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先生、あのね。五

■先生、あのね。


 先生、こんにちは。

 昨日雨が降ったせいか、今朝は通学路の紫陽花がとても美しく咲いていました。学校では喉の風邪が流行っているようですが、モー君はややお腹をこわしています。夢見ちゃんはこの暑さに多少疲れ気味です。私は葛饅頭を3つ食べました。みんな楽しく、穏やかに過ごしました。




  それでは今日はこのへんで。


   学級委員長、家……ちょっ、ちょっと家入君、やめてください、人の日誌を勝手に覗かないでください、勝手に読むなんて卑怯なこのゲスっ……え、せ、せめてトイレ行った手は洗って出直してっ……え、何ですか?ああ、僕の記録がない?ああ、言われてみればそうですが、言われなければ気付かないところでした。何しろあなたはあまりに遅刻、欠席が多い上に注意しても改善しようとしませんので、ついに興味、関心を失ってしまっていたようです……え?……えええ?……”思い出して、僕に興味を持っていたあの頃を”……?いきなりそう言われましてもそれはちょっと今となっては無理難題で……え?……”簡単に諦めるな、きっとやれる”……?なんでそんなふてぶてしい上から目線で……え?

   ”だって、投票で選ばれた、委員長だろ”……?
 

 
 先生、家入君にまだ興味を持っていたあの頃のことをお話しましょう、学級委員長、家入明子です。

 それはある夏の日のこと。我が校と提携している某幼稚園にて、幼児達を対象とした、ちょっとしたお祭りが開催されました。幼児達は、焼きそば、ポップコーン、綿菓子、ジュース、等と書かれたカードを持って、我々年長者の運営する露天を周り、お金の代わりにそのカードを差し出します。すると、お店の人がスタンプを押してくれるので、それと引き換えに品物を受け取ることができるという、ちょっとしたお買い物ごっこの様な、幼児達がとても楽しみにしているお祭りです。

 その日、家入君は幼児達のために焼きそば係をやることになりました。焼きそば係は、各クラスの問題児を含む男子数名から構成されており、各々役割分担がありますけれども、何しろ家入君は怖くて包丁を握れませんので、この日も当然の様に、積極的にスタンプ係をかって出ました。幼児のカードにスタンプを押し、パック詰めされた焼きそばを手渡す係です。
 ツーブロックにカットされた頭には水色の三角巾、優しさをアピールするエプロンも忘れずにつけました。(衣服が吐瀉物で汚れるのを防ぐためではありません。)
 
 さあ、楽しいお祭りの始まりです。
 
 幼児達が続々と焼きそば屋さんの前に列をなし、家入君にカードを差し出して言います。

 「やきそば、くださーい。」
 「スタンプ、おしてくださーい。」
 
 家入君は応えます。
 
 「はーい。スタンプ押します。カードに押しますか、……それとも君のおでこに押してやろうか……」
 「……。」

 幼児達は入れ替わり、立ち替わり家入君の元へやってきては、ぬるいジョークに難しい顔をして、焼きそばを受け取ると皆一様に、足早にその場を去っていきます。見かねた幼稚園の先生が、そっと家入君の側へ行き、声をかけました。
 「……家入君、そろそろ焼きそばを焼く係と交替しましょう。」
 しかし家入君は自分の仕事に誇りをもっていましたから、確固たる面持ちで答えました。
 「いえ、大丈夫です。僕はスタンプ係やります。」
 「遠慮しないで、せっかくですから、焼いてみませんか。」
 「いいえ、僕はスタンプ係で。」
 
 幼児達と同様に、今度は先生が難しい顔をして、その場を去っていきました。

 そんな中、今度はお父さんに手を引かれた一人の男の子が、家入君の焼きそば屋さんにやってきました。
 男の子は、元気な声で言います。 
 「やきそば、くださーい。」
 さあやるぞ、これが男の仕事だぞ、家入君は決意も新たに、意気揚々と言いました。
 「はーい。スタンプ押します。カードに押しますか、……それとも君のおでこに押してやろうかぁっ……!」

  すると、隣にいた男の子のお父さんが、おもむろに一言。

 「……いや、おでこはちょっと。困るんで。」
 
 その瞬間、家入君は静かに俯いて、そして応えました。

 「……ですよね……すみません。」 

 
 この日、外敵から子を守る親の愛、そして大人社会の厳しさ知った、家入君でした。

 

  それでは今日は、この辺で。


   学級委員長、家入明子。

先生、あのね。六

■ 先生、あのね。


 先生、上級生のミユキ先輩から体育館裏へ呼び出されたのはつい先日のことです。


 
 必ず一人で来る様にとのことでしたので、言われた通り、言われた時間、言われた場所に一人で参りますと、そこには紐の様なものを右手にしっかりと握りしめた、仁王立ちのミユキ先輩の姿がありました。

 「先輩、お待たせ致しました様で申し訳ありません。さて今日はいかがなさいましたでしょう。」

 先輩のお顔に、何かとてつもなく鬼気迫るものを感じましたので、私は恐る恐る尋ねました。すると、先輩が言いました。


 「……アンタ。聞けば学級委員長さんだって言うじゃない。」
 「はい。その通りです。私は学級委員長、家入明子です。」

 すると先輩は、コーラで脱色したと専らの噂の金髪、ワンレンの長い髪の毛を、額のあたりから左手でばさっとかき上げ、眉間に皺を寄せると、きっぱりとした口調で、こう言うのです。


 「……アンタ、馬鹿?」


 「……えっ!!??」
 思わずたじろぐ私、しかしそんな様子を気にも留めず、先輩は続けました。

 「アンタに教えてあげるわ。アタシはね、3年9組の、裏番よ。」
 「えっ!!……裏番とは何でしょう!?」
 「裏の番長だよ、馬鹿な子だね!!……学級委員長だなんだって、最近やたらいい気になってるアンタのために言っといてやるけどね。委員長なんてもんはね、なんてことはない、ただの”はずれくじ”なんだよ!」
 「ええっ……は、は、はずれくじ?!」

 先生、このときの私は、まさに頭のてっぺんに雷が落ちてきた様な衝撃を受け、ただただ呆然と立ち尽くしていました。ミユキ先輩は一体全体、何の恨みがあって私にそんなことを……。はずれくじ、とは一体全体どういう意味なのでしょう……。混乱する頭に、ミユキ先輩の声が畳み掛けます。

 「……そう、はずれくじよ。委員長なんて言われてちょっと先公にチヤホヤされるくらいで、結局はクラスのためにただ働きさせられる雑用係ってことよ!」
 「ただ働き……雑用係……!?ミ、ミユキ先輩、委員長の仕事は決してそんなものではありませんっ!」
 「そんなもんなんだよっ!……その証拠に、アンタ、右手に何も握ってないじゃないのさ。アタシの右手を見てご覧。……この紐が何だか、アンタには分かんないでしょう……?!」
 「そ、それはっ……確かに先輩の紐は最初から気になってはいましたが……くっ、わかりませんっ……一体、何なのですか、それは……。」

 「これはね……。」
 ニヤリ、と不適な笑顔を浮かべて、ミユキ先輩は誇らしげに言いました。
 


 「3年9組学級委員長、川中島マサルの財布の紐よ!!」



 「さ、財布の紐……!?」

 「……アタシはね、3年9組の裏番として、委員長・川中島マサルの言動を陰で操ると同時に、こうして日夜、マサルの財布の紐すらも握ってるってワケ。ところがアンタはどう?……ふふ、委員長なんて名ばかり、お宅のクラスの問題児なんて、まるでノーリードで野原に放たれたお犬様じゃない、アーッハッハッハ!厄介な雑用ばかり押し付けられて、何の力も持たない学級委員長、てんでお笑いだわっ!アッハッハッ!」

 勝ち誇ったかの様に高らかに笑うミユキ先輩……しかし、私はここで負けを認める訳にはいきませんでした。なぜなら、なぜかって、それは私が、学級委員長だからです。私にも、学級委員長としてのプライドがあります。……負けられない戦いがそ(略)!



 「ミユキ先輩、確かに、私の手の平には何も握られていません。それは事実として、潔く認めましょう。……ですが。」


 私は、静かに切り出しました。





 〜第七章に続く〜




先生、あのね。七


〜第六章からの続き〜


 「何よ、今更何だって言うのよ!」

 「……先輩、分かりませんか?私を見て、何も気付かないのですか?」
 はぁ、とわざとらしいため息をついて、やや語気を強めて、私は続けました。

 「確かに、先輩にはお分かりにならないでしょうね。……そんな時代錯誤の金髪ワンレンを、今時、静香さながらに執拗にかきあげ……ましてやミニ全盛期の今、セーラー服のスカートをそんな風にマキシ丈で履いているような先輩にはね……っ!」

 「……っ!ア、アンタ、このアタシに喧嘩うってんの?!そんなに痛い目見たいって言うのならっ……」
 とっさに左手をスカートのポケットの中に突っ込み、何かを探る様子のミユキ先輩。
 
 「ふふっ。どうせそのポケットの中にはカミソリの刃が一枚、いいえ、二枚程入れられているのでしょうが、こちらにはとっくに全てお見通しですよ、ミユキ先輩。……まだ分からないのですか?今日日、そんなファッションは流行らないということ!」

 「くぅっ……!」
 唇を噛み締めるミユキ先輩に、今度は私が攻め込む番です。

 「それでは委員長たる私が、先輩に教えて差し上げましょう。今年の流行りは、”オールインワン”に”ダンガリー”、そして……。」
 「……そ、そしてっ!?」

 「……そしてこれ、ヘッドアクセサリーです!……ねえ、先輩。黒字に程よくゴールドの文字のアクセントが効いた、存在感満点のこの私のヘアバンドを、今こそ良く見てみて下さいな……。」

 「……ド、、DOLCE&GABBANA……小娘のくせに生意気にD&G……はっ、なにっ!?……もしやそれはっ……!」



 ……勝負ありました。

 勝ちを確信した私は、今までとはがらりと口調を変えて、そっと優しく、ミユキ先輩に語りかけました。



 「……そう。何を隠そう、私がごく自然体で頭につけていたこのヘアバンドは、我がクラスの問題児、家入君が校則を犯してまで入手していた謎のパンツの、ゴム部分です。ハサミでドーナツ状に上手くカットしましたので、一見、なんの遜色もないヘアバンドに見えたはずです。……あまりにさり気ないのでお分かりにならなかったかもしれませんが、ミユキ先輩、どうかご理解ください……学級委員長とは、そういうものなのです。」

 半開きにした口元をわなわなと震わせながら、何か汚らわしいものでも見る様なぎょっとした目で、こちらを凝視するミユキ先輩。ミユキ先輩の気持ちを思うと、何だか少し可哀想な気にもなりましたが、そこは気持ちを鬼にして、私は話を続けました。

 「……裏番である先輩の様に、児童の財布の紐を握り、陰で強引に恐怖政治を敷く。確かに、その様な手法を用いれば、あなた自身は何のストレスも抱えることなく、クラスを統治することができるかもしれません。……そして私は、決してそれが悪いとは言いません。何しろリードつきの首輪をつけられ、四つん這いにされ、背後から鞭打たれたり蝋を垂らされたりすることを、むしろ好む児童もいると聞きますから、結局のところお互いの利害関係が一致してさえいれば良いのだと思います。」
 そこまで言ってちらりとミユキ先輩に目線をやりますと、先輩はポッと頬を赤らめ、すぐさま私から目をそらしましたので、そういうことなのだと理解をし、更に話を続けました。


 「……ですが、我がクラスの問題児はと申しますと、さすがにそこまでのことは好みません。また、何より、私は学級委員長です。私が目指すべきゴールは、私が好きな様にクラスを統治することでなく、クラス全員がストレスなく、穏やかな気持ちで、健全な学校生活を過ごせること。そのために私がするべきことは、問題児の財布の紐を固く握ることではなく、むしろ問題児が大切にしているパンツのゴム部分をヘアバンド代わりに頭に飾り、あなたのことをいつもこんなにも思っていますよ、そして、もう二度と隠れて高級パンツを買ってはいけませんよ、と、至って平和的に、友好的に、そしてファッショナブルに訴え続けることに、他ならないのです。……ミユキ先輩なら、分かってくれますよね……?」



 ミユキ先輩は、終始うなだれ、私の話を聞いているのかいないのかといった状態でしたが、私が最後まで話し終わったとき、か細い声でそっと、呟きました。

 「……わかった、負けたよ。」
 


 爽やかな夕方の風が、ミユキ先輩の長い髪をふわりとなびかせ、吹き抜けて行きました。

 「……あーあ。この夏は、アタシも挑戦してみよっかな、その……ヘアバンドってやつにさ……。」





 先生、最後にそう言い残して、静かに去って行ったミユキ先輩の後ろ姿はとても凛々しく、輝いて見えました。

 


 それでは今日は、この辺で。

     学級委員長、家入明子。


先生、あのね。八


 ■先生、あのね。


 先生、先生ならきっと覚えておいででしょう、あの、約七年前の夏の日のこと。


 「……お客さん、一言、言わせてもらっていいですか。」
という、あってないような前置きで、乗り込んだばかりのタクシーの運転手さんから突如告げられた驚愕の一言。

  「あなたは、決して美人ではありません。」
 
 それは、あまりにも迷いのない、清々しいまでの暴言でございました。激しく動揺した私に運転手さんは更に畳み掛けます。

「あなたは決して美人ではありません。……決して、美人ではありません。」

 同じことを妙に抑揚を変えて三回も言わせる前に、なんで一発殴ってやらなかったのかと、すぐさま猛烈な怒りと後悔にかられ、いやむしろ今からでも遅くないかな、と膝の上の荷物を脇に移動しかけたところで、運転手さんはこう付け加えたのです。


「だけど、あなたは人を豊かにする」


 ……その話し、聞こうじゃないの。私は荷物を再び膝の上に納めました。


「あなたは決して美人ではありません。けれどあなたの学級の問題児は本当に幸運ですよ。あなたは人を豊かにしますから、きっと末永く幸せな学級を築くことでしょう。」


 畜生っ!もう一度言いやがったな!!……いえ、不適切な発言を訂正いたしますと、”大変恐縮ではありますが、さながら畜生の様なあなた様、もう一度おっしゃいましたね?”です。最初の一言にはやはりそんな憤りを感じ得ませんでしたが、悔しいかな、どことなく興味をそそられるその話しに、私が黙って耳を傾けておりますと、運転手さんは更にこの様に続けました。

「……ただ、あなたは人がいいから、つい我慢してしまうでしょう。男というのは悲しいもんで、どんなに今が優秀でまじめな生徒であっても、きっとこれから先、一回や二回、間違いを犯すものなんです。それでも、あなたは我慢して、許してしまう。そうやって、学級の平和と秩序を守っていくんです。」


 一体全体、何者だというのでしょう、まるで全てを見透かしたかの様に言う運転手さん、最後に一番大切なことを教えます、と言って、おもむろにこう付け加えました。


「男が間違い犯さないようにするためには、あなたが”マグロ”にならないことです。受け身でばかりいてはいけません、学級の中でも刺激は大切です。ベッドの中でマグロにさえならなければ、大丈夫!」




 あろうことか驚愕の下ネタでオチが付いたために、長らくそこはかとない胡散くささと共に、私の記憶の奥底に閉じ込められていた昔話。……先生、そんなことを何故私が今、また、思い出したかのように記しているのかと申しますと、先日、我が校きってのスピリチュアルカウンセラーで、本業は美術史担当のジャスティン先生がふいに、少しばかりこれと似たようなことを、私に仰ったからです。

 「委員長、君の大きなエネルギーを、委員長の学級のイエイリ君が見事に吸収して、彼のエネルギーに変えているんだ。」


 更に、このジャスティン先生のカウンセリングに、かねてよりの私の友人であり、美人で聡明、高校時代にはタクシーチケットをノートで持っていたという伝説の帰国子女・ケイコが、後日、こう付け足しました。

 「……ええ、確かに、委員長は大きなエネルギーを持っている。けれど、残念ながらそれは、あなた一人では世に出せないものなのよ。委員長が持ち前のエネルギーを活かすには、媒介となる人が必要なの。そしてそれが、家入君なのよ。」






 先生、そもそも我がクラスの周辺の予言者出現率の高さに驚くばかりですが、彼らの発言に不思議な共通点があることにもまた、私は大変に驚きました。つまり彼らは一貫して、この学級において、私は与える側であり、問題児である家入君は享受する側である、と言っているわけです。これは一体どういうことなのだろう、と考えてみたとき、私は思いがけず、ある一つの発見をしました。


 ……これってもしかして、”攻め”と”受け”、なのでは……?


 ……えっと、少し語弊を恐れなさ過ぎましたので説明させて頂くと、この場合の”攻め”と”受け”は決していやらしい意味のそれではなくて、腐女子的な何らかとかでは全くなくて、つまるところ世の中は、”与えることで与えられる人”、つまり”攻め”の人と、”与えられることで与えることのできる人”、つまり”受け”の人と、この二種類の人間で構成されているのではないか?ということなのです。
 いやいやそこは持ちつ持たれつ、一人の人間がどちらの側面も持っているものだよ、と先生はお思いになるかもしれませんし、時には攻め、時には受ける、それこそが男の純愛、と仰るならば大変恐縮ではありますがそれは今回に限って大いに本筋からそれています。(これについては日を改めて先生の深い考察をお聞かせ願いたい所存です。)

 確かに私たちは、相手や状況に応じて、この”攻め”と”受け”を無意識に使い分けて生活しています。が、私は文系、あなたは理系といったそれと同じく、実は人それぞれ、この”攻め”と”受け”に、得意・不得意、向き・不向きを持っているのではないでしょうか?

 それでは、例を挙げて考えてみましょう。先生は、周囲から人を紹介されることの方が多いでしょうか、それとも、周囲の友人達に人を紹介をすることの方が多いでしょうか?僭越ながら私が思うに、人とはエネルギーの塊、エネルギーそのものであるので、人を紹介することが多いという人は”攻め”タイプ。逆に、紹介されることが多いという人は、”受け”タイプです。……モー君、ピカチュウが電気タイプだという話は後でしましょう。

 で、私は恐らく攻めタイプであるが故に、まず誰かに与えることをしなければなりませんでした。その、ちょうど良い受け皿となってくれたのが、受けタイプの問題児ポケモン、家入君だったのです。



 私のエネルギーを持ち前の吸収力で大いに吸収、搾り取れるだけ搾り取れるだけ搾り取って、今度は家入君がそれを、主に校外活動で大々的に発散。そうすることで再び彼に還元される新鮮なエネルギーを、今度は学校で私が享受する。これこそ、受けと攻めのバランスのとれた、素晴らしく理想的な循環型社会!


……が、本来我がクラスに構築されるはずでありましたが何かがどこかで不具合を起こしているのでしょうか、還元すべきエネルギー(を持った当事者)が、やはり本日も未登校ですので私は今日も搾りカスのまま!

 先ほどメールで届いた遅刻の連絡によると、「ごめんなさい、今、起きました」とのこと。どこですか、遅刻ですよ、と厳しく返信したところ、「ひがしやまさんとへんなしゃんぱんばー」(全文ママ)。しゃんぱんぱー……って、メールですら呂律が回っていないのか、いやさては馬鹿にしているのかと思いきや”シャンパンBar"だそうで、それならそうと分かりやすくカタカナで書きましょう、と添削しかけたところに、再度メールが着信。



「委員長、いつもごめんね、あがとう。」



 内容が内容だけに、非常に惜しい言いまつがい。……惜しいけれども、決してそこは間違えてはいけないところでしたので、「ふざけるな!」という私からの返信を最後に、家入君との本日のコミニュケーションを終えました。






 ……マグロ、だったかな……(遠い目)





 


 それでは今日はこの辺で。

      学級委員長、家入明子。





先生、あのね。九

 ■先生、あのね。


 先生。

 今日はサッカー部の山根君と生徒会役員の服部君が喧嘩をしていましたので、学級委員長としてすかさず二人の仲裁に入りました。取っ組み合う二人を引きはがし、そもそも原因は何だったのかと尋ねたところ、山根君は言いました。

 「委員長、俺は毎日グランド10週走ってるし、パス回しとシュートの練習に放課後3時間を費やしてる。それに朝にはドリブルの練習をかねて町内をボールと一周するんだ。だから間違いなく、服部より俺の方が大変な思いをしているっていうのに、服部はそれを認めようとしないんだ!」

 すると、一旦は側で黙っていた生徒会役員の服部君が、顔を真っ赤にさせて言い返しました。

 「お前は馬鹿だな!俺なんか毎日、どの生徒より早く学校に登校し、校門で挨拶運動をしている!それに放課後は毎日生徒会の役員会で話し合いをしているんだ!お前みたいにちゃらちゃらボールばかり追いかけるより、遥かに有意義なことをしているんだ!」
 

 当然のことながらサッカー部と生徒会は全く別の活動をする団体ですから、二人の頑張りの度合いは、比較対象にはなりません。よく考えればすぐに分かることですし、そもそもどっちが頑張っているかなんて、幼稚園児のように中身のない議論です。


 しかし先生、分かってください。山根君も服部君も、結局のところは自分の頑張りを認めて欲しかったのです。一見愚かに思えるこの二人のやりとりを、単に”ゆとり”とか、”幼稚”とか、そんな言葉で片付けてしまうわけにはいきません。毎日頑張っているからこそ、努力を認められたいと願うのは、至極当然のことです。誰もが皆、出来ることなら、良く頑張ってるね、偉いね、凄いねって、誰かに言ってほしいのです。

 お母さんと繋がっていたお腹の中から、ある日突然外に出された、その瞬間から、自分は自分一人でしかなくなってしまったので、私たちは生まれながらに寂しさ、心細さを知っています。寂しく、心細いがために、誰に教えられるでもなく人と繋がりをもつことを覚えます。人との繋がりの中で、ほんの少しでも自分を肯定してもらうことで、私たちの寂しさ、心細さが払拭されるからです。けれども、そうして得られる安心感、連帯感は、決して永続的なものとは限らないので、私たちは人と出会い、認め合い、安心し合うということを、一生のうちに何度と無く繰り返します。


 学級とは、その延長上に存在します。
 

 他者との間でやるそれよりさらに深く認め合い、慰め合い、理解し合える相手と、私たちは学級を作ります。ただそれだけでいれば”自分”という一人の人間を、気の合う人と共に、あえて小さな学級という箱の中に収める、そうすることで私たちは、自分が一人ではない様な気持ちになれるし、雨風をしのぐ様に、寂しさや不安といった負の感情から身を守れる様な気になるからです。



 ところが先生、負の感情を払拭し、安らぎと心強さを育むはずだったこの教室の中にも、孤独はいつだってちゃんと存在していたのです。


 学級という偽薬がきちんと作用している間は、クラスメートといるのだからそんなことは起こりえないと思う。ほんの少し落ちた陰ですら、錯覚だと思い込むことが出来る。けれども、どんな箱の中にいようと、私が私一人であるという事実に変わりはなく、また、誰といようと、相手が他人だという事実に変わりはないのです。


 このクラスが出来上がったばかりの頃、私達は見たくないものの前に、力を合わせて大きな土の壁を作りました。そうして、見えなくなったことで安心し切っていたから、いつしか時間とともに土の壁が崩れてしまっていたことにすら、誰も気がつかなかったのです。


 私は学級という箱の中で、本当は随分前から孤独でした。けれどもそれと同じだけの孤独を、あの人もまた、長い間、抱えていたのだろうと思います。

 




 今朝、教室の換気をしようと窓の側に立ったとき、ベランダに一匹の大きな黄金虫を見つけました。随分弱っていた様で、私がベランダに出て、すぐ側を歩いても、黄金虫はただその場でもそもそと足を動かすばかりで、飛ぶ力もない様でした。黄金虫はしばらく、そのままベランダに留まっていましたので、可哀想に、このままここで死ぬのかな、と思いました。ところが、私が再び教室に戻り、窓を閉めたその直後に、ベランダの方からかさっ、かさっという大きな音が聞こえてきて、何事かと思わず振り返ると、先程の瀕死の黄金虫が驚く程高く飛び上がっていて、空中から何度も、何度も、窓ガラスに体当たりを繰り返していたのです。それでふと、あの黄金虫は、教室の中に入りたいのかな、と思いました。けれども、そんなことを考えているうちに、黄金虫はいつの間にか遠くの方へ、飛んで行ってしまいました。




  学級委員長、家入明子。


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