目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

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自己紹介 八川克也

 闘えない虚弱プログラマー、八川克也(やつかわかつや)です。
 最近三人目が産まれ、てんてこ舞いの日々を送っております。
 前回、一田さんに誘われて「セラエノ」に参加させていただいたつながりで、そのまま今回の「セラエノ2」にも参加させていただきました。SFマガジンのリーダーズストーリィに投稿していた、ということからもわかるように、SF好きです。
 最近は「子育てSF」に興味があります。今作った言葉ですが。何かしらネタにならないかなと考える日々です。子供にあれだけ時間を割いているのにもったいない! と思うのです。
 それでは、楽しんでいただけたなら幸いです。

 RoomNumber "i"

 


ダンシング・リム 1

 病室のベッドで目覚めた時、顔に包帯が巻かれていないことに気が付き、蓮華はほっとした。次の競技会までまだ三か月以上ある。顔はなんだかんだ言っても重要なファクターだ。幸い、世間並み以上の顔を持っていて、マスコミにも徐々に取り上げられ始めている。
 それから手を動かし、足を動かし――違和感を感じた。
「あら、目が覚めた?」
 蓮華の母親が入ってきた。手には花瓶を持っている。
「お母さん、なんか足が変なの」
 母親の、台に花瓶を置く手が止まった。
「もしかして、ひどいケガだった?」
 母親は、蓮華に背中を向けたままうなずく。
「……そっか」
 蓮華はため息をついた。なんとなく予想はしていた。
「リハビリ、しなくちゃね。どのくらいかかるかなあ。次の競技会はダメでも、その次くらいは出られるかな」
 母親は、まだ背中を向けたままだ。なんとなくいやな予感を抱いたまま、努めて明るく蓮華は続ける。
「大丈夫、私頑張るから。競技ダンスの世界で一位を取るって決めたんだもん、簡単にはあきらめないからね」
「……ごめんね」
 振り向いた母親は泣いていた。そのままベットの蓮華に覆いかぶさるようにして号泣する。
「ごめんね、本当にごめんね。もうダンスなんて」
「ど、どうしたの、お母さん」
「足は――切るしかなかったの」
「切るって――え?」
「ごめんね、ごめんねぇ……」
 蓮華にはまだ何が何だかわからなかった。足の感触もまだあった。足首や指を動かす――ふわふわした、実感のない反応。
(幻肢――とか言ったっけ、こういうの?)
 泣き止まない母親の背中に手を置いて、蓮華はぼんやりと考えていた。

 

 ビジネス的な意味合いがまったくないといえば嘘になる。仮にも大山は義肢メーカー4U社のソリューション課長だ。
 それでもこの商売の基本は誰かの役に立ちたいという感情。そうでなければ義肢メーカーの、それも個別対応を強いられるソリューション課など成り立たない。
 WEBの片隅に乗った小さな記事を元に、大山は情報を集めた。
 十七歳の蓮華は競技ダンス界で将来を期待された選手の一人だった。学生大会ならいくつもメダルを取り、インターナショナル大会でも確実にファイナリストになる実力を持つ。その彼女が、交通事故で足を失った。
 幸いというべきか不幸というべきか、全身としては恐ろしく無傷で、しかしトラックに巻き込まれた足――右足は膝から下、左足もすねの中ほどから先が失われた。
 通常の自律義肢で歩けるようになるのは簡単だ。しかし彼女はダンサーだ。4U社で開発中の義肢ならどうだろうか、と大山は考えた。彼女を手助けすることが出来るのではないか。
 自律制御型義肢――ACAIリムは、ナノレベルでの神経接続と、学習チップによる筋電フィードバックで完璧な動作を再現するはずだ。ダンスにも耐えうる、というのがエンジニアたちの見解だった。
 本人さえ望めば、これを彼女に提供したい。彼女は以前と変わらない動きを取り戻すことができ、4U社はその実績を大きく広報できる。
 ソリューション課は軽いフットワークが売りだ。すぐさま、大山はエンジニアの水村とともに彼女の病室を訪ねた。
「われわれは、最新の技術を蓮華さんに提供できます」
 ベッドの体を起こした蓮華の前で、スレートPCの画面を示しながら、大山は熱心に説明した。
「こちらがその概念図です。生体電流を得るための結合手術のみ必要となりますが――」
「いいの、いくつかのメーカーさんから同じ話を聞きました」
 蓮華はあきらめたように首を振った。
「歩けるようになるのは知ってるわ。でも私がしたいのはダンス。どこのメーカーも……」
「できます!」
 水村が蓮華の言葉をさえぎるように力強く答えた。蓮華はえっ、というように目を見開いた。
「私たちのACAIリムはそれを可能にします。私たちはあなたに踊ってほしいと思ってこちらのシステムを説明させていただいています」


ダンシング・リム 2

「……本当に?」
「もちろんです」
 と、大山が言葉を引き継いだ。
「AI制御が、繰り返されるパターンの最適化を行い、それにより専門的な動作を学習します。『体が覚える』という言葉がありますが、われわれは義肢にもその機能を再現させようとしています」
「本当なら、私……でも、あまり高価なものは」
「いえ、費用は全てこちらで負担いたします。もちろん、モニターという形でいくつかの条件はつけさせていただきますが」
 それから大山はズボンの裾をめくった。シリコンの人工皮膚をめくった義足があった。
「私の義足で、小規模な実験は済んでいます。問題はありません。蓮華さんには、ぜひ再び踊っていただきたいと思っています」
 大山の笑顔に、蓮華は小さくうなずいた。

 

 初期調整で一ヶ月ほどかかり、4U社は事の次第を発表した。次世代義肢《ACAIリム》の発表も兼ねて。
 結果は上々だった。4U社の評判は上がり、関連株も含めて大きく値上がりした。
 ただし、蓮華との共同作業はそこからがスタートだった。
 違和感なく歩けるまでにさらに一ヶ月を要した。そこでようやく蓮華はダンスの練習を再開することができた。
 歩くのに違和感はなくても、やはりダンスの動きには無理があった。通常の歩行にはない、ダイナミックで華麗な足捌きは、神経接続素子からの信号処理と動作への反映が間に合わず、ステップの最中につまずくようなみっともない動きを呈した。
 水村の仕事は、かなりの割合でいらだつ蓮華のフォローになった。
「見ててほしいの」
 ダンススタジオで踊る蓮華を――蓮華の足を見る。通常の歩行や走行に近い動作は完璧だった。課長の義肢に見られるようなぎこちなさはどこにもない。AIがうまく学習処理しているようだった。しかしやはり突発的な動作は間に合っていない。蓮華は足を出したつもりで体の重心を移動するが、義肢が付いてきていないといった印象だ。
「もう大会まで間がないのよ」
 水村が蓮華の義肢にケーブルを挿し、データの吸出しと解析を行っている間、蓮華は椅子に座って愚痴タイムだ。
「普段は忘れそうになるの、義足だってことを。でも、踊り始めるとイヤというほど思い出すわ」
「どうしても時間がかかるんです」
 水村は申し訳なさそうに答えるしかない。
「ダンスはある程度決まった動きとはいえ、一〇〇パーセント同じ動きではないので、長期に渡って癖をつかむしかないんです。蓮華さんが数年にわたって体に覚えこませたことを覚えさせないといけないので」
「そうかもしれないけど」
 と、蓮華はため息をつく。水村は続ける。
「義肢はAIを持っていますが、それはあくまで従属的なものです。蓮華さんの意思を覚えこませないといけないんです。踊るのは蓮華さんなんですから」
「ふ~ん……」
 不満そうに答えながら、蓮華は自分の義肢をまじまじと見る。

 

 結果は惨敗だった。
 満を持して、と行くはずないことはわかっていたものの、事故からわずか三ヵ月後の大会は無謀といえた。
 ファイナリストどころか、一次予選敗退だった。
 大山は自分の席で、出掛けに買ったいくつかの新聞を眺める。意外にも大きく取り上げられた記事をいくつか読むが、幸いにして、蓮華と4U社に対しては好意的、または同情的な記事が多い。
 大山は安堵した。
 事前に必死に止めたのだ。エンジニアたちも大山に抗議に来た。本当に出る気なんですか、絶対無理です、どんなに早くても半年はかかりますよ――。
 エンジニアからデータの説明を受け、蓮華を説得に行ったが、むしろ逆効果だった。彼女は頑固だった。
 それを知り、大山は広報を通して予防線を張った。とにかく、技術的なチャレンジであり、出場は復帰戦ではない、復帰へのひとつのステップである。彼女のプライドを傷つけないよう、しかし結果は出ないであろうことを暗に示し続け、どうにか誰も損をしない結果で持ちこたえた。
「大山さん、何か伝言はありますか」
 水村がかばんを抱えて大山の机の前に立っていた。定期訪問に行くところだ。


ダンシング・リム 3

「いや……しかし、たぶん彼女は大荒れだろうから、フォロー、頼むよ」
「……はい」
 水村も苦笑しながら答える。
 さっきのアポの電話で、すでに気が重くなっていた。八つ当たりで何かを投げつけられそうな勢いだった。
 肩をすくめて、水村は大山の席を離れた。

 

「そんなに待てるわけないじゃない!」
 水村が帰ってから、ダンススタジオで蓮華は吐き捨てた。
「みんな、また一段とうまくなってた……。私だけ一回り遅れるわけにはいかないのよ」
 しかし、水村も言っていた。必要なのは時間だと。結局のところ、データの蓄積がものを言うのだ。
「どうしよう……」
 床に座り込み、膝に顔をうずめながら蓮華は独りごちた。誰か。誰か、何か。
 ふと、入院中に来た一人の男のことを思い出した。小さな義肢のベンチャー企業をしていると言っていた。『私どもの会社は直接義肢を提供することはできませんが、メンテナンスなどの相談は個別でお受けできますよ』……。
 バッグをあさり、名刺を取り出して電話をした。男が出て、場所を告げるとすぐ来ると言って電話は切れた。
 蓮華は男が来るまで躍ることにした。
 もう夕方だ。スタジオには夕日が入り、薄暗くなり始めている。しかし蓮華は明かりをつけずに踊ることにした。そんな気持ちだったのだ。明るい中でより、暗い中で踊るほうが、今の気持ちにぴったりだと思った。
 本来はペアと踊る。しかし今日は水村が来る日だったから、ペアの男性は呼んでない。普段はドレスで隠れ、はだけても精巧な人工皮膚で覆われる義肢も、データを取るときだけは金属をむき出しにしなくてはならない。蓮華はそれが嫌で、メンテナンスの日は一人でステップの練習を繰り返していた。
 日が沈み、暗い影となってスタジオで踊っていると、不意に明かりがついた。
 入り口を見ると、男性が立っている。
「どうかされましたか。弊社でお役に立てることがあれば、なんなりとお手伝いしますよ」
 大山や水村とは違う、少し怪しい雰囲気のする笑顔を見ると、蓮華はむしろ頼りになるのではないかと感じた。

 

 すでに二回、定期メンテナンスの訪問を断られていた。
「一応、体調不良ということになっているんですが」
 水村の言葉に、大山は顔をしかめた。
「代わりの日程は」
「都合の良い日を聞くのですが、どうも流されてしまう感じで」
「モニター契約でこちらの定期的なメンテナンスを受けてもらうことにはなってるからな」
「申し訳ないんですが、大山さんから一度連絡してみていただけませんか」
「わかった、今から連絡してみよう」
 大山が電話を取り上げたとき、ソリューション課の社員が小走りでやってきた。
「大山さん、あ、水村さんも、動画、見られました?」
 大山と水村は顔を見合わせる。
「何の」
「蓮華さんのです、共有動画サイトに蓮華さんのダンス動画がアップされてるんです。たぶんいつものスタジオでしょうけど、この間の大会の動きとは比べ物にならないほどうまくなってるんです」
 大山は急いでサイトにアクセスし、動画を再生させる。水村も覗き込む。
 この間の大会と同じ曲、同じペアだ。しかしあのときのような無様なステップではない。
 流れるようにたおやかな動き。計算されつくした足捌き。
 思わずほう、と声が漏れてしまうほどのダンスだ。足を失う以前の蓮華よりうまくなっているかもしれない。
「どういうことだ」
 動画の最後には、ちらりと4U社の義肢を映している。事故前の映像ではないと言うことだ。
 大山は手にしていた電話で蓮華に掛ける。コールは鳴るものの、出そうな気配はない。
「直接行こう。水村くん、大丈夫か」
「はい、メンテナンスPCだけ持ってきます」
 水村は席に向かい、大山は壁のコートを手に取る。
 面倒なことにならなければいいが。どちらもそう思った。
『契約違反――法務が出てくるほどになると面倒だな』
『あれはACAIリムの動きじゃない。何が起きたんだ』

 

 男の言葉に嘘はなかった。
 スタジオの中で、蓮華は滑らか、かつ大胆にステップを踏んだ。一連の動作が終わったタイミングで、入り口のドアが開いた。
「あら、大山さん、水村さん」


ダンシング・リム 4

「ご自宅でこちらと伺ったもので」
 蓮華の笑顔とは対照的に、大山と水村の表情はこわばっている。
「すみません、連絡もせずに。でも、どうです、きちんと踊れてますよね、私」
「その件で、お話を」
 大山はスレートPCを指し示す。蓮華の動画だ。
「この動画、なぜアップされました? 広報はわれわれの仕事です。勝手なことをされては困ります」
「でも、4U社を悪く言うようなものじゃないわ」
「何をされたんです、ACAIリムに。あれほど急激にAIの学習結果が反映されることはないはずです」
 水村も前に出る。
「それにメンテナンスを断られていたのはなぜです? ――いえ、今さら何でも良いです。とりあえず、データを取らせていただけますね」
「お断りします」
 予想しない言葉に、大山も水村も動きを止めて蓮華の顔を見た。蓮華はにこやかなまま、しかし断固と言い放った。
「今、別の業者の方にメンテナンスを依頼しています。私の足をここまで踊れるようにしていただいたのは、その業者の方です。モニター契約も、違約金を払って修正させていただきたいと思います」

 

 大山も水村も対応に追われた。
 その間も蓮華は自らのダンス動画をアップし続け、健在をアピールした。動画では4U社に触れなくなっていた。
 メディアの取材は、蓮華側はノーコメントを通し、4U社もあいまいな受け答えでかわし続けた。
 しかし二週間が経ち、4U社の社内で対応方針が決まったころ、蓮華は突然動画のアップを中止した。
 まずは動画のアップを止めさせることを目的にした対応は出端をくじかれ、数日の猶予が設けられた。蓮華側から何らかのアクションがあるのではないかと思われたからだ。
 果たして、大山に連絡が入った。いつも通り、大山は外線の電話を取った。
「はい、4U社です」
『ご無沙汰してます、蓮華です』
「蓮華さん?」
『すみません、一度お会いしたいのですが……』
 蓮華の声は、少し前に会ったときとはまるで違い、覇気がなかった。それでいて、はっ、はっ、と息を切らしたような小さな息継ぎが聞こえる。大山はいぶかりながら承諾する。
「わかりました、ご自宅へ伺えばよろしいですか」
『いえ……済みませんが練習スタジオのほうに』
 それで電話は切れた。
 大山と水村はスタジオに向かった。社用車を運転しながら、水村は大山に尋ねる。
「息を切らしてたんですか? 踊りながら電話してきたってことですかね」
「そもそもそんなことをする意味がわからん」
「ACAIリムは有効に使ってるから契約違反じゃない、みたいなことをアピールしていたとか」
「まさか。何にしても、きちんと連絡が付いた以上、会社としては今後の契約の形態――破棄なのか変更なのか、改めて確認することになるな」
 スタジオの前では、蓮華の母親が待っていた。げっそりとしたやつれ具合に、二人ともぎょっとした。
「大山さん、ご足労ありがとうございます……」
「お世話になってます。蓮華さんは中ですか」
「ええ、はい……娘を助けてくださいぃ」
 大山は急に母親にすがりつかれ、戸惑った。
「ちょっと、どうされました」
「罰が当たったんです、でも娘はちょっと天狗になっただけなんです、どうか助けて……」
 大山は母親をなだめながらスタジオに入った。

 

 そこには踊る蓮華がいた。
 いや、どう見てもその動きは『踊らされて』いた。勢い良くステップを踏む下半身とは対照的に、上半身は脱力し、ただなすがままに振り回されていた。

 

「……大山さん、水村さん、来ていただけたんですね」
「蓮華さん……どうされました。どこか座って――」



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