目次
はじめに
嶋戸悠祐
自己紹介 嶋戸悠祐
六つの檻 1
六つの檻 2
六つの檻 3
六つの檻 4
六つの檻 5
六つの檻 6
六つの檻 7
六つの檻 8
六つの檻 9
齊藤想(サイトー)
自己紹介 齊藤 想(サイトー)
『オオカミと少年』  イソップ寓話 『嘘を付く子供』(『オオカミ少年』) より
『アリとキリギリス』  イソップ寓話『アリとキリギリス』より
『北風と太陽』  イソップ寓話『北風と太陽』より
カミツキレイニー
自己紹介 カミツキレイニー
【赤ずきん喫茶】
【うんこの話】
【冬オズ】
いづみみなみ
自己紹介 いづみみなみ
赤ずきんちゃん 1
赤ずきんちゃん 2
赤ずきんちゃん 3
赤ずきんちゃん 4
赤ずきんちゃん 5
まるたん
自己紹介 まるたん
八川克也
自己紹介 八川克也
ダンシング・リム 1
ダンシング・リム 2
ダンシング・リム 3
ダンシング・リム 4
ダンシング・リム 5
井上裕之
自己紹介 井上裕之
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 1
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 2
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 3
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 4
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 5
R大学民俗舞踊愛好部設立前史 6
平渡敏
自己紹介 平渡敏
『アンデルセン童話による3つの変奏』
『北風と太陽』
『本』
一田和樹
自己紹介 一田和樹
昏倒少女 1
昏倒少女 2
昏倒少女 3

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カミツキレイニー

自己紹介 カミツキレイニー

Author:カミツキレイニー
弟143回Cobalt短編小説新人賞/入選
第13回フェリシモ文学賞/佳作
第5回小学館ライトノベル大賞/ガガガ大賞受賞

 

彼氏にフラれた私・三浦加奈は、死のうと決意して屋上へ向かう。けれどそこで「カカシ」と名乗る不思議な少女、毒舌の「ブリキ」、ニコニコ顔の「ライオン」と出会う。
ライオンは言う。「どうせ死ぬなら、復讐してからにしませんか?」
そうして私は「ドロシー」になった。西の悪い魔女を殺すことと引き替えに、願いを叶える『オズの魔法使い』のキャラクターに。
広い空の下、屋上にしか居場所のない私たちは、自分に欠けているものを手に入れる。

 

〝冬オズ〟の本編「こうして彼は屋上を燃やすことにした」もよろしくお願いします。


ブログ/赤色ブランチ

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【赤ずきん喫茶】

 割れんばかりの絶叫だった。
 こういうお店というのは大抵「いらっしゃいませ、ご主人様」と迎えられるのだと構えていたから、ドアを開けた瞬間に始まった少女たちの絶叫には面食らった。カランカランと鳴るドアベルを合図としたかのように、ウェイトレスたちは店の奥へ散り散りに逃げてゆく。
 ぽつん、とほったらかされた俺は勝手が分からず、しばらく入り口に立ち尽くしていた。
「あ、あの……いらっしゃい……ませ。オオカミ様」
 オオカミ様?
 怯えるようにレジカウンター下から頭を出した女の子が、恐る恐る俺に話しかける。赤い頭巾に丸眼鏡。幼い顔立ちをした小柄な少女は、上目遣いで質問する。
「お一匹様……でしょうか……?」
 おいっぴきさま。ああ、客はオオカミ、という設定なのか。
 それからカウンター席に案内された。店内は一般的な喫茶店よりも一回り小さいくらいのワンホールで、男性の単独客が三名、ほどよく距離を保って座っていた。天井や窓枠には作り物の蔦が絡まり、同じ蔦から苺、キウイ、ひめりんごなどが節操なく実っている。
 俺がドアを開けたときのパニックは収まったらしく。ウェイトレスの女の子たちは辺りをうかがうように姿を現し、おどおどしながら給仕活動や客の話し相手などを再開した。彼女たちの衣装は皆、赤い頭巾にバスケット。身長制限でもあるのだろうか、一様に小柄で華奢な体つきをしている。
 席に座り、この店のコンセプトを考えた。〝メイド喫茶〟にメイドがいるように、ここ〝赤ずきん喫茶〟には赤ずきんちゃんがいるようだ。客は〝ご主人様〟ではなく、〝オオカミさん〟らしい。まったく、よく考える。半ば呆れながら、机上に立て掛けられたメニュー表を手に取る。
 まあ予想はしていたが、やはり高い。たかだかオムライスで1000円。ケチャップを使い目の前で文字を書いてくれるサービスというのが+200円。女というのはしたたかだ。恋愛感情をちらつかせてそれをお金に換える。ケチャップで文字を書くだけで金が貰える、自分にはそれくらいの価値があると思っている。
 俺は女性のそういう態度に辟易していた。そもそもこの店を訪れたのだって、女に振り回されてしまった結果と言えよう。

 

「また機会があったらね!」

 

 さんざん奢らされたあげく、次のデートを提案すると彼女はそう言って笑った。〝また機会があったらね〟便利な言葉だ。それが遠回しに拒否されていたのだということを、俺は今日初めて知った。
 何とかこじつけたデートの待ち合わせに、彼女は来なかった。やけを起こした俺は時間と金を持て余し、ふと目に付いた〝赤ずきん喫茶〟なるもののドアベルを鳴らした。こういう店は初めてだった。傷ついた心を癒やしてくれるなら何でもいいと思っていたが、やはり一度芽生えた女性に対する不信感はなかなか拭えないようだ。
 赤ずきんたちの一挙手一投足がやたらわざとらしく感じられる。隙あらば男たちから金を摂取しようとしているのが丸わかりで、萎えてしまう。
 視線を落としたメニュー表。粗探しはそれなりに楽しかったりする。

 

〝赤ずきん農場直送☆アンナおばあちゃんの新鮮やさいスティック700円〟
〝隠し味はしぼる前のキッス☆果汁100%毒リンゴジュース600円〟

 

 そんなドヤ顔で☆を散らされたってまず「アンナおばあちゃん」を知らないし、毒リンゴに至ってはもはや赤ずきんですらない。苦笑しながら視線を滑らせていくと、一番下に気になる丸文字を見つけた。

 

〝オオカミさんのお肉450円〟

 

 肉だけが、極端に安くないか? ジュースが600円もする空間で、なぜ肉が450円なんだ。そもそも「オオカミの肉」だなんて日本で食べられるものなのか?
 俺は無難にオムライスを注文した。
 料理をトレーに乗せて運んできた子は、俺に怯えながらそれをテーブルに置くと震えた声で尋ねてきた。
「あ、あの……何と、書きましゅ、あ、ごめんなさい」
 言葉を噛むと顔を真っ赤にして言い直す。
「……何と、書きま、しょうか」
「……いや、何でもいいですよ」
 適当に答えると、赤ずきんは困惑の表情を浮かべて視線を泳がせた。
 日本人ではあるのだろうけど、彼女にはどこかヨーロッパの少女のような可憐さがあった。肩を覆うポンチョと色がお揃いの赤頭巾からは、透き通る様な金色の髪が覗いている。華奢な指先や首筋は何年も太陽の光を浴びていないかのように白く、汚れを知らない少女のような甘さを感じさせた。青色の瞳が困惑に濡れる様にはどこか嗜虐性を刺激され、赤ずきんを襲うオオカミの気持ちが分からないでもない。
 彼女はトレーを脇に置くとオムライスを手元に寄せ、バスケットからケチャップを取り出した。その爪先は薄桃色で、マニキュアさえしていない。
 手持ちぶさたとなった俺は何か喋らなくてはと、傍らの彼女を見上げる。
「……変わったお店ですね。赤ずきんがモチーフなんだ」
「あ、えと……。はい」
 恥ずかしいのか、もじもじと俯く赤ずきん。俺の視線から逃げたいけれど、ケチャップで文字を書く作業を続けなければならない、その板挟みに耐える少女は可愛い。漫画であれば頭から汗マークがぴょぴょっと飛び出していることだろう。しどろもどろな彼女をもっと虐めたく思い、敢えてその表情をじっと見上げた。
「いろいろこだわってるんですね。メニューとか。その怯えた仕草も上手だなって」
「え、演技なんかじゃないです……!」
「そういえばさ、メニューで〝オオカミの肉〟ってあったけど、本物のオオカミ?」
 びくり、と少女の肩が跳ねた。下唇を柔らかく噛み、俺を見ないよう必死に視線を逸らしている。
「本物……です」
「……?」
 まあ店員さんなら、そう答えなきゃプロ失格だろう。その回答は想定の範囲内だが、不思議なのは彼女の挙動の方だ。さっきよりもさらに、怯えている様子。
 ちら、と彼女がキッチンへ一瞥したのを、俺は見逃さなかった。反射的にその視線を追う。さ、と何者かが隠れた。
「え? 今誰かいた?」
「……! いません、誰もいませんから」
 トレーを胸元に抱き、深くお辞儀をして少女は駆け足で去っていった。一体何に怯えていたのか……? あれは俺に、と言うより他の何かに怯えていたような……。
 スプーンを持ってオムライスに視線を落とす。瞬間、背筋が凍った。
 オムライスに書かれた文字はたった三文字。

 

〝逃 げ て〟

 

 思わず立ち上がった俺に、他の赤ずきんが恐る恐る声を掛ける。
「お、オオカミ様……? 何か……?」
「い、いえ! 何でも……!」
 慌ててオムライスをスプーンの先でぐしゃぐしゃに潰し、口の中へ掻き込む。
 オオカミ、様……。客をオオカミと呼ぶシステム。怯えた少女。〝逃げて〟の意味。安すぎる肉の正体。脳内でパズルが組み上がる。何よりさっきキッチンに一瞬だけ見えた、あの大男の姿。あれは、あの格好は――。
 オムライスを乱暴に口に掻き込みながら、辺りに気を散らした。さっ、と柱の向こうに消えた影。――いる!
 咄嗟に真後ろを振り向けば、側に立つ赤ずきんに夢中で何かのファイルを広げ見せている太めの客。その後ろに猟銃を構えた――さっ、と隠れる髭男。俺の視線に気付いたのだろうか。あの客の後ろの、不自然に積まれた段ボールの中にもいるぞ! 羽根付きのハットに深緑のベスト。やっぱり、この店の至るところに猟師がいる!
 カウンターを挟んで、俺に警告をくれたあの金髪の赤ずきんが青色の瞳を濡らしてこちらを見ていた。君は、俺を助けてくれようとしているのか……?
「お、美味しいですね、オムライス」
「そ、それは良かった……です」
 米粒まで掻き集める時間は惜しい。俺は一気に水を飲み干し、最後の一口を流し込む。
 そしてカウンターの向こうにいる彼女にだけ聞こえるよう声を潜めた。
「ね、ひとつ訊いてもいいかな……」
「……」
 少女は何も答えない。しかしさっきと違うのは、彼女は視線を逸らさなかった。怯えた瞳はそのままに、その美しい虹彩は俺を見返していた。
「どうして君は、ここで働いているの?」
「……」
 少女はやはり、何も答えない。ただほんの一度だけ、瞬きをした。
「……もしかして無理矢理、とか仕方なく、とかそういう……」
 桜色の唇が開いた。何かを言おうとした。しかし彼女が、言葉を紡ぐことはなかった。目を伏せ、それからやおら首を横に振るだけだ。
「……帰るよ。会計お願い」
 レジまで送ってもらった。会計を済ませ、おつりを渡された時に細く、白すぎる指先が触れた。誰かに見張られているのだろうか。彼女に自由はないのだろうか。今しかない、と思えた。今が彼女を救い出す最後のチャンスだと。
「一緒に逃げよう」
 その手を取り、赤ずきんの青色の瞳を見つめた。沈黙は一瞬。俺の手を握り返し、彼女は初めて、微笑みを見せる。

 

「あ、はい。また機会があれば」

 

「行ってらっしゃいませーオオカミ様ー!」
「またお越しください、オオカミ様ー!」
 カランカラン、とドアベルは鳴る。たくさんの赤ずきんたちに見送られ、俺は喫茶を後にした。

 

 眩しい太陽と、街中の喧騒。行き交う車。やかましい雑踏。あ、そうそう、思い出した。ここ日本じゃん。何だよ、一緒に逃げようって。死にてえ。
〝機会があれば〟便利な言葉さ。
 女ってのは! したたかで、残酷で! 演技がうまくて!
 でもそれ以上に、男ってのはバカなのだろう。「二度と来るものか」などと呟きながら、赤のポンチョから覗く白い肌を思い出し、舌なめずりした自分に気付いた。


【うんこの話】

「ざけやがってっ……!」
 けんかっ早い栗どんは、あぐらをかいた膝を叩き怒りを露わにした。床に伏せるカニどんの枕元でのことである。
「カニどんしっかりして……」と蜂どんは羽を震わせ、「鬼畜っ……」と寡黙な臼どんも巨体を揺らし鼻息を荒くする。
 意地の悪いサルどんが、気弱なカニどんに渋柿をぶつけたのだ。集まった仲間たちの怒りは最もだった。
「騙されたおらが悪いだぁ……」
 今にも消え入りそうなカニどんの言葉に、仲間たちは益々胸を熱くする。
「そんなことないよカニどんっ!」
「ちょw カニどんww 泡拭け、泡ww」
 部屋の隅に笑い声を聞き、栗、蜂、臼の三人は揃って振り返った。
 牛のフンが落ちていた。
「ちょww こっち見んなしww」
「……あ、彼は牛のフンどんです」
 カニどんが布団の中から、もじもじと説明した。
「牛の……何て?」
「フンどんです……」
 三人はその紹介を聞いて始めて、うんこが喋っていることに気付いたのだった。

 

 

 牛のフンどんは、生まれながらにしてうんこであった。
 外国のカエルの様に魔法にかけられたわけでも、醜いアヒルのように変貌する将来があるわけでもない。正真正銘、生涯かけて、牛のフンであった。
 しかし彼は、泣かなかった。
「ちょw うんこてww 悲惨ww 何で生まれたの俺www」
 彼の最たる不幸は、その環境にあったのかも知れない。例えば〝牛糞の村〟などで生まれ育ち、一生を村の内側で過ごすことができたなら、自身の奇異に気付くことはなかったのかも知れない。尻の形の良い嫁フンを貰い、可愛く元気な子フンを成す幸せもあったのかも知れない。
 しかし悲しいかな、そんな村など無かった。
 喋る牛はそこそこいたが、喋る牛糞は彼以外にいなかった。
 そもそも牛糞が喋って良いはずがなかった。自我を持って良いはずがなかった。「おーい、うんこ」などと呼ばれても立腹する道理さえ無いのだ。だって、うんこなのだから。
 それでも、彼がいじけることは一度もなかった。
「ちょ、うけるww 何で俺作ったの神さまwww 寿命も繁殖方法も分かんないんだけどww 俺の生きてる意味ってなにwww」
 牛のフンは天空を見上げて考えた。意味を。生まれたことの意味を。そうして他人に親切になった。畑仕事を手伝うこともあったし、便所掃除なども買って出た。
 しかしどれも違和感がある。「うんこに畑仕事をさせるわけには……」と人の目を気にする百姓もあれば、「うんこがうんこ掃除してる」と笑う童さえあった。
 しかし彼は諦めなかった。誰が泣いてやるものか。いじけてやるものか。絶対誰かの役に立ってやる。もはやこれは神さまとの勝負。意地であった。
 カニが悪猿に渋柿をぶつけられて重傷――。だからそんな噂を聞けば、誰よりも早く駆けつけた。

 

 

 サルどんの家にて。フンどんは土間で仰向けになっていた。
 しかしじっとしていることが何より苦手なフンどんは、ついつい吹き出してしまう。
「うはww みんな隠れてんのになんで俺だけむき出しww ばれるww」
「おい黙れクソ野郎」すると囲炉裏に身を隠す栗どんから注意され、瓶の中に潜む蜂どんになだめられた。
「……フンどんは大丈夫。ばれることないと思うから安心して」
 屋根の上に隠れる臼どんからも、「身も心もうんこであれ」とアドバイスを貰った。
 それで慌てて口を押さえる。彼はどきどきしていた。予感があった。みんなで協力して悪猿をこらしめる。俺はこのために生まれてきたのかも知れない。生まれて初めて、誰かの役に立てるかも知れない……!

 

 そうこうしている内にサルどんが帰ってきた。 
 「さみい、さみい」と 秋風に身を震わせるサルどんは土間のフンに気付くことなく、囲炉裏へ直行した。作戦通りである。「今だ!」とばかりに熱で弾けた栗どんはサルどんの鼻っ面に飛び出した。
「ぎゃあああああ! 熱いっ」
 鼻を火傷したサルどんは水を求め、台所の瓶の蓋を開ける。もちろんそこには、蜂どんが自慢の針を尖らせ待ち構えている。「それっ!」
「ぎゃあああああ! 痛いっ」
 尻を真っ赤に腫らしながら、サルどんは外へ追い立てられた。いよいよフンどんの出番であった。心臓の高鳴りを感じながら、フンどんは仰向けのまま両腕を広げた。「さあ俺を踏め!」と。「転べ!」と。しかし。
「――わ、うんこ、ばっちぃ」
 サルどんはぴょん、とフンどんを跨いだ。
「……!」
 何より焦ったのはフンどんである。自分が転ばせなければ、臼どんがサルどんを潰せない。また役立たずのうんこと呼ばれるのか。何しに来たの、と気まずい空気が流れるのか。それだけは避けたかった。サルさえ転ばせられないうんこに、何の価値があると言うのか……。そんなうんこを、誰が仲間と認めてくれるのか……!
 フンどんはサルどんを追いかけた。転ばさなければ、転ばさなければ! その一心で戸口を乗り越え、外へ出た時にサルどんへ追いついた。それはうんこにしてみれば奇跡的な速さであった。が、その懸命さが悲劇を招いた。
 サルどんが転ぶ転ばないに関わらず、臼どんはサルどんの背中に落下した。サルどんは潰れる。その足下に滑り込んだ、牛のフンごと。
 ドシン、と地響きが大地を揺らし、臼どんの巨体から命からがら這い出たサルどんは、悲鳴を上げて逃げていった。
「もう二度と悪さするんじゃねーぞ!」
 這々の体で逃げてゆくサルどんの背中に、栗どんが拳を突き上げて叫ぶ。場は一気に勝利ムードに包まれた。作戦は大成功である。
 お互いにハイタッチする仲間たち。ふと、蜂どんが臼どんの足下にうんこを見つける。ぺしゃんと潰れたうんこ。動くこと適わないただのうんこ。紛れもなく、フンどんだった。
「フ、フンどんっ!?」
 蜂どんの悲鳴で、栗どん、臼どんもその異常に気付いた。駆け寄る三人に囲まれて、牛のフンどんは辛うじて笑顔を作る。
「ちょ……俺、意味ねww 巻き込まれただけ……ww」
 何と声を掛けてよいのか。三人は言葉が見つからない。
「テラわろす……これで死ぬっていみふww ……俺の人生無意味ww」
 そんなことない、そう言ってやれるほど、三人とも器用ではなかった。実際うんこは必要なかった。うんこが無くても、サルは退治できたのだ。
「俺……ホントはどうでもよかったww 親切とか、誰かのためとか、別にそんなに優しくねえしww ただ……」
 ただ、友達が欲しかった。
 それだけだった。
 汚いと疎まれても、臭いと避けられても、ひとりいじけず誰かと関わろうとしたのはそのためだった。涙を流さないのはそのためだった。めそめそ泣いてる暗いうんこを見てくれる者などいない。境遇を嘆いて憎まれ口ばかり叩くうんこに友達などできない。
 そう思ったからこそ、ずっと笑っていたのだ。
 せめて笑っていようと。せめて誰かの、役に立とうと。
「ぐは、死ぬww もう死ぬw ……次は、次は虎とかに、生ま……れ……――」
 泣きながら笑うフンどんを、蔑む者などここにはいなかった。

 

 

 カニどんの住む家の庭には柿の木が生えている。赤橙の柿はとても甘く、集う仲間たちの頬を緩ませた。
 木の根元には墓石がひとつ。刻まれた文字は、〝友よ安らかに〟。
「食べろクソ野郎……うんこが食べれるのかは謎だけどな」
 墓前にひとつ、甘柿を放った栗どんはにやりと口の端を吊り上げた。
「……お前が命をかけて守った柿だ」
「おーい、栗どん! 臼どんが種つまらせて死にそう!」
「おう、今行くぜ」
 仲間に呼ばれ、栗どんはあっさり離れて行く。
 しかしこの小さな墓石の前には、ひとりでは食べきれないほどたくさんの柿が供えられているのだった。

 


「ちょww うっそ!? 死ねてねえしww」
 墓石と柿の隙間から這い出て、牛のフンはひとり爆笑した。
「てかうんこってどーやって死ぬのww 俺の役目終わってねーのかよ神さまww」
 こうしてフンどんは、再び自分の生きる意味を探し始める。
 遠い農村に桃が流れ着き、その果実から生まれた男子が鬼を退治しに行く――。そう聞いて手助けに旅立つことになるのだが、それはまた、別のお話。
 秋晴れの澄んだ空に、うんこの笑い声はいつまでもいつまでも、響いたのであった。めでたし、めでたし。


【冬オズ】

 手袋を脱ぐと、凛とした冷たさが肌に触れた。
 見上げれば、灰色の空からいつの間にか粉雪が降り始めている。
「不思議だわ。どうして雪が降っている最中に歩きながら読書なんてできるわけ?」
「どうして? 歩きながら他にやることがないからだろう」
 並んで歩く彼の、眼鏡越しの視線にわざとらしく大きな溜息をつく。
「君ははホント、〝ブリキ〟ってあだ名がぴったりだよね。身も心も冷たいの。すごく、すごーく」
「……ふん」
「そうだよ。例え本を読んでたくさんの知識を身につけたとしてもさ、隣を歩く女の子を楽しませる物語さえ知らないんじゃ意味ないの」
 昨夜より降り積もった雪がブーツに踏まれ、むきゅ、むきゅ、と鳴いている。
 まだ誰も通っていないまっさらな道に足跡をつける様は、何となく嗜虐的で愉快だ。
 むきゅ、むきゅ、むきゅ。
「……」
「何で黙ってるわけ?」
「いや、楽しませる……物語を」
 彼が真剣に悩んでいる表情を見せたので、それが妙におかしくて笑ってしまった。
「手、つなごっか」
「俺は冷たいんだろ? 凍傷になってしまうぞ」
「だから、温めてあげるって言ってんの」
 呆れたように、ブリキの口元がほころぶ。
 彼が本に栞を挟むのを待って、その手を握った。
「うわ、ホント冷たい。手袋しなよ」
「手袋したら、ページが捲れない」
「超、バカ」
 透徹した空気に、吐息が滲んで消えた。
  むきゅ、むきゅと雪は鳴る。物語は、続いていく。