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歯ブラシ

 古い歯ブラシが家に帰ると新しい歯ブラシが澄ました顔でコップの縁に寄りかかっている。せっかくストレートパーマをかけてきたのに。古い歯ブラシは泣き崩れる。彼が洗面所に現れる。新しい歯ブラシに伸びた手は空を切って古い歯ブラシをつかむ。彼女は彼の指の感触を永遠に心に刻み込んだ。

文庫本

 活字中毒の私は出先で読みかけの本を読み終えてしまった時の為に鞄にもう一冊文庫本を入れるようにしていた。なのにそれが無い。慌てて旅行鞄の中を引っ掻き回す。無い。諦めた私が中吊り広告を読み始めると夫がポケットからiPhoneを取り出した。「これを読みなさい」 青空文庫を渡された。

音楽と小説

 香織はソファに深く沈み込んだままヘッドフォンで音楽を聴いている。嫌なことがあった時に彼女がよくやる行動だ。小説なんてしょせん音楽には敵わないよな。僕が言うと香織はそうでもないよと言って外したヘッドフォンを僕に渡す。彼女が聴いていたのは僕の小説のオーディオブックだった。

指輪

 僕は山の頂に、彼女は麓の村に暮らしている。連絡の手段は糸電話だけだった。君に指輪を贈るよ。どうやって? 嶮しすぎるこの山には郵便山羊も登ってこれない。僕は電話の送受信器を外して糸に指輪をそっと通す。ふたたび送受信器を取りつける。コツリと音が鳴り、彼女の歓声が響いた。

プレゼント

 背中に隠していたプレゼントを渡すと彼女の顔は朝陽のように輝いた。「開けてもいい?」「もちろん」中身を目にした彼女の表情が急に曇る。「気に入らなかった?」「わたし、ピアスはだめなの」「だって今も」「これはイヤリング。穴は開けられないのよ。わたしの身体は風船だから」

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