな可能性なんて、少しもないことは分かっていた。今日中には、新規で契約する可能性の方が――。

「動けないのか?」
 突然掛けられた声に顔を上げる前に、相手の顔が近くまで下りてくる。
 通りすがりの善意なんて、こんなところに都合良く現れたりしないと思っていた。僕はこのままここで一度消えてしまうまで、じっとしていないといけないのだと思っていたのに。
 僕の向かいにしゃがみ込んだ若い男が、足もとでバラバラになっている端末を見て眉をひそめた。
「……あー、こりゃ酷いな」
「店まで、連れて行って、もらえますか」
 汚い声が出た。耳障りなノイズ混じりの音。本当はこんな声じゃない。
「それはいいけど、これ動かしたら余計壊れそうだぞ。通信機能もダメなのか?」
 持ち上げればますますバラバラになりそうな端末に躊躇するように手を伸ばし掛けてやめ、周りの小さなパーツを拾いながら尋ねられて、僕は頷いた。
「センターに戻れません」
「赤外線は? もし使えるんだったら、こっちを踏み台にして戻ればいい」
 拾い集めたパーツを僕の端末の近くに置き、彼はポケットから深い緑色の端末を取り出した。デュアルタイプのそれは、僕のような機能を付けることも、付けておいて使わないことも可能なもので、どちらかというと珍しい。
「でも……」
「お前みたいなのはいないよ。これなら確か、こっちが認証を出せば移って来られるんだろ?」
 赤外線通信なら、なんとかなりそうだった。それに彼の言うとおり、僕と同じ機能がないのであれば、ぶつかり合うこともなく踏み台にはできる。
 ただ、僕が端末を移るということは、その端末の中身も僕に全て見られてしまうということだ。あくまでも僕はこちらの端末に紐付けされた存在だから、こちら側のデータは見せることはない。でもやろうと思えば、あちらのデータを全てコピーすることも可能だった。
「セキュリティ上、良くない」
 まだ躊躇している僕へ向けて、彼が赤外線の受信ボタンを押す。
「見られて困るようなモンは入ってないし」
 笑いながら促されて、仕方なく僕は彼の端末へと身を寄せた。

 すぐにセンターへ戻るはずだった。
 踏み台なんて一瞬で終わる。ぼんやりと留まってしまったのは、初めて移った別の端末が、なぜかとても居心地が良かったからだ。センターへ戻った時とも違う、不思議な高揚感がある。
 タイミングを逃した僕を、ただの通りすがりの彼は、ついでだからと壊れた端末と共に、近くのショップへ連れて行ってくれた。
 本体がここまで壊れてしまうと、直しようがない。きっと新しいものに替えないといけないだろう。ショップから連絡が行くとは思うが、そもそも彼は、僕の事を探しているだろうか。恐らく連絡がつく前に、僕との契約は打ち切る旨のデータが流れてくることは予想できる。
 途中で歩みを止めてしまった僕に気づいて、彼が立ち止まる。
 普通は逆だ。僕は立ち止まったりしてはいけない。借宿とはいえ、主体はこの人にあるのだから。
「どうした?」
「……必要ないんだ」
 今度はちゃんと歪んでいない声が出た。そういえば身体も、形を作れていて軽い。
 でも、もうすぐ僕の仕事は終わる。いや、もう終わっている。
「僕は必要とされていない」
 だから壊されて放っておかれた。今更、戻っても数日後には廃棄されるだけだ。
 僕にはどうしようもないことだと分かってはいる。いつものように淡々と受け止めればいい。そう思うのに……。
 もう少しで僕は、本当に消えてしまう。センターに、戻る場所もなくなる。
 よく分からない気持ちで一杯になった。

 不意に頭へ何かが触れ、驚いて顔を上げると、目の前の男が掌で僕の髪をくしゃくしゃと軽くかき混ぜた。
「そんな顔するなって」
 僕は、今どんな顔をしているのだろうか。
 内部のプログラミングは経験を重ねるごとに複雑になっていくため、すでに自分でも細かい感情の意味までは、はっきりと把握しきれない。ただ、こういう触れられ方はされたことがなくて、戸惑う。
「お前の持ち主が探してなかったら、手続きしてもらって俺がこのまま引き取ろうと思うんだけど、どう?」
「どうって……僕、を?」
 何かの聞き間違いじゃないかと思った。
 なぜ、必要とされていない僕を必要とする人が居るのか、わからなかった。
 彼はからかっている様子でもなくこちらを見ている。捨てられたことがはっきりすれば、僕には断る理由がない。
「欲しかったから、ちょうどいいなと思ってさ。さっきもすぐにショップの場所がわかって便利だったし、お前一生懸命で可愛いし。もちろん電話番号とかデータ関係の記録は消して貰うことになるけど、記憶は残してもらって。悪い話じゃないだろ?」
「……普通は、全て消去します」
 前の持ち主の痕跡が残るようなことは、嫌がるものなのではないだろうか。それとも、この人の考え方が特別なのだろうか。
 必要とされない僕を必要としてくれるのだから、特別……というか、どちらかというと物好きなのかもしれない。
「知ってる。でもあって困るもんじゃない」
「持ち主が困らないというのであれば……」
「ならオーケーだな。大事にするよ。……まぁ、まだ元の持ち主のモンだから気が早いか」
 笑いながらもう一度、頭を撫でるようにして、僕の手を引き歩き出す。
 どう返事をしたらいいのか、わからない。今までの環境と違いすぎていて、対応に困ることが多すぎる。
 それでも、僕を必要としてくれている人がいるのなら、僕は……。
「……こんだけ壊しといて手放さないとか言われたら、うっかりケンカになりそうだな」
 ぼそりと呟くような不穏な言葉は、聞き間違いでも、風がノイズになって起こる空耳のせいでもなく、この手を繋いでいる相手からのものだった。
 驚く僕に、なんでもないと笑って誤魔化したその人の元へ、僕は3日後、正式に戻ることになる。 

奥付



ひとりと、ひとつ。(T-02M)


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著者 : 深川ねずみ
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