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連載

新連載(不定期)「お前、悩んでんだろ?」第一回 弦楽器イルカ、オパーリン

題字 弦楽器イルカ

 

『お前、悩んでんだろ?』 企画趣旨

悩み多き(と勝手に判断した)芸能人等のお悩みを、(頼まれてもいないのに)自称伝道師※が愛情を持ってときに厳しく解決するコーナー。

※伝道師(でんどうし) 1、キリスト教の聖公会・プロテスタントの教職の一つ。2、転じて、他人に何事かを熱心に勧める人。

今月の被害者

M嶋Hロ

略歴(ウィキペディアより抜粋)

父親の仕事関係で、幼少時代から小学校卒業までスイスのチューリッヒで過ごしていた帰国子女。中学入学にあわせ帰国。中・高ではサッカー部に所属し、高校3年生のときに出場した全国高校サッカー選手権大会ではレギュラーのMFとして活躍、ベスト4に進出。高校卒業後はK應義塾大学に入学。在学中、先輩からモデルの仕事を紹介され、その後、俳優としてドラマ・映画などで活躍。2010年10月、第5回Pプラ社小説大賞を受賞。

 

伝道師①:弦楽器イルカのススメ

 

 知ってたよ、悩んでたの。あたしずっと見てたから。ヒロくんてさ、誤解されやすいんだモン。片時も目が離せなくて。

 あんなに一生懸命やってるのに、みんなやっかみでひどいこと言うよね。受賞自体かなりアレな上に一年以上経っても次回作なしとか、そのくせなぜか携帯ゲームのCMに似合わない金髪で登場とか、そういう誹謗中傷する人が逆におかしいよ。俳優として一流ってだけじゃなく、クリエイターとしても現世を超越してる、しかもあんな病気持ちで足手まといな絢香の面倒まで看て、完璧すぎる男性だからみんな嫉妬してるんだよ。ヒロくんはもう無理しないで、文学者なんだから絢香の収入でヒモになるくらいがちょうど、むしろ勲章だよ! 絢香なんてげっそりやつれるまで働かせばいいのよ、あの泥棒猫が!

 あ、ごめん、ちょっと高ぶっちゃった。これいつもの心の病いだから気にしないで。お薬飲んだら治るから。

 それよりサッカー日本代表の長谷部キャプテンとの対談、お互いにこれからの日本を牽引しましょうって激励し合ってたアレ、すっごくカッコよかった。やっぱりこれからの日本文学界、いえ、日本文化そのものを引っ張るのはヒロくんしかいないって、あたし確信。遂にan・anの国定重要文化財に指定したい男性NO.1決定だね! 文化勲章を与えたい男性と二冠達成間近かな? いやもうそんなんじゃチープすぎて逆に恥辱だね。あたしがあれするああいう人ならヒロくんもうあっち側の人間だよ。文化勲章あげる側の人間であらせられる感じの御方だよ。

 おっとイケナイ、ついつい感情移入しすぎて企画の趣旨から脱線しちゃった。ちゃんとヒロくんの悩みを最後まで解決してあげなくちゃ。めんごめんご。

 というわけで、庶民どもがもう一度ヒロくんの足元にひれ伏し崇め奉る本来の立場に戻りたいって悩みだよね。もう今みたいなペテン師扱いや失笑、蔑視や罵倒、唾吐きや村八分の対象に甘んじることに我慢ならないんだよね。うん、大丈夫わかってる。あたしが見事解決してしんぜよう、お任せアレ!

 まず見た目から変えよう! ゴッホも死んでからって言われるくらいだから、ヒロくんなら三千年後くらいにやっと時代が追いつく感じ? だからもっと庶民どもの目に留まるようにさ、全裸に花いこう。しかもホラ音に反応するあの昔流行った、フラワーロックだっけ? ヒロくんのありがたいお話をいつだって頷きながら聞いてくれるアレを陰部に飾ろうよ。それで週刊誌に『水嶋ガガ、御乱心?!』って取り上げられるまでやろう、それ。ヒロくんに一番似合う場所はそこだから。あたしわかってる。

 あ、今思いついた。ついでに黄色い紙とか財布の中入れとこ。っぽいから。そういうの開運っぽいって今、単なる思いつきだけどとりあえずやってみよ。何事もまず形から。

 でも形だけじゃダメだよヒロくん、先走らないで。右往左往するのいつもの悪い癖だゾ! 内面も変えなくちゃ。内面を変えるためにまず出家しなくちゃ。ストイックなヒロくんのイメージ貫いて剃ろうよ頭髪を。でも頭髪だけじゃストイック感足りないかな。やっぱヒロくんも物足りないよね、もっとギリギリだモンねいつものヒロくんは。

 あ、去勢するか。チンコ取っちゃお。中性的な美青年から本当の本物へ、大人の階段駆け昇ろうよ。オカマじゃないのに去勢した世界初の中性作家として、それとは別に関係ないミステリー風コメディー小説でベストセラー目指そうよ。

 ま、現状考えうるベスト・アドバイスはこれくらいかな。今の腐ったミカンみたいな状況からこれで間違いなく脱出できるよ。頑張って! 御礼は出世払いだからね! バイちゃお!

今月のアドバイス・まとめ

チンコ 切って 出直せ!

 

伝道者②:オパーリンのススメ

 

 悩める斉藤智裕氏へ。頼まれてもおらんが、貴方の悩みを解決することになったので、読んだよ。貴方の処女作『KAGEROU』、もちろんブックオフにて100円で買った。茨城県の田舎のブックオフで買ったのだが、そんな田舎でも、貴方の処女作は100円コーナーに5冊も6冊も置かれていて、通常のコーナーには一冊もなかった。

 同時に根本敬の『因果鉄道の旅』を買ってしまったために、そちらばかり先に読み進み、『KAGEROU』は中々読み始めることができなかったのだけれど、いざ読み始めると、スルスルリとものの2、3時間で読み終えることができた。

 まず感想を述べる、それが作家への礼儀でもあろうからね。実のところ読む前は、貴方およびにその小説に対してかなりネガティブな思いを持っていた。けれど、読み終わって第一に感じた印象としては「なかなかに面白い」というものであった。素直にそう思ったよ、もちろん数多くの改善点もあるのだけれど。

 もう少し詳しく書く。まず、小説のアイディアというか話のネタは面白かった。あのレベルのネタを量産できるんなら、貴方は今後も十分作家としてやっていけるんじゃないかと思う。次に文章の質、初めて書いてあんなもんなら上出来でしょう。軽い、って感じはするけど、重複したり、まどろっこしかったりというのは感じなかったので、スラスラと読めて読みやすかった。今後、貴方がどういう方向に進みたいのかにもよるけれども、まあ、悪くはないと思うよ。

 はい、誉めはここまで、ここからは改善点について。まずね、話を急いで進め過ぎちゃった感があるね。所々、描写の不足を感じる。何もそれは文字数を増やせって言いたいんじゃなくて、行間で語るというか、何というか、難しいけどさ、描写に厚みが足りないと思うよ。

 例えばヒロイン。あっさりし過ぎだね。「魅力的」なのは分かるんだけど、「どう」魅力的なのか、がすっ飛ばされちゃってる。あれじゃ、「ただ不幸で美しいだけのヒロイン」っていう凡庸な「キャラ」で終わっちゃっている。もっと、具体的な描写を加えて「人物」にすべく肉付けしていった方がいい。例えば、そのヒロインは「指の爪を噛む癖があって、爪の形がギザギザな上に、もうほとんど爪は残っていなかった」とかさ。一つ「イビツさ」を付け加えれば、他がより際だつ。小説は映画じゃないから、「美しい」って言っただけじゃ何も伝わらんのよ。具体を積み重ね、行間で語らんと。と、偉そうに書いてるけど、俺もそれができている訳ではないだろうから、貴方もこれから頑張りなさいという話ね。

 で、これまた話の「すっ飛ばし」への叱責なんだけど、ヒロインと主人公が恋するに至る過程、すっ飛ばしすぎ。恋いに至る「きっかけ」の「仕掛け」はすごく良かったと思うんだよ。それだけにその後のスカスカ具合が余計気になる。小説の構造的に「一瞬一瞬」「ひととき」がすごく大事になってくる恋なんだから、そこにもっと描写を、時間を注がなきゃ。なんかね、小説全体を通しての感情の起伏というか、感情の濃度が均一で、ムラが無さ過ぎるんだな。もっと、小説内の時空間を自在に操って、ヒロインとの大切な「ひととき」をこそ極大に引き延ばす様にして書かなきゃ。「へぇ」で終わっちゃうよ。

 あと、最後にね、あの連発されるダジャレ、いらないと思うよ。単純に「異物」にしか感じられない。

 とまあ、以上が僕の感想なんだが、あれだよね。貴方の悩みを解決してあげなきゃならないんだよね。分かった、やってみよう。

 貴方の悩みは2つあるとみた。「読んでもないのに僕の小説の悪口を言う奴が多い」と「次の小説が書けない」だろ。それぞれに解決策を提示していこう。

 まず、「読まず嫌い」対策。これはねえ、まず全員に好かれる事は不可能だと認識する必要がある。で、貴方の小説を好きな人がたった一人であっても、その人のために小説を書き続ける覚悟はあるのか、と言うことになってくると思うよ。ないなら、タレントに戻りなさいな。中途半端が一番見苦しいぜよ。ちなみに、その「一人」って言うのは「貴方自身」の事だからね。

 次、「次作が書けない」について。たぶん貴方は「良いものを書こう」とし過ぎだよ。作家って言ったって、ピンからキリまでいる訳だしさ。今からドストエフスキーになりたいっていうのはちょっとキツいかもしれないけどさ。貴方の敬愛している辻○成だっけか、あれぐらいだったらね、まあね、うん。現時点で俺はもう目指す人変えた方がいいんじゃない、って思うよ。

 つまりさ、何が言いたいかっていうとさ、肩肘張らず、もったいぶらず、地道に書けってことさ。以上。

今月のアドバイス・まとめ

チンコ 切って 出直せ!

 


完結「日本海が見たい。‐事後処理変‐」 オパーリン

 時は2011年11月18日、早朝。財布をなくし、一期一会の人達の親切に「乞食がごとく」すがりまくったあの日から早くも1週間が経った。僕は池袋でバスを待っていた、手には「東京ばなな」を3つぶら下げて。恩人たちに恩返しに行くのである。

 千曲バス、池袋発上田行き、始発、に乗り込み、数時間(3、4時間だった気がする)。昼頃に上田駅に着き、しなの鉄道に乗り換え、田中駅。以後徒歩で東御市役所付近のガソスタへ。

 恩人③、ガソスタの店長と再会し、丁寧に礼を述べ、東京ばななを渡し、預かってもらっていた原付を引き取る。事務所にてしばし歓談。「俺の若い頃はな」と前回と同じ話を聞く。ガソリンを満タンに入れ、何度も何度も礼を言い、それでも感謝の気持ちは言い尽せない程。後ろ髪をひかれつつも「また来ます!」と次の恩返しへ。

 恩人①、当直のおじいさん。東御市役所に行くも、当直のおじいさんはその日は当番ではなかったらしく、受付には別の人が。仕方なく、彼の自宅に電話をし(ガソスタの店長に聞いておいた)、丁寧に礼を言った後、受付の人に「渡しておいてください」と東京ばななをおいて、次の恩返しへ。

 恩人④、観光案内所のおばさん。再び上田駅に向かい、観光案内所へ。が、受付にいたのは別のお姉さんっぽい恰好をしたおばさんだったので「○○さんはいらっしゃいますか」と聞くと「午後3時までいません」との事。上田城に行って時間をつぶす。それでも時間が余ったので、駅構内の「おぎのや」で天ぷらそばを食べる(釜飯は高いので)。やっと、午後3時。無事、恩人④に会い、借りたお金を返し、土下座せんばかりの勢いでお礼を言い、利子を払う代わりに東京ばななを手渡し、恩返し完了。

 全ての恩人達に恩を返し終わったので、帰宅。と、ここまで書いていなかったが、その日は土砂降りの雨であった。僕の乗り物は「武ちゃん(原付)」である。その後10時間強、雨が止むことはなかった。本当は、その時僕がどれほど辛かったか、寒かったか、詳細に書きたいところだが、何故か、その時の記憶だけが僕の頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちている。雨の中、武ちゃんに跨り上田駅を発った所までは憶えている。が、その次の記憶は、翌日の夜中にパンツ一枚で布団にくるまって目覚めた時のものである。二階の部屋から降りて、外に置いてある武ちゃんを確認すると、チェーンカバーが無くなっていた。

 

 以上、一連の原付一人旅の模様を書き記したが、この旅を通じて僕は何を得たのだろうか。上手く言い表せないが、失ったものは明確である、なけなしの金、武ちゃんのチェーンカバー、一人旅への幻想、である。得たものは、何なんだろう。分かった事ではあるが、世の中にはどこぞの馬の骨とも分からない人間に何の見返りも期待せずに親切にしてくれる物好き、ではなくて素晴らしい人達が沢山、かどうかは分からんが何人かはいる、という事である。かといって、初めからからそれをあてにして無茶をしていいという事では、決してない。そんな事をしたら罰が当って痛い目を見る事は必死である。そもそもの話、僕が財布を無くしたにも関わらず、幾人もの親切な人に助けられたのは、一重に僕の純真無垢な心、その結果としての日々の行いの賜物である。並大抵の人が僕と同じ境遇に陥ったとしても、野垂れ死ぬのが落ちである。決して真似してはいけない。

 結論、日本海は遠い。もう二度と原付で旅などしない。

 

                         完

 


新連載(小説)『生き恥を、晒して足掻く、私かな』 オパーリン

 

1、「つまらない話」

 

 僕は今、新聞記事を切り抜いている。就職を控え、新聞社を受験しようと考えているから、そのためのお勉強をしているのだ。しかし、新聞は毎日毎日届けられ、休むことを知らない。一方で記事切り抜き人である僕の方は休んでばかり居る。一ヶ月分ほど溜まってしまった新聞紙の山が、散らかった部屋の真ん中に積み上がっている。その固まりが「早く読め」「お前はサボっている」と僕を威圧する。

 世の中で起こった出来事の山の威圧に、僕は少しウンザリしながらも、僕は「気になった」記事を、「重要な」記事を切り抜いていく。気になった記事、重要な記事。社会保障、格差、北朝鮮、原発、等々。果たして、それらの出来事が僕にとってどれほど「気になる」事なのか、どれほど「重要な」事なのか、それは考えないようにしている。実際のところ、それらは僕個人にとって、大して「気になる」ことでもなく、「重要な」ことでもないからだ。おそらく、街を歩く見ず知らずの可愛い女の子の短いスカートの中身の方が、僕にとってはよっぽど「気になり」「重要な」懸案である。

 つまり、僕には新聞記者という仕事は向いていないのだろう。記事を切り抜きながら、僕はそのことに感づいてしまっている。が、特に他に向いている仕事がある訳でもないので、僕は黙って切り抜きを続けている、深夜三時。

 向いている、向いていないという問題の前に、僕はあまり働きたくないのだと思う。リクナビやマイナビに並んでいる様々な会社の紹介を見ても、ちっとも「働きたい」と思わないのだ。どの会社の紹介も、自分の会社について美辞麗句を並べ立て、「うちは素晴らしい会社です」と謳っている。「我が社にはどこよりも「成長」できるフィールドがあります」とかさ。僕は「成長」したいとは思わないので結構です。会社の方も「あなたの様な方は結構です」というだろうが。利害一致である。

 しかし、そんなことを言っていても、働かなければ飯が食えず死んでしまう。「俺は働かないという信念を貫いて死んでやる」というほど肝が据わっているわけでもないので、何かしらをして働かなければならない。どうせ働かなければならないのなら、できる限り嫌じゃない仕事がしたいと思うのは人情であろう。幸い僕は文字を書くことはそれほど嫌いではない。むしろ、なかなか好きな好意である。というわけで、僕は新聞記者を志す事になったのである。かれこれ半年ほど前の事である。

 それからというもの、僕は新聞を取り、毎日とはいかないまでも読むようになった。当然の事ながらその結果として、多少は世の中で起こっている出来事について把握するようになった。ここで問題が生じた。僕が世の中の出来事について知ったところで、どうにもなりやしないのである。世の中は知らぬ顔をして僕に出来事を届ける、が僕の方は世の中に何も届けない。完全なる一方通行なのである。コミュニケーションが成立していないのである。このことが、僕が切り抜きをつまらないと感じる理由の最たる所である。「やりがい」というものが全く感じられないのである。

 そしてそれとは別にもう一つ、僕が新聞記者を志すにあたって大きな問題がある。それは現在の僕の身分である。現在僕は生物学を専攻する大学院修士課程の学生である。つまりは畑違いなのである。そして、この「畑違い」という要素は、僕が新聞記者を志すにあたって、不利に働くことはあっても決して有利に働くことはないであろう。畜生め、初めから新聞社を目指すと分かっていたならばメディア論でも選考しときゃ良かったものを。と悔やんでみても後の祭り。仕方があるまい。

 と、ここまで書いてきた通り、現在の僕を取り巻く状況はあまりよろしくない。しかし、世間一般で「ブラック」と呼ばれているような会社に就職し、死ぬまで社畜として虐待されるような事になってしまっては、もっとよろしくないので、あまり贅沢を言ってはいられない。身の丈にあった落とし所を探す。これが僕が今までの23年間の人生で学び取った教訓である。

 

 さて、ここまでは現在僕が置かれている現状について書いてきて、早くも書き終わってしまった。書いてみるとあっけないものである。しかし、この現状、あまりに夢がない。つまり、全然面白くない。書いている自分が面白くないのだから、読んでいる貴方がもっと面白くないと感じるのは当然であろう。別に、貴方達つまらない思いをしていようと、いっこうに構わない。読むのをやめればいい、ただそれだけのことなのだから。

 問題なのは、書いている僕がつまらないということである。せっかく切り抜きという僕の将来にとっては非常に大切な作業を中断して書いているのだから、せめて僕ぐらいは楽しい思いをしなければ割に合わない。まあ、退屈極まりない切り抜きをしなくて済んでいるというだけで、十分に書いている価値はあるのだけれども。そこは、あれだ。僕は快楽主義者である。どうせのことならば、脳味噌から汁が出る位の快楽を味わいたい。

 というわけで、ここからは書いている僕が「気持ちのいい話」を書いていくことにする。しかし、一つ注意していただきたいのは、僕の快楽と貴方の快楽が必ずしも一致するわけではないということである。いや、一致することなどほとんど無いのかもしれない。なに、さりとて大した問題ではあるまい。読んでいてつまらなければ、即座に読むことをやめてしまえばいいだけの話である。僕には好きに書く自由があり、貴方にはやめる自由がある。まったくもって結構な関係ではないか。

 本来ならば早く「気持ちのいい話」を書き始めたいのだが、今「好きに書く自由」という言葉が出てきたので、つまらないついでにもう少しつまらない事を書こうと思う。

 僕にとって新聞記者があまり魅力的に感じられないもう一つの理由がこの「好きに書く自由」と関係している。これはいくつかの新聞社の会社説明会とやらに参加して分かったことなのだが、どうやら新聞記事は好きに書いてはいけないらしいのだ。その理由について記者達は「社会の公器としての責任」だとかなんとか言っていたのだが、僕にはとうてい理解に苦しむ理由だったので忘れた。要するに真実かつ公正中立でなければならず、その上で読者が、つまりは貴方が「あー、役に立ったなぁ」と感じるようなものを書かなければならないのだそうだ。まったくもってけしからん。

 以下、けしからんと感じる所以について書く。まず、真実、公正中立。これは全知全能の神以外には不可能。オナニーを覚えたばかりのガキでも分かることでしょうが。そう思って僕は記者にその旨を「質問」してやった「無理だろう、普通に考えて」と。そしたら「確かに無理ですが、それを目指して常に自問自答することが記者の使命です。」と答えた。なら初めからそう言えよ、と思った。無理だと分かっているくせにその無理なことを大義名分として掲げてしまっている時点で、もう「嘘」ついてんじゃんか。そういう人は「真実」なんて目指す資格無いだろ。

 次、読者の満足。これはさっきの「真実、公立中性」と関係してくるんだが、読者といっても色々いると思うんだわ。分かりやすくするために具体例でも挙げるか。例えばねぇ、天下りでいいか。仮に国家公務員の天下りを暴いて批判したとする。すると、国家公務員じゃない人、つまり国民は「ふざんな」とか「役人め、死にさらせ」とか思って、まぁ概ね「役に立った」と感じるだろう。ところが、だ。バラされてしまった国家公務員はその記事についてどう思うだろう。きっと「余計なことしやがって」とか「家のローンが残ってんだよ」とか思って、決して「役に立った」とは感じないだろう。つまり、みんなの「満足」なんて土台不可能なのだよ。

 また、この記事を書いてしまった時点で、その記者は「国民」の味方をし「国家公務員」の敵になっている。はい、「公正中立」はどこにいったんだろうか。そう聞いたら記者はきっと「私は正義に基づいて書いたのだから、公正中立である」とか何とか、それらしいことを答えるだろう。しかしだね、記者よ。万人にとっての「正義」なんてものを誰が決められるんだろうか。無理だよね。じゃあ、百歩譲って「大多数の承認を受けた正義」があったとする。で、記者君はそれに基づいて書いたとする。でも、それって、その「大多数」から漏れた人からしてみれば正義でも何でもないわけでしょう。ただの弱いもの虐めと何が違うんだろうか。

 と、長々とあら探しのようなことをしてしまったが、要するに僕は「好き勝手に書くこと」以外の書くことは好きではないし、「真実、公正中立」に書くことについてもそれによって「万人の満足」をゲットする事についても、責任は持てないのである。

 「じゃあ、記者目指すな」という事になってしまうのだろうが、それについてはこの(今までのところつまらない)文章の序盤に「それ以外はもっとつまらない」という消去法で志望せざるをヘない旨のことを書いているので、気になった人はそこを読み直してほしい。

 

つづく