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世界に睨みをきかせて

 世界に睨みをきかせている。
 それでどうにかなるのか俺は知らない。嘘。どうにもならないことくらい分かっている。それでも東京。それでも渋谷。JRから東急へと乗り換える駅構内、途方もない圧力に耐えるべく俺は眉間に力を込める。週末を除く毎日だ。行きはよいよい帰りは怖い♪なんて、行きだってよかないよ。帰りは尚よくない。誰もが顔面を硬直させて高圧力に耐えている。そこまでして、ここを通過しなくてはならない意味はあるのか。近所でも評判の親子。虫も殺さぬお父さんだって、一線を越えた息子には問答無用で平手打ちを振り抜く。驚いて目を見開く息子には痛恨の往復ビンタ。そこに答えを求める余地はあるか?問答無用はそこいら中にある。それが生活なんだよ。これが原理なんだよ。
 「痛恨の一撃ってはじめて聴いた時、2conの一撃だと思ったよね」
 「ドラクエ?」
 「ドラクエ」
 でも、それって、睨みをきかせているとは違うね。眉を顰めている。耐えている。堪えている。どちらかと言えば負けているね。それでも東京。それでも渋谷。スプリットタンなんてものは俺には未だお伽噺だけれど、それでも耳にピアス。ジャラジャラぶら下げて耳たぶ弛んでる男とかいるじゃない。スキンヘッドの女とかいるじゃない。どこの部族が来日したのかと思えば、流暢な日本語を喋っている。杖をついて歩く巨漢。電動車椅子で二人乗り。ケミカルウォッシュのデニムベストで首には赤いバンダナ。残りの毛だけをやたらと伸ばしている禿。おまえとおまえはただの病気だ。ごめん。壁には得体の知らない染み、染み、染み。それにしても、空気。得体の知れぬ粉塵が飛び交い、俺の鼻毛はますます伸びる。このまま切らずに放っておこうか。鼻毛で三つ編みできるようになれば、高圧力の空間でも素足で歩けるようになるのだろう。
 「スプリットタンというものを聞いて以来、タン塩を喰うのやめた」
 「最近、焼肉屋すら行かないじゃない」
 「行ったら食いたくなるだろう」
 「食べたいの?」
 自主的にやめたんだよ。牛のベロを食うという行為も、なんだか気味の悪いお伽噺に思えてきた。ベロだぜ。痛いよ。
 世界を正常に戻したいと思わないか。
 それでも本当は世界に睨みをかせているんだ。それでどうにもならないことくらい分かっている。それでも東京。それでも渋谷。ロック'ン'ロールで耳栓。爆音で脳味噌を奮わせていないと立っていることすらできない。最近、ピアノが耳につくロック'ン'ロールが多い。あんなの最低な音塊だ。やたらと多いよ。ピアノの音色が印象的なやつ。嗚呼、嫌だ、嫌だ。だのに、無性に聞きたくなる帰り道。敗走。素敵な音色が俺の鼓膜を打つその時、きっと世界が歪んでいる。
 世界を正常に戻したいと思わないか。
 答えはNOだ。
 誰もが世界に睨みをきかせている。狭い狭い世界に圧力を込める。そうして世界を支えている。ただひたすらに週末を目指して、賢明に睨みをきかせている。
 「そういうことだ」
 女は首を傾げる。
 「それが生活なんだ」
 傾いた首は戻らない。
 「では、はっきり言おう。ヒカリエだかボンバイエだか知らんが、休日にまで渋谷に出向くのは御免なんだ」
 「あっそ。別に誘ってないじゃない」
 あっそ。
 「ボンバイエってはじめBomber Yeah!だと思ったよね」
 「猪木?」
 「猪木」

奥付



Puzzzle文集4


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著者 : puzzzle
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