目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

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『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より

 人里からほど近い荒地に、オオカミたちがたくさん住んでいました。そこに、一匹の小さなオオカミがいます。その子オオカミは、何か動いているのを見つけると、すぐにこう叫ぶのです。
「少年がきたぞ!」
 オオカミたちは人里の少年に困っていました。なにしろ、とんでもなく目ざとくて、オオカミが少し近づいただけで村中に触れ回るのです。オオカミの大好物は、人間たちが大切にしている家畜です。ところが、この少年のせいで、村にはなかなか近づけません。オオカミたちは、この少年を捕まえてとっちめてやろうと思っていたのです。
 子オオカミの声を聞いて、大人のオオカミたちが巣穴からでてきました。
「どこにいるのだ」
「ほら、あそこだよ」
 子オオカミは鼻先で山頂を指しました。木の上で何かがゆれています。
「バカだなあ。あれはサルだ。人間は木には登らない。お前は人間とサルとの区別もつかないのか。もっと良く見なさい」
 大人のオオカミはあきれた顔をしながら巣穴に戻ってきました。
 次の日も、子オオカミは「少年がきたぞ」と叫びました。今度こそと大人たちが巣穴から飛び出していくと、杖をついた老人が野原を散歩していました。
「バカだなあ。あれは年を取った人間だ。われらが目の敵としているのは少年だ。杖を持った老人など怖くともなんともない。老人ぐらいで、いちいち大人たちを呼ぶな」
 二回も肩透かしを食わされて、大人たちはおかんむりです。子オオカミは、本当に少年がきたときだけ、大人たちを呼ぶようにと念を押されました。
 また次の日、子オオカミは人間が歩いているのを見つけました。今回はひとりだけでなく、たくさんいます。
子オオカミは「少年が……」と叫びそうになりました。だけど、昨日、大人たちに怒られたばかりです。歩いている人間たちの中に少年がいるのかどうか、子オオカミは見極めようとしました。
 最初は全員が人間かと思いましたが、一人は木に登り始めました。あれはサルだろうと子オオカミは見当をつけました。こちらに向かってくる人間たちは、全員が杖のような道具を肩にかついでいます。あれは老人だろうと子オオカミは思いました。
「なーんだ。少年はいないじゃないか。慌てて大人たちを呼ばなくてよかった」
 子オオカミは安心して、母親の待つ巣穴に戻りました。

 そのころ人間たちは、悩まされてきたオオカミの群れを退治するために、猟師を野山に派遣していました。小柄な大人が木に登りオオカミの居場所を突き止め、その指示を受けた大人たちが猟銃を担ぎながらオオカミの巣穴へと近づいて……。


▼新しい寓意(五七五)△▼△▼△▼

うるさいと 警報とめたら 盗まれた (車失人)


『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より

 キリギリスは自由でした。
 ひとりで生活しているので、親や上司から命令されることはありません。好きなときに草を食べ、好きなときに歌を歌い、好きなときに求婚をします。
 それにひきかえ、働きアリの惨めさといったら、どうしたことでしょう。
 女王アリが命じるまま、幼虫のエサを探し続け、自分たちはお情けでアブラムシから分けてもらう粗末な液で、細々と命を永らえています。このような人生に、何の意味があるのでしょうか。
 キリギリスは、働きアリたちが可哀想でしかたがありませんでした。そこで、自慢の美声を響かせながら、働きアリたちに近づきました。
「君たちは、もっと自由にならないかい?」
 みんなで協力してセミの死骸を運んでいた働きアリたちは、首を捻りながらキリギリスに顔を向けました。
「自由ってなんだい?」
 この答えに、キリギリスはあきれました。
「自由とは自分の意思で、自分の責任において行動することさ。君たちは女王アリという独裁者の命じるまま、自らの意思に反して働かされている。労働者たちよ。いまこそ立ち上がれ。自由を勝ち取るのだ」
「しかし、女王アリ様は自分たちの母親でもあります」
「それに、私たちがエサを運ばないと、子供たちが困ります」
 キリギリスは憤慨のあまり、六本の足を踏み鳴らしました。
「何をいうか。母親といっても、女王アリに世話をしてもらったことあるか? 自らは安全な巣の奥にいて、娘たちだけを危険な目にあわせている。こんなのは親でもなんでもない。それに仲間がなんだ。彼らは独立できない弱虫だ。自分の弱さを隠すために、自らに言い訳をして、このような不公平な状態に身をうずめているのだ。こんなことが、許されると思っているのか。やつらは、虫権意識のかけらもないのだ。
 ぼくが君たちに声をかけたのは他でもない。君たちが他のアリとは違い、強い心を持っていると信じているからだ。ぼくと君たちが出あったのも何かの縁だ。新しい一歩を踏み出すならいましかない。いますぐにだ」
 働きアリたちは相談を始めました。そして、キリギリスに聞きました。
「自由って本当にいいものですか?」
「ああそうだ。このオレを見るがよい。虫権意識を呼び覚ますのだ!」
 キリギリスは高らかに喜びの歌を歌い上げました。働きアリたちの気持がぐらりと揺れました。働きアリたちは、運んでいたセミを地面に置きました。
「キリギリスさんが言うように、自由とはとてもいいものかもしれない」
「ぼくたちも自分の意思を持ってみよう」
「生きたいように、生きてみるんだ」

 こうして、キリギリスにそそのかされて巣から離れた働きアリたちは、自由に生きるといっても何をしていいかもわからず、かといって、かつての仲間からも相手にされなくなり、暖かい巣穴を思い浮かべながら、ほどなく野垂れ死にをしたそうです。


▼新しい寓意(五七五)△▼△▼△▼

吹き込まれ 雲の上から 落とされて (単純人)


作者注:原作のタイトルは『アリとセンチコガネ』ですが、日本では『アリとキリギリス』として知られているので、通例に倣いました。


『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より

 あるとき、北風は太陽に相談しました。
「最近、地球温暖化とかで、地球の気温が上昇して人間どもが困っているというではないか。まあ、人間どもが二酸化炭素を増やしたことが原因とはいえ、ここらで地球を冷やしてやらねば、大変なことになるらしい」
「ふむふむ、それなら君がビューっとやってやればいいのではないかね」
「太陽殿もそう思うか。それなら、ひとつ派手にやってみますか」
 北風は地球を冷やすためにびゅーっとやりました。しかし、人間たちは北風に対抗するために、石油ストーブやヒーターをガンガンに焚き始めました。人間が住むあらゆる場所に暖房がいきわたります。おかげで二酸化炭素濃度が上昇し、北風が疲れて吹くのを止めると、よけいに気温が上がるようになってしまいました。
「北風君はいつも力ずくだね。今度はぼくの番だ。いいかい、よーく見てくれたまえ」
 太陽は北風とは逆に地球を温め始めました。人間はストーブやヒーターを使わなくなりましたが、今度は冷房のためにエアコンを回し始めます。エアコンは電力を激しく消費する電化製品です。発電量が上がり、結果として余計に二酸化炭素を排出することとなってしまいました。
「なかなか上手くいかないものだな」
 太陽が腕組みをすると、北風が答えました。
「太陽殿が旅人の服を脱がせたような時代とは違うのさ。世の中の進歩にあわせて、我々も学ぶ必要があるかもね」
「ふむ、北風君には何かいい案がありそうだな」
「いがみ合うのを止めて、お互いの得意分野で協力すればいいのさ。ようするに二酸化炭素の排出を止めればいいんだろ? 二人が力を合わせれば、不可能なことはないと思っているんだ」
 そして、北風は太陽に二人が協力する案を説明しました。太陽が頷きました。
「よし、それでは北風君の案で進めてみよう。これで地球温暖化も解決だな」

 このときから、地球では異常気象が続きました。
 寒い地方では北風が吹き荒れて、作物が冷害にやられて全滅してしまいました。温かい地方では太陽が激しく照り付けて、これまた作物が枯死してしまいました。
 人類は大飢饉に陥り、七〇億いた人口は減り続けて三〇億人となりました。
 人類全体が消費するエネルギー量も人口に応じて減少し、それに伴い二酸化炭素排出量も減りました。こうして北風と太陽の目論見どおり地球温暖化はストップしたそうです。めでたしめでたし。


▼新しい寓意(五七五)△▼△▼△▼

目的と 手段の混同 大惨事 (猪突人)


自己紹介 カミツキレイニー

Author:カミツキレイニー
弟143回Cobalt短編小説新人賞/入選
第13回フェリシモ文学賞/佳作
第5回小学館ライトノベル大賞/ガガガ大賞受賞

 

彼氏にフラれた私・三浦加奈は、死のうと決意して屋上へ向かう。けれどそこで「カカシ」と名乗る不思議な少女、毒舌の「ブリキ」、ニコニコ顔の「ライオン」と出会う。
ライオンは言う。「どうせ死ぬなら、復讐してからにしませんか?」
そうして私は「ドロシー」になった。西の悪い魔女を殺すことと引き替えに、願いを叶える『オズの魔法使い』のキャラクターに。
広い空の下、屋上にしか居場所のない私たちは、自分に欠けているものを手に入れる。

 

〝冬オズ〟の本編「こうして彼は屋上を燃やすことにした」もよろしくお願いします。


ブログ/赤色ブランチ

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【赤ずきん喫茶】

 割れんばかりの絶叫だった。
 こういうお店というのは大抵「いらっしゃいませ、ご主人様」と迎えられるのだと構えていたから、ドアを開けた瞬間に始まった少女たちの絶叫には面食らった。カランカランと鳴るドアベルを合図としたかのように、ウェイトレスたちは店の奥へ散り散りに逃げてゆく。
 ぽつん、とほったらかされた俺は勝手が分からず、しばらく入り口に立ち尽くしていた。
「あ、あの……いらっしゃい……ませ。オオカミ様」
 オオカミ様?
 怯えるようにレジカウンター下から頭を出した女の子が、恐る恐る俺に話しかける。赤い頭巾に丸眼鏡。幼い顔立ちをした小柄な少女は、上目遣いで質問する。
「お一匹様……でしょうか……?」
 おいっぴきさま。ああ、客はオオカミ、という設定なのか。
 それからカウンター席に案内された。店内は一般的な喫茶店よりも一回り小さいくらいのワンホールで、男性の単独客が三名、ほどよく距離を保って座っていた。天井や窓枠には作り物の蔦が絡まり、同じ蔦から苺、キウイ、ひめりんごなどが節操なく実っている。
 俺がドアを開けたときのパニックは収まったらしく。ウェイトレスの女の子たちは辺りをうかがうように姿を現し、おどおどしながら給仕活動や客の話し相手などを再開した。彼女たちの衣装は皆、赤い頭巾にバスケット。身長制限でもあるのだろうか、一様に小柄で華奢な体つきをしている。
 席に座り、この店のコンセプトを考えた。〝メイド喫茶〟にメイドがいるように、ここ〝赤ずきん喫茶〟には赤ずきんちゃんがいるようだ。客は〝ご主人様〟ではなく、〝オオカミさん〟らしい。まったく、よく考える。半ば呆れながら、机上に立て掛けられたメニュー表を手に取る。
 まあ予想はしていたが、やはり高い。たかだかオムライスで1000円。ケチャップを使い目の前で文字を書いてくれるサービスというのが+200円。女というのはしたたかだ。恋愛感情をちらつかせてそれをお金に換える。ケチャップで文字を書くだけで金が貰える、自分にはそれくらいの価値があると思っている。
 俺は女性のそういう態度に辟易していた。そもそもこの店を訪れたのだって、女に振り回されてしまった結果と言えよう。

 

「また機会があったらね!」

 

 さんざん奢らされたあげく、次のデートを提案すると彼女はそう言って笑った。〝また機会があったらね〟便利な言葉だ。それが遠回しに拒否されていたのだということを、俺は今日初めて知った。
 何とかこじつけたデートの待ち合わせに、彼女は来なかった。やけを起こした俺は時間と金を持て余し、ふと目に付いた〝赤ずきん喫茶〟なるもののドアベルを鳴らした。こういう店は初めてだった。傷ついた心を癒やしてくれるなら何でもいいと思っていたが、やはり一度芽生えた女性に対する不信感はなかなか拭えないようだ。
 赤ずきんたちの一挙手一投足がやたらわざとらしく感じられる。隙あらば男たちから金を摂取しようとしているのが丸わかりで、萎えてしまう。
 視線を落としたメニュー表。粗探しはそれなりに楽しかったりする。

 

〝赤ずきん農場直送☆アンナおばあちゃんの新鮮やさいスティック700円〟
〝隠し味はしぼる前のキッス☆果汁100%毒リンゴジュース600円〟

 

 そんなドヤ顔で☆を散らされたってまず「アンナおばあちゃん」を知らないし、毒リンゴに至ってはもはや赤ずきんですらない。苦笑しながら視線を滑らせていくと、一番下に気になる丸文字を見つけた。

 

〝オオカミさんのお肉450円〟

 

 肉だけが、極端に安くないか? ジュースが600円もする空間で、なぜ肉が450円なんだ。そもそも「オオカミの肉」だなんて日本で食べられるものなのか?
 俺は無難にオムライスを注文した。
 料理をトレーに乗せて運んできた子は、俺に怯えながらそれをテーブルに置くと震えた声で尋ねてきた。
「あ、あの……何と、書きましゅ、あ、ごめんなさい」
 言葉を噛むと顔を真っ赤にして言い直す。
「……何と、書きま、しょうか」
「……いや、何でもいいですよ」
 適当に答えると、赤ずきんは困惑の表情を浮かべて視線を泳がせた。
 日本人ではあるのだろうけど、彼女にはどこかヨーロッパの少女のような可憐さがあった。肩を覆うポンチョと色がお揃いの赤頭巾からは、透き通る様な金色の髪が覗いている。華奢な指先や首筋は何年も太陽の光を浴びていないかのように白く、汚れを知らない少女のような甘さを感じさせた。青色の瞳が困惑に濡れる様にはどこか嗜虐性を刺激され、赤ずきんを襲うオオカミの気持ちが分からないでもない。
 彼女はトレーを脇に置くとオムライスを手元に寄せ、バスケットからケチャップを取り出した。その爪先は薄桃色で、マニキュアさえしていない。
 手持ちぶさたとなった俺は何か喋らなくてはと、傍らの彼女を見上げる。
「……変わったお店ですね。赤ずきんがモチーフなんだ」
「あ、えと……。はい」
 恥ずかしいのか、もじもじと俯く赤ずきん。俺の視線から逃げたいけれど、ケチャップで文字を書く作業を続けなければならない、その板挟みに耐える少女は可愛い。漫画であれば頭から汗マークがぴょぴょっと飛び出していることだろう。しどろもどろな彼女をもっと虐めたく思い、敢えてその表情をじっと見上げた。
「いろいろこだわってるんですね。メニューとか。その怯えた仕草も上手だなって」
「え、演技なんかじゃないです……!」
「そういえばさ、メニューで〝オオカミの肉〟ってあったけど、本物のオオカミ?」
 びくり、と少女の肩が跳ねた。下唇を柔らかく噛み、俺を見ないよう必死に視線を逸らしている。
「本物……です」
「……?」
 まあ店員さんなら、そう答えなきゃプロ失格だろう。その回答は想定の範囲内だが、不思議なのは彼女の挙動の方だ。さっきよりもさらに、怯えている様子。
 ちら、と彼女がキッチンへ一瞥したのを、俺は見逃さなかった。反射的にその視線を追う。さ、と何者かが隠れた。
「え? 今誰かいた?」
「……! いません、誰もいませんから」
 トレーを胸元に抱き、深くお辞儀をして少女は駆け足で去っていった。一体何に怯えていたのか……? あれは俺に、と言うより他の何かに怯えていたような……。
 スプーンを持ってオムライスに視線を落とす。瞬間、背筋が凍った。
 オムライスに書かれた文字はたった三文字。

 

〝逃 げ て〟

 

 思わず立ち上がった俺に、他の赤ずきんが恐る恐る声を掛ける。
「お、オオカミ様……? 何か……?」
「い、いえ! 何でも……!」
 慌ててオムライスをスプーンの先でぐしゃぐしゃに潰し、口の中へ掻き込む。
 オオカミ、様……。客をオオカミと呼ぶシステム。怯えた少女。〝逃げて〟の意味。安すぎる肉の正体。脳内でパズルが組み上がる。何よりさっきキッチンに一瞬だけ見えた、あの大男の姿。あれは、あの格好は――。
 オムライスを乱暴に口に掻き込みながら、辺りに気を散らした。さっ、と柱の向こうに消えた影。――いる!
 咄嗟に真後ろを振り向けば、側に立つ赤ずきんに夢中で何かのファイルを広げ見せている太めの客。その後ろに猟銃を構えた――さっ、と隠れる髭男。俺の視線に気付いたのだろうか。あの客の後ろの、不自然に積まれた段ボールの中にもいるぞ! 羽根付きのハットに深緑のベスト。やっぱり、この店の至るところに猟師がいる!
 カウンターを挟んで、俺に警告をくれたあの金髪の赤ずきんが青色の瞳を濡らしてこちらを見ていた。君は、俺を助けてくれようとしているのか……?
「お、美味しいですね、オムライス」
「そ、それは良かった……です」
 米粒まで掻き集める時間は惜しい。俺は一気に水を飲み干し、最後の一口を流し込む。
 そしてカウンターの向こうにいる彼女にだけ聞こえるよう声を潜めた。
「ね、ひとつ訊いてもいいかな……」
「……」
 少女は何も答えない。しかしさっきと違うのは、彼女は視線を逸らさなかった。怯えた瞳はそのままに、その美しい虹彩は俺を見返していた。
「どうして君は、ここで働いているの?」
「……」
 少女はやはり、何も答えない。ただほんの一度だけ、瞬きをした。
「……もしかして無理矢理、とか仕方なく、とかそういう……」
 桜色の唇が開いた。何かを言おうとした。しかし彼女が、言葉を紡ぐことはなかった。目を伏せ、それからやおら首を横に振るだけだ。
「……帰るよ。会計お願い」
 レジまで送ってもらった。会計を済ませ、おつりを渡された時に細く、白すぎる指先が触れた。誰かに見張られているのだろうか。彼女に自由はないのだろうか。今しかない、と思えた。今が彼女を救い出す最後のチャンスだと。
「一緒に逃げよう」
 その手を取り、赤ずきんの青色の瞳を見つめた。沈黙は一瞬。俺の手を握り返し、彼女は初めて、微笑みを見せる。

 

「あ、はい。また機会があれば」

 

「行ってらっしゃいませーオオカミ様ー!」
「またお越しください、オオカミ様ー!」
 カランカラン、とドアベルは鳴る。たくさんの赤ずきんたちに見送られ、俺は喫茶を後にした。

 

 眩しい太陽と、街中の喧騒。行き交う車。やかましい雑踏。あ、そうそう、思い出した。ここ日本じゃん。何だよ、一緒に逃げようって。死にてえ。
〝機会があれば〟便利な言葉さ。
 女ってのは! したたかで、残酷で! 演技がうまくて!
 でもそれ以上に、男ってのはバカなのだろう。「二度と来るものか」などと呟きながら、赤のポンチョから覗く白い肌を思い出し、舌なめずりした自分に気付いた。



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