閉じる


<<最初から読む

8 / 21ページ

ひょんな女

 ひょんなことから女と二人、バーカウンターで肩を並べている。

 「最近、猪木に殴られたい男の気持ちがなんとなく分かるわ」

 女はグラスを置いて、自分の頬を軽くニ、三度張った。

 実際、ひょんなことと言うほど予期せぬ展開でここに至ったわけではない。ニ時間前には出会い目的のパーティーで、お互い溢れていたのだ。知り合って間もないこの女の発言の方がよほど想定外だ。

 「なんか、あった?」

 「なんか」と「あった?」の間には、「嫌なこと」とか、「辛いこと」とか、どちらかと言えばネガティブな言葉が入る。嬉しいことがあったわけでは無かろう。しかし、なるべく限定的な問いかけは避けたい。そう思ったのは、やはりその発言があまりに突飛だったからだ。

 「なんとかネーゼとか言うなじゃない」

 ほら来た。そこからどうして俺の問いかけに対する答えに至るのか。

 「シロガネーゼとか?」

 「そんなのもあったわね」

 ほかになにがあるだろうか。

 「マヨネーズ?」

 女はグラスを持ち上げて氷を鳴らす。俺の声が聞こえなかったわけではあるまい。

 「マヨ」

 もう一度言い掛けて躊躇う。女は中年男のようにグラスの揺すり、氷は忙しなく音を立てた。

 「ネーゼって、イタリア語のヒトやモノの属性を示す接尾語だよ」

 少しは知性を示せたろうか。しかし、女の反応はない。薄い知識をひけらかす男を内心で嘲笑したろうか。俺は少々不安になる。

 「英語でいうとジャパニーズのニーズだね」

 「ああ」

 あまり賢い女ではないのかもしれない。因みにフランス語だとネーズ。だからマヨネーズね。マヨの語原は諸説あるようだよ。話すべきか、控えるべきか。

 人生一度きり、やろうかやるまいか悩んだらやってみることだ。人生を達観したある男の助言を思い出す。

 「マヨネーズ」

 再び切り出して、やはり飲み込む。同時に女が呟いたからだ。

 「やってられネーゼ」

 「え」

 俺は目を丸めた。鼻の穴をおっ広げ、口を尖らせ、耳を疑った。女は俺の顔を見ることなく話を続けた。

 「自分は誰にも認められていない。自分には秀でたものが何もない。そんな気がして何もかもやる気がしない。そういう人種がいるらしいのよ」

 ああ、なんとかネーゼね。

 俺は一息ついてから、二、三度頷いた。カウンターバーを選んだのは正解だった。テーブルで向かい合っていたら、今頃、毛穴まで全開にした珍妙な顔をさらす羽目になっていた。

 「でもね」

 女は豊かな髪を揺らしながら俺に向き合った。咄嗟に穴という穴を閉じる。アルコールでリラックスした穏やかな表情は、なんというか、美しい。見とれていると、女は眉を持ち上げ、少女のような眼差しをくれる。俺は唇をかみしめて首を振った。

 「なんでもない」

 そう言ったのは女のほうだ。何かを言い掛けてやっぱり止めたというような口振り。俺は視線を合わせたまま首を傾げ、その先を促す。

 「なんでもないわ」

 猪木に殴られたい男の気持ちがなんとなく分かる。そこに至った女の心理がちっとも見えてこない。俺は酒の力で少し気が大きくなっていたようだ。すっかり氷の溶けたウィスキーグラスを干し、攻勢に出た。

 「俺が殴ってやろうか?」

 拳を握って下顎を突き出す。するとどうだろう。女はきつく目を瞑って首を伸ばすではないか。それは殴って下さいと言わんばかり。次々に繰り出される想定外に俺は身動きがとれない。咄嗟に浮かんだのは、バブル期に見たトレンディードラマのワンシーンだった。女の頬を張っておいて、いきなり抱きしめるなり「好きだ」。あれね。

 女はなおも目を閉じている。俺は下顎を引っ込めて、拳を広げた。再びあの男の助言が浮かぶ。そして、俺は大きく振りかぶった。

 待てよ。

 そこで俺はあることに気付いた。彼女は俺に闘魂ビンタを求めているのだ。ひっぱたいておいて「好きだ」はないだろう。猪木は何と言う?ひっぱたいた後に何と言う?俺には格闘趣味がなかった。猪木に関する情報は乏しい。今すぐスマホを取り出してWikipediaしたいところだが、そんなことをしてる間に女は目を開けてしまうだろう。

 ばっしょん

 不意に親父臭い嚔が響いたかと思えば、目の前の女が口元を押さえている。そして、ごめんなさいと言いながらハンドバックからハンカチを取り出した。戦慄が走った。嚔が出そうで目を閉じただけだ。俺は危うく嚔待ちの女に闘魂を注入するところだったのだ。

 右手を挙げたままの俺に、女は怪訝な表情を浮かべた。俺はそのまま垂直に手を伸ばす。

 「はいっ」

 「なに?」

 「因みに言わせていただくと、フランス語ではネーズだね。だからマヨネーズだね。マヨの語原は諸説あるよ。地名だったり、人名だったり、フランス語の卵黄モヨォが訛ったんだとかね。日本のクイズ番組じゃ複数解答ありの問題で裁判沙汰にもなってたね。それから、マヨネーズと言えば忘れちゃならないのがキユーピーだっ」

 女のリアクションは極めて薄い。それでも俺は必死になってマヨネーズに関する知識を語り続けた。そして、俺は願った。今すぐ猪木が現れて、首が千切れるくらいの激しいビンタが繰り出されることを、切に願った。


天紙を折る

 基本的にアルバイトというものが好きだ。無心になって作業をこなす。それが労働と評価され賃金になる。頭も使わず、重ねた時間によって体得した技術で目の前のものをひたすらこなしていると、単に時間を金に換えているような感覚になる。時間を売って金に換え、残された時間を過ごすための資金とする。悪くない。
 和食レストランでアルバイトをしていたことがある。キッチンスタッフだ。和食のキッチンとは、なんとなく違和感がある。厨房というのも何処となく洋風だ。台所?厨(くりや)?とはいえ、所詮、外食チェーンの和食レストランだ。キッチンスタッフでいいだろう。その中で、一番好きだった仕事といえば、寿司を握ることでも、天ぷらを揚げることでもない。皿洗いも捨てがたいが、何よりも天紙を折ることだ。天紙。天ぷら敷紙。
 天ぷらは手付きの籠に盛られて出されていた。その籠には必ず天紙が敷かれ、簡単ながらも必要分を決められた形に折っておく必要があった。鶴だの白鳥だのと凝った形に折るわけではない。弔事用の折り方にならないように気をつけて、右上にずらしながら半分に折るだけである。
 繰り返し折り続けていると、すべてがほぼ同じ角度に折れるようになる。天紙職人として生きていけるのではないかと思えたほどだ。勿論そんな職業はない。大学を出たばかりの間抜けな店長だって、そんなことを評価してくれるわけがない。
 天紙を折っていられる時間は一日のアルバイトのうち、僅か一〇分程度である。自給九〇〇円で換算すると一五〇円分だ。それでも、六時間のアルバイトのうち、その一〇分が何よりも楽しみだった。無心になって一〇分を浪費する。長い長い六時間のうち、その一〇分だけはタイムマシンに跨ったかのようにあっという間に過ぎてゆく。
 無心になって天ぷらを揚げ、無心になって寿司を握れば、あっというまに六時間を浪費できそうなものだが、そうはいかない。空腹のお客様が待っている。高い食材を無駄にはできない。基本的に気が弱いのだ。間違いが許されないという圧力を背負っているのだ。
 真っ白な天紙に向かっている時だけ、圧力から解放される。時間を飛び越える。もし、この世に天紙職人なる職業があって、それに従じていたなら、きっと解放されないのだろう。全て同じ角度で折られた天紙を待っているクライアントを思うと、圧力に潰され、弱気になるのだ。
 基本的にアルバイトというものが好きだ。無心になって作業をこなす。そんな時間を少しでも見いだし、時間を金に換えた時、なんと言おうか、とても安らかな気持ちで身銭を得ることができるのだ。

宍戸マインド・ゲームス

 俺たちは毎度のごとく居酒屋のカウンターで肩を並べている。
 「いいか、これから思ってもいないことを言うぞ」
 そんな前置きをして宍戸は語りはじめた。
 「親父になるにあたって、いくつか考えたことがある」
 俺は早くも混乱して眉を顰める。
 「思ってもいないことなんだな?」
 宍戸はうなずく。俺はジョッキを一口傾けてから顎を突き出した。
 「生まれてくる子が娘なら、身だしなみには気を付けたい」
 そして、宍戸は見慣れぬ器具を取り出した。懐中電灯にしては小さい。シャチハタにしては大きい。俺には縁のないサイズの携帯品だった。
 「電動鼻毛カッターだ」
 「ぇえっ?」
 俺は目を丸めて阿呆のように口を突き出した。
 「家電量販店で安売りしていたのだ。アウトレットと書かれた籠の中で大量に残っていたのだ。わざわざ買い求めに行ったわけではないぞ。たまたま。たまたまだ」
 俺の反応が予想外に大きかったからか。宍戸は早口になって狼狽気味に言い訳を垂れた。続いて、溜息をつく。
 「鼻毛出てるよ」
 俺は反射的に両の鼻を親指で塞いだ。
 「違う、違う。あいつがよく俺に言うんだ。こっちが熱を入れて語っている時にそれされると参る。途端に小さくなっちまう。女は身だしなみに五月蠅いよ」
 あいつというのは宍戸の嫁さんになるであろう女のことだ。その発言は身だしなみの指摘以外に別の意図を感じるが、あえて面倒を起こすようなことは言わない。
 「電動鼻毛カッターを使ったことがあるか?」
 「ない。髭だって手剃り派だ」
 「俺だってそうだ。鼻毛なんて今まで鋏で切っていた」
 「十分だろう」
 「なんというかな。ある種の儀式みたいなものだ。娘が生まれるにあたって俺もワンステップ上を目指す必要がある」
 「それが電動鼻毛カッターか。アウトレットの」
 「そうだ。お前んところは息子だから分からんだろう。それにしても、初めて電動鼻毛カッターを鼻に突っ込む時はなかなか勇気がいるぞ。安全設計にはなっているだろうが、モーターで回転している剃刀を鼻に突っ込むわけだ。どこまで突っ込んでいいものか。どれだけ鼻腔に押し当てていいものか。その上、何か焼けたような匂いがする」
 「それは不良品なんじゃないのか?」
 「そうか?」
 「いや、知らんが。そもそも娘って決定なのか?」
 「いや、知らんが。息子だったら一篇の詩を贈ろうと思っている」
 俺は久しぶりに思い返した。かつて組んでいたバンドが消滅して以来、宍戸は自らを詩人と名乗るようになったのだ。

 宍戸はカウンター越しにマスターを一瞥すると、胸のポケットから一枚の紙切れを取り出した。そして、そいつを読み上げる。

 

 ロックンローラーは 基本に忠実で
 ロックンローラーは 少し型破り

 

 ロックンローラーは ルーツを重んじ
 ロックンローラーは 時代を先導する

 

 ロックンローラーは 涙を堪えて
 ロックンローラーは 声を張り上げる

 

 ロックンローラーの悲劇性
 ロックンローラーの喜劇性

 

 ロックンローラーは知っている
 ロックンローラーはふりをする

 

 そんな ロックンローラーになれよ

 

 「気づかれる前に言うが、最後の一節はパクリだ」
 マスターは朗らかな恵比須顔で拍手を送る。宍戸は満足気に紙切れを再び小さくたたみ、ポケットに突っ込んだ。
 「で、あいつは俺にどんなバンドだったのかと聞くだろう」
 「ほう、で、なんと言う?」
 「世界最高のロックバンドだった」
 俺はうなずく。
 宍戸は言う。
 「それだけは胸を張って言っておかなければならない」


なんだってんだ

 地道にやる。だって、それ以外に道があるかってんだ。

 

 文化芸術というのは、人に強制したり、または、人に導いたり、ということはできないんです。つまり、もともと役に立たないことです。そのかわりに、自由度があるんですよ。

 

 もう幸せです そして好きです もう口と舌で好きです

 

 ある日のツイート。ツウィート?
 はじめの1つはご本人様。続く2つはbotというやつ。その一方はご存命。もう一方は亡くなった方の言葉です。ところでbotって何?調べてみればロボットの略とな。自動的に呟かれるプログラムとな。なんだ。俺はてっきり熱狂的なファンが、本やらインタビュー記事やらからお気に入りのフレーズを切り出してその都度アップしているものかと思っていた。どうやらそうではない。もっと機械的で味気ないもののようだ。
 俺は気味が悪くなってTwitterを閉じる。続いて、同じ端末にダウンロードした無料書籍を読みはじめた。「ガリバー旅行記」。その中でも最も有名なリリパット(小人国)編だ。

 

 私のわき腹から飛び降りるひょうしに、45人の怪我人も出たそうです。

 

 「最も有名」などと言い切ってみたが、正確に言えば、俺が唯一知っていた編がそれだった。児童文学として切り抜かれたそれだ。でも、おそらくガリバー旅行記と聞けば、誰しも小人達に縄で縛られたガリバーを思い浮かべるだろう。初版は1726年。日本は享保年間。暴れん坊将軍の時代である。
 
 私のズボンは、もうひどく綻びていたので、下から見上げると、さぞ、びっくりしたことでしょう。

 

 300年も昔に書かれた物語を携帯端末で読むのだ。電池の消耗が早いからエコモードで目を見開く。マットな画面保護シートは果たして見やすいのか、見にくいのか、眉間にしわが寄る。小さな画面で文字を追いかけるという意味ではTwitterと変わりないが、ゲリラ的に送り込まれる言葉より、自分で選択(ダウンロード)した物語の方がはるかに安心感がある。それでも、文字を追いかける俺の人相は劇画。しわを寄せた眉間を持ち上げて目を見開く。

 

 とにかく、卵の小さい方の端を割るくらいなら、死んだ方がましだといって、死刑にされたものが、一万一千人からいます。

 

 社会風刺作家。飛島ラピュタ、野蛮人ヤフーを生んだ空想作家。原作に描かれた表現が、一体、どれだけ忠実に翻訳されているのか知れない。原民喜の翻訳センスによる賜物か。内容はさておき、切り抜いてファイリングしたくなる魅力的なフレーズに溢れている。

 

 人間山は皇后の御殿が火事のとき、火を消すことを口実にして、不埒千万にも、小水で宮殿の火を消し止めた。

 

 俺は再びTwitterを立ち上げて、ジョナサン・スイフトbotになってみる。最新のプログラムを操るスキルなど持ち合わせていない。だから、俺が切り抜く。俺が書き写す。俺がアップする。俺がbot。作品には一貫して違和感。「人間山」とはいいね。とてもいいなあ。
 文化も文明も、時折、ヒジョーに気味が悪い。
 今日、botが俺をフォローした。


木を植えたい男

 木を植えたい男なら、誰だってこの男について語らずにはいられない。エルゼアール・ブフィエである。木を植えた男である。

 そんなに植えたいなら植林ボランティアにでも参加すればいい。分かっちゃいるけど、仕事にかまけ、育児にかまけ、俺はなんだか余裕がないのだというところに落ち着いている。がんばろう日本だなんて、この国はどこまで国民をストイックにすれば気が済むのか。いつしか、そんな境遇に身を置くことが苦ではなくなってきた。まったく愚かだねぇ。俺を見下ろす己をかき消す。

 ワイワイみんなで植林活動。なんかそれはちょっと違う。俺は理想の妄想に引き篭もる。ジャン・ジオノになる。社会に背を向けてブフィエを訪ねる。男は筋書き通り温かいスープを俺に振る舞った。そして、パンを二切れ。バターの香りもしない堅いパン。それに引き替えスープはやけに美味い。

 俺はしばらくその家に住み着くことにした。木の実をより分ける手元を眺め、出かけると言い出せば、その背中を追いかけた。

 「用がなければついてきなさい」

 どこまでもついてくる俺をとがめる気配はまるでない。

 荒廃した大地を鉄の棒で突いては、ブナだのカシワだの種を播く。木を植えた男と呼ばれているが、実際のところ、種を播いた男だよな。つまらない感想を抱く。

 男もかつては平地に農場を持って、家族と一緒に暮らしていた。ある日、突然、一人息子を失い、まもなく奥さんもあとを追った。

 二度の大戦の最中であっても男は黙々と大地を育む。やがて世界が平穏を取り戻すと、かつて荒れ地だった土地はカナンの地と呼ばれ、人々が住み着くようになった。

 

  いまや見ちがえるほどなごやかな心で生活を楽しむようになった古くからの住民に、それら新来の人びとをも加えれば、ゆうに一万人をこえる人たちの幸せが、エルゼアール・ブフィエによってもたされたことになる。

 

  このたぐいまれない不屈の精神を思うとき、それがまったくの孤独の中で鍛えられたのだということをけっして忘れてはならない。そう、生涯の終わりにかけて、ほとんど言葉を失うほどの孤独の中で。

 

  結果オーライ。

 しかし、ここは本当にブフィエが思い描いたカナンの地なのか。二度の戦争を乗り越え、憩いを求めてやってくるであろう一万人を予見して、死力を尽くしたのか。

  ジャン・ジオノにはこの男が物珍しかったのだろう。孤独の中で木を植えるような暮らしを望む者はいくらもいる。生活の根幹は孤独でありたい。望まなくとも永遠のように続く日々。不安に押し潰されないよう己に役目を課する。

 「八時間ほど眠って目を覚ますと、一日があと一六時間もあることに絶望する」かつてフリーターだった知人がそんなことを言っていた。「まるで自由ではない」。そこに安心がないからだ。

 役目を持って日々を繰り返すことで得られる安心感もある。それが他人の好奇の目にさらされたのはとても幸運なことだ。生活の根幹に孤独を据えようと、他人様とふれあいたいのは人情。

 嗚呼、エルゼアール・ブフィエのようになりたい。スナフキンに憧れていた二〇代と何も変わっちゃいない。そんな自分が忌々しく、俺は阿呆なふりをする阿呆。何の因果か家の前には花屋があった。園芸店と言っていいような割と大きな規模の店だ。俺は一本の苗木を買い、夜な夜な勝手ながらマンションの共有地にそれを植えてみた。

 俺だけの秘密。孤独の象徴。やがて誰かの目に留まる。

 「あれ、こんなところに木が生えてたっけ?」

 誰かの呟きが耳に届いたとき、俺はほくそ笑む。



読者登録

puzzzleさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について