目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

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『北風と太陽』

 どっどど どどうど どどうど どどう

 

(北風のやつ、調子こいてやがる。最近あいつが人気者になっているみたいじゃないか。ちくしょうめ。大空の主役は俺様だと決まっているのに)
 太陽はどうも気分がよくありません。
「北風くん、クルミやカリンは吹き飛ばせても、旅人のコートは脱がせる事が出来なかったよね」
「いいや、できるさ」
(ケッ、なんて進歩のない奴)「じゃあ勝負しよう」
「よーし」
 北風はぴゅうと吹きました。すると、旅人の前を歩いていた女の子のミニスカートがまくれあがって、パンツのお尻が丸見えになってしまいました。
「きゃあ」
 女の子がスカートの後ろを押さえると、今度は前から風が吹いてまためくれてしまいます。前を押さえるとまたうしろ。見かねた旅人がコートを脱いで、女の子に着せてあげました。
 今度は太陽の番です。女の子がコートを着ているので、そっちを脱がせる事になりました。
 太陽はじりじりと照りつけます。
 旅人を好きになりかけていた女の子は、コートを返すと旅人が行ってしまいそうでしたので、「紫外線が強いみたいだから、もう少しコートを借りていていいですか」と言って、コートを脱ぎませんでした。

 

 北風は気持ちよさそうに「どっどど どどうど どどうど どどう」とうたいながら去っていきました。
 スカートのことは少しかわいそうでしたが、愛が芽生えたのですからよしとしようではありませんか。

(了)

 

▼ 作品について  △ ▼ △ ▼ △ ▼ △
小説を書き始めた頃の作品です。
イソップと宮沢賢治とO・ヘンリーを足して3で割ったら出来上がりました。
シンプルな作品で個人的には気に入っています。


『本』

 ふと気がつくと、あなたの目の前にすてきな本が置かれている。表紙にはアルフォンソ・ミュシャの絵画。あなたは本を開く。人間関係に少し行き詰まってしまった今の現実から離れたくて。すると、目の前に幻想的な世界が広がる。霧にかすんだ向こうの方からバクがあなたを手招きしている。胴体が黒で頭とお尻は白。どうも色が反対のような気もするけれども、それでよかったのかな。それにしたって、案内役はふつうウサギでしょう。あなたはそんなことをブツブツとつぶやきながらバクの方に近付く。バクは「ついておいで」と言わんばかりに、意外なスピードで走っていく。でも、あなたはなぜか全く疲労を感じることなく、バクをどこまでも追いかけることができる。周りには見たこともない植物が嗅いだこともない匂いをまき散らしている。見慣れない風景の中をずいぶんと長い間走った末、バクは深い穴に飛び込んで行く。あなたは「やっぱり」とひとりごちて、バクに続いて飛び込む。長い長い時間が過ぎて、あなたはふさふさした草の上に落っこちる。穴の中ではパーティが行われている。とっても小さな象の鼻の上には、色とりどりのろうそくが明かりを灯している。テッポウウオが天井にぶら下げられた風船を撃つと、割れた風船からキラキラした紙吹雪が舞い散る。頭にダーバンを巻いたハンサムなインド人が一輪車で走り回っている。向こう側ではチンパンジーのグループがラッパを吹き鳴らしている。中近東の音楽だろうか。(あの子たちシンバル以外も演奏できるんだ)あなたは変なところに感心しながら、ふと、子供の頃母親につれていってもらったサーカスを思い出す。(ピエロの衣装が薄汚れていたのよね)。なんだかもの悲しくて楽しむことはできなかったけれども、どこか懐かしい思い出だ。あなたはお肉の焼けた香ばしい匂いに気付く。(そういえばサーカスを見に行ったときにはお母さんとホットドッグを食べたのよね)そんなことを思い出しながら振り向くと、バクが二本足で立って、湯気の立つお皿を配っている。おなかが空いたな、と思うあなたの気持ちを見透かしたように、肉の皿が前に置かれる。けれどもナイフもフォークもないから、あなたは仕方なく手で食べようとするが、熱くてとても持てない。そこにハンサムなインド人がナイフとフォークを持ってきてお肉を切ってくれる。「ありがとう」とナイフを受け取ろうとするあなたの右手をインド人のナイフが切り刻む。あなたの指が先の方からトントントントンという小気味のよいリズムと共に落ちていく。しかし、痛みは全く感じない。「痛くないならまあいいか。インド人すてきだし」あなたはなすがままにされて、右腕をなくしてしまったけれども、インド人に抱かれる。あぁ、これがカーマ・スートラの秘技なのかしら。あなたはめくるめく時間を過ごして、ふと気がつくと、目の前にすてきな本が置かれている。表紙にはアルフォンソ・ミュシャの絵画。あなたは残された左手で本を開くのだろうか。現実からさらに離れるために。

 

(了)


▼ 作品について  △ ▼ △ ▼ △ ▼ △
2人称・改行なしという実験的なスタイルで書いてみた「不思議の国のアリス」のサイドストーリーです。
最近は2人称の小説も珍しくなくて、長編なども見かけますが、かなりの力業にならざるを得ないようです。
掌編は向いていると思うのですが、本作はその形式を活かすことができたのか、少し不安ですがいかがでしょう?


自己紹介 一田和樹

昨年、島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、長編ミステリ『檻の中の少女』を上梓させていただきました。

主にサイバーセキュリティミステリ小説やマンガ原作を書いております。

ネット上で短編やショートショート、ツイッター小説を公開しております。
ご興味ある方は、のぞいてみてください。

 

今回は『雪の女王』をモチーフにした作品を書いたつもりだったのですが、あまりそうは見えないですね。すみません。
楽しんでいただければ幸いです。


好評販売中!
『檻の中の少女』
『サイバーテロ 漂流少女』

 

好評連載中!
『工藤伸治のセキュリティ事件簿』
『オーブンレンジは振り向かない』(マンガ)

 

ネットで公開している作品群は こちら

 


昏倒少女 1

 一七歳の高校生である赤雪刻実(あかゆき きざみ、女、172センチ)は、カイと一緒に住むことにした。恋愛ではない。愛玩である。あきるまでカイを愛で、その口からもれる美しい物語を聞くのだ。そのためには邪魔なものがある。

 

「ひとり暮らしするから」
 刻実は朝食を食べる両親に、そう宣言した。トーストを囓っていたふたりは、一瞬手を止めて刻実を見た。刻実はいつも通りだ。ポールスチュアートの黒いスーツを着こなし、面倒くさそうにコーヒーを飲んでいる。目立った異変はない。
 刻実の顔は非の打ち所がない。美人とは少し違う。いわゆる整った顔だ。左右対称で顔のパーツの大きさが理想的。量産型の女性ロボットを作るとしたら、こんな顔ではないかというような顔だ。醜くはないが、飛び抜けた美しさもない。そして胸はない。
 刻実は立ち上がると自分の部屋に行き、すぐに戻ってきた、銀色のバットを持って。
「お前たちは出て行け」
 刻実はそう言うと、いっぺんの躊躇もなくバットを振った。安普請の壁にバットがぶつかり鈍い音を立てて穴をうがった。両親はなにが起きたかわからない様子で、刻実の顔と壁の穴を見比べている。刻実は、続いて父親の頭にバットを振り下ろした。父親は我に返りあわてて椅子から飛び退いた。バットがテーブルに激突し、皿とコーヒーカップを砕く。食べかけのトーストが飛び、コーヒーが散った。母親の悲鳴が響く。
「出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ」
 素振り二〇回で気がつくと両親はいなかった。これで我が家を愛の巣にできる。カイを迎え入れる準備はできた。刻実は学校に向かった。

 

 教室に入ると、ぶさいくで太った女子が、刻実の机に脂肪のついた尻をのせて前後の席の男子となにか話していた。ふだんの刻実なら、豚がどくまで黙って待っているが、今日はバットがある。
「おいしいとんかつを作るには、まず肉をよく叩く」
 刻実は、とんかつの作り方を説明しながら、金属バットをスイングした。豚は、バットを避けようとして前の席の男子に覆い被さる格好になった。きわどいところで女子の肩をバットがかすめる。
 スイングはそのまま止まらず前の席の男子の隣の女子に激突した。ちょうど顔の真ん中にぶつかったため、ものすごい勢いで鼻血が噴き出した。小柄で貧相な女子は死にそうな悲鳴を上げて顔を押さえる。数名の女子が、その鼻血女子を引っ張って刻実の近くから離した。阿鼻叫喚の騒ぎになり、刻実の周囲から生徒が逃げ出した。
── みんな怖がっている。あたしを怖がっている。いい気分だ。
「豚を叩く」
 刻実は、前の席の男子にしがみついている豚に鉄槌を振り下ろした。その一撃で豚の茶色の髪から鮮血が吹き出した。ぴぎゃあと豚は叫び、両手をむちゃくちゃに振り回す。二撃目で顎がずれた。豚の声が出なくなった。苦しげな息の音が、ぶーぶーと響くだけだ。三撃目で目玉が飛び出した。細いなにかでかろうじて眼窩にぶらさがっている。豚はまるで暗闇を手探りで歩いているように両手をあらぬ方向に向けて振りだした。
「おもしれえの。これ、まだ見えてんのか?」
 刻実は、手を伸ばすと、ぶらぶら揺れている目玉をつかんだ。そして黒目を自分の方に向ける。
「あたしの顔が見えるか?」
 刻実は豚に言ったが、答えはない。ただ手を振り回してわめくだけだ。
「つまんないの」
 刻実ははき出すように言い、目玉を引っ張った。眼窩から伸びていた細いひものようなものがぶちりと切れた。
 刻実は、金属バットについた血をぬぐいながら、教室を見回した。もう誰もいない。廊下は、逃げた生徒と見物に来た生徒であふれかえっている。
 刻実は昨日までの自分は、どんな人間だったっけと思った。
── 廊下で震えてる連中と同じだったはずだ。でも、実感ないわー。今のが本当の自分って気がする。身体中に力があふれて無敵って感じ。いやほんとに無敵だろ、これは。
 刻実は愉快になったので笑った。静まりかえった教室に乾いた笑いが響く。それから隣の教室に向かった。そこにカイがいる。刻実の王子様。
 彼女が歩くと、正面の人垣が割れた。ささやきすらもれず、ただみんな恐ろしそうに刻実を見ているだけだ。教師たちもなにも言わない。

 

 隣のクラスは授業中だったが、刻実には関係ない。教室に入ると、まず教壇に立っている教師の頭をバットで殴った。コンと軽い音がして右側頭部が大きく陥没した。眼球がくるりと回って白目になり、そのまますとんと床に倒れる。少し遅れて花火のように血が飛び散った。教師は壊れたロボットのように両手両足をバタバタと動かしながら、教室に血の噴水をばらまいた。
 同時に静かだった教室は泣き声と悲鳴でにぎやかになった。教室から逃げ出す生徒たちは、もともと廊下にいた野次馬たちとぶつかって大混乱になった。
 刻実は、面倒なことになったな、と思った。急がないとカイが教室から逃げてしまうかもしれない。その時、カイの姿が見えた。
「カイ、こっち来い」
 刻実が叫ぶと、彼女とカイの間を結ぶ道が開けた。刻実は、黙ってその道とその先にいるカイを見た。雪のように白く華奢な男子。とっくりの黒いセーターにジーンズ。刻実を見る目は、まるで捨てられた子犬のようにおびえている。
 刻実は、カイの正面に立つとゆっくりと顔を近づけた。
「あんたの話が好き。毎日聞かせて」
 恥ずかしに刻実の声がかすれた。男子に好きだと言うのは初めてだ、と刻実は思った。だが、カイは青ざめて震えるだけでなにも答えない。
「嘘でしょ」
 ややあってカイはつぶやいた。
「嘘じゃない。言うことをきかないと、あんたの家族を皆殺しにして家に火をつける」
 こうして刻実はカイを手に入れた。


昏倒少女 2

 刻実はカイを家に連れて帰り、寝室のベッドに寝かせた。カイはぶるぶると震えてなにも言わない。
「あんたは、ここであたしと一緒に住むんだよ」
 刻実は子供に言い聞かせるように、ゆっくりと言った。
 カイは猫のように丸まって横になったままだ。膝を抱え、両手をしっかりと組み、親指の爪を噛んでいる。なんだよ、こいつ、かわいいじゃないか、と刻実はたまらなくなった。
「カイは、あたしのペットなんだから言うこときけ。あんたは一生ここから出られない。だから利口になれ。あたしに気に入られることだけが、これからのお前の人生なんだよ」
「なんかいやだ」
「それがあたしへの口のききかたか!」
「いてててて」
 刻実はカイの頬をつねる。カイは痛がるが、その表情がかわくてやめられない。適度に困って戸惑う顔がたまらない。
「うぷぷぷぷ」
 カイの脇腹をくすぐると声を上げた。身体をくねらせて暴れる。白いカイの顔が恥ずかしさで赤くなる。それがたまらなくかわいい。
── この子はなんてかわいいんだろう。この細い身体の中に、あたしを喜ばせる特殊な成分が詰まっているに違いない。身体の中に手を突っ込んで、その成分を取りだしてみたい。
 くすぐっているうちに、カイは泣き出した。笑いながら嗚咽する。
「ちっ、今日はこれくらいにしとくけど、これからもっとかわいくするんだよ」
 舌打ちしながらも刻実は幸福を実感していた。カイがどう思っているかは知らないけど。

 

 刻実は毎日学校に通っていた。あんな騒ぎを起こしてよく学校に通えるものだと自分でも驚いたが、全く平気だった。どういう仕掛けになっているかわからないが、翌日になると豚も隣のクラスの教師も復活していた。誰かが代わりを持ってきたのだろうけど、その誰かって誰だろう? と刻実は不思議に思った。きっと『物語の神様』に違いないと思うことにした。
 同級生はもちろん学校中の生徒から無視されたが、全く気にならない。教師たちが警察に届けるんじゃないかと少しだけ心配していたが、それもなかった。職員室に呼び出されて、担任に二度とするんじゃないと自信のなさそうな声で言われただけだ。
── 放課後になれば、カイの待っている家に帰れる。
 学校にいる間は、それだけ考えていた。だったら、ずっと家にいればいいようなものだが、それではただの堕落した引きこもりだ。学校で勉強していると、きちんと社会生活を営んで、愛の巣を守っているという実感がある。
── あたしはちゃんと学校を卒業して、社会人になって働いて、カイを養うんだ。
 そんなことができるんだろうか? という気もしたが、今うまくやれているのだから将来うまくできないはずはないという根拠のない自信が湧いてきた。

 

 刻実は家に帰ると、エプロンをつけて晩ご飯を作る。料理は得意だ。毎日三品以上の料理を作り、カイに食べさせて感想を言ってもらう。カイは必ずほめる。それがうれしい。
 食事が終わると刻実は紅茶を淹れて、カイとリビングの床に並んで座る。そして、トレイの上に置いた紅茶のカップに目を落とし、少しはにかみながらカイにお願いする。
「今日のお話は?」
「うん」
 カイは、頬をかきながら話を始める。話の内容は日によって違う。よくこんなにいろいろなことを思いつくものだと、刻実はいつも感心する。でも、刻実にほめられてもカイは喜ばない。
「なんの役にもたたないから」
「そんなことないって。カイがお話ししてくれるなら、あたしカイを養ってあげる。ずっと一緒にいて、あたしのためだけに話を聞かせて」
「はあ」
「喜ばないの?」
「ええと……」
 刻実はカイに幸福を押し売りし、しあわせです、と言うまでつねったり、くすぐったりする。それからカイを抱き上げてベッドに寝かせる。もちろん刻実と一緒のベッド。でもセックスはしない。ときどき意味もなくつついたり、カイの脚を太腿ではさんだり、殺されるならどんな方法がいい? と尋ねたり、つまりは刻実なりの方法で愛情を表現する。
 カイが眠ると、刻実はベッドから抜け出して素振りにゆく。バットが彼女を呼ぶ、振れ! と。刻実はマンションの屋上に行く。昼間は洗濯物でいっぱいだが、夜はがらんとしてひとけがない。
 刻実は微笑むと、バットを構え、鋭いスイングを繰り出す。ブンと空気を切る音が響く。数回振ると、全身に血が巡って感覚がとぎすまされるような気がしてくる。一〇〇メートル先で針の落ちる音だって聞こえそうだ。そして高揚感。
── いくらでもスイングできる。スイングするほど、自分が高尚な存在に変わってゆくような気がする。このまま天使になれそうだ。
 いつの間にか、仲間ができた。刻実がスイングをはじめると、勝手に集まってきてスイングする連中だ。全員無言で刻実に合わせてスイングする。薄闇の中で、きらりとバットが輝く。
 一緒に振ると風を切る音が増幅されて楽しいことがわかった。もうブンではない。ごう、と周囲の空気全体を振動させる。
 最初は、数人だったが、じょじょに増え続け。やがて屋上いっぱいになった。二〇人以上はいるだろう。全員、少女だ。制服姿、ジーンズ、ゴスロリ、さまざまな服装の少女たちが集まってバットを振る。
 もっと来たらどうなるんだろう、と刻実は思ったが、そうはならなかった。増えなかったわけではない。他の場所で振り始めたのだ。他のマンションの屋上、公園、いたるところにバットを持った少女が出現し、スイングする。
 刻実がバットを振り始めると、街全体がごうという音に震えるようになった。そしてまるで花火のようにあちこちで銀色の光が輝く。

 

 たまに刻実は両親の住んでいるマンションを訪ねる。たいていは日曜だ。父親と母親に元気な顔を見せて金をせびる。金がないと言われたら、バットを振る。すると金は出てくる。
 こうした規則正しい生活のおかげで刻実の成績はよかった。
── ちゃんと大学行って就職して、カイを養うんだ。
 将来のことを考えると、刻実は楽しくてたまらなかった。
── 男の子を家に飼うなんて、ちょっと前までは考えつきもしなかったけど、簡単にできた。世の中はちょろい。
 刻実は日々をほくほく楽しく過ごしていた。

 だが、あふれんばかりの刻実の愛情にも関わらず、カイは幸福そうではなかった。ことあるごとに自分の家に帰りたいと言って泣いた。
「聞き分けのないことを言わないで」
 刻実がそう言うと、カイは黙ってあきらめた。
「カイは、ここにいるのが一番幸せなんだって。どうしてわからないかな」
「楽しいのは君だけ」
「だからそういうネガティブなことを言うと、それにとらわれちゃうんだ。あたしとカイの楽しい将来を想像してみて。こんな幸せな生活がずっと続くんだよ」
「……僕が話を思いつかなくなったら、どうなるの?」
 カイが物語を話さなくなるなんて、刻実は想像したこともなかった。
「物語を話さないのは、カイじゃない。カイがカイである限り、物語は話せるんだ」
「僕だってネタにつまることがあるかもしれないだろ」
「ネタ? 違う。カイは自然に物語を話せる特別な人間なんだよ。だから無理してネタなんか考える必要はないの」
「だからもし思いつかなくなったらどうなるの? 僕は、ここを追い出されるんだよね」
「そんなこと考えたこともない。だからカイも考える必要ないよ」
 刻実の言葉にカイは黙って顔を伏せた。

 


「おつかれさまです」
 ある夜、刻実がスイングを終えると、ひとりの少女がポカリスエットのペットボトルを持ってきた。白い体操着にぴったりしたブルマーをはいている。
 かわいい子だな、と刻実は思いながらペットボトルを受け取った。少女がじっと見ているものだから、刻実は、すぐに飲まなければいけないような気がして、ふたを開けるとラッパ飲みした。
「ありがと」
 飲んでから礼を言った。少女は顔を赤らめて微笑む。
「なんで、みんな集まってくるのかな」
 刻実は周囲でバットを握って立っている少女たちに目をやって尋ねた。
「他の人と話したことないんで」
「あ、そう。じゃあ、あんたは?」
「ネットで見て。あっ、私、湖黄泉(こよみ)って言います」
「ネット?」
「知らないんですか? 『昏倒少女』って有名です」
「『昏倒少女』? あたしのこと?」
「ええ。気に入らない相手をバットで殴って昏倒させるから」
「そんなことしないよ」
 刻実は言ってから、でも学校ではバットで殴ったな、と思い出した。
 それから湖黄泉は自分が『昏倒少女』のサイトを作り、登録会員を募ったのだと説明した。登録会員は一万人を超え、日本全国で毎晩バットを振っていると聞いて刻実は驚いた。
「なんかいろいろしてくれたんだね」
「とんでもありません。刻実様に仕えるのは、しもべとして当然のことです」
 湖黄泉は叫ぶようにそう言い、両眼から滝のように涙を流した。そして床に正座すると頭を床にすりつけた。
「刻実様に、永遠の忠誠を誓います」
 湖黄泉の甲高い叫び声が響くと、それが合図だったかのように、全員がその場に土下座し、刻実に向かって深く頭を下げた。

 

── 一万人以上も毎晩バット振ってるの? ほんとかよ。
 部屋に戻った刻実は、『昏倒少女』のサイトを見て驚いた。一万人以上の会員がいた。サイトには、刻実がバットを振るシルエットがシンボルマークとして掲げられている。
 刻実は不思議な気分だった。この中心にいるのが自分だという実感がない。自分はただバットを振っているだけなのに、なぜこんなことになっているのだろうと不思議に思うだけだ。



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