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バウムクーヘン

 軒下に野良バウムクーヘンがいた。腹を空かせているのかくんくんと穴を鳴らす。ところがミルクを深皿に入れて置いてやっても警戒してなかなか近づいてこない。家の中に入り、窓を薄く開ける。バウムクーヘンはこくこくとミルクを飲んでいた。慌てて飲むなよ。溶けちまうぞ。私は静かに窓を閉めた。

少女

 こっちよ。少女は男の手を引いて湿った森の奥へと入ってゆく。男はふと自分の手を見下ろして呆然とした。ヒルがべっとりと張りついている。声を上げようとすると少女が振り返った。可憐な唇の間から赤黒い舌が伸びて男の口を塞いだ。甘い香りがした。血の味がした。そして男は眠りに落ちた。


 あなたごはんよ。水槽に金魚の餌を入れる。夫は溺れた人のようにぱくぱく口を開けて餌に食らいつく。金魚のメリルとの争奪戦が繰り広げられる。いつもは穏やかな夫も必死だ。メリルが夫に体当たりしたかと思うと夫はほどけたネクタイでメリルの首を絞める。あらあらたいへん。殺さないようにね。


出勤

 あなた朝よ。水槽に掛けた暗幕を取ると夫は眩しそうに目を細める。朝食用の金魚の餌を水槽に入れる。今朝は夫も金魚のメリルも仲良く食べている。夫の出勤は楽なものだ。なにしろ水槽と夫の会社はウォータースライダーで繋がっていて、水槽側のハッチを開けるだけで夫は勢いよく飛び出していくのだ。

退勤

 あらもうこんな時間。そろそろ夫を迎えに行かないと。金魚鉢を小脇に抱えて夫の会社へ向かう。水槽タイプの社屋の表で待っていると夫が二階から泳いでくるのが見える。空中に飛び出した夫を無事金魚鉢で受け止める。ハニー、今日の夕飯はなんだい? 私は微笑みながら答える。金魚の餌よ。

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