目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

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六つの檻 4

「グレーテル……おまえケガしてるじゃないか……いったい何をされたんだ……」
 僕はグレーテルの手を握った。温かい。グレーテルの体温を感じた。グレーテルの指は滑らかで細かった──。だが手のひらは赤く、ざらざらしていた。小さな指の爪はひびが入ったり、割れたりしていた。
「お兄ちゃん……わたし……魔女の身の回りの世話をさせられてるの……でも、なかなか上手にできなくて……」
 そのとき、どこからか足音が聞こえた。グレーテルは、隠れて、と小さく叫んだ。僕は急いでグレーテルからはなれ、檻の奥に身を隠した。グレーテルの足音が遠ざかる。どこからか聞こえていた足音はいつのまにか消えていた。
 それから、どれほどの時間が過ぎたのか──次に聞こえたのは、重い物を引き摺りながら歩く足音だった。
グレーテル──。
 そう言いかけて口をつぐんだ。グレーテルが現われた、すぐその後ろに、とてつもなく大きな影が見えたからだ。グレーテルの背後には、あの大男がいた。大男は大きな寸胴鍋を両手で抱えていた。檻の前で大男は、一度、鍋をおろし、鍵を使って檻を開けた。また鍋を抱えて、のそりと檻の中に入ってくる。僕は恐ろしくてたまらなくなり、檻の奥で、身をかたくしていた。鍋を置いた大男は檻の入口に立っていた。入れ替わるようにしてグレーテルが中へ入ってきた。鍋の横に座り、僕の方を向いて手招きをする。
「お兄ちゃん、私のところへ来て……大男は襲ってこない……大丈夫だから……」
 僕はゆっくりとグレーテルの方へと向かう。グレーテルがいるのは檻の中央だ。本当に大丈夫だろうか──。大男は檻の入口から僕らの様子を窺っている。入口を塞いでいるのだ。
「座って。大丈夫……大丈夫だから」
 僕は言われるとおりにグレーテルの横に座った。グレーテルが鍋の蓋を開ける。グツグツと煮えたぎっているが、それはひどく生臭かった。
「お肉のスープよ……食べて」
 そういってグレーテルは鍋の中のモノをカップにすくい、僕に差し出した。なみなみに盛られたそれは、赤黒く混濁していて、とても食欲をそそるものではなかった。
「でも……」
「食べて。食べなきゃ殺される」
 グレーテルは無表情のまま、早口で言った。目は真剣そのものだった。大男の視線が突き刺さる。
 僕は只ならぬものを感じて、カップを受け取り、それを口の中へとかきこんだ。見た目ほど不味くはないが、ひどく薄味だった。お湯にほんの少しの塩コショウをかけたような、そんな味──。しかもあれほど煮えたぎっていたのに、なぜかゴロゴロと半生の肉が入っていて飲み込むのにも一苦労だった。それでもなんとかカップを空にした。胸がムカムカして気持ちが悪い。するとグレーテルは目の前で信じられない行動をとった。空になったカップを取りあげ、また鍋からスープをすくい取り、なみなみとカップに盛り、僕の前に差し出したのだ。

六つの檻 5

「もう一杯食べて……」
「嘘だろ……無理だよ……これ以上、一口だって入らない……」
「お願い……食べて……食べなきゃ本当に殺されちゃうの……早く……」
 グレーテルの頬に涙が伝った。大男はグレーテルの差し出したカップを睨みつけている。僕はグレーテルからカップをひったくるように取り、死に物狂いでかきこんだ。腹が膨れ上がり、喉の奥にゴロゴロとした肉がぎゅうぎゅうに詰まっているような、ひどい息苦しさを感じた。それでも何とか食べ終えた。胸も腹も苦しい。破裂しそうだ。だが不思議と嘔吐しそうな苦しさではなかった。
 やっとグレーテルが鍋の蓋を閉めた。
 すると大男が檻の中に入ってきた。だが、もう一歩だって動けない。しかし、大男は僕に見向きもせず、鍋を持ち上げて、檻の外へと出た。グレーテルがそれに続いた。ガチャリと檻が閉まり、また鍵がかけられた。腹をおさえて、しばらく身動きもできずにうずくまっていた。
 どこかでグレーテルの悲鳴が聞こえた。驚き、飛び起きた。グレーテルの名を呼んだ。途端、絶叫が響き渡る。今のは、グレーテルではない。別の声だ。すぐにその絶叫は、か細いものへと変わり、やがて途絶えた──。
鉄格子の向こう側に大男の姿が見えた。何かを引き摺っている。それは首と、腕と、足があらぬ方向を向いて息絶えている男の子の姿だった。大男はそのまま檻の前を通り過ぎて行った。
 嘘じゃなかった──。この子供はスープを食べきれなかったのだ──。そして大男に殺されたのだ──。
 その後、拷問とも言える食事は何度も繰り返された。定期的にグレーテルと大男は寸胴鍋を運んできた。いつも同じスープだった。だけど僕は死にたくなかったから必死に食べた。
 あるとき大男と一緒に見たこともない、老婆が現れた。
 薄汚い黒いローブを着て、顔は皺だらけだった。鼻が異様に大きく、顎まで垂れ下がっていた。反対に目は小さく、皺に埋もれていた。それが魔女だとすぐにわかった。魔女は檻の前に立ち、僕に向かって手招きをした。吸い寄せられるように、勝手に足が動いていた。魔女は、右手の人差し指を出しな、と言った。ひどく甲高くしゃがれた声だった。僕は言われた通りに指を出した。魔女はそれを軽く握った。魔女の手は底冷えするほどに冷たかった。すると魔女は、ヒヒヒ、と笑い、そのまま通路の奥へと姿を消した。
 わけがわからぬまま、立ちすくんでいると、大男が入ってきて、僕を捕まえた。さらに隣の檻へと投げ込まれた。もんどりうって倒れ、しばらく痛みに耐えながら大の字に寝転んでいた。
 次の日、また周りが悲鳴と絶叫に彩られ、さらに隣の檻へと移された。何が起きているのかまったくわからない──。僕にはただただ、怯えることしかできなかった。
 あるとき、寝ていると僕を呼ぶ声がした。すぐに誰だかわかった。グレーテルだ。僕は飛び起きて走りよった。大男の姿はない。
「グレーテル無事か……?」
 グレーテルの顔は青白く、ひどくやつれていた。

六つの檻 6

「私の話を聞いて……すごく重要なことなの」
 そういってグレーテルは僕の言葉を遮った。
「わかった……」
 その真剣な表情に圧倒され、僕は頷いた。
「時間がないから一度しか言えない……よく聞いて」
 ただならぬ雰囲気に圧倒されるように、また頷くしかなかった。グレーテルは声を潜めながら、だがはっきりとした口調で話しはじめた。
「ここには六つの檻があるの。横一列に並んでいる。それぞれ番号がふられていて、外から檻へ向かって、一番右端が①の檻、左へ番号順に進み、一番左端が⑥の檻よ。全部の檻に男の子が捕らえられているわ。捕まって最初に入れられるのが⑥の檻、そしてある条件を満たすと、一つ数の少ない番号の檻へと移動させられるの……その条件は二つある……」
「条件……」
 あまりにも奇妙な話だった。背筋に冷たいものを感じた。
「そうよ……魔女がときどき人差し指を握りに来るでしょ? 魔女はほとんど目が見えないの。だから指を握って、その子供がどれだけ太ったかを検査しに来てるの」
「検査……」
 声が震える。
「ええ……検査というのは、具体的には二つの檻の、どちらの子供の指が太いかを確認することなの……。その二つの檻は、①と②、③と④、⑤と⑥、この三つの組み合わせになるわ。数字の小さい檻の子供の指が太い場合は、檻の移動はなし。大きい数字の檻の子供の方が太ければ、檻が入れ替わるの……これが、一つ目の移動の条件よ」
 僕はことの恐ろしさに怯えながらも、一方で必死に頭を回転させていた。生き残るために、この情報は物凄く重要に思えたのだ。すると一つ疑問が沸いた。
「ちょっと待て……質問がある……」
 グレーテルは言葉を止める。
「常にその組合わせの比較になるなら、⑤から④、③から②への移動は無くなるんじゃないのか?」
 グレーテルのいう組み合わせで比較している限りは大きい数字の子供が一つ下の数字に移動することはあっても、少ない数字の場合は現状維持しかない。
 グレーテルは首を振った。
「①と②の比較で、指が相手よりも太かった方は、即、檻から連れ出されて殺されるのよ。空いた檻が出た場合は、その檻を埋めるために自動的に番号が繰り上がるの……。これが二つ目の移動の条件……。そうすると⑥が空くから、そこにまた新たな男の子が追加されるの……」
 僕は言葉を失った。だが本当のことなのだろう──。
 これで絶叫とすすり泣きにも納得がゆく。絶叫していたのは①か②の、今まさに、連れ出されて殺されようとしている子供の声、すすり泣きは③以下の檻の子供の声に違いない。
「魔女はなぜこんなことを……」
 人の命を虫けら程度にしか思っていない。完全に狂気の沙汰だ。

六つの檻 7

「魔女は子供を殺して、バラバラに切り刻んでその肉を食べてるの……子供の肉は妖気の源になるらしいわ……男の子の肉じゃなきゃ駄目らしいの……それもできるだけ太って肉のついた男の子が……」
 僕はようやくすべてを理解した。不味いスープを無理やり食べさせるのもこのためだ。捕らえた獲物をまるまると太らせ、一番肉のついた獲物を食べる。この檻はそのための装置だったのだ。
「僕は今、何番の檻にいるんだ……」
 何回、檻を移動したのかはっきりとは覚えていない──。ただ、移動したのはすべて同じ方向だった。
「今、お兄ちゃんがいるのは……③の檻よ……そして……明日、検査があるわ……」
 僕は愕然とした。言葉がでない。だが考えるしかない。検査があるということは①か②の檻の、どちらかが殺されるということだ。するとそこに空きができるから自動的に一つ数の少ない檻へ移動となる。ということは④より指が細ければ③のまま、もしも太ければ②へ移動ということだ……。②の檻に入った時点で死へのリーチがかかる……。
「グレーテル、ぼ、僕は④の子供の指と比べてどうなんだ……」
 世話役をしているグレーテルなら④の太り具合も見ているはずだ。だが、グレーテルはうつむき、なかなか口を開こうとしない。
「正直、④の男の子の指の方が細いと思うわ……ここにいる子供たちは皆、私たちと同じように、口減らしで捨てられた子供たちばかりよ。元々、太っている子供なんかいないわ。皆、がりがりに痩せ細っていて……だからどうしても先に入れられてたくさん食べさせられている方が不利になる」
 ようやく口を開いた。その答えはあまりにも残酷だった。
「じゃあ……じゃあ……僕はこのまま殺されてしまうのか!」
 声を荒げた。死にたくない。死にたくない。こんなところで絶対に死にたくない──。
「お兄ちゃん、声をおさえて……気づかれてしまうわ……」
 グレーテルは泣きそうな顔で言った。
「グレーテル……たのむ、助けてくれよ……おまえ、僕の妹だろ……お兄ちゃんを見殺しにする気か……お願いだから助けておくれ……」
 僕は妹に泣きすがるしかなかった。だがグレーテルは何も言わず去っていった。どこかで物音が聞こえたのだ。
 その後、グレーテルのいうとおり検査が行なわれた。結果、僕は②の檻に入れられた。④の子供よりも指が太かったのだ。絶望的な気分だった。移動する直前に絶叫が響き渡った。①か②の子供が連れ去られたのだ。
もう後がない。次、比較相手の子供よりも指が太かったら、僕は生きたまま切り刻まれて殺されるのだ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。絶対に死にたくない──。グレーテルはもうあてにはならない。頼れるのは自分だけだ。考えて、考え抜いた。どうしたら助かるのかを──。
 そして僕は、悪魔に魂を売ることに決めた。
 最初から気づいていた。大男の、グレーテルを見る目が、あの変態野郎の父親と同じだということを──。

六つの檻 8

 そして食事を運んできたグレーテルに対して、僕は言った。
 グレーテルは泣きながら拒否した。僕はグレーテルを殴った。
 するとグレーテルは、とぼとぼと歩き、檻の入口を塞いでいる大男の前に立ち、薄汚れた腰巻を下ろし、その股間に顔をうずめた。
 最初、大男は驚いた風だったが、すぐにそれは、変態野郎と同じ淫猥な表情へと変わった。僕はスープを飲むフリをして、少しずつだが、中身を地面にこぼした。大男は、チラチラとこちらを見ていたが、快楽に溺れるのに夢中で、僕の行為に気づいていない様子だった。
 僕は空になったカップを掲げて、大男に見せた。ようやくグレーテルは顔を上げた。ゴボゴボと咳をして、激しくむせていた。
大男は何も言わず去って行った。僕は地面にこぼしたものをかき集め、汚物入れに投げ捨てた。
 この方法で僕は何度か食事を回避した。これで次の検査に向けてだいぶ有利になったはずだ。だが絶対ではない。もしも相手よりも指が太かったら──その敗北は死を意味するのだ。できることはすべてやらなければならない。僕は、またグレーテルを殴り、命令を出した。
 グレーテルは命令に従い、頼んだモノを持ってきた。グレーテルの、手の中にあったモノは、子供の、右手の人差し指だった。魔女に気づかれないようにして、切り刻まれた子供の、人差し指だけを盗んでくるよう、命令したのだ。
思ったとおりだった。その青白い指は血が抜けて、僕の人差し指よりもかなり細い。グレーテルの指までとはいかないが、①の子供の指の太さに負けるわけが無かった。そのとき、①の檻で叫び声が聞こえた。身をかたくする。何が起きたのか──。だが、その声は恐怖に怯えるような声音ではなかった。例えるなら、何かに立ち向かっていく雄叫びのような──。
 僕は立ち上がり、鉄格子に顔を押しつけて、①の檻の様子を窺った。入口に大きな影が見えた。どうやら①の子供は食事中のようだ。鈍い音がして、床か壁に何かが勢いよくぶつかる振動が伝わる。
 次にグレーテルの悲鳴が──。その後、グレーテルはしくしく泣いていた。二人が去った後、耳をすますと①の檻から子供の呻き声が聞こえた。
 どうやら生きては、いるようだ。
 何が起こったかは、だいたい想像がついた。おそらく大男は、我慢できなくなりグレーテルを求めたのだろう。その姿を見て、①の子供はグレーテルを助けようと大男に立ち向って行ったのではないだろうか──。そうだとすれば、何て馬鹿なことをしたのか──。これは命を懸けた戦いなのだ。その状況で、なすべきことはグレーテルを助けることじゃない。それを利用して僕のようにスープをこぼし、食事を誤魔化し、数ミリでも指を細くすることなのに──。僕に負ける要素は一つも見つからなかった。
 そして魔女が現れた。
 僕は切り刻まれた子供の、右手の人差し指を、魔女の前へ出した。魔女がその指を握る。魔女の目は相変わらず、皺に埋もれている。魔女はすぐに握った指を放し、そのまま①の檻へと向かった。うまく誤魔化せた。僕は①よりも指が細いことを──勝利を確信した。
 しかし──様子がおかしかった。

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