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カズ君のおばあちゃんは、今年八十歳を迎えます。年のわりには、腰も曲がらず、白髪も少なく、(ちょっぴり薄くなったことは、気にしていますが)とっても若く見えます。

 何より、カズ君にとっては、何でもわかる何でも知ってる、やさしいおばあちゃんですから、この元気いっぱいのおばあちゃんが大好きでした。

 ある日のことです。おばあちゃんとママとカズ君の三人で、東京のほうにでかけたときのことです。買い物をしたり、おいしいものをたべたり、だいすきなアイスクリームを食べたりして、大満足なカズ君。

 おばあちゃんは、ニコニコして、だいだい大好きなミニカーをいっしょに選んで、三台も買ってくれました。ママは、車のワッペンのついた洋服を買ってくれました。でも、カズ君にとっては、やっぱミニカーが一番です。

 あっというまに帰る時間になってしまいました。その時間は、ちょうど会社帰りの人たちで、ごったがえすときでした。カズ君は、人ごみのなかで、つぶされるのではないかと思いました。

 東京駅まで、少し遠回りですが、ならんで乗れば、すわっていけます。カズ君は、ママとおばあちゃんとはぐれないように、していました。

 その日は、思ったよりずっと混んでいたので、時間がかかりました。でも、ならんで乗ったおかげで、ママがなんとか、三人分の座席をとることができました。カズ君は、やっとすわれて、一安心です。

 電車が動き出し、次の駅に止まりました。

そこに、おばあちゃんより若そうだけど、腰がまがったおばあさんが乗ってきたのです。

おばあちゃんは、その人を見るなり、てまねきをして、「どうぞどうぞ、ここに」といって、自分の席をゆずってしまいました。

 ママは、びっくりして、立ち上がったおばあちゃんを、あわてて自分の席にすわらせていました。

 そのあと、カズ君は、おばあちゃんに聞いてみました。

「どうして席をゆずってあげたの?」と。

おばあちゃんは、いいました。

『わたしゃ、平気だよ。』

 そうです。カズ君は、おばあちゃんのこのことばをよく聞くのです。おばあちゃんは、いつも人のことを考えてあげます。いつも人のことを、自分より先にやってあげるので、ママにしかられています。


 そうそう、この間も、こんなことがありました。みんなで回転寿司を食べに行ったときのことです。

お寿司が流れるところに、お皿がぎゅうぎゅうのっていて、角のあたりにすわっていたおばあちゃんの前に、あふれたお寿司がお皿ごところがってしまったのです。お寿司をにぎっている人が、むりにお皿をいれたからでした。気がついた店員さんが、

「すみません」

 と、言ってかたづけようとしたとき、おばあちゃんは、にっこり笑って、

「これいただきますよ。ちょうどよかった」

 そう言ってお皿にきちんと入れなおし、おいしそうに食べてしまったのです。ママもパパもそんなおばあちゃんを見て、あきれた顔をしていました。

 そのあと、カズ君は、おばあちゃんに聞いてみました。

「食べたいものじゃなかったんでしょ?どうして食べちゃったの?」と。

 おばあちゃんは、言いました。

『わたしゃ平気だよ』

それから、こんなこともありました。お手伝いをしていたカズ君が、つまずいて、うっかりお客様用のお茶碗をわってしまった時のことです。

 ママは、すごいこわい顔をして、カズ君のことを叱りつけました。

 ところが、そばにいたおばあちゃんは、こう言ったのです。

「けががなくてよかった、よかった。それに、これでお茶碗屋さん所の子供が大きくなれるよ。またママが買いにいくからね。カズ君のおかげだよ。」

 それを聞いたママは、

「買ったばかりの高いお茶碗だったのよ!また買わなきゃならないなんて!」

 と、ぷりぷり怒って、文句を言いました。

 けれども、おばあちゃんは、もちろんこう言いました。

『わたしゃ平気だよ』


カズ君は、小さいころから、おばあちゃんといっしょに、お風呂に入って、昔のなつかしいおばあちゃんの子供時代の話や、戦時中の話をきかせてもらいました。物がなくて、たいへんなとき、爆弾がおちて、怖い思いをしたとき、勉強がしたかったのに、できなくなってしまったとき、おばあちゃんのそのときの気持ちが、カズ君にもわかる気がしました。物を大事にすることや、人の命がなにより大切だということを、おばあちゃんの話をきくたびに、感じるのです。カズ君は、おばあちゃんの話を聞くのが大好きでした。

 おばあちゃんは、なんでも、わかりやすく、きちんとわからないことは教えてくれます。ママが、だめだめということでも、おばあちゃんなら、ゆっくり手伝いながら、させてくれます。

おばあちゃんは、カズ君が、なにかやったり、つくったりするたびに、いつもいつも「カズ君、がんばったね。」とほめてくれます。カズ君が、悪いことをしてしまった時も、すぐにママみたいに、怒鳴ったり、叱ったりしません。まず、カズ君のいいたいことや、どうしてそうしたか、聞いてくれるのです。それから、おばあちゃんは、

「考えて、それが悪いことだと自分で思ったら、まずは、あやまること。そして、二度としないことだよ。それができるんだから、カズ君は、ほんとうにいい子だね。」

 おばあちゃんに、いつもいつもいい子だねといわれてしまうと、そんなふうにいわれるたびに、カズ君は、自分が、おばあちゃんのいうような、ほんとうにいい子になっていく気がしたのです。


 こんなこともありました。おばあちゃんのすんでいる家は、もうなくなってしまったおじいちゃんが、建てたもので、だいぶあちこちいたんでいました。三十五年以上建っている一軒家です。

 庭木や、壁や屋根を、長い時間をかけて直してもらうことになった時のことです。四、五人の大工さんや瓦屋さんが、毎日入っていて、そのあいだおばあちゃんは、いそいそとお茶をだし、おやつをだし、にこにこしながら、大工さんたちにごくろうさまと、かならず声をかけていました。それだけでなく、おばあちゃんは、仕事をしにきた人に、こっそりたばこをあげたり、飲み物でものんでちょうだいと言って、帰りがけちょっぴりおこずかいをわたしていました。十時と、三時に、お茶やおかしをだしながら、たのしそうに話をしたりすることもありました。ママは、

「仕事をしてもらってるぶんは、きちんと十分にお金をはらっているのだから、よけいなことしなくていいのに・・・」

 と、ごきげんななめです。いくらママがやめてといったところで、おばあちゃんは、こういってやっているのです。

『わたしゃ平気だよ』

 そのあと、カズ君は、おばあちゃんに聞いてみました。

「どうしておばあちゃんは、仕事にきている人たちに、たばこをあげたり、おやつをあげたりするの?」と。

 おばあちゃんは、わらって言いました。

「職人さんていうのは、おなかがすくものさ。昔おばあちゃんのおかあさんも、そうやってあげていたんだよ。人によくしておくとね、かならずよくなってかえってくるものさ。かえってこなくたって、わたしゃ平気だけどね。」

 

               


それからしばらくして、カズ君は、おばあちゃんの家の屋根をなおしたおじさんがやってきて、ママと話すのを、聞いていました。

「わるかったですねえ。屋根だけでもていねいにやってもらって、ありがたいのに…。蜂の巣や鳩の巣なんかまで、いろいろ片付けてもらって…。そうそう古いこわれかかった留め金も新しくつけかえてあったって…母が言ってました」

 ママがそういうと、おじさんは言いました。

「いやあ、きもちよく仕事させてもらって、こっちこそ、ありがたかったですよ。気にしないでください」

 おばあちゃんにくれぐれもよろしくと言って、おじさんは帰っていきました。

 カズ君は、このときなんとなくですが、おばあちゃんのいっていたことが、わかった気がしたのです。

 カズ君は、生まれてしばらくは、おばあちゃんの家でそだったのですが、カズ君のパパの都合で、いまは、ときどきしかおばあちゃんにあえないのです。今はおじいちゃんが建てたこの家に、おばあちゃん一人ですんでいます。カズ君は、いつかおばあちゃんと暮らしたいと思っています。だって、おばあちゃんは、なんでもよく知っているし、何か大変なことがあっても、おばあちゃんが、ふしぎにいつのまにか、なおしたり、解決したりしてしまうからです。どらえもんのポケットも、いろんなものがでてきて、すごいけど、おばあちゃんのあたまも負けてないぞとカズ君は思うのです。

それに、カズ君が、おばあちゃんとくらしたら、やってあげたいのです。いつもいつも人のことが先で、自分のことを、あとでいいからいいからと後回しにする大好きなおばあちゃんに、一番してほしいことを、一番にしてあげたいのです。



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