目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

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井上裕之

自己紹介 井上裕之

井上です。前回に引き続き参加させて頂きました。
前回はSFマガジン リーダーズ・ストーリィの選評作を中心に、既作のみで構成しました。
公開後に同アンソロジーが好評だと聞き、どうせなら新作を書き下ろすべきだったと悔やんだものでした。
第2弾となる今回は、童話を元にした物語というテーマでしたので、そんな都合の良いストックを持ち合わせていない自分は、こころおきなく新作に取りかかることができました(笑)。

 

このお話のベースは浦島太郎です。
アンソロジーの公開が2月ということで、憧れのキャンパスでの新生活に向けて頑張る受験生へ、自分なりのメッセージを込めたつもりです。
親元を離れて初めての一人暮らし、しかも数年後に帰郷することを前提とした新生活というのは、浦島太郎が竜宮城で過ごした日々と通じるものがあるような気がしてなりません。卒業し、地元へ戻ってきた際の安堵感と、同時に沸き立つ一抹の寂しさ。思い返せば夢のようだった学生生活、そして外の世界を知って初めて感じる、これまで慣れ親しんできたはずの地元と自分との間に生じたギャップ。……などというこじつけのくだりは、書き上げてからでっち上げました。すみません。

 

主にSFマガジン リーダーズ・ストーリィに投稿しています。入選15回。
昨年より一田さんの影響でTwitter小説を始めました。そのうちの1本が、学習研究社より刊行された「3.11 心に残る140字の物語」に集録されています。どこでどう繋がるか分かりません。面白いものですね。

 

ブログ Kinako-Nejiri

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R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1

 以下に記す内容は、R大学民俗舞踊愛好部の設立に関するあらましである。創設メンバーであるU氏の回想を軸に他のサークルメンバーからの証言を補足し、電子書籍として纏められた資料としては初のものとなる。なお、昨今における個人情報保護の流れに則り、一部匿名を用いていることを予めご了承願いたい。
 R大学民俗舞踊愛好部の歴史は今を遡ること30年、当時現役高校生であったU氏が同大学の門を叩いたことから始まる。

 

 U氏には悩みがあった。他ならぬ、進路にまつわるエトセトラである。
 2月、当年18の齢を重ねていたU氏は高校生活最後の春休みを迎えていた。4月には上京し、新たな大学生活を満喫する腹積もりであるU氏であったが、反面、生まれ育った故郷を離れるにあたって1つだけ心残りがあった。青春時代に愛を育み、将来を約束した女性の存在であろうか。
 おそらく否であろう。基督教の思想に教育の根底を汲み、敬虔な私立中高一貫教育の男子校で青春のすべてを過ごしてきたU氏にとって、愛を育むべき女性など望むべくもなく、男性に至ってはまかり間違っても育むことのないよう、充分に注意を払ってきたはずである。U氏は慎重かつ気の小さい男である。昨年や一昨年のこの時期、恋人間において特別な意味を持つ甘い西洋菓子が男子校内においても出没したという噂は氏の耳にも届いていた。美男ではなくとも身に危険が及ぶ可能性がないとも限らぬことを、彼は6年間の学園生活の中で学んでいたに違いない。

 

 スッポンモドキをご存知だろうか。
 ウミガメの体に豚の鼻を取り付け、スッポンの皮膚で覆ったような造形の生物である。インドネシアやオーストラリア、パプアニューギニアに生息し、甲羅の長さは最大で70センチに達する。ブタバナガメという、本人にとっては大変迷惑であろう別名が付けられており、動物界脊索動物門爬虫綱カメ目スッポンモドキ科スッポンモドキ属に分類されている。
 18歳のU氏の心を悩ませていたものが、まさしくそれだったのである。
 U氏が高校を卒業するまで暮らしていた街には1軒のペットショップがあった。U氏は物心ついた頃から、そこで動物たちを見るのが楽しみだったそうだ。店の入口に鎮座する大型水槽の中を優雅に泳ぎ回るそのカメを眺め、そして奥の犬猫コーナーへと足を運ぶ。そして帰り際にもう一度その優雅な舞を眺めるのだ。U氏にとってスッポンモドキはペットショップの看板であり主であり、大仰な言い方をするのならペットショップそのものであった。やがてU氏がスッポンモドキに魅了されていったとしても何ら不思議なことではない。
「買えないのではない、飼えないのだ。だから諦めなさい」
 U氏を敬虔な中高一貫男子校に通わせた厳格な父はそう諭した。事実、U氏の実家はペット禁止の賃貸マンションだった。大手を振って飼えたのはせいぜい金魚程度で、ハムスターあたりが黙認される限界である。それ以上の動物は犬猫と同等とみなされ、隙あらば近隣住民によって速やかに不動産屋に通報される。
「むしろ変温動物のカメのほうが、恒温動物であるハムスターより金魚に近いのではないか」
 小学生だった頃U氏はそう反論したが、当時既に甲羅の長さが30センチを優に超えていた、かのスッポンモドキにその理屈が通用するはずもなかった。
 しかしU氏は諦めなかった。暇を見つけてはペットショップに通い、夏休みの自由研究は毎年スッポンモドキの観察記録を提出した。長年に亘るつぶさな観察により、U氏はペットショップの主と化しているその個体が雌であることを突き止めていた。だから、というのを理由として挙げるわけにはゆかないだろうか(註1)。自然の摂理に反して詰め込まれた6年間の男子校生活で失われた女性との愛の代償を、スッポンモドキの雌で補おうなどという汚れた心があったわけではない。U氏は純粋に、彼女の将来を案じていたという。大学進学で地元を離れる4年の間に、愛情の欠片すら持たぬ小金持ちの慰みにされてしまうのではないか。また誰にも買われず、この狭い水槽の外の世界を知ることもなく、その命を終えてしまうのではないかと案じ、心を痛めていたというのだ。
 ペットショップに通い始めた当時まだ小学生だったU氏にとって、12万円の値札は天文学的な数字に思えたことだろう。しかしその頃の彼は上京を間近に控えた18歳。愛を育む相手のいない青春の全てを適度な勉学とアルバイトに傾けたU氏にとって、それは出せない額ではなかった。さらに3月、彼女の値札は4万円にまで下がっていた。もはやU氏が取るべき道は一つしかなかったのである。


R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2

 

「それで、君はそのスッポンモドキとやらを本気でこの部屋で飼育するつもりなのかい?」
 ひょろりと背の高い、ドレッドヘアの優男が浴室の前で腕組みをして問うた。U氏の4年間の大学生活に多大な影響を及ぼすこととなるイリオモテジマ先輩である(註2)。
 U氏の地元ではまだ蕾が硬かったはずだ。東京では早くも散り始めた桜が春風に乗り、陽に焼けた畳の部屋に舞い込んでくる様子を、U氏はこれから始まる新生活への夢と希望に重ね合わせていたに違いない。
 上京して数日後。同じアパートの階下に住む男が大学の先輩だと知ったU氏は、イリオモテジマ先輩を自室に招き入れた。家賃2万円風呂無しの1階に対し、U氏が入居した2階は2万5千円と若干高額ながら風呂付きである。先輩が物珍しげに風呂場を覗き込んだのも自然な流れといえよう。
「勿論、そのつもりです。彼女のためなら勉学も合コンも慎み、バイトを増やすことも厭いません」
 遊泳能力に長けているスッポンモドキを飼育するにはそれ相応の水槽が必要となる。しかしこれからの4年間、仕送りとアルバイトで生計を立てようとするU氏にとって、そのような代物はおいそれと手が出るものではない。そこでU氏は、浴室をまるごと彼女に捧げる作戦に出た。仕送りでまかなえる範囲内で風呂付きの部屋を借りれば、水槽代が浮くという算段である。
「僕も彼女といつまでも一緒にいられるとは思っていません。いずれ彼女がこの浴槽から外の世界に泳ぎ出す日が来たら、彼女の意思を尊重したいと思うのです」
 そう言ってU氏は窓の外に流れる隅田川に目を向けた。
 U氏が彼女を引き取った本来の目的は、彼女をペットショップの狭い水槽から世界に解き放してやることである。より狭い浴槽の中で不自由な日々を送らせることはU氏の本望ではない。2人きりの蜜月のこの期間は、お互いにとって過ぎたる青春のささやかな1ページとなるのだ。U氏はそう自らに言い聞かせていたそうだ(註3)。
「しかし君、スッポンモドキは本来日本には生息していない外来種だよ。川に放すのは感心しないねぇ」
 U氏は慎重かつ気の小さい男である。加えて少々詰めが甘いことは否めない。子供の頃、地元の小川でアメリカザリガニを当たり前のように見掛けていたU氏にとって、外来種による生態系の破壊なぞという事情ははなから頭に入っていなかった。
「……それなら、飼えなくなったら動物園に引き取ってもらいます。上野動物園には彼女の仲間が飼育されていると聞きました。それまでは僕が責任を持ちます」
 6年間に及ぶ男子校を脱して掴んだ大学生活が夢ならば、幼少の頃から店頭で飽きずに眺め続けていた彼女との生活も夢に違いなかった、とU氏は後に熱く語ってくれた。
「そうかい。それなら僕がこれ以上口を出すことではないけどね。でも、その気になったら遠慮無く相談してくれよ。部屋にいなけりゃ、大学では僕は大抵そこにいるから」
 そうして親切な先輩は1枚のビラを置いて去って行った。


R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3

 入学直後のU氏は、ご多分に漏れず否応なしに各サークルの新入部員勧誘騒動に巻き込まれた。
 最終的にU氏が向かった先は、旧体育用具室をロッカーで半分に仕切った3畳ほどの小さな部屋だった。中を覗き込んだU氏はまず高さ3メートルほどのトーテムポールと見つめ合ってしまい、少なからぬ後悔の念を抱き目を逸らしたところで、民芸品の山の中からひょいと顔を出したドレッドヘアのイリオモテジマ先輩と見つめ合った(註4)。窓際に貼り付けられた安物のスピーカーからは、小学校時代に音楽の授業で聞いたことのある民俗音楽が流れていたという(註5)。
「……先輩お1人ですか?」
 出迎えた先輩の目は、まるでU氏が来ることが予め分かっていたかのようだった。
「まぁ座りたまえ。珈琲でも飲むか。そうだ、インドネシアの珍しいのが入ったんだ。コピ・ルアックって聞いたことはあるかい?」
 飲むとも言っていないのに先輩はガリガリと豆を挽き始めた。
「まぁ座りたまえ」
 座れと言われても怪しげな民芸品にで埋め尽くされた3畳間に大の男が2人座れるスペースなど残されていない。U氏は天井から吊された曼荼羅柄のバスタオルを屈みながらやり過ごし、頭上に水瓶を乗せた腰の高さほどの木彫りの人形達を蹴飛ばさないようジャンプしながら奥の電気ポットまで辿り着くと、トーテムポールにもたれかかるように先輩の差し出すカップを受け取った。
「失礼かも知れませんが先輩、ここは何なのです?」
「なんだ、ビラを読んで来てくれた訳じゃなかったのか。民俗舞踊愛好会だよ。もっとも、これから作るんだけどね」
「すみません。民俗舞踊愛好会というのはどんなサークルなんです?」
 イリオモテジマ先輩は何かのツノで造られたらしきカップをテーブルの穴に差し込むと、一瞬だけ考え込むような仕草を見せてからU氏に向き直った。
「君は海外旅行の経験はあるかい?」
「いえ、残念ながらまだ……」
 実際には高校の修学旅行で希望すればハワイあたりには行けたのだ。しかし海外旅行に浮かれるのは馬鹿だとひねくれたU氏は、今こそ日本の良さを再確認すべしとの持論により京都、奈良への国内旅行を選択したのだった。
「恥ずかしがることはない。実は僕もなんだ。飛行機が怖くてね。しかし発想を逆転させてみたらどうだろう? 海外に行けないのなら、日本に引っ張ってくればいいじゃないか」
「引っ張るって、何をです?」
「海外に決まっているだろう。人の話を聞いているのか君は」
「すみません。美味しいですね、この珈琲」
「原料の豆はジャコウネコの糞から取り出したシロモノなんだけどね」
 U氏は危うくトーテムポールに吹き出しかけた。
「おいおい。結構高いんだよ、これ」
 それが指すのが珈琲なのかトーテムポールなのか判断しかねたが、とにかくU氏は合点した。この狭い体育用具室が怪しげな海外の民芸品で満たされているのは、目の前にいるこの男の願望充足のためであるのだと。
 イリオモテジマ先輩は大仰に手を拡げた。
「ここに世界をつくろうと思っている」
「世界?」
 この部屋にこれ以上物を詰め込むなど正気の沙汰ではない。
「世界を味わえるようなサークルを作りたいんだ。しかし何でもかんでもというわけにはいかない。世界は広いが部室はご覧の通り手狭だし、僕らが大学にいられる時間も限られているからね。だからまずは民俗舞踊から始めようと思ったんだ」
「どうしてです?」
「踊りは世界の多様性を示すシンボルだと僕は思う。……というのは後付けでね。幼い頃ハワイアンダンスを見て感激してそれでだよ。でもハワイだとメジャーすぎて今更な感じがするだろ? だから最初はポリネシアンあたりからはじめようと思ってさ」
「つかぬことをお聞きしますが、先輩はどこでそのハワイアンダンスを見たんですか?」 
「福島に決まってるだろ。浜のほうに温泉施設があるだろう。君はそんなことも知らないのか?」
「……はぁ」
「そこで君のスッポンだ」
「スッポンモドキです」
「今、農学部と交渉中でね。上手くいけば旧校舎の一室が借りられる。そこに部室を移して人工池も作ろうと思っている」
「それが民俗舞踊とどう繋がるんです?」
「雰囲気作りは大事だよ。そこで君の力が必要になる」
 そこで氏は先輩の策略にまんまと嵌められたことを知った。
 かくしてU氏は、R大学民俗舞踊愛好会の記念すべき創設メンバーに名を連ねることとなったのである(註6)。
 別れ際、イリオモテジマ先輩はU氏の方をポンと叩いて言ったそうだ。
「ポン子ちゃんによろしくな」
「誰です、それ?」
「君の愛しのスッポンモドキだよ。可愛がっているペットに名前を付けるのはごく当たり前のことだろう」

 


R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4

 

 こうして民俗舞踊愛好会の活動は始まった。踊れる者などいないのに舞踊愛好会とは名ばかりではないかとU氏は指摘したのだが、愛好していれば踊れる必要はないのだとの理由でサークル名の変更は却下され、返す刀でU氏は艶めかしい衣裳で火を囲みながら踊る褐色の女性達が描かれたポスターを手渡された。一方でイリオモテジマ先輩は前述のプラン通り、踊りの習熟のためという名目で農学部の使われていない木造の旧校舎を借り上げた。それまで旧体育用具室にあった東南アジアやアフリカ各国の怪しげな民芸品の類を新たな部室に移動させるのみに留まらず、農学部が放置していた温室設備を無断拝借し、それを用いて室内で様々な熱帯植物の栽培を始めたのである。海外を日本に引っ張りたい先輩が目指したのは熱帯のジャングルだった。U氏も自費で熱帯の植物を購入するよう強制され、先輩のポンコツ軽自動車で度々ガーデンショップへと連行された。部屋の中はまるで植物園のように草木が生い茂るまでに変貌を遂げ、そこかしこに飾られた未開民族風の鎗や盾によりその雰囲気は増した。ポスターの中の艶めかしい女性達と男2人の最初の1年間はそれだけで過ぎ去った。
 一連の活動により、勉学や合コンを慎むどころかバイトを増やすことも出来なかったU氏だったが、サークルの存在はU氏にとっても悪いことばかりではなかった。最初の言葉通り、室内には水産学部からくすねてきた養殖用の生け簀が設置され、そこがポン子の新たな住まいとなったからである。熱帯の植物が生い茂り、生け簀には豚面のカメ。ブラウン管の小さなテレビ画面からはどこぞの民俗舞踊のビデオが常に流れているという、以後今日に至るまで続くスタイルはここから始まったのである。
 これらイリオモテジマ先輩の拘りは愛好会に少なからぬ影響をもたらした。U氏が2年生となった春、入会希望の新入生が複数名現れたのである。しかもそこにはあろうことか民俗舞踊に興味を持った女子学生も含まれていた。中高6年間に加えて先輩との同好会活動に大学生活の4分の1の月日を費やしたU氏にとって、この出来事は大いなる前進であった(註7)。さらに、発足時に名前が記載されたのみだったタイ人留学生や平目氏もサークル室に顔を出すようになり、愛好会は一気に賑やかなものとなった。
 この時期の民俗舞踊愛好会とU氏の様子について、U氏の1年後輩である珊瑚女史は次のように語っている。
「サークル室はまるで熱帯のジャングルでした。活動そのものはイリオモテジマ先輩の主導でしたけど、サークルに対する愛情はもしかしたらU先輩の方が強かったかもしれませんね。なにせ、授業時間以外はほとんどサークル室にいたみたいですから。お昼もそうですし、ええ、噂ではアパートにはほとんど帰っていなかったとも聞きました。外部の人から見ればイリオモテジマ先輩の突飛な行動が目立っていたようですが、U先輩も相当でしたよ。なんか、カメの世話にも熱心でしたし」
 このことから、U氏がポン子との関係を他のサークルメンバーに伏せていた可能性が浮かび上がる。ペットショップの水槽内で生涯を終えるはずだったポン子を自由な世界へ解き放とうという大義名分を掲げていたU氏にとって、ポン子との親密性が周囲に知られることは都合の良いこととは言えまい。
 U氏はその件について多くを語ってはいない。しかし、次に紹介する愛好会室出火事件でのU氏の対応から、いくばくかの推察をすることは可能である。
 瞬く間に時は流れる。U氏が4年生を迎えた秋、ひとつの転機が訪れた。父の死である。進学先の選定において、厳格な父の元を離れたい感情がU氏になかったとは言えまい。地元には翌春に高校卒業を控えた弟がいる。この件が彼の進路に水を差すようであってはならない。母を1人残して家を出る決断を弟に躊躇させないためには自分が地元に戻るべきだと、U氏は決断したという。この3年半の大学生活は実に素晴らしいものであった。イリオモテジマ先輩をはじめ同好会の仲間と過ごした時間はまるで夢のようだった。ポン子も生け簀の中ですくすくと成長し、甲長が50cmを超えるまでになった。毎朝の餌の時間にU氏が手を差し出すと、彼女は前ヒレを水面に出して応じたという。いつまでも手を繋いでいられるような気がしていた、そうU氏が自嘲気味に口ずさむさまが今でもありありと脳裏に浮かぶ。
 すぐさま地元企業への就職活動を開始したU氏だったが、同時に力を注ぐべきイベントが間近に控えていた。そう、学園祭である。
 民俗舞踊愛好会はその熱帯のジャングルのような雰囲気が評判を呼び日頃から訪問者が絶えなかったが、年に1度の学園祭においての集客力は他の文化系サークルから抜きんでていた。イリオモテジマ先輩主導による施設の造形はもとより、純粋に民俗舞踊に興味を持つ珊瑚女史ら後輩達のパフォーマンスも年々完成度が上がっていた。熱心な後輩達は自費でカルチャースクールに通い、本来の活動目的である民俗舞踊を学んでいた。受講科目の都合でハワイアンのフラから始めたという記録が残っているが、イリオモテジマ先輩が持ち込んだ怪しげな映像資料を参考に、そのバリエーションは年々充実していった。
 ここで再び珊瑚女史に登場していただく。
「サークル室は入って奥の壁側の半分のスペースに熱帯植物や置物、それとサークルで飼育していたカメの生け簀がレイアウトしてありました。手前の空いたスペースがダンスの練習場所でしたね。ある日、練習開始より早めにサークル室に着いたので、てっきり誰もいないものだと思って着替えをしていたら、奥の方で物音がするんですよ。カメかなと思って生け簀を覗き込もうとしたら、手前の草むらにU先輩が這いつくばっていたんです。びっくりして叫んじゃいましたよ」
 珊瑚女史の談話を紹介するとU氏は懐かしそうに目を細め、いや、あれは全くの不可抗力だったんだよと、繰り返し呟いていたのが印象的である。

 


R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5

 ともあれ、U氏の大学生活の集大成ともいうべき最後の学園祭が幕を開けた。普段から充分に展示物として通用するサークル室を誇る民俗舞踊愛好会は、一層に雰囲気を盛り上げるため窓全面に暗幕を貼り外光を遮断、ディスプレイされた熱帯植物や怪しげな置物の間には本物の松明をセットした。微かな風に揺られ暗闇に浮かび上がる情景はBGMに流れる各国の民俗音楽と相まって混沌とした雰囲気を醸し出したという。そして手前のスペースで1日に3度、カルチャースクールで腕を磨いた後輩達のパフォーマンスが披露された。
 火災が発生したのは日曜日の午後4時頃だった。最後のパフォーマンスを終え、後輩達が着替えのためにサークル室を出たあたりだったと、入場整理をしていた平目氏は証言している。室内に響き渡る絶叫を聞いた平目氏が中を覗くと、1人の客が飛び出してきた。薄暗い室内では椰子の木に立て掛けられていた全長1メートルほどの木の盾が火に包まれており、みるみるうちに周囲の置物に燃え移ったという。
 旧校舎は新校舎が建てられた20年程前に本来の役目を終えており、民俗舞踊愛好会を例外とすると、殆どの部屋が倉庫として利用されていた。スプリンクラーも設備されておらず、演出のために照明を遮断したこの時の室内の状況を冷静に判断することは難しい。辺りは騒然となった。
 学食で遅い昼食をとったU氏が戻ってきたのはその直後である。状況はともあれ、何が起きたのかは誰の目にも明かである。野次馬の輪をかき分け憤怒の形相で現れたU氏に、バケツに水を汲んでいたイリオモテジマ先輩が叫んだ。
「まだ彼女が中にいる!」
 U氏はイリオモテジマ先輩からひったくったバケツの水を頭から被ると、躊躇なく黒煙舞い上がる室内へ駆け込んだという。周囲が呆気にとられた一瞬の静寂の後、イリオモテジマ先輩が部員達に向かって大声で叫んだ。
「みんな、雨乞いの踊りだ!」
 着替えの最中に慌てて戻ってきた後輩達は、イリオモテジマ先輩の剣幕に押され、ちぐはぐな衣裳のまま戸惑いながらも入口前でパプアニューギニアの伝統舞踊である雨乞いの舞いを始めた。BGMはイリオモテジマ先輩が床にひっくり返して叩くバケツである。そこへ各々消火器を抱えたタイ人留学生達が走り込んできて、部室に作り上げた密林の夜はたちどころに消火剤まみれとなった。
 当事者でもある珊瑚女史は後にこう語った。 
「あまり大袈裟なことは書かないでくださいね。ちょっとしたボヤだったんですから。あのときU先輩が助けに来てくれたのは嬉しかったですけど、そうじゃなくても自力で避難は出来たと思います。でも一歩間違えれば大惨事ですからね。学園祭は中止になりました。最終日の夕方だったから、後夜祭がなくなった程度で済みましたけど……。私達はその後警察署で事情聴取を受けました。後から聞いた話だと、生け簀のカメに餌をあげたお客さんが亀と握手しようとして松明をひっかけてしまったそうですね。U先輩の落ち込みようは正直見てられなかったです。あの芸を仕込んだのはU先輩ですし、ある意味あのカメが原因だったんですから」
 白濁した生け簀からはポン子の亡骸が発見された。火と煙のサークル室に飛び込んたU氏が救出したかったのが珊瑚女史だったのか、それともポン子だったのか、それをU氏に追求することはさすがにはばかれる。
 珊瑚女史の証言にもある通り、火災は小規模なもので収まった。この件を機に民俗舞踊愛好会は室内における火気の禁止をはじめ、それまで無許可で使用していた様々な設備の撤去及び許可申請の徹底等の指導を受けたものの、サークルそのものの消滅は免れた。ポン子がいなくなった水槽には他サークルの露天で余ったミドリガメが放たれたそうである。
 そして翌春、イリオモテジマ先輩を初めとするサークルメンバーに見送られながら、U氏は大学を卒業した(註8)。ボヤ騒ぎを通じて急速に縮まったことも充分考えられる珊瑚女史との関係についてであるが、筆者がそれとなく話を振っても、U氏は弱々しい笑みを浮かべて首を横に振るばかりだった。 

 


R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6


 足早ではあるが、以上がR大学民俗舞踊愛好会の設立における顛末である。U氏が卒業した春、サークルは部として大学に承認され、民俗舞踊愛好部として正式に発足した(註9)。部長にイリオモテジマ先輩、副部長には珊瑚女史が就任した。以降の同サークルの活躍は周知の通りである。
 最後に、本稿の完成を目前にしてU氏が亡くなられたことに対し、深く哀悼の意を表したい。
「あの人ったらね、私の鼻がポン子に似てるから結婚することに決めたんだ。そう話していたんですのよ。失礼な話よね。そんなこと言われても嬉しくも何ともないのにね」
 本稿の編纂を終え、仏前に報告に伺った筆者の前で、U夫人はそう言って微笑んだ。清々しい表情に刻まれた泣きぼくろが印象的であった(註10)。
 ……幸せ者め。
 仏前でにこやかに笑うU氏の、つるりと禿げ上がった頭頂部を張り倒してやりたい衝動を必死で堪え、筆者は夫人が挽いてくれたコピ・ルアックを一気に啜った。

Fin


(註1)取材中、U氏はことある毎にこの説を否定した。「何も人間の女性に相手にされないから雌のカメにその代償を求めたわけではないのです」と。事実、U氏は大学卒業後に職場で知り合った現夫人と数年間の交際の後、結婚している。しかし、その交際のきっかけがスッポンモドキの雌との離別と無関係だったという確固たる証拠もない。
(註2)この初代部長は当時U氏より1歳年上の2年生だったが、卒業までにさらに6年の歳月を要した。結果的に7年ものあいだ部長を務めることになり、名実共に初期の当サークルを象徴する顔となった。
(註3)実際のところ、ペットショップでは幅3メートル超の水槽で飼われていたのに対し、U氏が借りた1Kアパートに備え付けられた浴槽は、大人が足を折り曲げなければ入れない大きさである。イリオモテジマ先輩と出会わずにいたら、結果としてU氏は早々に愛するスッポンモドキを春のうららの隅田川に放流する決断に迫られていたことであろう。
(註4)このことに対し氏は後に、各サークルによる熱心な新入生勧誘の人波から逃れようと旧校舎に辿り着いただけであり、先輩に会いに行った訳ではない、と弁明している。
(註5)インドネシアのバリ島で行われている「ケチャ」であったという。
(註6)このとき部室にいたのが先輩とU氏のみだったことから、U氏は2人目のメンバーを自認していたのだが、実際には先輩の勧誘によりタイ人留学生や平目氏が既に同好会員登録をしている。ただし、この時点ではまだ両者ともサークル設立条件を満たすための数合わせにすぎず、実際に部室に足を踏み入れたのはU氏が2人目である。
(註7)新入生の女子学生が入会したことに対し、イリオモテジマ先輩は頭を掻きながら得意げに「形から入ればいずれ中身はついてくる」と語ったそうである。
(註8)本稿の執筆にあたり、イリオモテジマ先輩から話を伺うことが出来なかったことが残念でならない。U氏の卒業後に入部した後輩の話によると、8年かけて卒業を果たしたイリオモテジマ先輩は、後にサークルに一層世界を盛り込むべく一念発起して海外に出掛けたのだという。雨乞いを舞ったパプアニューギニアへのお礼参りだという説もあるが定かではない。なお、福島県いわき市の観光温泉施設においてイリオモテジマ先輩とよく似た容貌の人物を見掛けたという話も聞いたが、これも噂の域を出ない。
(註9)大学の規定では半年の同好会活動の後、正式に「部」として承認されるとある。しかし、U氏が最初に届け出た書類に不備があり、再提出を怠ったままになっていたことが件のボヤ騒ぎにより発覚した。U氏が大学生活の大半を過ごした愛好会は、単なる学内の私設サークルだったのである。U氏の詰めの甘さが最後になって露呈した結果となった。
(註10)サークル室で偶然目にしてしまった着替え中の珊瑚女史の太ももの付け根のほくろが印象に残ったあまり、後に結婚に至った夫人の顔のほくろの第一印象がそれに被っていたとは言えないと、生前U氏は夫人が席を外した隙にこっそり話してくれた。