目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

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昏倒少女 3


 ある日、刻実はカイがなにか書いているのを見つけた。刻実はそれが許せなかった。なぜだかわからないが、ひどく腹が立った。カイを突き飛ばして床に転がした。
「思いついた物語をメモしておこうと思って」
「そんなことしちゃいけないんだよ。物語は、その時思ったことを話さないといだめ。書きためたら腐っちゃう」
「だって思いつかなくなったら……」
「どうしてわからないの? カイは特別な人間なんだ。そんな心配必要ない。あたしは、カイに一生を捧げるために生きてるんだよ」
 刻実はそう言うとボールペンを持っているカイの右手をバットで叩いた。バットは一撃でカイの右手を砕いた。カイが悲鳴を上げて逃げようとしたので、刻実はすかさず足で腕を押さえつけた。そして二度、三度と繰り返し叩く。右手は血と肉でぐちゃぐちゃになり、砕けた白い骨が飛び出した。きれいな骨だな、ピアスにしたい、と刻実は思った。
 カイは、獣のように泣き叫んだ。だが刻実は止まらない。刻実自身、なにをしているのかわからなかった。ただ、なにかに憑かれたようにカイの手を壊さなければと必死だった。
 気がつくと床は血の池みたいになっており、そこでカイがのたうちまわっていた。あー、うー、という言葉にならないうめき声を聞いた刻実は、死ぬかもしれないと思った。急に心臓がどきどきしはじめた。うまく息ができない。カイが死んじゃう。刻実は、とにかく血を止めようと思ってタオルでカイの両手を包もうとした。でも、カイの両手はぐちゃぐちゃになっていて、タオルで包もうとするとぼろぼろにくずれ、カイはまた悲鳴を上げた。
 その時、刻実の耳がおかしくなった。カイの悲鳴がこだまして耳から離れない。他の音が入ってこなくなった。足下もふらつく。まるで地面が揺れてるみたいだ。悪い夢を見ているように、どんどん現実が離れていく。
「どうしろって言うの」
 刻実は叫び、そこで湖黄泉を呼ぶことを思いついた。昏倒少女の中に親が医者の子もいるかもしれないと思ったのだ。震える手でメールを打つと、湖黄泉は中年の男性数名を連れてやってきた。てきぱきとカイをその場で手当する。
「……でいいですよね」
 湖黄泉は、何度か刻実に確認してきた。だが、刻実にはその声がよく聞こえない。訊かれるたびに、それでいいよ、と適当に答えていた。
 カイの手当が終わると、湖黄泉は数人の少女を呼び寄せ、刻実の部屋の掃除を始めた。血だらけの部屋から血を拭き取り、ソファや壁に飛び散った血もうまくきれいにした。

 

 湖黄泉たちが帰った後、刻実はベッドで眠るカイの顔を見、それからその両手を見た。包帯で巻かれているが、もうそこに手がないことはわかる。手首から先がない。カイの両手は棒になった。もうどうやっても絶対に字なんか書けない。
 もうひとつカイがなくしたものがあった。湖黄泉は、カイの陰茎を切り取っていった。湖黄泉は何度も刻実に確認したと言っていた。それならそうかもしれないと刻実は思った。どうせ、自分とカイには必要のないものだ。
── あたしたちはセックスなんかしない。手をつないで物語を聞くだけでいい。これでいい。これでいいんだ。
 刻実は、カイの頭と棒の腕を撫でた。
──  カイは、もう自分で食事を取ることもできない。毎朝、あたしがご飯を食べさせてやるんだ。あーんってね。素敵だ。カイは、あたしがいなければ生きていけないんだ。
 そうだ。お風呂にも入れてあげよう。身体を洗ってやるんだ。きっと恥ずかしがるけど、それも楽しそうだ。
 でもトイレはいやだな。それくらいは、がんばってもらおう。
 なにもできないカイのことを考えると刻実は楽しくて全身が震えた。かわいいな、カイ。すごくかわいい。あたしがいないとなにもできない赤ちゃん。うふふふふ。お母さんって呼ばせてみようかな。
 カイは、自分がいなければもう生きていけない身体になった、と思うと刻実はひどくうれしくなった。

 

 だが、刻実には心配なことがひとつあった。怪我をした翌日からカイはしゃべらなくなった。うつろな目でじっと自分の手を見つめているのだ。ほっておくと、日がな一日黙ってそうしている。刻実がかいがいしく食事を食べさせたり、身体を拭いたりしても反応がない。ただされるがままになっているだけだ。
── このままカイがなにも話さなかったらどうしよう。
 刻実は少し不安になった。そうなったらカイは死んだも同然だ。

 

 刻実は、夢を見るようになった。夢の中でカイは物語を話している。刻実はそれを熱心に聞く。そしてカイにお茶を飲ませる。カップを両手で持ち、カイの唇に注意深く当てて飲ませてあげるのだ。そして人差し指と親指でクッキーをつまみ、カイに食べさせる。カイがクッキーをかじる感触が指先から伝わってきて、刻実は震えるくらいうれしくなる。
 カイにはあたしが必要で、あたしにはカイの物語が必要。理想的なふたりだ。そう思うと、どうしても頬がゆるんでしまう。そんな刻実を見てカイも微笑む。ふたりは、そうやって互いに笑みを交わす。刻実の理想とする幸福の形がそこにあった。でも、それは夢の中だけ。

 

 一週間経って包帯がとれてもカイは口を開かなかった。
「ねえ、なんで話をしてくれないの?」
 でもカイは黙ったまま、なにも言わない。刻実は、困ったなあ、と思ったし、ひどく悲しくなった。だから泣いた。大声で泣いた。それでもカイはなにも言わなかった。いつものように棒になった自分の手を見ているだけだ。

 

 刻実は、カイは死んだのだと思うことにした。死んだ以上、埋葬しなければならない。呼吸していても物語をなくしたカイは死人だ。愛するカイの葬儀だ。盛大に送りたい。
 湖黄泉と相談して、カイの好きだったケーキ屋を葬儀場所にすることにした。深夜、刻実のマンションの前に数百人の少女がバットを片手に集合した。刻実は自分の部屋の窓から道を埋め尽くす、しもべたちをながめていた。
 刻実はベッドで寝ているカイを抱きかかえた。こうしてカイを抱いて、風呂に入れたり、テレビの前に運んだり、何度もカイをこうして抱いて移動したんだよな、と思い出した。それもこれが最期だ。そう思うと、口から雄叫びがほとぼしった。それを耳にした少女たちの目から涙がこぼれた。
 刻実は最後の望みをかけてカイの顔をのぞき込んだ。
「なにか話してよ」
 でもカイはうつろな目で自分の手を見つめるだけでなにも言わなかった。刻実は、高いため息をつくと顔をあげた。
「行くよ!」
 自分でも驚くほど強い声が出た。湖黄泉が、はい! と勢いよく返事する。刻実はカイを抱いたまま、部屋の外に出た。廊下にはすでにたくさんの少女が待っていた。刻実が歩くと、その後を黙ってついてくる。
 刻実は道を埋め尽くした少女たちの先頭に立ってケーキ屋に向かった。
 個人経営の小さなケーキ屋を昏倒少女たちが幾重にも取り囲んだ。刻実が無言で顎を軽く動かすと、湖黄泉と数人の少女がケーキ屋のショーウィンドウをたたき割った。想像したよりも大きな音がして、警報ベルが鳴り響いた。だが、少女たちは躊躇しない。次々とガラスや壁をバットで殴り、破壊した。
 刻実はケーキ屋の中に入り、店の中央にカイを下ろした。カイは自分の手を見つめたまま、なんの反応もしない。
「カイ、好きなケーキと一緒だよ。おやすみなさい」
 刻実はそうつぶやくと、唇をかみしめて店の外に出た。そして右手を挙げる。店の外の少女たちが一斉に火炎瓶を店に投げ込んだ。店は一瞬にして業火に包まれた。それと同時にサイレンの音が近づいてきた。野次馬が集まってくる。少女たちは取り囲まれた。炎の揺れる光が、昏倒少女たちをかげろうに浮かび上がらせた。全員バットを手に持ち、臨戦態勢だ。
「物語を一〇〇個集めると、神様のパズルは完成し、カイは蘇る」
 刻実の頭に突然そんなことが浮かんできた。そのまま口にすると、湖黄泉はうなずいた。
「どうすればいいんですか?」
「物語を持たないヤツを皆殺しにする。そうすれば自然と物語を持つ人間が集まってくる。見分け方はわかるね」
「わかります。見ればわかります」
 ごう、と音がしてケーキ屋の中で小さな爆発が起きた。炎が竜のように夜空に伸びる。
「日本中の昏倒少女が物語を持たない人間を狩り出しました」
 湖黄泉が携帯片手に報告した。
「あたしたちも行こう。一〇〇の物語を集めるんだ」
 刻実は、そう言うと両手でバットを握った。大股で近くの野次馬に近づき、脳天に一撃を見舞う。野次馬は声も出さずに昏倒し、血と脳漿をまき散らした。
「物語をもたない者は生きる価値はない。最初から死んでる。死人を葬れ! 物語を集めろ!」
 刻実が叫ぶと、周囲の少女たちから賛同の雄叫びがあがった。夜空を焦がす炎を背にして刻実たちは殺戮を続けた。

 

 


この本の内容は以上です。


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