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サメ

 サメの死骸が落ちている。暴漢に外套を奪われ寒さに震えていた男は渡りに舟とばかりにサメを羽織る。温かい。男はサメ姿のまま歩きはじめた。行き交う人はみな目を逸らせる。男はとてもいい気分だった。いつのまにか海岸に辿り着いていた。サメ男はそのまま海に入り、二度と帰って来なかった。

片付く

 気が付くと部屋が片付いている。気が狂いそうになる。私は本棚の本を、机の上の物を、磨き上げられた床の上に撒き散らす。やっとほっとする。ほっとした途端に地震が起きる。本は本棚に、物は机の上に、見る見る間に吸い寄せられてゆく。また部屋が片付く。気が狂いそうになる。いい加減にしてくれ。

歯ブラシ

 古い歯ブラシが家に帰ると新しい歯ブラシが澄ました顔でコップの縁に寄りかかっている。せっかくストレートパーマをかけてきたのに。古い歯ブラシは泣き崩れる。彼が洗面所に現れる。新しい歯ブラシに伸びた手は空を切って古い歯ブラシをつかむ。彼女は彼の指の感触を永遠に心に刻み込んだ。

文庫本

 活字中毒の私は出先で読みかけの本を読み終えてしまった時の為に鞄にもう一冊文庫本を入れるようにしていた。なのにそれが無い。慌てて旅行鞄の中を引っ掻き回す。無い。諦めた私が中吊り広告を読み始めると夫がポケットからiPhoneを取り出した。「これを読みなさい」 青空文庫を渡された。

音楽と小説

 香織はソファに深く沈み込んだままヘッドフォンで音楽を聴いている。嫌なことがあった時に彼女がよくやる行動だ。小説なんてしょせん音楽には敵わないよな。僕が言うと香織はそうでもないよと言って外したヘッドフォンを僕に渡す。彼女が聴いていたのは僕の小説のオーディオブックだった。

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