目次
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CONTENTS
ゴールデンウィーク弾丸バックパッカー
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テーマ「旅で気づいた幸福論」
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ブータンで気づいた『幸せ』
光のギリシャ
幸福論(前編)
カオサン通りのB-BOYたち
旅先の変な日本語
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Brali Biz 「旅」×「ビジネス」 
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Brali Biz 「旅」×「ビジネス」 
旅で使えるスマホアプリ
旅で使えるスマホアプリ
情熱さえあれば不可能なことはない
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情熱さえあれば不可能なことはない(最終章)
Chibirockの旅はくせもの
Chibirockの旅はくせもの
HANGOVER in the WORLD
HANGOVER in the WORLD(キューバの酒)
旅人からの伝言 「特集 ヨーロッパ」
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ヨーロッパの秘境バルカン半島
プラハのサンタクロース
トホホな話
トホホな話
一本の糸で世界をつなぐチャリの旅
一本の糸で世界をつなぐチャリの旅
自炊派の手料理
自炊派の手料理「鶏肉の親子炒め」
エッセイたびたべ
エッセイたびたべ
アジア漂流日記
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
世界の標識・アイコンコレクション
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作者・情報提供者一覧
作者・情報提供者一覧(Bralist)
編集後記
編集後記
次号予告
次号予告(2012年4月25日発行予定)
記事募集
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奥付
奥付

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カオサン通りのB-BOYたち

■Writer&Photographer
田中美咲
■Age
23歳
■Profile
少しでも多くの人が幸せになるよう、人の幸せに全身で貢献したい。
対話のプロになって、そんな人を少しでも多くしたい。
渋谷で働くバックパッカー、1988年8月26日生まれ,A型。
バックパック旅(213日6大陸10旅24カ国59都市)/瞑想修行(Vipassana)/前世はインドの姫/ヨガ/コーチング/ゲストハウス


カオサン通りのB-BOYたち

 毎年タイに行ってはカオサン通りの安宿に泊まる。いろんな国を旅していると、なんだか一人がさみしくなる時があって、カオサンに来ればほとんどもうみんな知り合いなので日本に帰ってきたかのように安心する。その中でも朝から晩までよく一緒にいるのが、クラブの前でよく踊っているダンサーの子たちだ。
 大学生の時、バングラディッシュやミャンマー、インドあたりを旅して帰国するまで残った時間をタイのバンコクでぼーっと何にもせず過ごしていたことがある(追記:いや、今思うとアジア圏を旅する時は毎回だ。動き回る時と沈没する時をわけて旅をしているんだと思う)。
 3年位前に初めて、いわゆる「沈没」したのだが、その時に出会ったのが彼らだった。昼に起きて、10バーツラーメンを食べて、同じゲストハウスの人たちと散歩して、屋台のフルーツ食べて、カオサンにいるネパール人のお店でなぜか店番して、夜はカオサンから歩いて20分くらいにあるタイの女子大生に教えてもらったパッタイがおいしいお店に行って、お風呂入って、23時半くらいにカオサン通りの裏道に行くと、彼らがダンスの自主練をしているのに出会う。
 彼らは23時くらいからカオサンの近くの公園でダンスの練習をして、24時くらいからカオサン通りにあるクラブ・レストランの前で踊る。それも雨にもマケズ、風にもマケズ、毎日踊っていた。私は暇だったからずっと彼らのダンスを毎日見に行ったし、彼らも私がいることがあたりまえになっていた。
 時間が経つにつれて彼らは心を開いてくれたのか、私をダンスの練習や打ち上げにも連れて行ってくれたり、バスの始発がくるまでみんなで大騒ぎしたりもした。大体彼らが「女の子は払わなくていいよ」と言って、私は1銭(いや、1バーツ)も払わないで毎日をただ彼らと踊りながら暮らして、踊りながら寝る生活が続いた。そんなことをタイに行っては必ずといっていいほどやって暮らしている。(今も)
 しかし、日本に帰ってふと我に返った時、「あのダンサーたちは毎日働いていないし、チップなんて1日1人30バーツくらいだし、将来大丈夫なのかな?」と、なんだか不安というか、大丈夫なのかなと気になってきた。一緒に遊んでいる時は将来のこととか、未来のことは何一つ考えなかったけれど、私自身がもうすぐ社会人になる頃だったので無性に気になり始めたのだ。
 今は良くても、これから家族ができた時に必要なお金や、体力的にダンスが踊れなくなった時に貯金がなかったら生きていけないし、今でさえ儲かっているわけじゃないので、タイの情勢や環境が変わってダンスが出来なくなったらどうするんだろうと、ネガティブに考えれば生活するのも一苦労な状態だと思った。
 ダンサーの中には小学生くらいの子も何人かいるので、学業の面でも心配になる。最低限のことを知っていないと、何か犯罪に巻き込まれた時や、新しく仕事をしようにもタイ語を書けなかったり、間違った情報だけで過ごしていくのは怖いと感じた。

 Facebookやskypeで日本にいても連絡を毎日取っていたので、単刀直入に、
「将来の夢は?」
「これから5,10年後とか何したいの?」
「今の彼女とは結婚を考えてるの?」
「生活費ってどうしてるの?」
「働けなくなってからのお金ってどうするつもりなの?」
 など、ごりごり聞いた。通じてないなーと思ったことは、タイに行って聞いてきたりもした。すると、こんな回答が返ってきた。(※タイ語でのやり取りを、私が日本語に訳しています。)
 「僕らはダンスが好きだからこうして毎晩踊るんだ。お金なんていらない。ダンスを続けるための飲み物とカオサンまでのバス代さえあればいい。将来?そんなの考えないよ。今はダンスがしたいからダンスをする。いつか他の事をしたくなったらそっちをする。お金が欲しかったら働けばいい。でも今は、踊れなくなるまでダンスを踊り続けるよ」
 「日本人は本当幸せじゃなさそうだよねー。毎日好きなことを我慢して、わからない未来のためにお金稼ぐんでしょ?今死んだらどうすんの?後悔するでしょ?まだ僕たち若いんだからさ、20代の間は好きなこと思いっきりした方がいいんじゃない?30歳くらいからなんかあったら働いたらいいじゃん」
 納得できる部分も多い。考えさせられた。

 実際、日本で出勤ラッシュの時間に乗る東急東横線には、この子たちのように目を輝かせていたり、満面の笑顔の人はほとんど見かけない。渋谷を歩いていても、笑っている人はいても、なんだか目に芯があって、幸せを感じながら継続的に笑顔でいられるものではないような気がする。作り笑顔というのだろうか。
 日本の人たちの顔や生活や仕事を見ていると、こうしてタイで、今だけを見て生きるという幸せの創り方もあるんだなと思った。賛否両論あるとは思うが、ストレス社会で鬱になったり、自殺が多い部分の日本を見ると、彼らの生き方と幸せの感じ方は今の日本にはない大切な「幸せのあり方」なのかなとも思う。

 彼らの生活にもかなりのデメリットはあるが、いつかのお金を貯めるために自分の身を削る、そんなデメリットだけを見た時に、どちらも変わらないのであれば「今幸せであること」を考えた生き方をしてもいいんじゃないかと思う。
 いつ死ぬかわからない、予想もつかない人生なら、自分が幸せであれる状態を選択していくべきだと思った。


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