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みずうみ

 なめらかな舳先が湖面をすうっとかき分けてゆく。潤みがちな彼女の瞳はカヌーを楽しむのにちょうどよかった。ときおり魚が飛び跳ねてはあいさつをしてくれる。やがて影が降りてくる。彼女も眠くなったのだろう。まぶたが完全に閉じてしまうその前に私はカヌーを彼女の頬に引き上げた。

ろくろ

 気づけばろくろを回していた。艶やかな黒髪がふわりとなびいて、シャンプーの香りが、シャンプーの香りが、シャンプーの香りが、しない。それどころか腐臭が鼻を突いてくる。彼女にはまるで似つかわしくない匂いだった。髪、洗おうな。生首は無言のまま、ただくるくると回っていた。

 息子が穴を掘りはじめた。部屋の床に。夕食を届けにゆくと床板が剥がされ土がむき出しになっている。10階なのに床下に土の層があることにまず驚いた。穴は相当深そうだった。暗くて中はよく見えない。食事はどうするのー? と叫ぶと、置いといてー、と数分後に返事が返ってきた。

花びら

 母さんはずっと窓の外を眺めていた。「あなた週末は職場に泊まり込みだったって言ったけど本当は地球へ行ってきたのね」「行ってないよ」「うそおっしゃい。彼女に会ってきたのでしょ」母さんは笑いながら宇宙船の丸窓を指差した。「桜の花びらが張り付いてるわ。また見たいわねぇ」

黒い虫

 夜中に目が覚めた。明かりを点けると床の上で何かが蠢いている。黒い虫だった。ざわざわとざわめく足におぞけが走り思わず悲鳴を上げていた。兄が飛んできた。私が床を指さすと兄は虫を指でつまみ上げた。え? 兄は無言で私の顔を見つめる。兄は虫を私の顔に近づける。「お前のまつ毛」

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