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はじめに

 幸いなことに、前版がそれなりに参照されたようで(閲覧数は3000を超えた)今回、改訂作業にはいることにした。

 ただし、前のバージョンがどちらといえば、カウンセリング礼賛・普及のニュアンスがあったのに対し、今回は非医療職のカウンセリングのネガティブな側面も取り上げる。

 私事になるが、著者は都内でメンタルクリニックを開業した。このとき、心理カウンセラーによるカウンセリングサービスは始めから念頭になかった。なぜなら、私の開業形態では、患者さんに対するメリットがあるとは思えなかったからだ。

 私のクリニックでは、おおむね、医師が初診に1時間、再診でも10分~30分の診察時間をとれるように設定した。通常のメンタルクリニックのカウンセリングが保険非適応で30分~60分で実施されているから、治療にかけられる時間という点では遜色ないし、患者さんに対する経済的負担という点は大きな差がある。

 さらに、開業するまでの間、複数のメンタルクリニックで働いた経験から、現行のカウンセラーのサービスは、サービスの質という点で経験の積んだ医師がおこなう精神療法に勝っているととても思えなかったからだ。実際、精神科医になってからというもの、組んでよかったなと思えたカウンセラーは、(これまで何十人ものカウンセラーと関わりを持ったが)わずか数名ほどであった。

 質が担保されない(ように私には思えた)以上、開業計画段階で早々と見切ったというのが、本音である。

 もちろん、なかには、医師など医療職と適切な連携を保ち、効果的な心理療法を実施し、心理テストの結果分析など有益な情報を提供してくれる心理職の方もいるわけで、本マニュアルは(前版と同様)、このようなレベルを目指す人々の指針になるよう意図している。

 だから、本書の目的は、医療職であれ心理職であれ、現場でメンタルケアを実施する人の実践的なマニュアルを目指すこと、といえる。

 

平成25年12月23日 著者


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診立て

 予診時に診立てをおこなう。診断ではないので、大ざっぱなものでかまわない。私が診断時に念頭においている主な診断カテゴリーは以下のようなものだ。

 

・統合失調症圏(精神病圏)…統合失調症、妄想性障害など

・感情障害圏…うつ病、躁うつ病など

・神経症圏…抑うつ神経症、不安神経症など

・人格障害圏…境界性人格障害、自己愛性人格障害など

 

近年の精神医学・心理学の発展により、発達障害や認知症なども無視できない診断カテゴリーだが(実際、クリニックに訪れる患者さんやその家族は多い)、年齢や経過から判断できる場合が多く、ここでは取り上げない。カウンセリング的な治療を前提とするとこの区分は治療アプローチが異なってくるため重要である。

 カーンバーグの人格構造論が参考になる。カーンバーグは人格障害(もともとは精神疾患すべてではない)とその背後にある人格構造に対して防衛機制を軸として以下のような分類を提案している。

 

精神病性パーソナリティ構造…妄想・魔術的思考を中心とする原始的防衛…統合失調型人格障害

境界性パーソナリティ構造…スプリッティングを中心とする原始的防衛…境界性・統合失調質人格障害

神経症性パーソナリティ構造…抑圧を中心とする防衛…ヒステリー傾向、強迫性・自己愛性人格障害

 

 

カーンバーグは人格障害に対してこの分類を適用しているが、実際には統合失調症圏、人格障害圏、神経症圏に拡張して考えてもそう大きな間違いではないように思う。というのは防衛機制の使い方がこれらの疾患患者では独特だから。

 DSM的には神経症は否定されたカテゴリーだが、実際には、こうとしか考えられない患者さんは多いので、ここでも独立したカテゴリーとして採用する。逆にパニック障害は後述するように神経症圏から除外する。

 患者さんは、たいていの場合、特定のイベントをきっかけとして困難を感じ、この解決を求めてクリニックを訪れる。このときのイベントの受容の仕方とその反応を注意深く聴取する。

 


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抑うつ症状を訴える患者さんをどう診立てるか?

 メンタルクリニックには、「気分が晴れない」(憂うつ気分)、「何をするにも億劫だ」(意欲の減退)、「突然、悲しい気分におそわれる」(悲哀感)など抑うつ症状を訴えて訪れる患者さんは多い。では、こういった患者さんをすべて操作的な診断基準で機械的に「うつ病」あるいは「適応障害」と診立ててよいだろうか? 精神療法やカウンセリング的な治療を前提とするとこれでは足りないというのが本マニュアルの主張である。よく言われていることだが、一般的に操作的な診断では「うつ病」の治療方針がたてにくい。この場合の「うつ」が、内因性のうつ病なのか、神経症に由来するうつなのか、適応障害から発展したようなうつなのか不明だからだ。投薬療法メインの場合、対症療法的にまず少量の抗うつ薬からというのはあってもよいと思うが(いわゆる「内科医のパキシル」)、カウンセリングや精神療法ではこれはあまり望ましい治療態度といえない。まず、しっかりと診立てをし、それに対応した治療法を選択する。

 

うつの諸症状はうつ病以外の疾患でもあらわれる

 では、一般的にうつの諸症状(精神病理学的には「徴候」などといわれる)はどんなときに現れるだろうか。代表的な疾患で具体的に列挙する。

 

統合失調症→激しい幻覚妄想状態の後、消耗したり(自分の疾患を)悲観したりで抑うつ的となることがある。

 

境界性人格障害→対人関係が不安定。空虚感を抱えているとしばしば形容される特有の落ち込んだ感覚を持っている。

 

神経症→フロイトで有名。葛藤の処理が不適切で、抑圧された欲求がかたちを変えてうつの諸症状として出現することがある(抑うつ神経症)。

 

発達障害→コミュニケーションに問題を抱えているケースが多く、二次的に抑うつ症状を呈する。

 

適応障害→ストレスに反応しておこる。

 

抑うつ症状が出現してきた背景はかなり違うことに気がつく。

 

治療方針は疾患・原因によって異なる

うつに至った背景が違うのだから、当然、治療方針も異なってくる。背景を考慮して治療方針を記すと以下のようになるだろう。

 

統合失調症→幻覚妄想状態から早く離脱させる。疾患教育を施す。

 

境界性人格障害→安定した人間関係がつくれるように援助する(カウンセリングの良い適応。が一筋縄にはいかない)。

 

神経症→フロイト的には精神分析。現在では実施が難しいので変わってカウンセリングの良い適応と思われるが、定型的な方法論は存在しない(カウンセラーの腕のみせどころか)。

 

発達障害→専門医が少なく診断すらなされていないケースが多い。専門機関への受診を促すとともに社会資源の活用を考える。患者および家族への疾患教育、その後の心理的なサポートはメンタルクリニックのカウンセリングでおこなってもいい。 

 

適応障害→ストレス源から隔離する。休養を取らせる。 

 

といったところであろうか。

 このマニュアルでは―何度も繰り返すが―「患者さんの病態はひとりひとり違う。病態にあったカウンセリングをこころがける」というのが基本的な考え方である。抑うつ症状を呈して訪れる患者さんは、背景が実に多彩でありその良い実践の対象である。

 

 

 


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パニック発作およびパニック障害

 精神科的治療とカウンセリングを組み合わせるとより良い治療効果が期待できそうな疾患にパニック障害がある。

 

疾患概念:以前は神経症に含まれると考えられていた。しかし、ある種の薬物を静脈注射するとパニック発作がひきおこされること、遺伝性が認められることから、今では生物学的な基盤を持った疾患と考えられている。

 動悸、呼吸困難感といった身体症状に加え「このまま死ぬのではないか」と表現される圧倒的な不安感が発作的に患者を襲う。ベースに不安状態がある場合が多い。特定の状況で発作が繰り返されると、その状況と発作が結びつき(あやまった学習)患者はその状況を避けるようになる(広場恐怖)。おおざっぱにいえば、この学習が形成された病態がパニック障害といってよい。パニック発作自体は、統合失調症・うつ病患者でもおこる(不安にさらされたような場合)。

 パニック発作の本態は本来人間に備わっている「驚愕反応」ではないかと考えられている。太古の昔、人間が見知らぬ土地で危険にさらされた場合(突然、森の中で肉食恐竜に襲われた場合など)、驚愕反応がおこると二度とその土地には近づかないはずである。このように驚愕反応自体は人間が生存していく上で有利な点があったと考えられる。現代において「死ぬほど」危険な土地というものはほとんどないが、ベースに不安な状態があり、特定の状況におかれると(ラッシュアワーの満員電車で圧迫された場合など)、この驚愕反応が発現する。これをパニック発作、またパニック発作が特定の状況と結びついたものをパニック障害と考えると理解しやすい。

治療戦略:発作がおこった患者は身体的な救急機関を受診することが多い。日本の患者は不幸なことにこの疾患に関する満足な説明を内科系の医師からは受けていない。メンタルクリニックを訪れる頃でも、発作がおこったこと自体に困惑していることが多い。したがって、真っ先にやらなければいけないことは疾患教育である。また、発作自体を防止するために抗不安薬を投与する。たまたま発作がおこったような場合にはこれだけで軽快する場合が多い。

 未治療のままパニック障害になっている場合には、発作を抑制すると同時に完成された学習の消去をおこなう。認知行動療法的な枠組みを提示した上で段階的暴露療法をおこなっていく。不安状態の解消方法の提案、不安階層表の作成、暴露状況の設定など、このプロセスはカウンセリングの良い適応である(と思われるが実践している医療機関は意外に少ない)。頑迷なパニック障害であっても適切な治療がなされれば半年程度で日常生活に支障がない程度には回復する。

 


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