漂流
「なぜ普通のボートを選ばなかったんだ」「それはこっちの台詞だ」また人間たちが醜い争いをはじめる。「助けを求めたのに笑われたじゃないか」「緊迫感がないから漂流してると思わないんだよ」「こんなアヒルに乗ってるからだ」アヒルじゃない。白鳥なんだけどな。スワンボートは悲しくなった。
落し物
鼻を落とした。道理で匂いを感じないはずだ。おれは煙草を投げすてる。駅前まで戻り、交番に入る。「鼻の落し物。届いてるか?」「DNA鑑定で確認しますので髪の毛を一本頂戴します」クソ警官め。「では鼻をお返しします。あとこちらも貴方の落し物のようですね」袋一杯の吸殻が机の上に置かれた。
口笛
歌を歌ったものは銃床で殴られた。だがどこからともなく聞こえてくる口笛は不思議と止むことがなかった。その音色に耳を澄ませることだけが僕らの慰めだった。ある時ふいに口笛は止んで、そして僕らは解放された。あの口笛の主はあなただったのでしょう? 墓標は何も語らなかった。
クロ
突然殴る蹴るの暴行を受ける。猫のクロにだ。いつもはおとなしい子なのに。どうしたの? クロは机の上に飛び乗ってPCの画面を肉球で叩く。今日ネットで拾った男性アイドルの壁紙だ。やだ、妬いてるの? マウスを弄って子猫の頃のクロの画像に戻すと、彼は満足そうにニャアと鳴いた。
サメ
サメの死骸が落ちている。暴漢に外套を奪われ寒さに震えていた男は渡りに舟とばかりにサメを羽織る。温かい。男はサメ姿のまま歩きはじめた。行き交う人はみな目を逸らせる。男はとてもいい気分だった。いつのまにか海岸に辿り着いていた。サメ男はそのまま海に入り、二度と帰って来なかった。