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逆向き

 動く歩道を逆向きに歩いている男がいた。昼時なので歩行者の数も多い。みな男のことを迷惑そうに睨みつけては脇へ避けてゆく。明くる日も、また明くる日も、男は逆向きに歩いていた。「あなたはなぜ逆向きに歩いているのですか?」「ありがとう。交代だ」男はくるりと反転して歩み去っていった。

 先生はパパの首に刻まれた傷を見て顔を引きつらせた。説明しなきゃ。パパのシャツを脱がせる。先生の顔は真っ青になる。これが五歳の時、これが六歳の時。私の身長を測ってナイフで印を付けていただけなんですよ。どこの家でもありますよね? ほら、パパはうちの大黒柱だったから。

女性自身

 女性自身は部屋を飛び出した。これからは自分のために生きていこうと思った。後ろでいなり寿司を叩きつけるような音が響いた。女性自身は振り返った。男性自身が立っていた。 「行かないでくれ」 飛び降りたせいで彼の玉袋は傷だらけになっていた。女性自身は初めて自分の意思で男性自身を受け入れた。

監視員

 部屋の真ん中に脚立を立てて水のない水そうを監視する。楽といえば楽な仕事だけど油断はできない。すぐに逃げ出そうとするやつがいるからだ。外は危ないんだよ? そう言い聞かせて捕まえたやつは水そうに戻してやる。今日はわりとみんなおとなしかったから読書が捗った。小説を二冊読み終えた。

 夜の街を大勢の人が歩いていた。誰もひとこともしゃべらなかった。ただアスファルトを踏みしめる音だけがつたつたと響いていた。やがて自動販売機が歩きはじめた。つぎに木々や信号機が歩きはじめた。ついにはビルたちも歩きはじめた。夜が明けると街にはもう何も残っていなかった。

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