先生、あのね。九
先生、あのね。十
家入君と私とは、結局のところ、二匹のイタチのようなものです。
お互いに、お互いのしっぽを追いかけては、円を描いてぐるぐると回り続ける二匹のイタチ。時折、どちらかがふらっとご飯を食べに出かけたり、休憩を取ったりします。すると、それに気付かないもう一匹は、今度は自分のしっぽを追いかけてぐるぐる。そこへまた、休憩を終えたもう一匹が参加して、二匹で飽きもせずに、ぐるぐる。
或いは、二匹が同時に休憩をすることもあります。ちょっと休もう、そうしようといって休憩し、じゃあ回ろう、そうしようといって再び、二匹でぐるぐる。たまに協調しながら、たまには自分を優先させながら、ただ何だか気持ち良さそうな、ただ何だか面白そうな、目の前のしっぽを追いかけて、ぐるぐる回り続ける、二匹のイタチ。
私の追いかけているイタチは予測不能な動きをしますし、日中に活動する私とは対照的に、敵は夜行性です。私はA型ですが、敵はO型です。私はひどく慎重なところがありますが、敵はやたら大胆な動作を好む野心家です。まるでタイプの違う二匹のイタチが、それぞれのしっぽを追いかけては延々と続ける、イタチごっこ。当然、もう無理だと、途中で投げ出したくもなってしまいます。足並みが揃わないことに苛立ったり、繰り返しの動作がちょっと退屈に思えたりすることもあります。
けれども、そんな不毛で、過酷で、滑稽で、終わりの無い私達のイタチごっこによって描かれる円の中に、私達の学級、私達の世界が存在しているのです。
「ティラリ!ティラリ!ティラリ!ティラリ!
ティ、ティ、ティ、ティ、ティ、ティ、ティ、ティ、
ティラリ!ティラリ!ティラリ!ティラリ!
キンキュウ!キンキュウ!キンキュウ!キンキュウ!
ジタイッ!ジタイッ!ジタイッ!ジタイッ!
キンキュウ!ジタイッ!キンキュウ!ジタイッ!
キンキュウ!ジタイッ!キンキュウ!ジタイッ!
ティラリ!ティラリ!ティラリ!ティラリ!
ティーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!……110番ッ、Yo!」
先生、今日も教室には、エアDJのモー君が華麗にビートを刻む声が響いています。
例によって仮眠をとっていた家入君は、その声に何事かと目を覚まし、モー君のいつものスキャットと知るや否や「おい、うるさいぞっ!」と一喝し、再び眠りに。
夢見ちゃんはというと、そんな男子達の喧噪をよそに今日も今日とてプリンセス。
「あなたのそのバッグ素敵ね!今日の舞踏会のために買ったのね?!私のこのシルバーのドレスも素敵でしょ?!この前代官山で買ったのよ!」と
品川のジャスコで買ったスカートをひらり翻しながら、私にそっと教えてくれました。
全員が全員協調性に欠けた、このめちゃくちゃな学級を、私はそれでもやはり、愛しく思わずにはいられないのです。
仮に学級委員長として、あるべき学級、理想的な学級を思い描いたとき、その中にいる生徒は決して遅刻、欠席をしませんし、学習中にビートを刻みません。給食は全員で揃って食べ、休み時間はゲームでなく校庭で体を動かします。二日酔いで登校したり、教室で放尿したりはそもそも問題外であって、つまるところ現実にある学級と、理想として描く学級は全く異質なものなのです。そこに不満がないかと言うと、大いにあります。大事なことなので二度言います、大いにあります。けれども不思議なことに、その理想から遠く離れたこの学級について、私が辟易しているかというと現実はその真逆で、もうどうしようもなく愛おしく感じざるを得ないのです。全員が、個々に異なった性質をもっていて、大体いつもバラバラなことをしている、このちぐはぐでいびつな学級が、学級としての営みが、この世の中の何よりも美しいものに感じられて、仕方がないのです。
日々、家入君と私の間で繰り返されるイタチごっこに、たとえどんなに息切れして、もうギブアップ、もう疲れたと思っても、彼と私と、そもそもちっぽけな人間二人の他愛もないお遊びが、こうも愛おしく、美しい、小さな学級という世界を象っている。その何よりの幸運を有難く享受し、学級委員長、家入明子、今後とも明るく健やかな学級構築のために、日々、邁進していく所存です。先生、より一層のご指導、ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。
舞踏会に遅れますので、それでは今日はこの辺で。
学級委員長、家入明子。
(完)
この本の内容は以上です。

家入明子