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退勤

 あらもうこんな時間。そろそろ夫を迎えに行かないと。金魚鉢を小脇に抱えて夫の会社へ向かう。水槽タイプの社屋の表で待っていると夫が二階から泳いでくるのが見える。空中に飛び出した夫を無事金魚鉢で受け止める。ハニー、今日の夕飯はなんだい? 私は微笑みながら答える。金魚の餌よ。

スカイツリー

 スカイツリーが2メートルしかない。君が泣き続けたせいで。潮風が吹くとツリーの穂先に結わえつけたロープがぴんと張ってゴムボートはきれいな円を描く。水平線のほかは何も見えない。ボートの底に溜まる涙をマグカップで汲み出しながら僕は言う。ねえ。いいかげんに泣きやんでくれないか?

ひな祭り

 珍しく娘が和室でテレビを観ている。「まだ寝ないの?」「今日は好きなバンドのライブがあるから」ところが新聞のテレビ欄を見てみてもライブ番組なんてひとつもない。「あなた日にちを間違えてるんじゃない?」「間違えてないよ」「なんてバンド?」娘はひな飾りの方を指差す。「五人囃子」

あの子

 あの子と遊んじゃだめ。ママはいう。あの子じゃないよ。たくみくんだよ。とにかくだめなの。あの子もだめ。あの子もだめだわ。毎日あの子の数はふえていって公園はあの子だらけになってしまう。もうあの公園はだめね。あのねママ、ぼくもほんとはあの子なんだよ。ママはぼくの手をサッとはなした。

トイレ

 不動産屋の女はドアを開けて客の男に中を見せる。「きれいですね。広さもちょうどいい。決めた。このトイレにします」「ありがとうございます」「私はトイレの中がいちばん落ち着くんですよ」男は晴れ晴れとした表情で言う。「みなさんそうおっしゃいます」女はにっこりと微笑んだ。

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