目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

閉じる


<<最初から読む

3 / 47ページ

六つの檻 1

 耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。
 声の主は、泣き叫び、暴れ狂っている。手足を全力で振り回し、必死に抵抗しているようだ。固い壁を爪でガリガリと掻き毟るような音が聞こえて、耳を塞ぎたくなる。ガチャリと何かの音がした。
 同時に悲鳴はまるで怪鳥が嘶(いなな)くような恐ろしいモノとなった。もはや人の声ではない。その悲鳴にさめざめと泣く、幼い声が複数重なる。
 いったい何が起こっているのだろうか──。
 両足が小刻みに震えだした。耳を塞ぎ、絶叫と泣き声を遮断する。僕は震える足で、仄かに灯りの見える方へと進んだ。すると目の前に立ちはだかるものがあった。
縦にいくつも連なる鉄の棒──鉄格子だ。
 両手で握ってみる。ひんやりと冷たい。そのまま全力で引っ張る。次はガンガン叩いた。びくともしない。その隙間は狭く、頭も通らない。
 僕は檻の中に囚われていた──。
 檻のすぐ外には薄暗い通路がはしっていた。小さなランプが一つ、天井からぶらさがり、ゆらゆらと揺れていた。
 鉄格子に顔を押しつけて、絶叫の聞こえる方を見やった。仄かなオレンジの灯りの向こう側、通路の奥の方に、何かが見えた。
 それは──男の子の顔だった──。
 闇の中にぼんやりと浮かび上がったそれは、こちらを向いていた。その顔は恐怖に歪み、涙と鼻水とよだれがまじり合い、テラテラと光っていた。
 そのとき、男の子の背後に恐ろしく大きな影が見えた。男の子はその、大きな何かに、捕らわれ、通路の奥へと引きずられていく。手を振り回し、両足を地面に踏ん張って抵抗しているのだが、影の化物は、ものともしない。男の子の姿は徐々に遠ざかってゆく。その先は完全なる闇だ。そのまま男の子は闇に消えた。
 同時に絶叫もピタリと止んだ。重なり聞こえていた子供の泣き声も、それが合図であったかのように、いつのまにか、耳には届かない。
 僕は鉄格子から手を放した。よろよろとよろめき、そのまま地面に尻餅をついた。地面は土だった。ざらざらとかたく、冷たい。しばらくして立ち上がり、壁を調べた。地面と同じかたさ、そして同じように冷たい土でできていた。耳を当ててみる。何も聞こえない。壁は垂直ではなかった。天井へ向かうに従い、ゆるりと湾曲していた。まっすぐに切り立った山肌の、土の断面を穿って穴を開け、その入口に鉄格子を取り付けて檻をつくった。そんなイメージが頭の中に浮かんだ。
 檻の一番奥には、丸い木の蓋が置かれていた。蓋を開けた。そこには穴が掘ってあり、糞尿が塗れていた。凄まじい臭気に仰け反り、地面に嘔吐した。鼻と口を押さえながら必死に蓋を戻す。
 大きな足音が聞こえる。思考が遮断される。
どこかでまたガチャリと音がした。そして悲鳴──。ずるずると何かを引き摺る音がした──。再びガチャリと音がする──。また悲鳴──。これは別の子供の悲鳴に聞こえた。

六つの檻 2

 そしてまた引き摺る音──。ガチャリ──。悲鳴──。複数のすすり泣きが、またそれに重なる。
 不可解な音の連鎖は徐々に、こちらへと近づいてくる。僕は、かたい地面の上で膝を抱えて、がたがたと震えていた。
足音が聞こえた。近い。あきらかにこの檻を目指している。大きな影が見えた。
 檻の前に、山のように大きな男が現れた。
 男は見上げるほどの高さで、すべてが大きかった。足も、膝も、腹も、手も、胸も、肩も、首も、顔も──それを形成する目も、鼻も、口も、耳も──あらゆる部位が規格外に大きいのだ。
 男は裸だった。腰に布切れを一つだけ巻いている。体中毛むくじゃらだ。何か油みたいなものを塗っているのか、それとも異常に汗かきなのか、体全体がぬらぬらと光っていた。反対に頭はきれいに禿げあがり、髪の毛は一本もなかった。
 男の、大きな二つの目玉が僕をとらえた。すると男はニタア、と笑った。男は檻の一番右端まで歩き、鉄格子の前でガチャガチャと何かをしていた。すると、例のガチャリ、という音がして、鉄柵が三本外れた。そこから男は、のそりと檻の中に入ってきた。僕は後ずさった。だが逃げ道などない。その巨体に似合わず、男の動きは恐ろしいほど素早かった。僕はすぐに捕まった。大声で泣き叫んだ。あらん限りの力を手足に込めて、抵抗しようとするが、羽交い絞めにされたままピクリとも動かせない。男の体は生臭く、獣みたいな臭いがした。そのまま物凄い力で引き摺られて、檻の外に出された。
 薄暗い通路を進み、すぐに、またどこか暗いところに入った。そのまま投げ飛ばされた。固い場所に腹を打ちつけ、息ができずにゴロゴロと転げまわる。
 またガチャリと音が聞こえた──。
 痛みがようやく和らぎ、顔を上げた。信じられない光景だった。先ほどと同じ場所にいた。起き上がり腹をおさえながらゆっくりと歩く。目の前には冷たくてかたい鉄格子が立ちふさがっている。地面は冷たく、かたい土だった。壁も地面と同じようにかたく、天井に向かって湾曲している。檻の一番奥には木製の丸い蓋があり、その隙間から臭気が漏れていた。
 まったく同じつくりだ──。
 一度、檻の外に出たのは間違いないのだ。同じような檻が複数あるのだろうか──。だけど、いったい何のために──。わからないことだらけだった。
 ふと思い立つことがあり鉄格子に近づく。一番右端から三つ目までの鉄柵を確認した。大男は鉄格子を外して中に入ってきたのだ。この檻がさきほどとは別の檻だとしても、まったく同じ仕掛けが施されている可能性は極めて高い。見ると、鉄柵の上下に、二箇所、垂直に並ぶ三本を橋渡しする格好で、水平に鉄の棒が二本、渡っていた。一番右端の、鉄柵の裏側をまさぐると奇妙な形状の凹みがあった。
 わかった。これは鍵穴だ。この三本の棒だけは、二本の橋渡しにより、固定されることで、一枚の扉になっていたのだ。大男はここに鍵を差しこみ、扉を開けたのだ。今はきちんと施錠されて、やはり他の鉄柵と同じようにびくともしない。
 相変わらずどこからか、すすり泣く声が聞こえる。通路を見ると、今は誰の姿もない。急に、体に力が入らなくなり、かたい地面の上へ、大の字に寝転がった。

六つの檻 3

 気がつくと、僕はそのまま眠りに落ちていた──。

「──ちゃん……」
 誰かの声が聞こえる。
「──にいちゃん……」
 聞き覚えのある、この声は──。僕は眠りから覚めた。
「お兄ちゃん……」
「グレーテル!」
 僕は叫んでいた。目の前にいるのは妹だった。それはまぎれもなく妹のグレーテルなのだ。駆け寄った。だが鉄格子が邪魔をして抱きしめることはできない。涙で視界が濁る。
「グレーテル……グレーテル……おまえ無事だったのか……」
「お兄ちゃん、だめ、小さな声で話して、大男と魔女にみつかってしまう……」
 グレーテルはそう言って唇に人差し指をあてた。
「魔女……?」
「おぼえてないの? わたしたち魔女につかまったのよ……」
 魔女に──。どうも記憶がはっきりとしない。
「わたしたち……お父さんとお母さんに森へ捨てられたの……そのまま森をさまよってたら、お菓子でできたお家があって……それに気をとられている隙に……魔女に襲われたのよ……」
 思い出した──。僕は今、はっきりと思い出していた。
 そう。僕たち二人は両親に捨てられたのだ。僕は捨てられる前の晩の、二人の会話を盗み聞いていた。
(もう限界なの……あなたもわかるでしょ……このままじゃ四人全員が餓死してしまうわ……もともと無理だったのよ……子供二人なんて……明日、森へ二人を連れて行くわ……)
(まあ、待てよ。それはいくらなんでもかわいそうだ……そうだ、二人は無理でも、一人なら何とかなるんじゃないか……グレーテルだけでも……女の子一人分の食べ物なら、それほど負担にならない……)
 母親の影が動いた。影は無言のまま、ゆっくりと首を振っていた。
 こうして次の日、僕ら二人は森に捨てられた。
二人のことは許さない。愛情のかけらも無い冷酷な母親。そして変態野郎の父親は、生きて帰ったら絶対に殺してやる──。
 グレーテルの目から涙がこぼれ落ちた。
煤や泥で汚れた頬に二筋の細い道ができる。グレーテルの肌は雪のように真っ白で透きとおっていたのに──。今や見る影もない。
「可哀そうに……大丈夫……大丈夫だよ……グレーテル……お兄ちゃんが、ここを抜け出して必ず助けてやるからな」
 グレーテルは嗚咽しながら頷く。僕は指先でグレーテルの涙を拭いてやった。
 グレーテルは薄汚れた薄い布のようなものを着ていた。そして裸足だった。両足には金属の足枷が嵌められていて、その先には丸い鉄の塊があった。よく 見ると膝や腕にいくつもの傷があり、血が滲んでいる。


六つの檻 4

「グレーテル……おまえケガしてるじゃないか……いったい何をされたんだ……」
 僕はグレーテルの手を握った。温かい。グレーテルの体温を感じた。グレーテルの指は滑らかで細かった──。だが手のひらは赤く、ざらざらしていた。小さな指の爪はひびが入ったり、割れたりしていた。
「お兄ちゃん……わたし……魔女の身の回りの世話をさせられてるの……でも、なかなか上手にできなくて……」
 そのとき、どこからか足音が聞こえた。グレーテルは、隠れて、と小さく叫んだ。僕は急いでグレーテルからはなれ、檻の奥に身を隠した。グレーテルの足音が遠ざかる。どこからか聞こえていた足音はいつのまにか消えていた。
 それから、どれほどの時間が過ぎたのか──次に聞こえたのは、重い物を引き摺りながら歩く足音だった。
グレーテル──。
 そう言いかけて口をつぐんだ。グレーテルが現われた、すぐその後ろに、とてつもなく大きな影が見えたからだ。グレーテルの背後には、あの大男がいた。大男は大きな寸胴鍋を両手で抱えていた。檻の前で大男は、一度、鍋をおろし、鍵を使って檻を開けた。また鍋を抱えて、のそりと檻の中に入ってくる。僕は恐ろしくてたまらなくなり、檻の奥で、身をかたくしていた。鍋を置いた大男は檻の入口に立っていた。入れ替わるようにしてグレーテルが中へ入ってきた。鍋の横に座り、僕の方を向いて手招きをする。
「お兄ちゃん、私のところへ来て……大男は襲ってこない……大丈夫だから……」
 僕はゆっくりとグレーテルの方へと向かう。グレーテルがいるのは檻の中央だ。本当に大丈夫だろうか──。大男は檻の入口から僕らの様子を窺っている。入口を塞いでいるのだ。
「座って。大丈夫……大丈夫だから」
 僕は言われるとおりにグレーテルの横に座った。グレーテルが鍋の蓋を開ける。グツグツと煮えたぎっているが、それはひどく生臭かった。
「お肉のスープよ……食べて」
 そういってグレーテルは鍋の中のモノをカップにすくい、僕に差し出した。なみなみに盛られたそれは、赤黒く混濁していて、とても食欲をそそるものではなかった。
「でも……」
「食べて。食べなきゃ殺される」
 グレーテルは無表情のまま、早口で言った。目は真剣そのものだった。大男の視線が突き刺さる。
 僕は只ならぬものを感じて、カップを受け取り、それを口の中へとかきこんだ。見た目ほど不味くはないが、ひどく薄味だった。お湯にほんの少しの塩コショウをかけたような、そんな味──。しかもあれほど煮えたぎっていたのに、なぜかゴロゴロと半生の肉が入っていて飲み込むのにも一苦労だった。それでもなんとかカップを空にした。胸がムカムカして気持ちが悪い。するとグレーテルは目の前で信じられない行動をとった。空になったカップを取りあげ、また鍋からスープをすくい取り、なみなみとカップに盛り、僕の前に差し出したのだ。

六つの檻 5

「もう一杯食べて……」
「嘘だろ……無理だよ……これ以上、一口だって入らない……」
「お願い……食べて……食べなきゃ本当に殺されちゃうの……早く……」
 グレーテルの頬に涙が伝った。大男はグレーテルの差し出したカップを睨みつけている。僕はグレーテルからカップをひったくるように取り、死に物狂いでかきこんだ。腹が膨れ上がり、喉の奥にゴロゴロとした肉がぎゅうぎゅうに詰まっているような、ひどい息苦しさを感じた。それでも何とか食べ終えた。胸も腹も苦しい。破裂しそうだ。だが不思議と嘔吐しそうな苦しさではなかった。
 やっとグレーテルが鍋の蓋を閉めた。
 すると大男が檻の中に入ってきた。だが、もう一歩だって動けない。しかし、大男は僕に見向きもせず、鍋を持ち上げて、檻の外へと出た。グレーテルがそれに続いた。ガチャリと檻が閉まり、また鍵がかけられた。腹をおさえて、しばらく身動きもできずにうずくまっていた。
 どこかでグレーテルの悲鳴が聞こえた。驚き、飛び起きた。グレーテルの名を呼んだ。途端、絶叫が響き渡る。今のは、グレーテルではない。別の声だ。すぐにその絶叫は、か細いものへと変わり、やがて途絶えた──。
鉄格子の向こう側に大男の姿が見えた。何かを引き摺っている。それは首と、腕と、足があらぬ方向を向いて息絶えている男の子の姿だった。大男はそのまま檻の前を通り過ぎて行った。
 嘘じゃなかった──。この子供はスープを食べきれなかったのだ──。そして大男に殺されたのだ──。
 その後、拷問とも言える食事は何度も繰り返された。定期的にグレーテルと大男は寸胴鍋を運んできた。いつも同じスープだった。だけど僕は死にたくなかったから必死に食べた。
 あるとき大男と一緒に見たこともない、老婆が現れた。
 薄汚い黒いローブを着て、顔は皺だらけだった。鼻が異様に大きく、顎まで垂れ下がっていた。反対に目は小さく、皺に埋もれていた。それが魔女だとすぐにわかった。魔女は檻の前に立ち、僕に向かって手招きをした。吸い寄せられるように、勝手に足が動いていた。魔女は、右手の人差し指を出しな、と言った。ひどく甲高くしゃがれた声だった。僕は言われた通りに指を出した。魔女はそれを軽く握った。魔女の手は底冷えするほどに冷たかった。すると魔女は、ヒヒヒ、と笑い、そのまま通路の奥へと姿を消した。
 わけがわからぬまま、立ちすくんでいると、大男が入ってきて、僕を捕まえた。さらに隣の檻へと投げ込まれた。もんどりうって倒れ、しばらく痛みに耐えながら大の字に寝転んでいた。
 次の日、また周りが悲鳴と絶叫に彩られ、さらに隣の檻へと移された。何が起きているのかまったくわからない──。僕にはただただ、怯えることしかできなかった。
 あるとき、寝ていると僕を呼ぶ声がした。すぐに誰だかわかった。グレーテルだ。僕は飛び起きて走りよった。大男の姿はない。
「グレーテル無事か……?」
 グレーテルの顔は青白く、ひどくやつれていた。

読者登録

一田和樹さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について