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2月17日のおはなし「ブザーが鳴って4」

 ブザーが鳴って先生がやって来た。

 ドアが開き、風が入る。入口脇のテーブルに置いたポプリの香りに混じって先生がつけている香水が漂い流れ込んでくる。香りそのもののようにふわりと先生が入って来てドアを閉める。格子越しに目が合うのでおれはうなずくと仕事を投げ出し立ち上がる。ドアに鍵をかけに向かうおれとすれ違い様に先生は顎を上げ、おれに向かって顔を突き出してくるのでたまらなくなって唇を合わせる。口づけと言うよりも互いを貪り合おうとしているような激しいキス。互いの口腔内を根こそぎ呑み込もうとするようなキス。互いの肺腑の中を空っぽにしそうなキス。息が乱れ心臓が胸郭を突き破って飛び出そうとする。

 引きはがすように互いの身体を離し、おれはドアに鍵をかけに行く。こんなところに誰かが来たらとんでもないことになる。ギャラリーの名前が知れてきて、だんだん不意に現れる客が増えて来たのだ。それもアンティーク好きな若い女性が多い。ブザーに気づかず、いきなりドアを開けて入ってくる人もけっこういる。午後の3時の日が射す古道具のギャラリーで裸の男女がからみあっているとは普通思わないからだろう。おれは見られて恥ずかしいとも思わないが、ことさらに若い女性にセックスを見せつける趣味もない。だから鍵をかけなくてはいけない。でも先生とキスをしてしまった後では、ほんの数歩離れるのさえものすごい苦痛になる。すぐさま服を脱ぎ捨て、先生が着ているものをはぎ取り、身体をからめ合い、組みしき、締め付けられ、不自由な肉体を解体して一つの肉塊へと溶け合いたくてたまらなくなる。

 鍵をかけるとおれはTシャツを脱ぎ、ベルトをはずしながら先生に向かって突き進む。ジャケットを脱いで椅子の上に放り投げ、おれに背を向けたままワンピースに手をかけたばかりの先生を後ろから抱きしめる。ワンピースの右袖を抜き、ブラのホックをはずす。すそを捲り上げ下着に手をかける。ほとんどの衣類を脱ぎ切れず身体にぶら下げたままおれたちは身体を合わせようとする。ワンソデのハンピース。頭の中にそんな言葉が浮かびおれは先生の耳元でそのまま口にする。ワンソデのハンピース。え、なに? 息をはずませ振り向こうとしながら先生が言う。いま頭に浮かんだんだ。ワンソデのハンピース? 鸚鵡返しにして先生がかすかに笑うが喘ぎ声にしか聞こえない。ばか。と言う先生のつぶやきは、同時に俺が先生の中に入っていくので言葉にならない。

 おれと先生のセックスはたぶん少しだけ変わっている。別に特別な道具を使うとか、変わった体位を試すとか、衣裳に凝るとか、そういうことではない。服を脱いで(時にはいまのように服を脱ぎ切れないで)、前戯も何もなくおれが先生の中に入っていき、先生がおれを受け入れる。二人でひとつのものになろうと無様な努力を重ねた挙げ句、おれが射精するか、先生が痙攣を起こしたようになって動きがやむ。どちらかというとテクニックも何もないただやるだけの素朴なセックスだ。ただひとつだけ変わっているのは、その無我夢中で貪り合っている時も、おれたちはずっと何かを話し続けることだ。それも名前を呼び合うとか、愛しているというとか、嫌らしい言葉をささやき合うとか、そういうのではなく、およそセックスと関係のないことを荒い息の中で話し続けるのだ。

 古典しか読まないの。切れ切れの息の中で先生が言う。古典? 古典って源氏物語とか? おれは他に何も思い浮かばないので適当な返事をする。先生の腰に手を当て先生の背中にしっとり浮かんだ汗を見つめ、何度も何度も奥まで突っ込みながら、古典のことを考えようとする。先生はソファに膝をつき、窓枠に手をかけ、首をうなだれた姿勢から、とぎれがちな声で、源氏物語? と繰り返し、それも、あるわ、と弾んだ息とともに言う。厳密に、言うと、ね、と短く言葉を切って言いながら、右肩越しにおれを見ようとする。それを見ておれは左腕を先生の胴体に回し引き上げながら、先生の右胸に右手を添えて抱き寄せる。そして喋り続けようとする先生の口を自分の口でふさぐ。 

 でも口を離した瞬間におれは尋ねている。厳密に、言うと、何? 先生はほとんどまっすぐ身を起こした姿になって、苦しそうに息をしながら答える。江戸時代、末期から、明治の、初期。え? なに? その辺は、いいの。いい? 読んでも、いいの、古典に、入れるの。傾き始めた陽の光を浴びて先生の身体が窓際に揺れる。向かいのビルから目をこらせば、ブラインド越しといえども
おれたちのしていることは丸見えかもしれない。古時計や蝶番や彫刻や玩具や雑多ながらくたに囲まれ身体を合わせた男女が何をしているかは一目でわかるだろう。ワンソデのハンピース姿で胸をまさぐられ、後ろから突かれている先生を知らない誰かが見ているかもしれない。そう思うとおれは興奮するが、そういうことは口にしない。恐らく同じことに先生も気がついているはずだが、やっぱり古典の話しかしない。

 近代文学は、読まないの。どうして? 物語を、書くため。物語を書くために古典しか読まない? どういうことかまるでわからない。おれは先生の長い髪をかきあげ、右耳を見つけると、噛み付き、なめ、腰の動きに合わせて舌を出し入れする。先生が大きな声を上げる。大きな声を上げながらも喋りつづけようとする。だって! と必要以上に大声で言って、それからまたせわしない囁きに戻る。だって、明治の、文学者たちは、古典、までしか、読んで、ないでしょ。そこでようやくおれは合点がいく。先生は、明治の文学者と同じ立場になろうとしているわけだ。そして書こうとしている。日本に小説がたったいま生まれたとしたら、という設定で。そういう形でしか新しい小説は書けないと言うのが先生の主張なのだろう。

 本当にすごいことを思いつく人だ。おれは先生を尊敬する。同時にそのすごいことを思いつく、尊敬すべき人を背後から抱きしめて、その人の中にペニスを突き立てて、その人の喘ぎ声を聞いていることに興奮する。だからおれはみっともないことを言う。先生の耳元に口を付け、荒い息をしながら普段なら絶対に言わないようなみっともないことを言ってしまう。ぼくの好きな先生。ぼくの好きな先生。その瞬間、先生のヴァギナがおれのペニスをものすごく強く締め付け、同時におれはたくさんの精液を放出をする。すごく強い一体感を味わう。先生もそうだったんではないかと思う。それからおれたちは重なり合った状態で倒れ込み、長い間つながったままの姿勢でソファに窮屈に身を横たえていた。

 けれどもその後、二度と先生は現れなかった。おれがルールを破ったのだ。言ってはならないことを口にしたのだ。こうして半年近く続いた先生の訪問は終わってしまった。始まりも突然だったが、終わりもあっけなかった。おれは先生の連絡先を知らなかったし、名前さえ知らなかった。先生としか呼んだことがなかったのだ。しばらくして思いついて例の小学校に問い合わせてみたが、そんな人はいないと言われてしまった。いったい先生が何者だったのか、おれにはもう調べようがない。

(「ぼくの好きな先生」ordered by PoorTom-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



ブザーが鳴って4


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著者 : hirotakashina
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