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先生、あのね。一

■先生、あのね。




 この度、投票にて、学級委員長に選出されました家入明子(27)です。 これから、クラスのみんなと楽しい学校生活をおくれるよう、責任をもってクラスをまとめていきたいと思います。どうぞ宜しくお願いします。

 さて、先生もご存知かと思いますが、このクラスには色々と噂の多い家入一真君(31)という問題児がいます。彼には、以前から何度となく生活態度を改める様注意してきましたが、不健全な生活を改善しようという姿勢が一向に見られません。

 事実、今日も家入君は学校に遅刻してきました。明るくなる前には登校しなければならないという校則があるにも関わらず、ここ数ヶ月、彼はその決まりをほとんど無視し続けています。また、もー君(8)や夢見ちゃん(4)と朝の給食を食べている最中に、ふらふらとした足取りで学校へやってきては、応接室のソファに倒れ込み、給食も授業もそっちのけで眠っています。
 大体いつも、お酒か吐瀉物の匂いをぷんぷんさせています。

 3組の山田さんが、家入君は、街で飲食店のアルバイトをしていると噂していました。
 4組の高岡さんは、家入君は洋服屋でアルバイトしているって言ってました。
 夜の六本木でテキーラを瓶で飲んでいると噂していたのは5組の中林君です。
 はやりのツイッターには、キャバクラを覚えて激痩せしたと書かれていたのも見ました。
 だけど私が見たある日の家入君は、口数少なに黙々とパソコンに向かってキーを打っているオタクでした。
果たして誰の話が本当の家入君なのでしょう?

(ちなみに、夜の六本木にいた家入君を見た5組の中林君はそこで何をしていたのでしょうか、補導されるべきだと思います。)

 家入君の実態はつかめませんが、仮に全ての噂が本当だとすると、アルバイト活動とアルコール活動が忙しいから、家入君は学校にいつも遅刻するんだと思います。

 クラス一のムードメーカーのもー君は、たまに家入君がふらりと学校へやってくると、
「わあ!家入君、よくきたね!ほら、委員長!今日は家入君が学校にいるよ!嬉しいねえ!楽しいねえ!」
としきりに喜んで見せ、周囲を和ませようとします。私はそんなモー君の心意気を汲んで、家入君の首根っこを掴んでモー君の見えないところに呼び出してから、委員長としてするべき話をします。
「家入君、今何時だと思っているんですか。登校時間はとっくに過ぎていますよ、そんなことしているとクラスの風紀が乱れますし、あなただって停学になりますよ。」
 家入君は、「はい。ごめんなさい。オエッ。本当にごめんなさい。ウェッ。」と焦点の定まらない目を泳がせながら、今にも嘔吐しそうな顔色でひたすら細々と謝罪します。それから、一通りお説教が終わると、たいていいつも、クラスのアイドル、夢見ちゃんのところへいって慰めてもらっています。
 「いいんだよ〜、大丈夫、大丈夫」夢見ちゃんはいつも、家入君に優しく声をかけてあげます。

 私はこのクラスの委員長として、家入君をなんとか健全な生徒に更生させたいと思います。現状から言って、週に1度や2度、あるいは3度、最悪4度くらいの遅刻には目をつぶらなくてはいけないかもしれません。
 しかし、今の出席状況からいって、家入君の来年の進級は極めて微妙な状況ですし、肝臓の状況からいえば、人生という学校から退学になる日もそう遠くないかもしれません。大事なクラスメートである家入君が一日も早く健康な生活を取り戻してくれるように、学級一丸となって取り組んでいきたいと思います。


 それにあたり、当面はこの学級日誌に私、学級委員長、家入明子が、家入君の一挙手一投足を、こと細かに記していきたいと思いますので、先生からもどうぞ、厳しいご指導を宜しくお願いします。


 それでは、今日はこの辺で。

学級委員長、家入明子。

先生、あのね。二

 ■先生、あのね。

 こんな話を聞きました。
 3組の学級委員長よしこさんが、同じく3組のよしお君の遅刻があまりにも目にあまるので、ある日、よしお君が千鳥足で教室のドアを開け、アルコール臭を漂わせながら教室に入ろうとしたその瞬間に、思い切りバケツ一杯の水をぶっかけた、というのです。よしこさんのクラスでは厳守するべき登校時間は朝の5時、と決まっていたそうですが、よしお君は、六本木周辺で酔い潰れて眠っているところを頻繁に目撃されている、これまた不健全な児童でしたので、どうしても登校時間を守ることができなかったようです。
 「あんたっ!またそんなになるまで飲んで!一体今、何時だと思ってるの!」
 「おれぇがふぁせ〜だふぁねでいくらのんもぅ〜がおりぇのかってでぁろぉう(俺が稼いだ金でいくら飲もうが俺の勝手だろう)」
 「この、バカっ!」
 で、バケツの水バシャー!っという、一見、昭和初期かと見紛うような児童間のやりとりが、平成のこのご時世に、ましてや東京という近代的な都市において、尚も健在だという驚愕の事実。
 先生は私が嘘を言っているとお思いでしょうか?

 残念ながらこれは、ごく日常的な、何ら珍しさのない、起こるべくして起こる、水害です。よしこさんと同じく、問題児の行動で日夜悩まされている学級委員長、つまり私としましては、我がクラスの問題児、家入君に、バケツの水をぶちまけたことこそないものの、次こそは、次こそは、と機をうかがっているというのが現状です。ただ、一方で、思い切ってぶちまけた後の水の処理という現実的な問題を思うと、どうしても二の足を踏んでしまうというのもまた事実です。

 水の処理、といえば先日こんなことがありました。
朝方、私が学校へ登校するや否や、クラスのムードメーカー、モー君が私に駆け寄り、動揺を隠せない様子で言うのです。

 「委員長、家入君が、教室でおしっこしちゃった。。」

 モー君、いくらなんでもおふざけがすぎますよ、と、当初はまともに取り合わなかった私ですが、教室の、まさに家入君の座席の真下の床を見て、言葉を失いました。そこにはまさに、”水害”が起きていたのです。

 そもそも私は学級委員長、という立場上、年少者の粗相の後始末は何度となく行ってきました。モー君や夢見ちゃんがオムツからパンツに移行する当時など、床の上の水たまりに直面するのも日常茶飯事でしたから。ところが、こと大人の粗相となると事情がずいぶん違いまして、まさにバケツの水がひっくり返ったような大洪水です。ぎょっとしてあたりを見回すと、制服を上半分だけしか着ておらず、下半身はノーズボン、ノーパンツという状態で、床に突っ伏して眠っている家入君の姿が。ことの全てを理解するのにはしばらく時間が必要でした。が、モー君が事実を言っていた、ということを次第に理解するにつれ、私の中にはふつふつと、家入君に対する、ある思いが沸き上がりました。

 
 ……本来、私が制裁として起こすはずだった水害を、なぜ先に、しかもなぜ自発的に起こすというのか!!!


 私は日頃から暴力には反対しています。が、そのときばかりはつい衝動的に、どうぞどうぞ、さあどうぞ、といわんばかりにこちらに向けられている家入君のお尻を、右手でバシッと力一杯叩きました。すると、それまで俯せで寝ていた家入君が、「はぁ〜?」と大変にふてぶてしい声を発し、顔をこちらに向けました。「なんですかそのふてぶてしい態度は!自分のしたことを分かってのことですか!」と一気に非難の言葉をまくしたてようとしたそのとき、家入君の顔を見て、私は再びの衝撃を受けることに。。なんと、彼の口元から顎にかけて、ややパール感のある紫色の口紅が、べっとり、ねっとり、さながら家入君の顔面に喰らいついたかのような生々しい後を残していたのです……!
 ナチュラルメイクが主流のこのご時世に、そもそも一体誰がこんな悪趣味な口紅を!!そしてそんな悪趣味な口紅をつけた女性と、家入君は一体、どこで何をしてきたというのか!!!
 
 タイミング的には今こそ私がバケツに水をくんできて水害を起こすべきときでした。が、残念ながら家入君はそのときも尚、泥酔状態から覚めやらず、水を一杯や二杯ぶっかけたところで、まともに話ができるはずもありません。また、私たちの教室の床は水濡れに大変弱い材質でできているので、水滴が落ちたまま放置しておくと、すぐ白く変色してしまいます。「来たときよりも、美しく」、先生、これが今月の我がクラスの”めあて”であったことを、私は決して忘れませんでした。家入君に水をかけてやりたい気持ちをぐっとこらえ、私は使い古しのバスタオルを持ってきて、家入君の起こした水害を、奇麗に処理しました。それから、数時間、家入君に睡眠とアルコール消化のための時間を与え、さすがにもういいだろう、という頃合いを見計らって、再びお尻をパシン、パシンと数回叩いて覚醒させました。

 「家入君、授業中の居眠りは原則として禁止です。が、この際そんなことはどうでもいいです。あなたがなぜズボンとパンツをはいていないのか分かりますか。」
 目を覚ましたばかりで事情がさっぱり、という表情の家入君に、私は問いかけました。 
 「へっ、え、え?!あれ、なんで僕、ズボン履いてない?!」
 素っ頓狂な声を上げる家入君。
 「それから、今すぐ鏡で自分の顔を見て来てください。」
 股間を両手で隠しながら、ふらふらと鏡を見に行く家入君。
 「えええええ!!!」
 鏡の方から声にならない声がしました。

 そこで、戻ってきた彼に、私は全てを、冷静に、淡々と話しました。
 
 「おしっこしたことは全く記憶にございません。口紅は渋谷のバーのドラッグクイーンによるものです。本当にすみませんでした。」
 
 家入君は深々と謝罪した後、「むしろ自分で拭きたかった。。。」とぽつりと付け加えました。

 夢見ちゃんはそのときもまた、自分の無意識の行いを恥じ、悶絶している家入君に、「大丈夫、大丈夫だよ〜」と優しく声を掛け、頭を撫でてあげました。モー君は、「家入君のおしっこは全然臭くなかったよ!家入君がいつもつけてる香水と同じ、いい匂いだった!」と的外れな発言で、彼なりに家入君を慰めました。

 そして学級委員長である私は、ことの一部始終を包み隠さずツイッターで発表し、フォロワーを200人増やしました。



 家入君の更生への道はまだまだ遠い様ですが、今後とも先生のお力添え、宜しくお願い致します。
 それでは今日はこの辺で。


    学級委員長、家入明子。


先生、あのね。三

  ■先生、あのね。

 先生、私は先生に本当のことを打ち明けます。
 9年程前、私と家入一真君は、恋愛関係にありました。

 学生という立場にありながら、行き過ぎた行為だったと、今では深く反省していますし、ましてや学級委員長となった今、その過去は誰にも打ち明けてはならないものだと、今の今まで、ずっと私の胸の中にしまい続けてきました。

 けれども私は、本当のことを打ち明けることにしました。私と彼が過ごした日々のこと。9年前の彼のこと。なぜなら、先生に少しでも知って頂きたかったからです。

 ……彼が、昔から今の様に酒浸りでなかった、ということを。



 そもそも、私と家入君との出会いは10年前の夏でした。「ご近所さんを探せ!」という、今で言うインターネットの出会い系サイトで、私と家入君は知り合いました。
 ……せ、先生っ、誤解しないでください!!私は決して不純な動機で出会い系サイトに登録していたわけではないんです!もしかしたら家入君は不純な動機で登録していたかもしれませんが、私は違います!
 インターネット、IT、という単語が、やっと世間に広まりだした当時、我が家にいち早くやってきたキャンビー98というパソコンで、私はどうしてもポストペットが飼いたかった…。ピンクの熊、モモちゃんにメールを運ばせたかったんです。ソネットに申し込まなければモモちゃんを飼えないと思っていましたから、もちろんプロバイダはソネットにしました。人差し指で探り探りキーを打って、インターネットに接続、メーラーも準備万端、誰かがモモちゃんにメールを持ってきてくれるのを待ちました。けれども待てど暮らせどメールはこない…。それもそのはず、私のメールアドレスを知っていたのは、世界中で私一人だったからです。相手がいなければメールはこない、そこでEメールを使うには、といった具合に銘打たれたハウツー本を読み込んでみますと、「ご近所さんを探せ!」に登録するよう指南してありましたので、私は素直にそれに従った、それが全てのいきさつです。
 
 ……するとどうでしょう。当時17歳だった私のもとには、日本中のハングリーな中年男性からのメールが、集まる、集まる。あまりに過酷な労働を強いらるモモちゃんに不憫さを感じるほどでした。

 そんな中で、「芸術の話をしましょう」と一言だけ書いたクサいメールを送ってきたのが、当時21歳だった、他ならぬ家入君だったというわけです。数回メールを交わすうちに、話の内容というよりは、彼の言葉選びのセンスに惹かれ、私と家入君はとても仲良しになりました。結婚したのは、その1年半後です。

 私と家入君は、当時、福岡県は薬院の、1ルームマンションに二人で暮らしていました。私はジャズシンガーを夢見て音楽を学びながら、夜はロイヤルホストの厨房でアルバイトを。家入君はプログラマーとしてIT企業に雇われていたサラリーマンでした。(ちなみに、我が校の姉妹校であるペパボ学院の現学級委員長、佐藤健太郎君は、当時のうちから歩いて5分の、偶然にも同じ町内に住んでいたご近所さんでした。)

 先生、とても信じられないこととは思いますが、家入君は当時、お酒を全く飲めない体質だったのです。少しでも飲酒すると、すぐに顔が赤くなり、気持ちが悪くなるというので、お酒よりコーラを好んでいた程です。そんなわけで、今でこそ、ビジネスにおける人との出会いは夜の六本木、銀座、西麻布でお酒は欠かさない家入君ですが、当時、初めて佐藤健太郎君と会った日にも、二人が向かった先は、吉野家でした。

 お酒の代わりに、家入君が当時すっかり没頭していたのは、シーマンです。

 水槽の中の人面魚がふてぶてしく話しかけてくる、一世を風靡した育成ゲーム、シーマン。当初、私が家庭に導入したはずのシーマンを、気付けば家入君がすっかり気に入って、テレビにかぶりつく様にして育てていました。そして、ある朝、私が布団の中で目覚めたとき、家入君はテレビの前に座り、ゲームのコントローラーを握りしめて、肩を丸めて泣いていました。
 
 「シーマンが、死んだ。。。」



 ときには夜中、突如布団から飛び起き、家中の電気をつけて回り、
「リングの貞子が出てくる夢を見た。。。」
と真っ青な顔をして震えていることもありました。

 
 バーチャルな生き物の一生に、あれほど奇麗な涙を流すことができた家入君。
 バーチャルなお化けをあれほど恐れていた家入君。


 先生。あの頃の家入君は確かに、心の美しい、そして肝臓も美しい、汚れのない青年でした。

 
 家入君があのときの優しい気持ちを思い出してくれるその日まで、私は誠心誠意、学級委員長として努めようと思います。



 それでは、今日は、この辺で。


    学級委員長、家入明子。

先生、あのね。四

■先生、あのね。


 先生、今日は家入君が、遅刻してきませんでした。
 朝方、5時頃には、きちんと学校に登校してきたようです。

 今、やっとこの学級日誌でもって私の頑張りが諸先生方に認められ、学級委員長、家入明子はまさにこれから、そう、これからというときに、あえて遅刻をしないで登校してくる、家入君。先生、良識のある大人であれば、今このタイミングで当然のように、大遅刻、大酒、大虎……バックナンバーを顧みればもういっそ大便くらいの後押しがあっても良いのではないでしょうか。家入君が今、健全な児童になったところで一体全体誰得……はっ、なにっ、なんですかっ、いやっ、ぎゃあああああああああああ!!!!
 
 ……先生、たった今、委員長たるべき私の中に邪悪な悪魔が宿りました。しかし直ちに先日、授業で教わった不審者への対応、すなわち”いかのおすし”を実践しましたので私は無事です。”いかない”、”乗らない”、”大声で叫ぶ”、”すぐ逃げる”、そして”しらせる”。学校での学びは、今日も私を救ってくれました(感謝)。


 
 ところで先生、先生もご存知の通り、我が校の校則第32条では、生徒の基本的な身だしなみに関し、このように定められています。

「本校男子生徒が下着を購入する際は、どうしてもやむを得ない場合を除き、優先的、かつ積極的にファストファッションを利用すること。(無印良品までは可)」




 先生、家入君が、"DOLCE&GABBANA"と書かれた見覚えの無いボクサーパンツを履いていました。停学処分が妥当です。



  学級委員長、家入明子。

先生、あのね。五

■先生、あのね。


 先生、こんにちは。

 昨日雨が降ったせいか、今朝は通学路の紫陽花がとても美しく咲いていました。学校では喉の風邪が流行っているようですが、モー君はややお腹をこわしています。夢見ちゃんはこの暑さに多少疲れ気味です。私は葛饅頭を3つ食べました。みんな楽しく、穏やかに過ごしました。




  それでは今日はこのへんで。


   学級委員長、家……ちょっ、ちょっと家入君、やめてください、人の日誌を勝手に覗かないでください、勝手に読むなんて卑怯なこのゲスっ……え、せ、せめてトイレ行った手は洗って出直してっ……え、何ですか?ああ、僕の記録がない?ああ、言われてみればそうですが、言われなければ気付かないところでした。何しろあなたはあまりに遅刻、欠席が多い上に注意しても改善しようとしませんので、ついに興味、関心を失ってしまっていたようです……え?……えええ?……”思い出して、僕に興味を持っていたあの頃を”……?いきなりそう言われましてもそれはちょっと今となっては無理難題で……え?……”簡単に諦めるな、きっとやれる”……?なんでそんなふてぶてしい上から目線で……え?

   ”だって、投票で選ばれた、委員長だろ”……?
 

 
 先生、家入君にまだ興味を持っていたあの頃のことをお話しましょう、学級委員長、家入明子です。

 それはある夏の日のこと。我が校と提携している某幼稚園にて、幼児達を対象とした、ちょっとしたお祭りが開催されました。幼児達は、焼きそば、ポップコーン、綿菓子、ジュース、等と書かれたカードを持って、我々年長者の運営する露天を周り、お金の代わりにそのカードを差し出します。すると、お店の人がスタンプを押してくれるので、それと引き換えに品物を受け取ることができるという、ちょっとしたお買い物ごっこの様な、幼児達がとても楽しみにしているお祭りです。

 その日、家入君は幼児達のために焼きそば係をやることになりました。焼きそば係は、各クラスの問題児を含む男子数名から構成されており、各々役割分担がありますけれども、何しろ家入君は怖くて包丁を握れませんので、この日も当然の様に、積極的にスタンプ係をかって出ました。幼児のカードにスタンプを押し、パック詰めされた焼きそばを手渡す係です。
 ツーブロックにカットされた頭には水色の三角巾、優しさをアピールするエプロンも忘れずにつけました。(衣服が吐瀉物で汚れるのを防ぐためではありません。)
 
 さあ、楽しいお祭りの始まりです。
 
 幼児達が続々と焼きそば屋さんの前に列をなし、家入君にカードを差し出して言います。

 「やきそば、くださーい。」
 「スタンプ、おしてくださーい。」
 
 家入君は応えます。
 
 「はーい。スタンプ押します。カードに押しますか、……それとも君のおでこに押してやろうか……」
 「……。」

 幼児達は入れ替わり、立ち替わり家入君の元へやってきては、ぬるいジョークに難しい顔をして、焼きそばを受け取ると皆一様に、足早にその場を去っていきます。見かねた幼稚園の先生が、そっと家入君の側へ行き、声をかけました。
 「……家入君、そろそろ焼きそばを焼く係と交替しましょう。」
 しかし家入君は自分の仕事に誇りをもっていましたから、確固たる面持ちで答えました。
 「いえ、大丈夫です。僕はスタンプ係やります。」
 「遠慮しないで、せっかくですから、焼いてみませんか。」
 「いいえ、僕はスタンプ係で。」
 
 幼児達と同様に、今度は先生が難しい顔をして、その場を去っていきました。

 そんな中、今度はお父さんに手を引かれた一人の男の子が、家入君の焼きそば屋さんにやってきました。
 男の子は、元気な声で言います。 
 「やきそば、くださーい。」
 さあやるぞ、これが男の仕事だぞ、家入君は決意も新たに、意気揚々と言いました。
 「はーい。スタンプ押します。カードに押しますか、……それとも君のおでこに押してやろうかぁっ……!」

  すると、隣にいた男の子のお父さんが、おもむろに一言。

 「……いや、おでこはちょっと。困るんで。」
 
 その瞬間、家入君は静かに俯いて、そして応えました。

 「……ですよね……すみません。」 

 
 この日、外敵から子を守る親の愛、そして大人社会の厳しさ知った、家入君でした。

 

  それでは今日は、この辺で。


   学級委員長、家入明子。


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