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あとがき

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あとがきに代えて

 公案を援用した修行は、ある人々にとって取り組みやすいものであろう。その一方で、公案でも何でもないものを解いて、それで覚った(悟った)気になる愚か者も現れる。果ては、愚かであることが仏の特質であるかのように吹聴する者さえある。もちろん、覚りの道は賢者の道であり、愚かさとは正反対のものである。

 巷に、公案と称して溢れているものは、そのほとんどが公案とは呼べないものである。私が知る限りにおいて、公案と呼べるのはたった一つしか見当たらない。人々がそれに取り組めば問題ないが、その公案は余りにも高度である。初学の者に限らず、こころある修行者でも、誰もその公案を通過できないだろうとさえ思える程である。

 そこで、私自らが公案を作り、仏縁ある修行者に提示することを思いついたのが3年ほど前のことである。それが、この「一円の公案」である。なお、この公案は、最後の一関たる先の公案の前に取り組むのに相応しいレベルの公案として作った。

 そして昨年、一人が見事この「一円の公案」を解き、私は彼に初期の心解脱を認定した。それから8ヶ月以上経過するが、彼は間違いなく心解脱者としての生活を送っている。つまり、この公案を解けば心解脱が認定できることはおそらく確かである。

 この事実に鑑み、世に広くこの公案を提示することを思い立った。また、玉石混淆の公案が巷に溢れている状況下で、真の公案について理解ある者が極めて少ないと感じられることも著作の動機となった。

 こころある人は、公案の真実を知って、覚りに近づいてほしい。本書を手に取って読むことは、その一つの切っ掛けとなる筈である。「一円の公案」を解き、さらに最後の一関を通過したならば心解脱が完成することは間違いない。それは不還の完成である。

 例によって、この本は必要があれば適宜拡充して行くつもりである。コメントやメールなどで読者の感想や意見があれば歓迎したい。

     2012年2月6日 著者記す