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消灯

 別居中の夫の部屋を訪れた。夫は照明の紐で首を吊っていた。どうすればいいのか分からなかった。ただ幸いなことに焦る必要はなかった。夫の体は風鈴の短冊のようにゆらゆらと揺れていた。ちっぽけな男に相応しい最期だった。おやすみなさい。あなた。冷たい足首を引いて明かりを消した。

クロ

 クロがクローゼットの扉を開けろと催促する。開けてやるとクロはするりと中に身を滑らせてコート類の影に溶け込んでしまう。おかしな子ねえ。扉を開けっ放しにしたまま私はパスタを茹でにゆく。部屋に戻るとクロはストーブの前に座り、頭の上に雪をのせていた。君はどこに行ってきたの?

しっぽ

 ぱぱの本にはしっぽがあるね。と娘がいう。振り返ると娘は本棚から抜き出した本をぱたぱたとしている。どうやらしっぽとはしおり紐のことらしい。たしかに彼女の絵本にはしっぽがない。しっぽ、しっぽ、かわいいね。娘はしっぽで遊びはじめる。本はあきらめ顔でされるがままになっている。

釣り

 摩天楼の頂に座り、釣り糸を垂らす。一服しながらマンハッタンの夜景を味わうつもりだったが煙草に火を点ける間もなくサイレンの音が鳴り響く。赤と青の回転灯が賑やかに光り、パトカーが集まってくる。やれやれ。食い意地の張った連中だ。餌はドーナツ。今夜も面白いほど警官が釣れる。

シオマネキ

 シオマネキは途方に暮れる。招く潮がない。たった一晩で海は涸れ果ててしまった。千里歩いてようやく潮溜まりを見つける。大きなサメが泣いている。海はもう終わりだ。魚たちはみなおれが食ってやった。お前はどうする。シオマネキは鋏を天に振りかざす。ぽつり、またぽつりと雨が降りはじめた。

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