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ラブ☆イーチアザー

「ただいまぁ」 
 ネクタイを緩めながらドアを開けると驚くほど寒くそして暗く、全ての思考回路が止まってしまった。電気のスイッチがわからないわけじゃないので、手探りで探し当てるとぱっと辺りが明るくなった。玄関、風呂場のドア、トイレのドア、洗い物のたまったキッチン、冷蔵庫、洗濯機、そして奥の部屋とを隔てるドア。奥の部屋は真っ暗だ。きっとドアの蝶番なんかの隙間から漏れ来る冷気だけで、キッチンと、続くここ玄関までこんなにも寒くなっているとは。半ば驚き、半ば呆れながら靴を脱いであがる。左手のシンクには朝、オレが使ったフライパンと食器と、昼にナポリタンを食べたのかトマトソースで汚れた皿が放置してあった。そのほかにもコップがたくさん。オレの同居人は、同じコップを使わないで飲み物を入れるたびに違うのを使うので、こうして洗い物が溜まっていく。何度言っても直らない。はあ、とため息をつきながら冷え切ったフローリングを進む。若干蒸れた足にその冷たさは気持ちがいいが、今はそれどころではない。
 ドアに手をかける。開けた瞬間、冬の夜を思わせるほどの寒さがオレを出迎えた。反射的に大きなくしゃみが出る。冗談じゃない。入ってすぐ、右手にあるスイッチを迷いなく入れる。 ぱっと明るくなって、すぐに目に飛び込んだのは部屋の真ん中にある、中に何かを含んだタオルケット。 
「 啓(ひらく)おい、啓!」 
 もぞ、とタオルケットのふくらみが動く。ちっ、と舌打ちをしてからそのふくらみを足で蹴った。う、とくぐもった声がして、しぶしぶと言う感じでオレの同居人である啓が顔を覗かせた。 
「天(てん)さんお帰り」
「お帰りじゃねえ。お前どんだけ寒くしたら気が済むんだあほ」
「南極ごっこ。あ、北極のがいいかな」
「北極も南極も一緒だバカ」
「愛がすくない」
「そもそも愛などない」
「ひどい」
 啓は寝癖だらけの頭をぼりぼりかくと、リモコン片手にふらふら立ち上がってクーラーの電源を切った。スーツを羽織っているオレでも寒いのだから、Tシャツとトランクス姿の彼はどれだけ寒いか。しかし彼は平然と腹をかいながら、今度は窓をがらりと開けた。六月も終わりに近づき、少し湿って蒸れた匂いがそよそよと遠慮がちに部屋に入ってくる。ううん、と啓は窓の前で伸びをした。そうして振り返る。 
「眠い」 
 眠り猫、と言う名前は啓が高校時代からのあだ名らしいが、たぶん中学からもうそう呼ばれてたんじゃないかと、大学の友達との間では言われていた。演習でも講義でも、どんな授業でも寝ていたのが啓だった。もちろん人の家に遊びに来てもいつのまにか寝ている。啓はそういう奴で、危機感というのがまったくない。へらへらふらふらしている。 
 オレがゲイだと、彼に告白したときも、当たり前のようにへらへらふらふらして、こう言った。 
「いいじゃん、俺も天さんのこと好きだよ。好き好き。付き合ってみよっか」 
 かくして、ネガティブなオレとへらへらし通しの啓の交際は始まった。ついでに同棲も。 

「もー、オレ眠い」
「そもそもお前が夕飯当番なのに作らなかったからだろ」
「すいません」
 ファミレスにつくと少しテンションがあがったのか、車を降りて啓は足取り軽くオレの前を歩いていく。Tシャツに下はグレイのスウェットで、頭もぼさぼさ、今起きたばかりですという感じだ。対してオレは仕事帰りなのでかっちりスーツを着ている。そろそろジャケットを着なくてもいいころかな、と車の外に出て、空気の湿りを感じながら思う。昼間の日差しは刺さるようだが、夜は夜で、まだ残っている日中の温度が舐めるようだ。額に汗が少しにじんだ。 
「ハンバーグステーキ定食と、苺パフェ」
「お前、寝てばっかりなのによくそんな食えるな」
「育ちざかりです。天さん何にすんの」
「あー……ぶたしゃぶ定食、ご飯大盛りで」
 ウェイトレスはオレと啓を交互に見たあと、かしこまりました、ともごもご言いながら下がった。正反対みたいな格好をしているのだから、そりゃあ関係も気になるだろう。少し居心地が悪いような気がするが、目の前に座る眠そうな啓を見ているとどうでもよくなる。 
「学校は。まさかお前、一日休んで南極ごっこやってたわけじゃないよな」
「違うよ。今日は一コマしかないって、時間割冷蔵庫に貼ったでしょ」
「そんなえらそうにいえる立場か」
「すいません」
 全然悪びれた風でもない。 
 啓は今年の四月で大学六年生になった。授業で寝てばかりいるのだから当たり前だ。必修があと五つも残っているという怠慢ぶり。オレはもう社会人二年目で、気づいたら年下が入社していて、やっとそいつらの指導も落ち着いた頃だった。 
 ぼんやり、日々が早く過ぎていく中で、どれだけ好きなことをしながら過ごしていけるのだろう。ハンバーグをほおばりながらも、それでも寝そうになっている啓と、同じ時間をどれだけ共有できるだろう。 実家から電話があって、母が「彼女」や「結婚」という言葉を持ち出してくるのはあと何回あるか。 男と男の恋愛。 世間体。社会人と大学六年生。 
「天さん、ちょっと、 天次(たかつぐ) 」 
「あ、何?」 
 いつの間にか啓の前には苺パフェがきていて、彼の顔下半分が生クリームと苺ソースの山で見えなくなっていた。オレはあまり甘いものが好きじゃないので、それを見るだけでも嫌気がさす。 
「全然ご飯減ってない。オレ食べるよ」
「食べる食べる」
「なんか考えてたでしょ。しかも、ネガティブ」
「ちげーよ」
「ちがくないね。天さん、いつも目から魂出てるし」
「目から魂ってなんだよ。涙腺から出るのか、魂が」
「そうそう」
 ふわ、と、一つあくびをしてから啓はパフェに手をつける。オレは冷えて少し固くなったご飯を口に運んだ。 

 帰り際、近くのコンビニに寄りたいからと啓が言うのでアパート近くのコンビニに寄る。 
「天さんいかないの」
「疲れた」
「ふうん。わかった」
 しばらくして彼はソフトクリームを二つもって車内に帰ってくる。さっき苺パフェを食べていたのに、どれだけ体中が糖分に侵されたら気が済むんだ。モノ言いたげな目をして見やると、彼は驚くことにオレにソフトクリームを一つ差し出した。 
「何?」
「天さんの分」
「オレあんまり甘いの好きじゃないって知ってるだろ」
「まあ、疲れたときは甘いのでしょ」
 屈託なくそれを差し出してくるので、しぶしぶ受け取って舐めてみる。牛乳なのか、練乳なのか、人工的な甘さが口いっぱいに広がるが、久しぶりに甘いものを食べたのでそんなに不快な気分にはならなかった。が、やはり甘い。一口一口、口腔で完全に溶けるのを待って、また舐める。しばらく無言で食べていると、啓はふと言った。
「今日、テレビでさ」
「うん?」
「昔人間は、二人で一体だったって話を聞いた」
「うん」
 男と男、女と女、男と女。人間は昔三種類いた。三種類の人間は今の人間よりも強く、傲慢で、神をも自分たちの下におこうとしたが神は怒り、人間を真っ二つに分けてしまった。 
「人が人を愛するのは、それが男でも女でも、失われた完全性への志向性なんだって。愛ってえらく前向きだと思わない?」 
 彼の、ソフトクリームを食べるスピードは速く、もしかしたらオレが遅いのかもしれないが、とにかく下のコーンまでたどり着いた啓はばりばりと戸惑うことなくコーンを噛み砕き、そしてクズを口の周りからぽろぽろ落としながら笑って言う。彼はいつも、何かをオレに諭そうとするときこんな風にたとえ話をする。今回もそうだろう。とはいえ、その話に何度救われただろう。 
「だからさ、天さんもめずらしく前向きなとこがあるってもんじゃん。オレさ、ちゃんと今年は卒業する。就職はわかんないけど、とにかく、オレもちゃんと社会に出るしさ。南極ごっことか、もうやんないし、さ、ね、天さんも少しは身軽に構えてよ」
「オレは――」
「天さんは、オレの心配も一気に引き受けちゃうんだもんな、何度も言ってるでしょ、オレだって天さんのことは心配なんだよ。天さんがオレの心配してくれるように」
「でも、それじゃ問題の解決にはならない」
「それは解決できる問題なの?」
「それは……」
「解決できる問題かもしれない、けど、今は無理かもしれない。それじゃダメなの?無理して天次が自分を苦しめる必要はない。と、オレは思うけど。長い目で付き合っていかないといけないことだってたくさんあるって、大学六年のオレが体現してるよね」
「その問題はお前ががんばれば解決できるだろ、ばか」 
 うん、と彼は満足してコーンも食べきった。オレはやっとコーンにたどりつく。少し泣きそうになったが、きっとオレが少しでも泣けば啓は笑って慰めてくるだろうから、きゅっとこらえた。 
「オレ運転しようか」
「免許証、持ってきた?」
「ない。でもいいでしょあと300メートルもないのに」
「いいよ、あと少しで食べ終わるし」
 そう言ってから、がむしゃらにめちゃくちゃに、コーンを食いきる。啓は少し驚いて、そうしてげらげらと笑った。二人ともの首元にコーンのクズがぱらぱら飛び散っている。 
「そういえば、啓」
 アパートの駐車場に車を止め、階段を上がる。先を歩いていた啓が立ち止まった。 
「お前、テレビでさっきの話見たって言ったな」
「うん。十時ぐらいのやつ。主婦の気分になっちゃった」
「お前、それじゃ、今日一コマだけって言って、学校行ってねえだろ」
 一瞬考える顔をした彼だが、次の瞬間には二段飛ばしで階段を駆け上がっていく。オレは一段飛ばしで追いかける。夜中で迷惑だとは思ったが、啓が逃げるので追いかけるしかない。一番奥が、俺たちの部屋だが、そこに行き着いた啓はがたがたとノブをひねる。が、オレが鍵を持っているので開くわけがない。 
「そんなんで卒業できると思ってんのかあほ!」
「すいません!」
 彼はまだ寝癖だらけの頭をぼりぼりかきながら、やっぱり悪びれる風もなく、へらりと笑った。 
「もしオレも誰かともともと一体だったとしても、お前とじゃないな」
「だから運命感じるんじゃないの」
 鍵を開けて先に部屋に入ると、啓はそういいながら後ろから抱き着いてくる。なんだかんだでうやむやにしようとするのが、やっぱり、啓だ。 オレにないものをもっているし、オレにあるものがない。完全性への志向性、か。えらく前向き。 
「お前としゃべってると、なんかいろんなこと吹っ飛ぶ」
「その調子、天さんは色々考えすぎだからね」
「お前は考えなさすぎなんだよ」
「もー、しゃべんないでよ、雰囲気ぶち壊し」
 部屋の隅においてあるベッドに倒れこみながら、啓は片手でクーラーのリモコンを操り電源をいれる。少し湿って生温かい部屋に、クーラーの起動音がする。 
「また入れるのか、呆れる」
「どうせすぐ暑くなるんだから」
「ほざけ」
 二人でけらけら笑う。 まあ、いいか、と思う。 
 そうして次の朝になって、出勤時刻ぎりぎりに会社に着いては、やっぱり啓の危機感のないところに感化されるのは恐ろしいと実感するのだった。 

END

ミックスベジタブル

 朝、まだ暗い時間になんとなく目がさめる瞬間がある。少し肌寒い時間で、俺はぼんやりとする視界をクリアにしようともしないで、重いままのまぶたをぼんやりあけている。耳元に生暖かい息がかかって、あ、そうか、昨日は、と思いながら寝返りを打って隣で眠る天さんの顔を見つめた。寒いのをこらえてサイドボードにおいてある時計に手を伸ばして時間を確認する。5時16分。べらぼうに早い。あーあ、と小さく呟いてもう一度天さんの顔を見つめ、起こさないように額にちゅうをして重いまぶたが下りるのにまかせた。 
 中学のときから自分で言うのもなんだけどよく寝ていて、だから学校で勉強をすることもなかったけど、夜中の、たとえば二時とか三時とかに不意に目がさめて、でもすることがないから勉強したりしていたら、成績は悪くなくて、まあ高校もそんな感じで、なんだかんだで大学まで入れた。けれど、大学生の、ルールのあるようでないような生活に俺のバイオリズム的なものは完全に狂ってしまったみたいだ。最近じゃあ、一日の大半を家にいても大学にいても寝てしまっている。中学も高校も「眠り猫」と呼ばれていて、でもさすがに大学じゃ呼ばれないだろうと思っていたのに、入学して1ヶ月ぐらいでさっそくそう呼ばれるようになってしまった。 

「おい、啓、おきろ、俺行くよ」 
 さっき目をつぶったばかりだと思っていたのに、気づいたらもう8時だった。えええ、といがいがする声で反抗するものの力が入らない。うへえ、と変な声が漏れた。体がおきようっていう時間と、こうして目が覚める時間がちゃんと合致しないとまったく俺という人間は使い物にならない。ということをわかっているだけでもほめて欲しいもんだけど。 
「死人みたいな声だすな」
「死人はしゃべりません」
「お前な、朝からケンカ売ってんのか」
「買うお金ないー」
 天さんは、は、と呆れたようにため息をつくとテーブルの上に乗ってんのはお前のご飯だからなと言い、玄関で靴を履きながら(もちろんドアの向こうだから俺の姿は見えないはずだけど)大きな声で「今日の夕飯はお前だかんな、ケツつきだして寝てんじゃねーぞ」と言い残して去っていった。俺はまったくもって床にへばりつき、ケツだけつきだしてうだうだしていたのを見破られておかしくて、あはは、と笑ったらなんだか目がさめてきて、天さんが出て行った部屋にむかって「いってらっしゃい」といった。そうして天さんが、早く帰ってこないかな、なんてことを考えている。 

「啓さん、今日は学校来たんですね」
「おー、今日は寝ない気がする」
「同じことばっか言ってて飽きないんですか」 
 大きく膨れたメッセンジャーバッグを持ってきた白鳥が隣に座る。彼は俺が大学3年のときに入学してきたのに、今じゃもう大学3年生になっている。時間って経つのはやいよねえ、というと白鳥は怪訝な顔をしてこっちを見た。 
「で、啓さんは今年こそ卒業できそうなんですか?」
「おうよ。前期で必修三つとったから、あと二つだけ。これと英語」
「英語落とすとかどんな怠慢ですか」
「俺英語嫌いなんだよねー」
「そういう問題じゃないでしょうに」
「英語ってさ、逆に目覚めるからやだなあ」
「はあ?」
「教科っていかにそれなりなこといって、眠くさせてくれるかにかかってる」
「ほんと、啓さんの頭っていつもメルヘンっすね」
 白鳥は無遠慮に大きなため息をついて、そんなんじゃ親も心配だろうなあ、という。何がどういう点で心配してるの、と問いただしたいところだったけれど先生がいつのまにか入ってきていてマイクをつかっても小さな声で何かいうもんだから、眠くなってきて俺はつっぷした。
 十月も終わりに近づいて、だんだん涼しくなってきた。汗もかかなくなってきて、いつのまにか自らの腕枕がぺたぺたすることもなく、ちょうどいい温度になってきている。昨日、天さん抱いたときもなんかちょうど良くてへらへら笑っちゃったなあ、なんて思ってたら余計にへらへらしてきて、白鳥はそれを見てきもいといったけどそんなに気にならないで、俺は眠りに落ちた。 

「ミックスベジタブル、あんま好きじゃないんだよね」 
 ちょうどレストランに食べに言ったときに、頼んだハンバーグの付け合せにミックスベジタブルがついていて、俺が手をつけないのを見て天さんがなんでかたずねてきたのでそう答えた。彼はぶたしゃぶ定食を食べていて、へえ、とじっとミックスベジタブルを見つめた。 
「天さん、好き嫌いなさそうだね」
「啓が偏食すぎんだよ」
「んなことない、俺は天の啓示でそう言付かってる」
「ミックスベジタブルを愛せよとか言われないんだ」
「そうそう、ミックスベジタブルはミックスベジタブルのために生まれなければよかったってね」 
 ばーか、と天さんは笑いながらご飯を食べている。彼は箸使いがすごい上手い。親の教育がよかったんだな、と思う。俺んとこは小学校に上がるまでずっとスプーンとフォークしか使ったことがなくて、給食になって箸を使わないといけなくなったときは泣いたもんだ。あんな二本の棒で何がとれるんだって感じだったけど、でも、こうして目の前でその棒を天さんが華麗に操ってご飯を食べてるのを見ると、箸ありがとうって感じがする。 
「天さん、食べれるならミックスベジタブルたべてよ」
「えぇ?」
 箸が止まる。いつもなら残すのは良くないといって、俺が食べられないもの―かつおぶしだったり、わさびのついたシャリだったり、クレソンだったり、ゆでたしいたけだったり―を食べてくれる天さんが、ミックスベジタブルには手をつけない。 
「もしかして、嫌い?」
「……何がうまい、これって」
「だよねえ、見てるのは好きなんだけど、カラフルで」
「グリンピースが好きじゃない」
しばらく躊躇しているようだったけれど、不意に天さんは箸を伸ばしてきて一粒二粒とにんじんやグリンピースやとうもろこしを食べ始めた。顔色一つ変えず、黙々といった感じで。 
「好きじゃないんでしょ」
「好きじゃないけど、お前が食えないなら俺が食う」
「何それ」
「ま、意地?」
 ますます天さんを好きになった瞬間だった。 
 正直、俺は天さんに告白されたときもなんかよくわかんないままにオッケーしちゃって、男と男がつきあうとか意味わかんないけどま、いっか、みたいな感じで。でもたぶん、大学になってあれだけ俺と丁寧に付き合ってくれたのは天さんだけだったんだな、って思うとどんどん好きになってった。付き合えば付き合うほど、どんどん惹かれていった。だからゲイとかあんま気にしてない、って言ったら嘘になるけど、でも、天さんと一緒にあほなことをして怒られてたまに本気でケンカして、それでも戻る場所ってのがあるのは、安心する。 
 天さんが呆れたように俺のことを「ばーか」というときの、声が、顔が、俺は大好きだ。

「―くさん、啓さん、ちょっと、もう授業終わったよ」 
 揺り起こされて、ああそっか授業中だったと思い出す。そんで隣にいるのが天さんじゃないってことになんとなく落胆しながら伸びをした。天さんは絶対にこんな風に揺り起こしたりしないもんなあ、と横目に白鳥をみた。 
「なんすか。本当、人がまじめにうけてる隣で寝るんだもんなこの人」
「お前も二年のときにまじめにやんなかったから二年必修落としてんでしょ」
「あー、啓さんに言われたらほんと終わり。さいてー」
 白鳥は思ったことを包み隠さないでぽんぽんいう。俺はそういうの好きだし、優しさと真面目さを天さんからとったらこんな感じかなとも思うけど、まあそんなのは天さんじゃないな、と思いとどまる。聊か白鳥は正直すぎるところがあって、味方は少なく敵は多いタイプだと思う。 
「ていうか白鳥、なんでそんなかばん膨れてんの?」 
 帰り支度をしていない俺を待つつもりはないらしく、彼は来たときと同じようにふくれたカバンを背負う途中だった。白鳥はうんしょ、と声をもらしてからさらにうんざり、と言った感じでため息を吐いた。 
「そんなに緊張感ないのって啓さんだけっすよ。就職どうすんですか?そろそろ動かんとやばいんじゃないですか?両親とか、彼女とか、言わないんですか?」
「最近耳が悪くなっちゃってさ」
「ほんと、俺が言えたもんじゃないけどさ、啓さん結構自由気ままにやってっからそのうちみんな愛想つかしたりとかするかもしんねーよ?いーの」
 聞こえないフリをして、使わなかったペンケースとルーズリーフをかばんに押し込む。白鳥は、んじゃあねと重そうなカバンをがしゃんがしゃん言わせて出て行った。俺はふうー、とため息を吐いてからリュックを背負って教室を後にする。 

「うわっ暗っ」 
 鍵を開ける音がしてすぐに天さんの驚いた声が聞こえる。そりゃそうだ。室内全部の電気を消してある。こうして暗闇にしてるとじぶんが寝てるかおきてるかわかんないような空間になって、余計にぼけっとしていられるからたまにやる。まぶたはなんとなく重く、でも頭の中はちゃんと起きていて、天さんがどんな顔でこっちに近づいてくるのか、なんてことを考える。天さんの足音がどたどた近づいてきて廊下と部屋を繋ぐドアをあける。電気がぱちっとつく。俺が包まっていた蒲団をはぎとっていく。 
「今日は何ゴッコ?」
「原始時代に還ろうツアー。だからエアコンもつけてません」
「絞め殺すぞ」
 飯作ってないだろ、と天さんは呆れていう。俺はベッドから転げ落ちて床にはいつくばってうん、と頷いた。冷蔵庫の中を見ていた天さんがこっちを見て余計呆れる。 
「ケツつきだすなって言ったろ、朝」
「これケツじゃなくて火山」
「何、今日そんなに寝てないのか」
 寝てたら寝てたで怒るのに、寝てないと寝てないで心配してくれるってのがまたおかしい。ふふ、と自然に笑えてそのまま微笑んでいると足で頭を軽く蹴られた。 
「その穏やかな顔は涅槃っぽいからやめろ。手伝え」
「うん」
 冷蔵庫の中に入っていた野菜を適当につかって野菜炒めと、味噌汁と、冷凍してあったご飯をチンしてすぐにご飯はできあがった。後片付けはお前やれよ、と天さんはいう。うん、とやっぱり頷く。
 テーブル(といっても正方形のコタツ机だけ)に隣同士に座ってご飯を食べた。いつもなら向かいあって食べるのに、隣同士で座るなんていつぶりだろうなんてことを考える。たぶん、天さんは天さんなりに俺に気を遣ってるのかな、と思う。原始時代ツアーなんかやってるから。 天さんは自分が伊達にネガティブなだけに、人が少し落ち込んでるときに何をしてあげたらいいのかっていうのにいち早く気づいてくれる。そこで初めて、俺は白鳥の言葉に自分で思っていた以上に結構なダメージをうけていたことを知る。
 両親は俺の親だからちゃらんぽらんだし、友人だってちゃらんぽらんなのが多い。大抵のことがあっても、やっぱり彼らは彼らで俺との付き合いが切れるってことはそんなにないだろうと思う。けど、天さんのことを考えたら急に怖くなった。天さんが俺に飽きちゃって、そんで味方じゃなくなったらどうしようって、思ったときに、俺は本当に天さんが好きなんだなって実感したし、だからこそ、失いたくなかった。失うことも、そうして天さんが静かに離れていくことも、とにかくこうして隣にいてくれないってことが、嫌だ。
「天さん」
「啓」 
 同時。ご飯を食べ終えて、俺のまぶたはまた重くなっていく。けどやだな。久しぶりに寝たくないって気持になってる。 
「天さんからいいよ」
「啓が言えよ」
「いいよ、こういう譲り合い気持ち悪い」
「だな…ああ、じゃあいうけど」
 久しぶりにドキドキする。まぶた重い。ドキドキ。重い。ドキドキ。 
「こないだ、母さんから電話あってさ」
「うん」
「結婚とかどうとか、そういうのほのめかされたんだ」
「うん」 
 天さんが俺の手を握る。ごつごつした手。昔は女の子の手が大好きだったのに、あのちっちゃくてもちもちした手が大好きだったのに、今は天さんの骨ばった指やごつごつした関節が好きだ。
「そんで、俺、考えてたんだけど」
「うん」
 眠い。心臓痛いぐらいどきどきする。まぶた重い。寝たくない。天さんが、好き。
「結婚、しないか」
「は」
 眠気が完全に吹っ飛ぶ。 


「簡単なことじゃないと、思ってる、けど、正直お前はたぶんはたらくとか向いてないし、過保護なのかもしれないけど、養っていけなくもないと思うし、もしお前がいいって言ってくれるなら、新しく引っ越して、もっとでかいベッドにするとか」
「何それ、ここ数日考えてたの」
「はげそうなぐらい」
「はげなくてよかったね」
「ばーか」
 天さんが微笑む。俺はどうしようもない。ああ、俺本当にこの人のこと好きなんだなって、ずっと傍にいたいんだなって思って、そういう陳腐な言葉しか出てこないぐらい好きで、笑えるぐらい好きで、やっぱりへらへら笑うしかなかった。 
「いいんだ、まだ時間はあるから、ダメだからって別れたいってわけじゃないし―」
「いいよ、住む住む。全然住む。俺主夫になるから大丈夫。結婚する」
「は」
 天さんは鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。まるで付き合うことを決めたときみたいだ。俺はへらへら笑う。白鳥のバーカって思いっきりにくったらしく言ってやりたい気にもなるし、反対に、あいつにも幸せがくるといーな、なんてことも考える。 
 いてもたってもいられなくて、天さんに抱きつく。日中うごきまわって暑かったのかシャツの襟ぐりからかすかに汗と、俺が誕生日にあげた香水の香りがした。そのままベッドに倒れこんだ。俺あんなに女の子のやわらかい感じが好きだったのに、今じゃこのごつごつしてる感じっていうか天さんが本当に好きなんだなって、何度も何度も飽きることなく思う。
この人とだったら、そのうちミックスベジタブルも箸でうまく食べられるようになるんじゃないかって思う。たぶん、そうなると思う。
 かすかに吐息に熱をもった天さんが、俺を引き離す。目はなんとなく欲情していて頬も赤い。 
「お前いつもそうやってへらへらするけど、わかってんのか?俺たち男で―」
「え?俺もう、両親には付き合ってんのが男だって言ってるよ?」
「あ?」
「留年するって決まったときに実家行って、ついでに言ってきたよ。言わなかったっけ?よかったわねえ、一緒にいてくれる人がいてって言われた」 
 天さんの顔は違う意味でどんどん赤くなっていく。目が潤んでる。泣きたいぐらいに恥ずかしいのか、嬉しいのかよくわかんないけどとにかく我慢できないので、そのまま無理にキスをした。避けられるかと思ったものの、案外天さんも乗り気で何度となくキスを繰り返した。 

 ぱちっと目が覚めて、予想以上の空気の冷たさに蒲団にもぐる。隣にはもちろん天さんがいて、俺は起こさないように時計を確認する。5時29分。早い。天さんは寝てる。まぶたは相変わらず重く、けれど頭は案外スッキリしている。このままいろんなことを考えていたらそのうち目が覚めるのではないかと思ったけれど、そこはさすがの「眠り猫」、気づいたら、俺は天さんと手をつないでミックスベジタブルで埋め尽くされた花畑みたいなところの上、へらへら笑いながら空を飛んでいた。目指すは、二人でも平気で寝られるキングサイズのベッドだった。

END


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