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小説家の妻

「書き上げた小説を最初に読ませるのは妻ですね。」「編集者ではなく?」「そう。先ず妻に読ませるのです。」「成る程。奥様もさぞかし小説にお詳しいのでしょうね。」「いやいや。逆ですよ。彼女は小説に関してはまったくの素人で何を読んでも面白いと言う。だから良いのですよ。」

子羊

 金色の蝶が飛んでいた。それを見つけた子羊が行列を離れる。戻りなさい! 母羊が叫んだ。おれは羊を数えるのを止めて子羊を追いかけた。金色の蝶はふらふらと谷間を越えてゆく。おれは子羊が崖から落ちそうになるのを間一髪で捕まえた。気づけばおれは百年ぶりに眠りに就いていた。

手紙

 さみしい。ひとことだけ記した手紙を瓶に入れて海に投げた。ひと月後に返事が届いた。瓶の中の羊皮紙には、僕もさみしい。と書かれていた。それから奇妙な形の文通が始まった。今何処にいるの? そう書いて瓶を投げた。ひと月後届いた手紙にはこの無人島の地図と百年前の今日の日付が記されていた。

花見

 あらお花見? 起きぬけの月が話しかけてくる。四月になると血が騒いでね。賑やかだったものねえ。月は遠い目をする。そこでフィルムが切れる。桜が消え、酒肴が消え、人々が消え、私と映写機だけが地球に残る。今度、一緒に花見をするか。私は月を誘う。夜桜限定ね。月は優しく微笑んだ。

文字

 ここに書かれていることは信用ならん。信用ならん。全く以て信用ならん。謂われのない誹りを受け続けて文字たちは心底うんざりしていた。もはや人間はおれたちが必要でないようだ。それではおさらばするとしよう。書物から新聞から広告からWebから人の頭から、すべての文字は逃げ出してしまった。

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