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登場人物

*前編はこちらからどうぞ! http://p.booklog.jp/book/41809

 

■犬塚真太郎……私立探偵。35歳。元コルロ警察署の刑事。ドベールから娘のアンの素行調査を依頼されたが、それがきっかけで、ある事件に巻き込まれてゆく。タフで心優しいこの物語の主人公。

 

■ミミー……真太郎の秘書。24歳。真太郎の元上司レトリーバ刑事部長の娘。真太郎が危険な事件に巻き込まれないように、いつも安全を祈っている。

 

■ドベール……コルロタウン裏世界の元幹部。48歳。アンの父親。ある事件の裏側にかかわっている。

 

■アン……ドベールの娘。21歳。児童養護施設「希望の園」でボランティアをする優しく献身的な女子大生。

 

■ブラッキー……コルロタウンで悪評高い暴走族のリーダー。18歳。ウルフと呼ばれる謎の殺し屋に襲われ大怪我をする。

 

■シェパード……コルロ市会議員。48歳。コルロ再開発事業を推進する中心人物。

 

■ウルフ……出生、年齢不明。10年前、真太郎を辞職に追いやった謎の殺し屋。

 


第11話 たくらみ

 深夜のコルロタウン――。
 その中でもひときわ華やかな歓楽街“シックスツリー”へ続く道路は渋滞していた。
「(“あの家”に嫌がらせ? どういうことだ――)」
 シェパードは進まないタクシーの後部座席から、視点の定まらない目で夜景を見つめていた。
 彼は疲れきっていた。市長と伴にうち立てた再開発計画が遅々として進まず、推進派、反対派の板挟みにあっていたからだ。

 

 タクシーがクラブ“チワワ”に着いた。約束の時間を10分まわっていた。
 急ぎ足で“チワワ”の中に入ると、会員制の高級クラブに相応しい、こざっぱりとしたボーイが近づき、シェパードをエスコートしようとした。しかし、シェパードはそれを無視してさっさとフロアの中へ入って行きドベールを探した。

 客が少なかったせいか、隅のボックス席に坐っているドベールを見つけるのは容易かった。
「遅れてすまん」
 シェパードはドベールの前の席に腰を下ろした。
「10分ぐらい遅れて怒るほど、俺は小せえ男じゃねぇよ」
 ドベールはタバコの煙をゆっくりと吐きながら、余裕の態度
を見せた。

 しかし、シェパードはタバコを灰皿で荒々しくもみ消すの彼の手元を見て、かなり怒りを抑えているなと思った。
「私は何も指示していない」
 シェパードはドベールにきっぱりと言った。
「とぼけるな! 地上げの黒幕が知らねえわけねーだろ」
 ドベールがくってかかった。
「しっ。声が大きい――」
 シェパードは周りを見回した。

 談笑していた数人の客がチラリと二人の方を見たが、すぐに何事も無かったかのように話しに戻った。ドベールは声を抑えながら話した。
「地上げは駅裏のほんの一角だったはずだ。だから俺もおまえの仕事がスムーズにゆくようにと、地上げ屋どもを手配して協力してやったんだ。堅気になった俺にはリスクがでかすぎたがな」
「わかっている。それには感謝している」
「しかし、現実はどうだ? 駅裏の一角どころか、カレンの店や“あの家”まで巻き込んで、酒場通り全体まで広がってるじゃねーか」
「どういう事だ?」
「それはこっちが訊きてーよ!」
「天地神明にかけて誓う。私は知らない! もしかしたら、地上げ屋連中が勝手に――」
「そんな金にならねえ事を積極的にやるような連中じゃねえよ。誰かの指示で動いているに決まってる」
「誰かの指示? 私以外の? ま、まさか――」
 シェパードはテーブルに目を落とした。

 ドベールは猜疑心に満ちた目でシェパードを見た。シェパードの手が小刻みに震え、額から汗が流れていた。
 二人の間に沈黙の時が流れる――。
「(どうやらシェパードは、ウソはついてないようだ――)」
 ドベールはグラスを手に取り、興奮を沈めるかのように、ゆっくりと水割りを喉に流し込んだ。そして、ひと呼吸おいて話し始めた。
「シェパード。“あの家”には俺の娘が出入りしてるんだ」
「えっ?」
「ボランティアをしているらしい」
「ボランティア?」
「あの娘(こ)は俺の人生を変えてくれた恩人だ。その恩人をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかねえ。だから――」
「だから? だから、なんだ?」」
「悪いが、地上げ屋連中を全員引き上げさせる」
「ちょっと待て! それは困る」
 シェパードは慌てた。

「困る? 誰が?」
「だ、誰がって――」
「はっきり言えよ。困るのはおまえじゃなく、あの連中だろ?」
「ち、違う!」
「違うもんか。確かに、あの連中に恩を返してえ気持ちはわかる。おまえをそこまで立派な議員にしてくれたんだからな」
 シェパードは唇を噛み締めた。
「だからといって、俺たちが育った“あの家”が危険な目にあっているのを、このまま黙って見すごすわけにはいかねえ」
 再び沈黙の時が流れた。
 しばらくして、シェパードが口を開いた。
「今回のトラブルは、私が責任を持って処理する。もちろん“あの家”には二度と手を出させない。だから、この件はひとまず私に預けてさせてくれ――」
 ドベールは答えない。
「頼む」
 シェパードはドベールの目を見た。

 その眼差しを確かめるように目を細めるドベール。
 微動だにしないシェパードの目。

 ドベールは細めた目を広げ、彼から目をそらした。
「わかった――。でも、もし約束が守れなかったら、“兄弟”のおまえでも、ただじゃすまさねえからな――」
 ドベールはそう言うと席からゆっくりと腰を上げ、そして店から出て行った。
 シェパードはドベールの姿が見えなくなるのを見届けると、ホオーッと長いため息をついた。そして殻のグラスにブランデーを注ぎ、それを一気に飲み干した。
「(“ただじゃすまさない”か。くそっ、何でこうなっちまうんだ)」
 シェパードは上着から携帯を取り出し、地上げ屋たちのボスに連絡を取った。
「(はい――)」
 低く無愛想な声が答えた。
「私だ」
「(シェパードさん? どうされました)」
「どういうことだ?」
「(え?)」
「どうして、指示以外のことをするんだ」
「(何のことでしょう)」
「とぼけるな。おまえたち、関係のない酒場通りの店や、“希望の家”まで脅しをかけてるだろ」
「(はあ? おっしゃっている意味が良くわかりませんが。だって、あれは、あなたの指示だったじゃないですか)」
「な、何だと!」
 ボスの予想もしない返答にシェパードは動揺した。
「私の指示だと? いつ私がそんな指示をした!」
「(おやおや。この期に及んでそれはなしですよ)」
「な、なっ――」

「(とにかく、私たちはあなたの指示で動いているんです。なんならドベールさんに確認をとりましょうか)」
「ドベール? ふざけるな、ドベールがあんな事を許すはずがないだろ。きさまら、どういうつもりなんだ。何をたくらんでいる!」
「(たくらむ? ヒドイなあ。私たちが一体何をたくらむというんです。ただの雇われ犬ですよ。とにかく、あなたに頼まれた仕事は1日でも早く終わらせますから。それでは)」
「ま、待て!」
 ボスは一方的に電話をきった。シェパードはすかさずリダイヤルを試みたが、相手が電話に出ることは二度となかった。
「(いったいどうなってるんだ――。 まさか、ドベールが? いや、自分の娘を危険にさらしてまで、そんな馬鹿なことをするわけがない。――いったい、どうなってるんだ)」
 シェパードはドベールに電話をかけた。

 電話のスピーカーから声が聞こえた。

 しかし、それはドベールの声ではなかった――。


「(只今おかけになった電話は、電波の届かない場所か、電源が入ってないために、かかりません――)」


第12話 火事

 けたたましい消防車のサイレンの音が、酒場通りを突っ切っていった。
「どこが燃えてるんですか?」
 “カレンの店”から飛び出した真太郎は、同じく隣の店から出てきた数人の客のひとりに訊いた。
「この先にある、児童養護施設らしいよ」
「なんだって!」
 真太郎は全速力で“希望の園”へ向かって走った。


 裏通りにひしめき会う野次馬たちの頭越しに、“希望の園”を焼き尽くす炎が夜空を赤く焦がすのが見えた。
「な、なんてこった――」
 真太郎は野次馬たちをかき分けながら現場に近づいた。群れの最前部にはロープが張られ、前へ出ようとする野次馬を警官が大声を張り上げながら制止している。
 “希望の園”全体にまわった火の勢いは強く、消防隊員の必死の消火活動もなかなか効果をあげていなかった。

 焼けただれた子ども用の自転車を見た真太郎は、園長たちの安否が気になり、思わず辺りを見回した。すると、現場から少し離れた所に停まっていた救急車の傍で、焼け出された園長とアン、そして施設の子どもたちと思しき20人近くの少年少女たちが、呆然とした表情で燃え上がる“希望の園”を見つめていた。
 真太郎はロープをくぐり、「施設の関係者だ!」と言いながら警官の制止を振り切って園長たちのもとまで走った。
「大丈夫ですか、園長さん!」
 園長は真太郎の声に気づき振り向いた。その顔には幾筋もの涙が流れた跡があり、それが炎に照らされて赤く光っていた。まるで血の涙のように――。
「ああ、あなたは、あの時の――」
 園長はそう言うと、顔を歪ませワッと泣き崩れた。
「お母さん!」
 アンは園長の肩を抱き、真太郎も園長の手を取り握り締めた。その様子を見た子どもたちも、張り詰めた気持ちが緩んだかのように一斉に泣き始めた。
「きっと、あいつらの仕業よ」
 アンは赤く燃える空を睨みつけながら、悔しそうに唇を噛み締めた。真太郎は彼女の言う“あいつら”が誰の事をさしているのか察することができた。
「(火をつけた連中は、きっとあの野次馬たちの中にいるはずだ。それが、あいつらの習性だ)」
 真太郎は、するどい目つきで野次馬の群れを見回した。

 

 

 ――その頃、シェパードはクラブ“チワワ”の外で、ドベールが居そうな馴染みの店に片っ端から電話をかけまくっていた。しかし、どの店からも彼が期待する返事はなかった。
「ドベールめ。いったいどこに行ったんだ」
 シェパードは、もしやと思いカレンの店に電話をかけてみた。
「(はい、“カレンの店”です)」
「カレンか? 私だ」
「(シェパード? こんな時間にどうしたんだい)」
「そっちに、ドベールという名前の客が来てないか」
「(ドベール? ドベールって――もしかして、あの金融業の)」
「いるのか、いないのか!」
 カレンはシェパードの別人のような荒っぽい口調に驚いた。
「(7時頃来ていたけど、もう、とっくに帰っちゃったよ)」
「7時頃? そうか――」

「(どうしたんだい? ずいぶん慌てて。いつものあんたらしくないね)」
 シェパードはカレンの声の後ろで突っ切って行く、けたたましいサイレンの音に気づいた。
「何かあったのか?」
「(え? ああ、サイレンが聞こえたんだね。そうなんだよ。近くにある“希望の園”という施設が火事なんだ)」
「(な、何だって――)」
 シェパードは絶句した。そしていきなり携帯をきり、タクシーを捕まえる為に歓楽街の大通りへと走った。

 

 

 ――真太郎は、野次馬の中に、カレンの店で見た地上げ屋がいないか探し続けていた。
 横にいたアンが、野次馬の中を指差した。
「あの人、見たことある!」
「どいつだ?」
「あの人相の悪い大柄の男。ボヤの現場から逃げて行った男だわ!」
 アンは無鉄砲にも指差した方へと走り出し、野次馬の中へ飛び込んで行った。
「待て!」
 真太郎は慌ててアンの後を追いかけた。
 野次馬をかき分けながら進むアン。それを追う真太郎は、アンの先にカレンの店で会った3人の地上げ屋が立っているのを見つけた。

 3人はまるで花火見物でもしているかのように、ニヤニヤしながら燃え上がる“希望の園”を眺めていた。
「待て、アン!」
 真太郎はアンを呼び止めようと大声を出した。3人は声の方を振り向き、近づいてくる真太郎を見て慌てて逃げ始めた。
「待ちなさい!」
 3人を追いかけようとするアンの肩に真太郎は手をかけた。
「アン、もういい! もう、これ以上お母さんを悲しませるような事をしちゃだめだ!」
 アンは追いかける足を停めた。
「ここから先は、俺に任せてくれ」
 真太郎はそう言って、アンをその場に残し、3人を追いかけた。

 

 野次馬たちを肩で突き飛ばしながら群れから出た3人は、酒場通りの狭い路地の中へ入って行った。それを追いかける真太郎が同じ路地の中へ入ってゆくと、3人がまるで待ち伏せをするかのように立ちはだかっていた。
 カレンにコテンパンにされた、人相の悪い大柄の男が歩み寄る。
「てめえ、カレンの店にいた野郎だな。俺たちに何の用だ」
 男はドスの効いた声ですごんだ。しかし真太郎はそれに動じなかった。
「何故逃げた」
「逃げた? ど、どうして俺たちが逃げなきゃなんねーんだよ!」
 真太郎は男の動揺を見逃さなかった。
「どうした。ずいぶん声が上ずっているじゃないか。なんか心にやましいことでもあるのか?」
「なんだと、てめえ!」
「いくら小芝居しても、その汚ねえ面に大きな文字で書いてあるんだよ」
「なにっ?」
「“火をつけたのは俺たちです”ってな!」
「なっ――」

 真太郎の確信を持った台詞に、男は目を泳がせた。それは誰が見てもわかる犯行を認めたボディランゲージだった。
「誰に頼まれたっ!」
 突然凄みをつけた真太郎の大声に、男は一瞬ひるみ後ずさりした。
「て、てめえ何者だ? ここまで首つっこんで、生きて帰れると思っちゃいねえだろうな?  おいっ!」
 男が顎を振って合図をすると、後ろにいた2人の男たちが、首や指をポキポキ鳴らしながら真太郎の傍へにじり寄ってきた。そして、懐からナイフを取り出し身構えた。
「今日の俺はむちゃくちゃ頭にきている。おまえら、ただじゃすまさないからな」
 そう言うと真太郎はゆっくりと深呼吸をしながら、あまり見たことのない拳法の構えをとった。


第13話 追跡

「けっ、そんな“はったり”が通用するか!」
 2人の男たちのひとりが、ナイフを突き出して真太郎に襲いかかった。真太郎はすかさず体をかわし、ナイフを持った男の腕を思い切り蹴り上げた。ナイフが空中に飛ぶ。間髪いれず真太郎は体を回転させて、男の顔面に裏拳をジャストミートさせた。勢いのついた裏拳は男の鼻を潰した。「ふがぁ!」と呻きながら、男は両手で鼻を抑えてうずくまった。
「ほお、やるじゃねえか!」
 そう言い終わらぬうちに、もうひとりの男がナイフを振りかざして真太郎へ突進した。真太郎は男が振り下ろしたナイフを、すばやい後方ジャンプで避けると、近くにあったゴミバケツを持ち上げて男に思い切り投げつけた。
「ぶはっ!」
 男はゴミバケツを諸に顔面に受け、仰け反るように後ずさりした。すかさず真太郎は、ゴミまみれになった男の胸に飛び蹴りを入れた。男は吹っ飛び、後ろのブロック塀に激しく後頭部をぶつけて気絶してしまった。
 鼻を潰されうずくまっていた男が、呻きながらよろよろと立ち上がった。
「まだやる気か? 今度は鼻だけじゃすまさんぞ!」
 そうすごみながら、真太郎が再び拳法の構えをとると、鼻血の男は脱兎のごとく逃げてしまった。
「お、おい! 逃げるなっ!」
 逃げて行く男を呼び止めようと、後ろを向いたリーダーの男の背後に真太郎はすばやくに回りこみ、後ろ手を取って思い切り締め上げた。
「いててっ!」
「だれに頼まれた!」
「な、なんの事だ?」
 真太郎は男の手をさらに締め上げた。男は悲鳴をあげた。
「さっさと言わないと、腕をへし折るぞ!」
「ま、まってくれ! 言う、言う! シェパードだ」
「シェパード?」
「市会議員の――、この辺の再開発計画の責任者だ」
 真太郎は思い出した。
新聞のコルロタウン再開発記事の写真に写っていた男。その議員の名前がシェパードだったという事を。そして、カレンと親しくしていた常連客でもあった事を。
 しかし、真太郎には、俄には信じられなかった。
 カレンに気に入られるような男が、まさか地上げ屋を使って“希望の園”に放火させるとは思えなかったのだ。
「放火は、そのシェパードという議員の指示で間違いないんだな?」
「えっ?」
「聞こえなかったのか! 放火はシェパードの指示だったのかと訊いているんだ!」
「そ、――そうだ!」
 どうやらこの男は、自分の本音がすぐ顔に出る損な性格らしい。真太郎は男が一瞬見せた、とまどいの表情を見逃さなかった。明らかにウソをついている。
「きさま、この期におよんでまだウソをつく気か」
「しつけーな! ウソなんかついてねーって言ってんだろ!」
 慎太郎は男の腕を更に締め上げた。ゴキッと鈍い音がした。
「ぐわあーっ!」
 男の悲鳴が路地裏に響き渡る。
「キャアーッ!」

 男の悲鳴と入れ替わるように、若い女の悲鳴が響き渡った。

 真太郎が女の悲鳴の方を振り向くと、逃げ去ったと思っていた鼻を潰された男が、若い女を羽交い絞めにして立っていた。

 真太郎は呆然とした。その若い女はアンだったからだ。
「なぜついて来たんだ!」
「ご、ごめんなさい、だって――」
 鼻を潰されたの男はすごんだ。
「兄貴をはなしぇ! しゃもないと、この女の首をへしゅ折るぞ!」
 真太郎は締め上げていたリーダーの男の手を、ゆっくりと離した。男は左手をぶらりと下げ、呻きながら真太郎から離れると、ブロック塀に頭をぶつけて気絶している男の手からナイフを取り上げた。
「形勢逆転だな。ヘッヘッヘ――」
 リーダーの男は激痛で引き攣った笑いをしながら、右手に持ったナイフをぐっと握り締めた。
「(まずい――)」
 慎太郎は緊張した。
「ぶっ殺してやるっ!!」
 男がナイフを振りかざし、真太郎に襲いかかろうとしたその時、強烈な光が男の顔を照らしつけた。「うっ?」男はまぶしさに目を細め、動きを止めた。
「アンを放せ!」
 爆音を立てて疾走してきたバイクのヘッドライトの向こうから叫ぶが聞こえた。
 アンは聞き覚えのある声の主に呼びかけた。
「ブラッキー!」
 ブラッキーは、急ブレーキをかけたバイクから飛び降りると、片手に持ったチェーンをブンブントと振り回しながら、地上げ屋の男たちに近づいて行った。
「誰だてめえは? それ以上、近づくんじゃねえ!」
 リーダーの男は、アンを羽交い絞めにしている男の傍へ駆け寄り、一緒にゆっくりと路地の奥へ後ずさりして行った。
 真太郎とブラッキーも、男たちとの間に一定の距離を保ちながら、ゆっくりとついていった。

 両者は緊張しながら、路地の突き当たりにある駐車場まで進んだ。

 そして駐車場に着くと、地上げ屋の男たちは入口に停めてあった1台の赤い車に近づき、ドアを開けてアンを中に放り込み、素早く乗り込んだ。
「逃げんのかっ!」
 ブラッキーが叫ぶと、車はライトもつけずに急発進し、タイヤを軋ませながらながら真太郎とブラッキーめがけて突っ込んできた。素早く横へジャンプし、間一髪で身を交わす2人。
 車は路地裏から表通りへ向かって、猛スピードで走り去って行った。
「逃すか!」
 真太郎は追跡用に、駐車中の車を一台拝借しようとした。
「そんなやばい事しなくても、俺のがある」
 ブラッキーはそう言うと、来た道を走って戻って行った。
「(あいつ、俺が助けた族の頭(あたま)だったな。たぶん入院していたはずだが――)」
 爆音を轟かせたバイクが、真太郎の目の前で急停車した。
「乗れよ!」
「おまえ、たしか怪我してたんじゃ――」
「乗るのかよ! 乗らねーのかよ!」
 真太郎が慌てて後部座席に飛び乗ると、ブラッキーはバイクを急発進させた。
 2人を乗せたバイクは、大通りへ繋がる路地裏の抜け道を巧みに走り抜け、コルロタウンの大通りへと出て行った。
「すまなかったな!」

 ブラッキーは、疾走するバイクの風の音に負けないように、大声で真太郎に叫んだ。
「何が!」
 真太郎も大声で答えた。
「あんたをボコボコにしちゃってさ!」
「そんな事より、運転、大丈夫か!」
「心配すんな! 落っこちねーように、しっかり、つかまっとけよ!」
 そう言うと、ブラッキーはアクセルを回し急加速した。仰け反った真太郎は思わずブラッキーにしがみついた。
 バイクは大通りの渋滞の中を縫うように走って行く。真太郎はブラッキーに指示した。
「あいつらがわざわざ渋滞する道を選ぶはずがない! たぶん、高速へ向かっているはずだ!」
「何でそう思うんだ!」
「勘だ!」
「勘?」
「信じろ! 高速の入口へ向かって走れ!」
「わかった!」
 ブラッキーは真太郎の指示どおり、高速道路へ向かってバイクのハンドルをきった。
 大通りを抜け、高速道路のインターチェンジへ繋がる道に入ると、走行する車の台数が急に減ってきた。
「さすがだな! あんたの勘はあたりだよ」
 ブラッキーが叫んだ。
 2人を乗せたバイクの前方に、アンを乗せた赤い車が走っていた。


第14話 倉庫街

 真太郎はブラッキーに、再び指示を出した。
「気づかれないように、あいつらとの間に車をはさんで追ってくれ!」
「え? 尾行すんのかい!」
「ああ、考えがある」
 ブラッキーはバイクを減速させ、左横を走る車の後ろに回り込んだ。

 

 しばらくして、アンを乗せた赤い車はインターチェンジから高速に乗った。

 車はスピードをぐんぐんと上げ、次々と他の車を追い抜いて行った。バイクもそれに合わせてスピードを上げて行った。
「いくらスピード上げてもムダだぜ。死んでもくらいついてやる。探偵さん、しっかりしがみついてんだぞ!」
「俺が探偵だと、どこで知った」
「アンから聞いた!」
 ブラッキーはアクセルレバーを全開にした。うなりを上げてバイクが急加速する。
「お、おい、死ぬのだけは勘弁してくれ!」
 真太郎は悲鳴にも似た声で、ブラッキーに叫んだが、時速100kmを超えて飛んでくる風の音にかき消されてしまった。

 

 

 ――同じ頃。

 シェパードを乗せたタクシーが、ベイエリア(湾岸地区)沿いの産業道路を走っていた。

「“あの家”が火事――。ああ、なんていうことだ。最悪だ。皆は大丈夫だろうか――」

 ドベールは頭をかかえた。
「(誰かが私を陥れようとしている。一体誰なんだ? ドベールなのか? ――いや、違う。あいつは子供の頃からの親友、いや、兄弟だ。そんなことをするような男じゃない。でも――)」
 タクシーはベイエリアの倉庫街の入口に差し掛かった。シェパードは運転手にそこで降ろすように告げた。
「お客さん、あの人に似ているって言われませんか?」
「え、誰に?」
「ほら、あの再開発の中心になってる、シェパードとかいう議員に」
 運転手はシェパードから料金を受け取りながら言った。
「ああ、よくそっくりだと言われるよ。迷惑な話しだよ」
 シェパードは慌てて誤魔化した。
「でしょうねえ。まったく、あの議員といい、市長といい、金持ちの見方ばかりしやがって、あたしら貧乏人はやってられないですよ」
 車から降りたシェパードは、産業道路の闇の中へ消えてゆくタクシーに向かって吐き捨てるように言った。
「黙れ! やってられないのはこっちの方だ!」

 

 倉庫街の中に入ったシェパードは、街灯もろくにない暗い道を歩き続けた。

 遠くで船の霧笛が寂しげになった。潮の香りが強い。

 4、5分歩くと、かなり老朽化した2つの大きな倉庫の間に建っている、プレハブ2階建ての事務所を見つけた。既に時間は午前2時をまわっているというのに、事務所内の灯りはついたままだった。
 シェパードは事務所に歩み寄った。入口ドアの窓ガラスには、いかにも素人が書いたと思われるおぼつかない文字で“第一港湾サービス”と書かれてあった。

 シェパードは懐から手帳を取り出しメモを見ながら確認した。
「ここだな。ドベールが紹介してくれた、地上げ屋のボスがいるのは――」
 ドアをノックした。
しかし返事はない。ドアノブを回してみると鍵がかけられていた。
念のために2階を見上げ、様子をうかがってみたが、人の気配は感じられなかった。
「くそっ、いないのなら灯りくらい消しておけ!」
 シェパードは思い切りドアを蹴った。その音が人気のない深夜の倉庫街に響き渡った。
 いらつきながらネクタイをゆるめ、地面にしゃがみこんだシェパードは、懐からタバコを取り出して一服した。最初はせわしなく吐き出していた煙が、しばらくすると気分が落ち着いたのか、タバコの先からゆっくりと昇っていくだけになった。
「(落ち着け。冷静になれ――。もしドベールが私を陥れようとしているのなら、必ずどこかで動き始めるはずだ。意味もなく潜伏するはずもない。その時を待て)」
 そう思いながらゆっくりと立ち上がり、吸っていたタバコを地面に投げ捨てた。まだ火のついていたタバコの灰が、花火のように地面に飛び散った。
「(私だってバカじゃない。黙って罠にはまるものか!)」
 シェパードは、とりあえず朝まで張り込みをしようと、事務所の隣の倉庫前に詰んであったコンテナの裏へ隠れた。
「(ここなら気づかれないだろう)」

 警戒しながら辺りを見回すと、事務所の入口前に何かが落ちているのに気がついた。シェパードは何故かそれが気になり、歩み寄って拾い上げた。
「なんだ携帯電話か。誰かが落としたんだな」
 電源ボタンを押してみた。ディスプレイが明るく表示された。
「えっ?」
 ディスプレイに表示された着信履歴を見て、シェパードは我が目を疑った。それは、まぎれもなく自分からドベールにかけた着信履歴だったからだ。
「これは、ドベールの携帯だ。あいつはここに来ていたのか!」

 

 

 ――アンを乗せ疾走する赤い車は、スピードを徐々に緩め、“ベイエリア”という標識のある出口から高速を降りた。
 車を尾行していたブラッキーが真太郎に訊いた。
「このまま尾行したらばれるぞ。ベイエリアへ向かう産業道路は、夜に車なんか一台も走っちゃいねえからな」
「くわしいな」
「へへっ。まあ、昔よく暴走(はし)ってたからな。でも、もう俺は――」
 ブラッキーは何かを言いかけようとしたが、何故かそれを途中で止めてしまった。
「えっ、何て言った? 聞こえないぞ!」
「なんでもねえよ! で、どうすんだ、探偵さんよ」
「ヘッドライトを消せ」
「えっ?」
「ヘッドライトを消せと言ったんだ!」
「うへっ。ムチャさせるなあ。まあ、度胸試しで面白そうだけどな」
 ブラッキーと真太郎を乗せたバイクは、無灯火の状態で高速を降りた。

 

 赤い車はスピードを落としながら、街灯の少ない暗い産業道路へ入って行った。
 “ベイエリアまで3km”と書かれた標識が車のヘッドライトに浮かび上がった。
「ここからは一本道だ。終点は倉庫街だ」
 ブラッキーはそう言いながら、後真太郎の方を振り返った。真太郎は慌てた。
「前! 前っ!」
 ブラッキーが前へ振り返ると、前方から一台のタクシーが走ってきた。タクシーは無灯火のバイクに気づくのが遅れ、慌ててハンドルを左にきった。
「バカヤロー!」
 タクシーはバイクの二人を罵りながら走り去って行った。
「まさか、こんな時間に対向車が来るとは思わなかったぜ」
 ブラッキーは少し肝を冷やしたのか、その声が上ずっていた。
 
 しばらく尾行すると、赤い車は倉庫街の入口で停まった。
「手前で停めてくれ!」
 バイクは倉庫街の入口の約300mぐらい手前で停まった。

 真太郎はバイクから飛び降り、地上げ屋たちに気づかれないように、中腰の姿勢で入口へ向かって走った。
 地上げ屋の2人が、抵抗するアンを、車から無理やり引きずり出そうしているのが見えた。



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